Pi、Pi、Pi、Pi――
「う……ん…………」
枕元で鳴り響く耳障りな電子音は、否応なく微睡みにたゆたっていた意識を現世へと引き戻す。
すっぽり潜った布団から伸ばした爪先が、
カツン――
硬いモノに当たり乾いた音を小さく発てる。
爪を伝わって感じる微かな衝撃。そのまま掴み布団の中に引きずり込むと、手探りにスイッチを押さえた。
再び訪れた静寂中、布団越しに感じる朝日に気怠げに重い瞼を上げた。
「ふぁわぁ〜」
小さめに上げるあくび。
寝ぼけ眼は目尻に浮かんだ涙で霞み視界は白い。
まだ覚醒しきっていないのか、身体は鉛のように重く、感覚が酷く鈍い。
まるで、意識が身体の隅々に染み渡っていない――そんな感じだ。
視界のぼやけを取り除くように手の甲で瞼を擦りながら身を起こ――
!?
見開いた瞳に映る世界に、思考が一瞬停止した。
再度、よく目を擦ってみるが……
「見えない!?」
見えるのは、カーテン越しの薄日に白く照らされたぼやけた空間だった。
それはまるで、ピントの合っていないカメラの如く――輪郭の曖昧な世界。
鼻先に手をかざしてみると、目の前10センチ程の距離で始めてその像がハッキリと刻まれた。
「…………」
言葉も出ない。
目を覚ましたら、極端に視力が落ちていたのだ。何が起こったのか訳も分からない。
しばし呆然とする中――
ぐぅ〜……
空腹感を誇示するように鳴り響いた腹の虫に、思考が動き出した。
固まっていても仕方がない。とにかく朝の支度をしようとベットから降り、立ち上がる。
ぼやけた部屋は、ハッキリ言って何があるのか判別できないほど霞んでいるが――それでもそれなりに暮らしてきた部屋だ。
着替えるくらいなら問題ない。
そう思って、顔を洗おうと部屋の向こうにある洗面所へと向かう――その足が止まった。
ざっと辺りを見渡してみれば、全体的におかしさを感じる。
それは、目が見えないと言う単純な理由だけではない不自然さだ。
ぼやけた視界を断つように目を閉じ頭を捻ると――
鼻孔をくすぐる甘い匂い。小首を傾げた際、首筋に触れる髪の毛の触感に肌が粟立った。
後頭部に手を当て、掴み上げる髪の毛。
短かったはずのソレの先端を探すように引っ張ってみれば、かなりの長さがあった。
髪を垂らして背中に手を回して確かめれば、髪の先端は腰まである。
「…………」
再び固まりかける。
視力の突然の低下だけではなく、不自然なまでの髪の伸び。
「事故ってわけじゃないよな……」
交通事故とかで長期入院していたというなら話もわかるが、曖昧ながらも辛うじて判別できる部屋は、
無機質な病室のそれとは違った、普通の部屋だ。
ただ、そこに更なる不自然さが感じられた。
「何なんだよ……」
身に起こった摩訶不思議な出来事にふらつき、身体がよろける。その際――
「!?」
今までにも増して感じられた違和感に完全に固まる。
「嘘……だろ」
こぼれる声が震えていた。このまま気を失えればどれだけ楽か――
それでも確かめずにはおられない。今まで感じたことのない重力の流れを。
「ええい!」
意を決して胸に触れてみれば……指先に伝わってくるのは薄い布地越しに感じるぷにっとした弾力。
広げ、触れなおした手のひらには柔らかさ――
そして、
包み込むように触れられたという、あり得ない感覚。
指先に伝わってくるのは、トクン、トクンとした逸る高鳴りと――熱さ。
思わず、慌てて手を離す。伝わるはずのない心音が、耳の奥では今も鳴り響く。
恐る恐るTシャツの襟元を引っ張って覗き込めば、ぼやけて何も見えないが、微かに分かる薄い肌色の二つの膨らみ。
半ば無意識に下の方へと手を伸ばせば、指先には何の出っ張りも感じられない。
「…………」
一瞬の呆け。
すとん――っと、力の抜けたひざが曲がり床にぺたり込む。うすぎぬ越しに、フローリングの冷たさが尻に伝わる。
「お、お、お、おんなになってる……」
震える声に始めて気付く。ソレすらも高くも澄んだモノになっていた事実に。
唖然と見渡す部屋は依然ぼやけたままだが、それでも見慣れた部屋とはかなり違っていたことを知った。
「悪い夢なのか?」
頬には指先の震えが伝わり、指先には肌理の細かい滑らかな頬の柔らかさが伝わる。
