貴方に。
誰も与えたことがないような素敵なプレゼントを。

 
 

Birthday Present



 
夜も更け、いつもより月が高い位置にある時刻。
普通なら眠りについている頃だというのに、今夜のシエルはようやく入浴を済ませたところだった。
「ふう」
執事の手によってナイティを着せられてようやくベッドの端に腰掛ける。
水を含んだ髪をタオルで優しく拭かれる心地よさに小さな溜息をついた。
「お疲れのようですね」
髪を傷めないようにポンポンと軽く叩いて水分を吸い取りながら、労わるようにセバスチャンが云った。
「アレが疲れないでいられるものか」

約束の時間より早すぎるほど早い、叔母と従姉妹の来訪。
ハンティングという名のゲーム。そして熊騒動。
屋敷に戻れば戻ったで、気が休まる暇もなく、ホールは使用人の手によってとんでもない事になっていた。
厳しい叔母に気を使う一日だったが、あの使用人の仕出かしたことに対して幸い彼女は咎めることをしなかった。
それに気を良くした使用人と従姉妹の発案により始まった誕生日パーティー。
苦手なダンスを断ることもできず踊り、使用人たちの期待が篭った目に負けて食べ物なのか疑問がよぎる品を口にし・・・旨いと思えるのは唯一飲み物だけだったから、少し飲酒までしてしまった。
酒のせいでほろ酔い気分であるが、疲れる事のオンパレードの一日だったのだ。

「でも、なかなか楽しそうでいらっしゃったではないですか・・・お誕生日だというのに」

添えられた言葉に、シエルはセバスチャンをギロリと睨みつけた。
だが、睨まれた執事は何処吹く風とにっこりと音が聞こえそうなほど、にっこりと微笑んだ。

3年前の、10歳の誕生日にシエルはすべてを失った。
両親を殺され、屋敷も焼かれ、幸せだった日々はこの日でエンドとなった。
だから毎年、誕生日が近づくにつれ、シエルは少し憂鬱になり当日は塞ぎこんでしまうことが多かった。
表面上はいつもと変らぬように振舞っていたが、悪魔で執事なセバスチャンがそれを見抜けないはずはない。
しかし、周囲に振り回されて終わった13歳の誕生日はシエルを負の方面へ引き込むことはなかった。
今夜の眠りで悪夢を見ないでいられるかはわからないが。

