永く終わりのない退屈な時間。
自分のはじまりさえ忘れた頃に面白い獲物を手に入れた。
死体が転がり重なる血溜まりの中で契約を果たしたのは、幼い子供だった。
少しでも私を愉しませてくれれば良いが、絶望と呪詛を持って悪魔を呼び出したとはいえ幼い子供だ。期待はあまり出来そうにない。
最初はそう考えていたが、その獲物は良い意味で存分に予想を裏切ってくれた。
年齢にそぐわないほど達観し聡明ですらあるのに、過去に縛られ愚かしい弱さも充分に持ち合わせている。
己の弱さを隠そうと消し去ろうと心の奥で葛藤している様は、私にとって甘美以外なにものでもなかった。
死を見つめているのに生命力に満ち、だが退廃的だという、すべてにおいて微妙なバランスを保っている姿はなんともいえず私を惹きつけた。
だが、まだまだだ。私の好む最上の魂とはいえない。しかし、手を加えれば今まで食した事がない程の上物になる可能性は高かった。
三年半。悠久の刻を生きる悪魔にはほんの一瞬といって良い程の短い時間だ。
しかし、獲物の下僕として過ごす日々はそれなりに充実し飽きる事のない時間だった。
充分熟成させ、私好みの魂に育てあげる。
晩餐の至福のときを思えば、どんな事にも、どんな空腹にも耐えられた。
手の中の獲物をいつか貪り喰らうためならなんでもした。
それなのに。
その魂は二度と手に入らなくなってしまった。
目の前にあるのにもう届かない。食すことなどできない悪魔の魂に変質してしまった。
心底落胆した。こんなに気分が落ち込んだのは永い過去にないと言えるほど。
だがらもうどうでも良いと思った。
決して遂行されることのない契約に伴う命令だ。いつでも破棄することはできるし、従う必要はない。だが、獲物であった悪魔を前に、契約破棄の煩わしい作業を行う気にもなれなかった。
それに、生まれたばかりの小さな悪魔の力は私に到底及ばない微々たるものだ。いつでも捨て置ける。
そう思って、獲物の命ずるままに共に在ったというのに。
破壊され荒れ果てた聖地に私はなぜか、彼の好きな白薔薇と彼に似合う蒼い薔薇を咲き乱れさせた。
「いい気分だ。長い呪縛から解き放たれたような」
私に抱えられた彼がうっすらと微笑み、乱れ咲く薔薇を愛でながら呟いた。
三年半という歳月、共にいて初めてみる表情だった。
それを見つめながら何の意図もなく意思もなく、ただ自然に言葉が零れた。
「ええ。その代わりに私が永遠の呪縛を手に入れた」
彼は気がつかなかったが、私はすぐに自分の言葉の意味に気がついた。
そうだ、私は呪縛『された』のではない。
呪縛を・・・『手に入れた』のだ。
永く退屈な悪魔としての日々。これからもこの先も延々と続いていく時間。
翻弄され、手こずらされ、想像以上を行く、思い通りにならない魂。
それが今まさにこの手の中に在るのだ。
変質し食用から外れてしまったとはいえ、退屈を払拭してくれる魂が。
過去にも甘く蕩けるように美味な魂に巡りあった事はある。きっと彼の魂はそれ以上に美味であっただろう。
だが彼以上に、私を飽きさせず退屈すら感じさせずにいた魂があっただろうか。
否だ。
人間ではなくなり悪魔となった彼が私にどのような退屈しのぎを仕掛けてくれるかまだわからない。まるで想像がつかない。
だが、想像すらつかないというそれはなんという愉しさだ。
契約という、命令という鎖を持って、彼は私を離さない。
云いかえるのなら。
私も、契約という、命令という理由を掲げて彼を離さずに束縛することが出来るのだ。
なんという脆く強く甘い呪縛。
「イエス、マイロード」
これからの飽きぬ時間を思い、高揚する心を彼に悟られぬように必死に抑え込みながら、私はそう応えた。
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