「悪魔は大きく3種類に分けられます。ひとつは堕天したもの。ひとつは造り出されたもの。そして、もうひとつは他の生物が悪魔化したものです」
悪魔の発生に分類があるとは知らなかったシエルは興味津々で問うた。
「ふーん、貴様はどれなんだ?」
堕天なら元は天使ということになる。
セバスチャンが元天使ならかなり笑えるのではないかと思ったのだが。
「さぁ?そんな昔のことは忘れましたね。貴方だって本当にお母君から産まれたのかなど、覚えてなどいらっしゃらないでしょう?」
悪魔はスルリとシエルの問いをかわして、講義を続ける。
「造り出されたものというのは悪魔によって創造されたものもですが、何かの因子によって自然発生したものも含まれます」
「悪魔によって創造されたもの・・・」
「坊ちゃん、貴方もお会いしたことがありますよ」
そう云われてシエルは考える。そんな沢山の悪魔には会ったことはない。
普通の人間に比べれば沢山の悪魔にあったことがある部類になるのだろうが、シエル的には知っている悪魔は数少ない。その中で造り出されたように見える悪魔といえば。
「トランシー家の三つ子だな」
「その通りです。アレはハンナが作り出した使い魔でしょう。使役させることが目的なので自我が弱く、指示によって動くだけの都合の良い道具」
確かに彼らにはクロードやハンナのように強い意志や悪意といったものを感じなかった。
命令によって動くだけの使い魔なら頷ける。
だが。
「『自然発生』は造り出されたものとは違うんじゃないか?悪魔として生まれたということだろう?」
勉強熱心な生徒にセバスチャンは軽く目を細めた。
こんなことを教えられても、内容を噛み砕き質問までしてくるとはやはりシエルは面白い存在だ。
「無からは何も生ませんよ。憎悪だったり、増幅された自然の力だったり。何かの切欠によって自然発生するものなのです。だがら『造り出されたもの』になるんですよ」
「なるほど。つまり『悪魔から』に限らず『何かから』造り出されたものということか」
「そうです」
シエルは元々頭がいい。悪魔の勉強にもちゃんとついて来れているようだ、とセバスチャンは続ける。
「最後の『悪魔化したもの』ですが、こちらは坊ちゃんは言わずともおわかりでしょう。人間だけとは限りませんが、他の生物が悪魔化したパターンです。これは悪魔の手によるものだったり、堕ちるだけ堕ちたあとの悪魔化だったりします」
悪魔の手による悪魔化。
まさにそれはシエルのことである。
ハンナという悪魔とアロイス・トランシーとの契約によって、シエルは人間から悪魔にされた。
いとも簡単にあっけなく。
「・・・簡単に他の生物を悪魔に出来るなら世界は悪魔だらけになりそうなものだな」
ぼそりと呟かれた言葉を聞いてセバスチャンは内心苦笑した。
シエルにとってはそんな感じだったのだろうが、本当は全然違う。
「簡単ではありませんよ。別の生き物を悪魔に変化させるには強い魔力を必要とします。それも知性が高い生き物であればそれに見合った魔力を要します。ハンナは『悪魔の剣を収める鞘』であったほどの力の持ち主です。まあ、その彼女でも貴方を悪魔化するのには相当の力を要したでしょうが」
「そうなのか?」
驚いたようにシエルは瞠目した。その姿を見つめながらセバスチャンは心の中で呟いた。
愛した人間のため、心寄せた人間のためとはいえ、普通そこまでしない。
大体、力を取り戻すことは可能だ。それなりの手順を踏めば魔力は取り戻せた。
だが、ハンナはそれをしなかった。ルカとアロイスの魂を取り込んで共に消滅することを望んだのだ。
それだけではない。
アイロスの望みだったのか、それともハンナ自身がシエルに惹かれたからなのか、それはもうわからないが、ハンナは残った魔力のすべてをシエルに移したのだ。
シエルが悪魔としてちゃんと生きていけるように。
だからこそ。ハンナは弱り、悪魔の剣を使わずとも死を迎えた。
ハンナの魔力を移されたシエルは、悪魔化したばかりだというのにかなりの魔力を持っている。
セバスチャンにはまだ到底及ばないが、そこら辺の下級悪魔とは比べ物にならないくらいの力はある。
魔力の使いかたを覚え、訓練を重ねれば、それなりの力を持つ悪魔になるだろう。
そのことをシエルにわざわざ教えるつもりは毛頭ないが。
「お前は色々なことが出来るが、僕も出来るようになるのか?」
まるでセバスチャンの思考を読んだような質問に、ハッを我に返る。
コホンと小さく咳払いしてその問いに答える。
「坊ちゃんは弱冠13才ながらファントム社を数年で一流企業に育てあげられました。普通の13歳の子供に同じことをしろと云っても無理でしょう。しかしながら、13歳の子供が長い時間をかけて経済や帝王学などを学べば30年後には一流企業の社長に納まっているかもしれません」