「楽しそうだと不満か」
「まさか。ご主人様が心穏やかで健やかに過ごされることは執事として喜ばしいことです」
「白々しい」

ふん、と鼻で笑ったシエルはそのままボスンとベッドへ倒れこんだ。
背中に当たるシーツの感触が気持ちいい。このまま目を瞑れば深い眠りにすぐ引き込まれてしまいそうだ。
「はぁ」
小さな唇から、気だるさを含ませた吐息が漏れる。
ふるりと何か一瞬気配が乱れた気がして、シエルは傍らに立つ執事を見上げた。
いつもより赤い瞳がシエルをじっと見つめている。
感情の見えない瞳に見据えられてシエルの華奢な躯はなぜか震えた。
「なんだ?」
無遠慮な視線を送る執事に不機嫌そうに問うたが、セバスチャンは口角をあげて「いいえ」と応えるだけだ。
妙な空気が流れているような気がして、シエルはそれを振り払うようにセバスチャンに向けて乱暴に手を差し出した。
「?」
何かを要求するように上に向けられた掌。
「お前からの誕生日プレゼントは?」
「・・・執事からのプレゼントが欲しいのですか?私のご主人様は?」
「他の使用人達はくれたぞ」
使用人にプレゼントを要求する主人など普通はいないが、相手は悪魔だ。
少しくらい嫌がらせしたって、困らせたって構わないだろう、とシエルは意地悪気に微笑んだ。
セバスチャンも別にシエルの誕生日を忘れていたわけではない。ちゃんとバースディケーキは用意していた。
出すタイミングを失ってしまったケーキはシエルの元に届かなかっただけだ。
だが結果として、シエルが知らないのなら用意しなかったのと同じことになる。
「そうですねぇ」
顎に手をあて考えだした悪魔を興味深げに眺める。
いくら契約があるとはいえ、執事という役を演じているとはいえ、餌へのプレゼントを考える悪魔などいるのだろうか。
「別に祝う気がないならいいぞ」
クスクスと笑いながら、そう言い放つ。
悪魔に『誕生日を祝う』という気持ちがあるはずはないのだ。わかっているからこその意地の悪い言葉。
「随分と意地の悪いことを」
ギシリとベッドが沈んで、シエルは驚いて顔をあげた。
ベッドに寝転んだシエルの顔の脇に両手をついて覆いかぶさる悪魔が目の前にいた。
「3年前の今日、幸せに包まれていた少年は死んで、私を呼ぶほどの絶望と憎しみを纏った貴方が生まれた。悪魔の私がそれを祝わないはずはないでしょう?」
「・・・なんだそれは」
シエルの不幸の始まりを誕生日と見立てる悪魔はなんと悪質なことか。
不機嫌そうに鼻を鳴らすシエルの貌に更に悪魔の整った貌が近づく。
常にない距離。
それもベッドの上で、まるで押し倒されたような体勢で、だ。
「ち、近いっ」
叫びながら、両手でセバスチャンの貌の侵攻を防ぐ。
指の隙間から見える悪魔の貌はいつにない程妖艶で愉しそうな表情を浮かべている。
からかわれている。
セバスチャンの態度をそう結論づけたシエルは眦をあげ、不埒な悪魔を怒鳴りつけようとした。
「ひゃっ」
だが、代わりに出たのは小さな叫び声。
ブロックしている掌を濡れた舌がベロリと舐め上げたのだ。
「からかってなどおりませんよ」
シエルの思考を読んだかのように囁きながら躯を重ね、薄い肩から腰にかけてスルリと撫で上げる。
大人の躯の下に押さえつけられた子供の躯がビクビクと震える。
「もう貴方も13歳。そろそろ色々な事を覚えられても良い年頃ですね」
舐められる感触に反射的に逃げた手は、セバスチャンの侵攻を許してしまっていた。
サラリとした髪が、シエルの頬や首筋を擽る。
耳元で今まで聞いたことがないほどの低く甘い声が、シエルを煽るように囁いた。
「ベッドの上での享楽と快楽をプレゼント・・・というのは如何ですか?」
悪魔の誘惑。
それを体感して頭がクラクラする。
我が物顔で躯を這い回る手も、甘やかに薫る吐息も、何もかも受け入れそうになる。
だが。
「執事と遊ぶつもりなどない。だいたい執事のくせに主人を押し倒すとはおこがましいぞ」
両手で圧し掛かる躯を押し返すと、たいした力はいれていないというのに、セバスチャンの躯はあっけないほど簡単に離れた。
ベッドの傍らに立ち上がったセバスチャンは、赤い瞳を光らせてゆるりと笑った。
「執事からではなく、悪魔からのプレゼントだというのに」
乱れたナイティから覗く華奢な四肢。捲くられて晒された細く白い太腿。唾液で濡れた首筋。
子供とはいえ、それらは充分に悪魔の欲を煽ってくる。
「尚更いらん!」
シエルはそう叫びセバスチャンを睨みつけたあと、掛け布をかぶりベッドの真ん中まで転がっていった。腹が立つやら、頬が熱いやら、色々な感情が躯を駆け巡り、シエルはもうセバスチャンを見たくなかった。
貞操の危険に晒されているというのにベッドに逃げ込む子供の姿にセバスチャンは苦笑した。これでは誘っているととられても文句は云えまい。
だが残念なことに、今セバスチャンは悪魔で『執事』なのである。そう簡単に主人を襲うわけにはいかない。
「いつでも差し上げますから、欲しいときは云ってくださいね」
「いらんと云ってるだろう!!」
速攻で戻ってくるシエルの拒絶にセバスチャンはクスクスと笑いながら、燭台を手にした。
「では、おやすみなさいませ、坊ちゃん。良い夢を。」
閉じた扉の反対側に枕が投げつけられた音を聞き取り、セバスチャンの笑みは大きくなる。
「ハッピーバスディ、坊ちゃん」
扉に向かってそう囁く。
執事からではない、悪魔からの祝いの言葉はシエルには届かなかった。

 
 

誕生日の贈物

 








■あとがき

シエルの誕生日ネタです。
セクハラ悪魔。
というより、「アレ?もうそろそろ食べ頃(性的に)だったりする?」と気が付いた
セバスさんの図(笑)





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