頬に触れた指先で、強めに摘んでみれば、
「痛い」
目尻に涙が浮かんだ。痛みの走る頬を撫でながら、
「なんなんだよ……」
訳の分からない状況にガックリと項垂れる首。その際、長い髪の毛が腕を掠めていった。
ピンポーン――
ピンポ、ピンポ、ピンポ、ピンポ、ピンポ、ピンポ、ピンポ、ピンポ、ピンポーン――
けたたましく鳴り響くインターホンの音に、手放しかけていた意識を取り戻す。
項垂れていた首を上げ、音のする方へと目を向けるが、見えてくるのはぼやけた空間のみ。
ただ、
「ユキ! まだ寝てるの!? 学校、遅刻するわよ!!」
叫び声だけがハッキリと解った。
「……学校?」
キョトンとしていると、
「鍵開けるわよ!」
声と一緒にガチャリと扉の開く音が聞こえたかと思ったら、足音発てて近付いてくる気配があった。
「ちょっと、ユキ! あんた、まだ着替えてもいないの!? 終業式くらいちゃんとしなさいってば!」
「着替える? ユキ? 誰?」
気配をする方へと顔を上げる。
「あんた、また寝ぼけているわね。もぅ……」
こぼれ出た溜息が耳元を掠める。
「ユキはあんたで、あたしはあんたの幼なじみの舞。着替えるのは高校に向かうため。
今日から期末試験なんだから、遅刻なんて出来ないでしょ!
だいたい、引っ越すのが嫌だって無理矢理独り暮らししているんだから、
成績落としたら、小父さん達に連れて行かれるわよ!」
耳元でがなり立てられ、鼓膜の奥がつんざく。
何か応えようと口を開きかけるよりも先に、
ぐぅ〜
腹が鳴いた。
「食べ物」
思いだした空腹を訴えてみれば、
「朝食なんて取ってる時間なんて無いわよ、もう!
だいたい、そっちはぬいぐるみであたしはこっち――って、あんたメガネはどうしたのよ!?」
「メガネ?」
小首を傾げる。目が見えない理由がやっと解った。
「無い」
「無いって、どこに無くしたのよ!? もういい、メガネはあたしが探してあげるから、ユキはさっさと制服に着替えなさい」
キョトンとしているといきなり、感じることだけは出来た視界の光が消えた。
「わぁっ、わぁっ、わぁっ!?」
慌てて頭に載せられたモノをどかして鼻先にかざす。それは紺色の大きな襟を持つ白いセーラー服だった。
「…………」
言葉を失うそこへさらに、白い細長いひも状の部分が付いた物体が投げつけられた。
頭の上から顔に下がる紐を手にとってたぐり寄せてみれば、それは心地良い手触りのする――
「ぶらじゃ!?」
頓狂な声が口から飛び出した。
「あんた、時たま寝ぼけてノーブラで学校行こうとするんだから、ちゃんと付けなさいよ」
「はぁー」
ガックリと溜息漏らし、着替えようとTシャツの裾を手に取る。
「ひゃん」
勢いよくまくった裾が胸に擦れ、思わず声が上がる。
「う〜……、何なんだよ」
何が何だか解らない。
クシュン――
不思議なくすぐったさを伴った肌寒さに、くしゃみが出た。
床に落ちているブラジャーを取ろうと下を向けば、胸に不自然な重力を感じる。
思わず上半身を引き戻すが、そうもしてられない。
取り上げたブラジャーの紐の位置を手探りで探り当て、肩を通す。
胸に触れたカップは冷たく、包まれたという感覚に心臓が再び高鳴る。
後ろに手を廻しホックを留めようとするが、初めてのことにどうにも上手くいかない。
その内、長すぎる髪の毛が絡まったのか引っ張られ、走った頭の痛みに涙が浮かんだ。
「う〜……」
「ちょっと、ユキ。タコ踊り?」
いきなり背後から髪の毛が引っ張られ、顎が上がる。
「あんたってば不器用なんだから……」
ほどけた髪が身体の前へと流され、ブラジャーのカップが強く押される。
どうやら代わりにホックを締めてくれたようだ。
胸に感じる圧迫感に戸惑いながらも、頭を振って髪を戻す。
先ほどまでと比べて揺れない胸には、初めて感じる安定感があった。
「さっさと着替えなさいよ。時間、ほとんど無いんだから」
押し付けられたスカートを広げ、仕方無しに足を通す。
「むぅ〜……」
やり切れない戸惑いを押し殺し、転がっているセーラー服を取り上げ、
手でその形を確かめながら着込み、横のファスナーを手探りで閉めた。
服を取った時に気付いたスカーフを結ぼうと胸の前に手を向ける。
