夢前案内人1

もうどうしていいかわからなかった。
そんなとき。
彼が動いた。

■夢先案内人Ⅲ■

旅が続くにつれフロドは消耗してきていた。
少しずつ少しずつ指輪の力に侵されていく。
気丈にもそれに一人耐え弱音も吐かずにいるフロドをみて、誰も救いの手を差し伸べることは出来なかった。
体力的なものや外部的なものになら力になれた。
だが、精神的な内面的な戦いには手を貸すのは難しい。
指輪を保持していない彼らにも指輪は語りかけ誘惑をしかける。
手を差し伸べたくてもどうしようもない状況だったのだ。

そして次第に、夜を迎えるとフロドは夢に魘されるようになった。

はじめのうちは気がついた者がフロドを揺り起こしていた。
しかし、それが度重なるとフロド自身夢を恐れてあまり眠らなくなってしまった。
夢の内容を恐れて、というよりも悪夢に魘される自分を誰にも知られたくない、という気持ちが強かったようだった。
体力温存のためにも眠らないと体は持たない。
だから皆。そのうち気がつかない振りをするようになった。
揺り起こしてもフロドが覚醒する前に、起した者は体を横たえ寝たふりをする。
すると彼は誰にも気がつかれないうちに、自ら目を覚ましていると思うようになったのだろう。
それからは眠らないでいようとする行為をやめるようになった。

しかし。
彼が夢に魘されているという現実は変えようがなく。
その頻度もどんどん増えていくのに、何も出来ない自分達の無力感に苛まれる日々が続く。
そんなとき。
彼が動いたのだった。

魘されているフロドにレゴラスは足音も立てず忍びよった。
眉間に皺を寄せ汗を浮かべ蒼白になっているフロドの顔を覗き込む。
フロドは小さい声でなにかを呟きながら、その手が胸の指輪を握りしめていた。
そして、涙がひとつぶ眦から流れ落ちた。

レゴラスの手が伸びる。
彼は静かにゆっくりとフロドを抱き上げると、近くの木の根元まで移動しその場に座り込んだ。
膝のうえに小さい体を置いて両手で包み込むように抱きしめる。
そっとフロドの顔を覗きこんで、流れる涙を指先で拭った。
その頬の冷たさにレゴラスが少し表情を曇らせる。
そして。
血の気の失せた顔に生気を取り戻そうというかのように。
癒すような慈しむような触れるだけの口付けを涙の痕が残る頬や、額や瞼に降り注いだ。
しばらくすると、抱きしめられた小さな体と口付けを与えられている顔が暖かくなりだした。
自分の体温が移ったかのようなフロドの状況にレゴラスは満足したらしい。
口付けをやめ腕の中の体を抱えなおして耳元に唇を寄せた。
くるくるの巻き毛を撫でながら、レゴラスは小さい声で歌いだす。
ゆっくりと夜に染み渡るような優しい旋律と囁くような歌声。
子守唄のような、恋歌のような、不思議な音色。
エルフ語の美しい歌。

歌の意味は全然わからないのに。
なんだか切ないような、なんだか嬉しいような、なんだか懐かしいような。
心に染み入る美しくて優しい歌。

眠っているフロドにもこの歌声は響いているのか。
夢の中にさえエルフの歌は忍び込んでいけるのか。

次第にフロドの指輪を握る手の力が抜けていく。
蒼白な顔色に血の気が戻り、その表情には微笑みさえ浮かんでいるように見える頃には
フロドの手は指輪を離れ、代わりにしっかりと自分を包み込んでいるレゴラスの服を握っていた。
幼子のような甘えるようなフロドの様にレゴラスに美しい微笑みが浮かぶ。
そしてそのまま彼は夜が明けるまでフロドを抱き歌い続けた。

東の空が微かに明らみはじめ、朝一の鳥の囀りが聞こえたとき。
レゴラスは少し残念そうな表情を浮かべたあと、歌うのをやめ。
フロドの頬にそっと口付けて小さな体を元の場所に戻した。
レゴラスも昨夜位置した場所に戻り、何事もなかったかのように目を閉じた。

フロドが魘される度に同じことが繰り返された。
日が経つにつれ、このレゴラスの行動を仲間すべてが目撃し知ることになるのだが
誰も止めなかったし何も言わなかった。
なんだか月明かりに浮かぶふたりの姿はとても自然で。
夜空に流れる歌声は何か力を持っているような、そんな気にさせた。

フロドのために何か役に立っているのかはわからなかったが
レゴラスは眠るフロドに口付けとエルフの歌を与え続けた。

　
その効果のほどは、後にフロドがサム達にこっそりと告白した内容で明らかになる。
ホビット達に報告されたレゴラスがそれはそれは嬉しそうに微笑んだことをフロドは知らない。
そしてフロドは。
とても怖いのに。なんだか懐かしくって幸せな夢を見るのだ。
　
　
　
　
　
　