男の手が床に落ちる寸前、私はその皺が刻まれた手を取りました。
安心したような表情を浮かべた男を見た次の瞬間。
私は『タナカ』になったのでございます。

 
 

ある精霊の物語



 
男の体と男の知識・・・いえそれだけではありません。
男の人生と名前さえも受け取った私は、『タナカ』として敵を撃退致しました。
屋敷に残った動く者は私と子供だけです。すべてが死に絶えてしまいました。
「後継者を守り抜く」
最後の男の願いはそのまま私の願いと使命になりました。
子供は育ち、この屋敷の主人となりました。
私は彼の傍でこの屋敷の執事として、または家令として仕えました。
精霊としてではなく『タナカ』として生きていくうちに色々なことがわかってきました。
この屋敷の主。ファントムハイヴ家は人間の裏社会を統べる家系であるということ。
家を継ぐということは悪の貴族としての家業も継いでいくということ。
私は代がかわっても新しい主人に仕え、すべてにおいて補佐して参りました。
年を取らず老人の姿のままで死ぬことのない私を訝しく思う者はおりません。
なぜならば。
ある一定時期毎に殺戮が行われるからです。
当主だけのときもあれば、当主夫婦のときもあります。酷いときには屋敷ごと命は奪われていきました。
私を知る人間が死んでいくのです。残った私がいつまでも存在していても不思議に思う者などおりません。
殺戮を止めようと、あの男のように私も戦いました。
撃退できることが多い中で、やはり酷い殺戮は行われてしまいます。
そのとき私は必ず「後継者を守り抜く」ことに重点を置きました。主人よりもその跡継ぎを最終的に守るのです。

この繰り返される殺戮の意味をようやく理解したのは先代が殺されたときでした。
先代は今までの当主の中でずば抜けた才能と指導力がある人物でした。
たった10年程度で裏社会を完全に把握し、そのあとは裏社会に君臨しました。
悪の貴族、裏社会の秩序。
様々な通り名を持っていようとも「女王の番犬」という役割に歴代当主は重きを置きました。決して裏の力で表社会に出ようとか、支配しようとか考えてもいらっしゃいませんでした。
なぜならば「女王の番犬」であるために「悪の貴族」「裏社会の秩序」である必要があるだけなのですから。
しかし、表社会は強大になった裏社会の支配者を恐れていたのです。
どんなに忠義心を示しても、取って代わられる可能性がある限り、あの方々は安心できないのです。
ファントムハイヴの当主が完全に裏社会を牛耳ったとき後継者が産まれていれば、産まれていなければ産まれるまで待ち、そして現当主を消し去る。
この悲惨な輪の中にファントムハイヴ家はあったのです。
なんということでしょう。表社会のために生きた彼らは表社会によって消し去られ、それを知る由もないのです。

あのとき私は「後継者」である坊ちゃんを守らねばなりませんでした。しかし先代はまだ若く、私は一瞬迷ってしまったのです。先代と坊ちゃんのどちらかを守るべきか、と。
その結果があれです。
屋敷の者は先代諸共すべて殺され、坊ちゃんは連れ去られ、この屋敷は焼け落ちました。
私は生き残った坊ちゃんを捜して取り戻すべきでしたが、それは出来ませんでした。
屋敷が焼け落ちて、初めて私はある事実を知ったのです。

*

刺されても死なない私は坊ちゃんを取り戻すために屋敷を飛び出しました。
しかし、屋敷に火が放たれ燃え落ちていくと共に私の輪郭は歪み弛み崩れていきました。
長い年月の末、男の体は既に残っていなかったのです。
私が私としての形を保っていたのは、この思いによるものだけでした。
そして私はただの精霊ではなく、いつの間にか本当にこの屋敷に憑く精霊となっていたのです。
屋敷の精霊たる私は屋敷と共に形を失くし、鎮火する頃にはその姿を失ってしまいました。形も使命も失われ、私はまた弛む意識に逆戻りしてしまったのです。
あの日。
悪魔に呼び戻されるまでは。

*

気がつくと私は屋敷の真ん中に佇んでおりました。
焼け落ちたはずのお屋敷はまったく変らぬままに存在しています。
お屋敷が在ることにより、私もまた形と使命を取り戻したのです。
『タナカ』に戻った途端、私は最初に坊ちゃんのことを思いました。
捜しに行かなくては、と。
屋敷がなぜ元に戻ったのかということより、坊ちゃんをお助けすることが思考を占めました。
しかし、私はすぐに気がつきました。
連れ去られたはずの坊ちゃんの気配が屋敷の奥からしているのです。
急ぎその部屋へ向かい、扉を開け放つとそこには大人びた表情の、なんとも空ろともいえる表情の坊ちゃんがいらっしゃいました。

その傍らに悪魔を控えさせて。

*

坊ちゃんのご命令通り、執事としての仕事はすべてお教え致しました。
さすが悪魔という所でしょうか、完璧です。
何があっても坊ちゃんを守り抜くというのであれば、執事が悪魔であっても私は構いません。
しかし、坊ちゃんの命を奪うというのであれば私はすべてをかけてお守り致します。今度は失敗致しません。
精霊ごときが悪魔に敵うはずはないとお思いですか。
どうでしょうか、それはわかりませんよ。
「タナカ」である私は人間同様、日々学習しておりますので。
悪魔がお守りするのなら私が精霊としての力を使う必要は当分ありません。
温存し溜め込み、有事のとき全てをかけて力を放出すれば敵うかもしれません。

貴方が「悪魔で執事」であるのと同じように。
私は「この屋敷の精霊」。つまり「ファントムハイヴの家霊」なのですから。
努々、ご油断されませぬようお気をつけください。



では。
これで私のひとつのちいさな物語を語り終わらせて頂きます。
 



A certain spirits of the dead's story

 








■あとがき

幽鬼城殺人事件編でのタナカさんはなかなかでした。
ウッドリー氏を柔術で投げ飛ばしたあとのタナカさんのまるで悪魔のような表情とか
セバスチャンが生き返ったのを当たり前のように受け取っていた様子とか
(他の使用人と違って騙されたわけでなく、最初から知ってたみたいな雰囲気があった!)
そんなの見てたら「きっとタナカさんって人間じゃないんだろうなー」と思ったのです。
元々リアルタナカとか省エネモード(?)タナカとかわけのわからん設定もあるし。
そしたらこんなお話が出来てしまいました(笑)

ま、結局はダジャレ的に終わりましたが。
つうか、本当は「ファントムハイヴの家霊」って言わせたいだけだったりしてv





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