セーラー服の布越しに胸の上にあるブラジャーのラインを指先に感じ、一瞬手が止まった。
それでも何とか適当に結わえようとするが、やったことのない上に見えないから満足に結べない。
「ユキ、あんたメガネどこにもないけど、別に終業式だから問題ないわよね――って、貸しなさいよ」
代わりに結んでくれる少女の甘い匂いが鼻孔をくすぐった。
その香りが、朝感じた部屋の匂いと同質のモノだと気付くのにしばらくの時間がかかる。
ついでとばかりに少女が髪の毛を梳き始めた。
髪の毛に神経が通っているわけでもないのに、整えられていくそれは、何故か心地よかった。
全ての準備が終わったのを確認するとばかりに周りを回り出す少女の気配。
辛うじて女性だというのが解るほどの視界の悪さの向こうから、相手の視線だけは鋭く感じ気恥ずかしい。
「だいたいこんなトコ――って、靴下忘れているわよ、ユキ」
ベットの端に片足ずつ上げ、焦げ茶色のハイソックスを履く。
広がるスカートの裾。舞い込む空気の流れに、パンツ一つでいた時よりも逆に感じる心許なさ。
膝下まであるハイソックスに膝上丈の短いスカート。
太股の半ばから膝までが何も無いという服は、かなり不思議であり、
胸当てこそあるがそれでも大きく開かれた襟元は、空気にさらされた首元の肌の触感が鋭さを増し、
異質な服を着ているという感覚を強める。
目が見えないだけに、なおさら――募る。これからの不安が……
ドッゴン!!
顔面に走る鈍痛。
「ちょ、ちょっとユキ、だい――」
背後から掛けてくる慌てた声に反応するように振り返ってみれば、大きく視界が揺れた。
「え? あれ? え…………」
ぼやけた世界はグルグルと回りだし、五感は遠くへと消え去った。
気が付けばそこはベットの中――
視界は依然ぼやけたまま。見上げる天井は儚く遠い。
「う……ん…………」
「あっ、気が付いたんだ」
部屋の奥から声が届いてきた。
顔を向けても、声の主の輪郭は限りなく存在しない。
「メガネが無いあんたを学校まで連れて行く自信も無くなったし、先生には二人とも休むって言っておいたわ」
ぼやけた世界の向こうから、溜息が聞こえた。
「しっかしドジね……そう言う風に設定したとは言え」
こぼした呟き。
普通なら聞き逃しそうな微かな囁きを耳にした途端、脳髄に痛みが走った。
!?
「人格投影システムを停止しろ!」
叫びに対して応えたのは、宙に浮く《ERROR》の警告。ぼやけて何一つ定かじゃない世界の中、それはクッキリと見えた。
「あっ、気が付いちゃったんだ」
耳に聞こえるは落胆の声。
でも、そんなモノにかまってる暇はない。
「コード22B5Wq97Tyッ!」
「無駄よ。先輩の管理者コードを書き換えさせて貰ったからね」
「先輩――って、お前、もしかして舞島由宇か!?」
「あら、あたしの正体まで解っちゃったんだ。
もう少し、先輩に『女の子』の生活を楽しんで貰うつもりだったけど、仕方ないわね」
気配が近付いてきて、
「先輩が面白そうなモノをプログラムしてるって噂を聞いてね」
耳元で囁く。
「さすがは先輩よね。ここまで精密な人格投影システムを一人で作り上げるんだから」
甘い髪の匂いが鼻孔をくすぐる。
「だからって、これは何の真似だ!」
「あら、こんな面白そうなモノ、独り占めは良くないと思うの」
すぃっと横目を眇める。
「だ・か・ら――」
その横顔はそばにあるだけあってハッキリし、蠱惑的な笑みを浮かべた小悪魔そのものに見えた。
「すっこし、あたしも協力してあげようかなって思って――ね♪」
ゾワッ――
体中の神経が際立つ。
内股を走る感触。思わず足を閉ざそうとするが、縛られていて動かない。
「協力って、なにを!?」
「クスッ――
感覚テストよ、感覚――た・だ・し――ふぅ♪」
「きゃぁ」
耳たぶを撫でる暖かい風に身を竦める。
「性感帯のね」
停滞した空気の中、衣擦れの音が微かに響く。
輪郭こそハッキリしない紺色の襟の向こうで、白い膨らみが掴まれ歪むのが見える。
「や、やめ……ろ」
絞り出したつもりの声は高く響く。
「あっは――感じ始めているのね」
「んなわけあるか! 俺は男だぞ」
「男――おとこね」
身体を撫でる手の動きが止まった。