「つまりお前のようになるには時間を要する、ということか」
回りくどい説明ではあるが、シエルは正しくその内容を理解した。
この聡明で大人顔負けの頭の良さもお気に入りのひとつだったのだと、セバスチャンは思い出す。
「まあ、必ずしも社長になれるとは限りませんがね」
「それは教え方の問題だろう。貴様の手腕が問われるということだな」
遠まわしの嫌味にもシエルはちゃんと反応して挑戦するように笑って見せる。
「まあ、悪魔の発生方法はわかったが」
「発生って・・・」
シエルにかかれば悪魔は生物外扱いのようだ。
その生物外にシエル自身が含まれていることを理解していての発言がどうかはわからないが。
「では消滅の方法は?」
天気でも聞くようにスルリと問われた内容は悪魔の存在に関わるものだ。
「僕が知っている、悪魔に死を与えることが出来るものは『悪魔の剣』と『デスサイズ』だ」
「そうですね」
「他にも何かあるのか?」
ほんの数秒の沈黙のあと、セバスチャンは表情を消しシエルを見つめた。
「知ってどうされるのです」
悪魔を殺す方法。言い換えれば悪魔が死ぬことが出来る方法。
それを悪魔化したばかりのシエルが知りたがるのには何か意味があるのだろうか。
「どうもしないが、知識として持っておいた方がいいだろう?」
やはり明日の天気を気にする程度の軽さと雰囲気をシエルはまとっている。
で、知っているのか?と目で問われ、セバスチャンは小さく溜息をつきた。
「・・・私もよく知りません。興味ありませんから」
「興味ないのか?」
自分達の死に方なのに?
言葉にしていないがシエルの不思議そうな問いかけが聞こえたような気がしたセバスチャンんである。
「悪魔が消滅したという噂を聞いたことがあっても、原因追求しに出向いたりしませんので」
「・・・噂か・・・ではこのふたつ以外にも可能性はあると云うんだな?」
「ないとは云えませんね」
「そうか」
シエルはなんとなく考え込むような仕草をした。
それがセバスチャの心の奥底に説明のつかない感情を湧き上がらせた。
不快?不安?よくわからないがマイナスな気分には違いない。
そんな漠然とした感覚を振り払うようにセバスチャンは話題をかえた。
「で、坊ちゃんは最初に何をしてみたいのですか?」
悪魔として。魔力を使って。
「そうだな・・・空を飛んでみたい」
「鳥に変身されたいと?」
「面白そうだろう?」
言葉通りにシエルは期待が籠った目でセバスチャンを見た。
その瞳の強さと迷いなさは、さきほど湧き上がったセバスチャンの感情を簡単に霧散させた。
「変身はわりとレベルが高い魔術なのですが。・・・最初は水をワインに替えるなど簡単なものがよろしいのでは?」
ハンナから与えられた魔力からすれば変化するのは難しいことではないだろう。
しかし、初っ端からそんな複雑な魔力を使うより、徐々にレベルをあげて行った方が確実だと思うのだが。
「興味がある事の方がやる気にもなるし、覚えも早いだろう?それに難しいことからこなしていけば自信もつくとお前が云ったんだ」
以前、シエルにバイオリンを教えたときにセバスチャン自身が云った言葉を引き合いに出し、シエルはニヤリと笑った。
「わかりました。お教えいたします。その代わり・・・厳しくいたしますので」
目を細め唇の端を吊り上げた貌は、見覚えのある悪魔の『嗤い』だ。
それが物騒な類であったとしても、今まで無表情だったのに比べれば扱いやすい。
久々に見たセバスチャンの『笑顔』にシエルはほんの少し安堵した。例えそれが表面上のものだったとしても。
*
人間の頃と違ってスケジュールなど詰まっていない毎日。悪魔には予定などない。
そのスケジュールをシエルは自ら宣言したように自らで埋めた。
どこまでも前向きで悪魔として生きていこうとする姿は、セバスチャンを愉しませてくれる。
悪魔と化してもシエルはセバスチャンに退屈など与えない。
永く生きているが、魔力の使い方を教えるなんて初めてのことだ、なんて面白い。
だが、セバスチャンはその高揚する気分を表面に出さないように心掛けていた。
執事に落ちてまで、手間隙かけ準備した晩餐がふいになったことに対しての絶望感
契約と命令を盾に悪魔である自分を執事として飼い続けるシエルに対する抵抗感。
そんな感情がまだ微かに心の奥に燻っているのだ。
だから『不本意ながら悪魔の執事』になってしまったというスタンスを崩さないような態度をとる。
そんな自分を見てシエルがどう感じているのか。それも愉しみのひとつだから。
そんな態度が自分の首を絞めることになろうとは、セバスチャンは知る由もなく。
無表情無感情を貫き通し『悪魔で執事』としてシエルに遣える日々が始まったのだった。
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