「最近少し不思議な夢を見るんだ。」
フロドが内緒話のように小さい声でこう言った。



■夢先案内人■



1日の終わり。
夕日が水平線に沈む頃、今宵の野宿の準備をはじめた。
食料になるものを探しに行く者。
焚き火のための薪を拾う者。
周囲の安全を確かめる者。
料理を作る者。
いつの間にか各々の役割が自然に決まっていた。

ホビット達は小さいくせに食欲は旺盛で。
少しでも食に関わろうとする。
そのため、自然とピピンやメリーが何かを探しに散策に行き、
サムとフロドが食事の準備をする、という役割になっていた。
たまにそのふたつの役目を交代することはあっても、だいたい同じだった。

鍋を火にかけて熱せられるのを待つ間。
「最近少し不思議な夢を見るんだ。」
フロドがぽつりと小さい声でまるで内緒話のように、サムに言った。
「不思議な夢?どんな夢ですかい?」
サムが興味ありそうに目を見張って聞いてくる。

指輪に引きずられる不安を気がつかれてはいけない。
悪夢を見ているといって皆に心配をかけてはいけない。
そう思っていたのだけれど。
繰り返し見る不思議な夢に、フロドは我慢できなくなった。
誰かに話して聞いて欲しいと思ったのだ。
だが、夢の前半は話せない。絶対に心配かけるしサムなら尚更心配するだろう。
だから。

「前半はよく覚えてないんだけど・・・すごく怖い夢なんだ。」

そう聞いて、サムははっと息を飲んだ。
指輪を捨てる旅が進む中、フロドの様子が少しずつ変って来ていることには全員が気がついていた。
食欲がなくなり、あまり眠れないようで、笑顔もだんだんと減ってきた。
本人は気がつかれないようにと、無理して笑っていたりするのだが、嫌でもそれがわかってしまうのだ。
そして夢に魘されるフロドを度々見かけるようになった。
だが、気がついていることをフロドに気がつかれてはいけない。
サムは唇の両端を意思の力で吊り上げて笑い顔をつくると、フロドに話の先を促した。

「でも、途中から夢が変るんだ。体が暖かくなって風や草木の香りがして、すごく綺麗な歌声が聞こえてくる。」
「それ・・・で?」
「なんだか嬉しくなって幸せな気分になって・・・まるでホビット庄にいるような懐かしい気分になるんだ。」

幸せそうに笑ったフロドをみて、サムも嬉しそうに笑った。

「怖い夢でも途中から幸せな夢に変るなら・・・よかったですね。」
「うん。でもなんでいつも同じ夢を繰り返しみるのか・・・不思議で。」

サムはその原因を知っていた。
だが、それをフロドに教えることに抵抗があった。
夢に魘されていることを旅の仲間が全員知っていることがフロドに知れてしまう。
それに、フロドが知れば恥ずかしいと思うかもしれない。

「それ、僕理由を知ってるよ!!」

いつの間に帰ってきたのか。
ピピンが大きな声で話に割って入って来た。

「い、いたの!?」

サムにだけこっそりと話したつもりだったのに、振り返るとメリーもピピンもいる。
だけど、理由を知っている、と言われて気が反れる。

「理由って?」
「それは・・・」

答えようとするピピンの頭が地面に沈んだ。
メリーが彼の後頭部に全体重をかけたのだ。

「ほら、これ。採ってきたよ。」

折っていたマントの端を広げると、ホビットの大好物のマッシュルームがコロコロと出てくる。
サムが嬉しそうに両手を差し出して、それを受け取った。

「マッシュルームじゃねえですかっ」
「生えてるとこを見つけたんだ。驚かそうと思ってこっそりと近づいたんだけど。」
「そしたらふたりがひそひそ話をしてたから、聞き耳立てたんだよ。」

抑えつけるメリーをぐぐぐっと押しのけてピピンが顔をあげてニヤリと笑った。
メリーが一瞬むっとした表情を作ったがフロドは気がつかなかった。

「で、理由って?」

まさか理由を知っている、と言われるとは思っていなかったので、
ピピンの言う理由というのに興味が惹かれる。

「それは・・・」
「そんなの僕でもわかるよ。」

ピピンが答えようとするのを奪うようにメリーが叫んだ。

「え?メリーにもわかるの?」

フロドが顔をあげ、メリーを見つめる。
サムがぐい、と再びピピンを地面へ抑えつけるのを目の端で確認すると
メリーはにっこりと笑ってフロドを見た。

「怖い夢が幸せな夢に変るんだろう?それは予知夢だよ。」
「予知夢?」
「サウロンは怖いけど、必ずこの旅は成功する。使命をまっとうしてホビット庄に戻れる。そういう意味だよ。」

その答えに一瞬目を丸くしたが、フロドはその後ふんわりと笑った。
メリーのいうことは気休めかもしれない。
でも繰り返しみる夢は確かにそういう意味を持つのかもしれない。
例えそれが自分の潜在意識に沈んだ希望であっても、そう信じれば少しは気が晴れるような気がする。

「じゃ、オラはさっそくこのマッシュルームを調理します。」
「フロドも手伝いなよ。」
「そうだね。」

立ち上がったサムとメリーの言葉に急かされてフロドも立ち上がった。
いそいそとその場を離れるサムの後ろについて行きながら、フロドは首だけ振り返った。

「メーリー。ピピン。」
「ん?」
「ありがとう。」

嬉しそうに微笑んでフロドはふたりに礼を言った。
メリーがニヤリと笑い、顔にドロをつけたピピンもちょっと驚いた顔をしたがフロドの笑顔につられて笑った。
サムの後を追ってフロドが視界から消えると。

「よけいなこと言うなよ、ピピン!」

ドロを払って立ち上がるピピンに向けてメリーの叱咤が飛んだ。
ピピンは肩をすくませると「わかってるって!」と叫んで、見回りから戻って来たボロミアに向かって走りだした。




不思議な夢は不思議のままだけど。
三人に話して少しはすっきりとした。
予知夢だと思えば、未来に希望が持てるとフロドは嬉しく思うのだった。
  
 
 
 
 
 

  
 
 

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