「まともに見えもしないのに、鋭い目つきを向けるのね」
ぼやけた視界の向こうで、嫌な笑みを見た気がする。
胸元へと伸ばされてくる腕。逃げるように身を捩るが、縛られてる四肢に痛みが走るだけで満足に動かない。
黙って身構えていれば、聞こえてくるのは布の擦れあう気配。
それが、セーラー服のスカーフを解いていることに気が付いたのは、視界を塞ぐように黒い布地が迫ってきた時だった。
両の眼を塞ぐようにして縛られるスカーフ。
世界が闇に覆われた。
「何をする気だ!」
「別に。ただ、今の先輩の姿を認識させるだけよ」
突然、脇の下が強く押された。押さえる部分は脇から回って身体の上へと向かう。
「これが何だか解ってる?」
視覚を閉ざされたことで過敏になった肌は撫でる指先をトレースし、その『何か』の像を思い描かせる。
「…………」
「そう。ブラよ、ブラジャー」
指はブラジャーの輪郭を服の上からなぞっていた。
「これが肩ひも。ここがアンダーで、ここが――」
「ゃくぃ」
反射的に言葉が零れた。
「トップ♪
不思議なモノでしょ。胸に付ける下着なんて、初めてでしょ?」
クスッとした零れた笑みが響く。
「あなたは女――女の子なのよ。ブラが無いと胸を支えていられない、女の子」
ビクッと身体が跳ねた。
「あら、少し弄っただけで乳首が勃ってきたじゃないの」
さするブラジャーのカップの中の一点で圧迫感が増すのを感じる。
「クッ」
何かを我慢するように歯がみする。
「そんな無理に耐えなくても、身を任せたら? 先輩が感じてくれないことには、感覚テストが出来ないじゃない」
「だ、だれが――ッ!?」
バサバサバサとした音と共に、突然下腹部に風が舞い込んできた。
「知ってる? スカートって下が空いてるのよ」
ショーツが湿っていたのか、風に冷やされ股間が冷たい。
「やめろ!」
叫んでみれば、あっけないほど単純にスカートの裾が放された。重力で舞い落ちるスカートが股を振れる。
「強情ね……
まぁ、それが楽しいんだけど♪」
闇の中、気配が遠のいていったかと思うと、匂いを纏って戻ってきた。
「……紅茶?」
今まで無かった甘い香りが鼻孔をくすぐる。
「そう、紅茶。あたしの奢りだから十分堪能してね」
「きゃぁ!」
いきなり熱さに悲鳴が出る。
「熱い、熱い、熱い!」
服の上から染み込んでくる熱から逃げようと身を大きく動かすが、縛られた手首足首にヒモが食い込むだけで逃れられない。
「あら、ゴメンなさい。温めだから火傷しないとはいえ――今冷やしてあげるわ」
バッシャーン!!
「冷た!」
ぶっかけられた水に全身がずぶ濡れになった。
熱さこそは消えたが、逆に濡れた服がまとわりつき不快感が増す。
「先輩は、人が『自分』を認識するのに一番必要な感覚ってどこだと思う?」
手が濡れた頬を撫でてきた。
「そんなの知るか!」
「あたしはね、先輩。触覚だと思うの」
優しく繊細な指使いは唇へと伸びる。
横へと触れる指先からは、まるで儚くも壊れそうな『モノ』を扱っているかのような錯覚さえ抱かせた。
「触覚以外の五感は、対象物の認識しかできないわ。でも、触覚だけは違うと思うの。
他の感覚を封じた状態で触れれば、対象を誤魔化すことは簡単。もっともこれは、他の感覚にも入れることだけどね。
でもね、その対象が内側に向けられたら――どう?」
――――ッ!?――――
「痛っ!」
チクリとした鋭い痛みが太股に走る。
「刺された痛みは真実でしょ。痛みが足の存在を実感させないかな? ここに足があるんだ――ってね」
「…………」
「そしてその情報が喩えウソでも内側の感覚は真実になる。丁度今みたいの先輩のようにね」
気配が少し離れる。
「濡れた服がまとわりついている今の先輩なら、自分の身体の輪郭がハッキリと感じ取れるんじゃない?」
「え!?」
――心臓が跳ねた。
言葉と共に意識した感覚が濡れた服を意識させる。
否。
そんな優しいモノじゃない。
肢体にまとわりつく服は、否応なく『今の身体』を理解させる。
男ではあり得ない胸の膨らみ。
細くくびれた腰。
そして――あり得るはずのモノが無くなっている感覚。
「これって!?」
顔を上げるが目隠しが邪魔をして何も見えない。ただ、身体を捩れば余計に服が張り付く。
「あっは――下着が透けて見えて、欲情的よ」
「!?」
「クスッ――
見られてることを意識した途端身体が赤くなるなんて、随分と女の子らしくなってきたわね、先輩♪」
「ば、ばかやろ! 誰が女の子だ、だれ――うぐ」
いきなりのキス。
虚を突かれ、舌が中へと入り込んでくる。際立った感覚は、口内をなめ回すその動きの全てさえも感じ取る。
「知ってます? 女は見られて感じるモノなのよ」
「見られて……」
「そう、見られて。
あたしの視線感じません? 濡れたセーラー服を透かして解るブラ。そして、その下には微かなピンク色の乳首も見えるわね」
くすぐったさを伴った震えが全身に伝う。
「あら、おへそまで見えるわ。それに、スカート越しにすっきりした股の形まで見て取れるね。
クスッ――
ショーツの下の黒い靄まで解りそうね」
反射的に足を動かして『ソレ』を隠そうとする。
もっとも、固定された足は大して動きもせず、隠されることのないそこは見られているという視線を感じ取っていた。
「先輩……これが全て、先輩のモノなんだよ」
「俺のモノ……」
突然、熱さの波が身体を襲って来た。
「な、なんだよ……これ!? 訳分かんないよ! 止めろよ、来るなよ、来るなって!」
「受け入れなさい、先輩。それが、女の感じ方よ」
「だから、俺は男だ!」
「まだ言い張るのね。
でもね、
ここでの先輩は、女。セーラー服を着た可愛い女子高生。
上気して火照った頬にぬめる唇」
ビクッ。
「――や、やめ――」
「整った胸の膨らみ。くびれた細い腰」
触れられても居ないのに、聞かされた言葉の部位が熱くこそばゆくなっていく。
「引き締まったお尻。すらりと伸びた健康そうな太股――先輩、気付いてない?」
「…………」
体の中で荒れ狂う『何か』を押さえつけるのに必至で、いつしかその言葉はノイズとしか認識できなかった。
ただ、その続けられた一言以外は。
「さっきから先輩の声――嬌声に変わってるわよ」
え!?
「あぅふ、ん」
意識した途端、
「やン……うぅん、ぁっはん」
それは頭の中でこだまし始めた。
「あん、ああぁうぅン、ぁぐぅ、あっは、なっ! なんだよ、あぁン、こ、これ!?
身体ン中――あ、ぅん、が震えてる、やだ、やめ――――あうぅ、はぁん、ひん――」
『自分』が零す黄色くも甘い声に呼応するかのように、押さえきれない衝動が増した。
尾てい骨の辺りがくすぐったさで浮き上がり、下腹部の中には止められない波が迫ってくる。
「イキなさい、先輩」
「や、ぃや、やだ、やめて――――――――」
――――――――!!
一瞬の浮遊感。そして、全てが白に染まる。
「言葉だけでイクなんて、さすがは少女初心者ね、先輩♪」
手首と足首の圧迫感が無くなっていくが、
「絡んで楽しみたかったけど、それは後ね」
果てた思考ではよく解らない。
「今のデータを検証したら戻ってくるから、それまで休んでいてね。
あ、そうそう。
この世界、処理速度を限界まで速めてあるから」
「何だって!?」
先ほどの浮遊感は何だったのかと思えるほどの重さを感じながら身を起こす。
「外の世界の5分がここの1時間ってとこかな。
今日は一日空けてあるから、戻ってきたら永遠にも思える快感を楽しみましょうね
――あっ、視力は戻しておくから、女の子を楽しんでいてね、先輩」
自由になった手で目隠しを外せば、玄関へと向かう女子高生――に扮した舞島由宇の後ろ姿があった。
「ま、待て! 俺も出せ――」
慌てて追い掛けようとするが、
「じゃあね♪」
扉は無情にも閉められる。ドアノブへと手を伸ばせばそこにあるべきはずの取っては無い。そして、
「ドアが消えた?」
ノブだけではなく、ドアそのものが部屋から完全に消えていた。
「やられた。舞島のヤツ、領域を隔離しやがったな」
ぐったりと項垂れる――かけた頭を上げ、部屋の時計を見る。
「そう言えば、1時間が5分って言っていたけど……
あいつ、何日俺を閉じこめておく気なんだ?」
思わずクラッとくる意識――
何も考えないようにとずらした視線が捉えたのは、部屋の片隅に置かれた姿見に映る、
真っ青な顔をして頬をひくつかせている美少女のへたり込んだ姿だった。
− END −