「なんだ、こりゃ」
朝、起き抜けに鏡を見た筒井浩は、頭にアンテナが生えていることに気がついた。
「まさか、妖怪アンテナ?」
ついっとアンテナを上に引っ張ってみると、ロシア語が耳の中に響いてきた。
モスクワ放送らしいが、浩には何を言っているのかが分からない。
たまに談笑が入るので、お堅い番組ではなさそうだが、意味が分からないので面白くも何ともない。
どうやら頭に生えたこのアンテナ、電波を拾う役目を果たしているようだ。
「大学の講義、第二外国語はロシア語にするべきだったかな」
とりあえずアンテナはそのままにして、浩はキッチンへ向かった。
「母さん、メシ作って・・・ありゃ、居ないのか?」
キッチンに母親の姿はなく、テーブルの上にこんなメモが残してある。
『お母さんはお友達と買い物に行きます。ご飯は適当に食べてネ』
「またか。最近、しょっちゅうだな。まさか、浮気とかじゃないだろうな」
今年四十三歳の母親は、実年齢よりもずいぶんと若く見えて美しい。
また、ファッションセンスも抜群で、そんじょそこらの若い女では太刀打ち出来ぬほど洗練されていた。
そんな母を思いながら、頭のアンテナを触った瞬間、浩は突如、見知らぬ部屋の中へと移動した。
「あれ? どこだ、ここ」
浩は何故か、やけに大きいベッドの上に座っていた。
そして、正面にはガラス張りの風呂と小さなプール。
また、部屋の中を見回すと、カラオケや大画面のスクリーンがある。
一見してラブホテル風・・・というか、ラブホテルの一室、そのものであった。
「どうしたんですか、久子さん」
誰かが浩に声をかけてきた。自分と同じくらいの若い青年である。
はて、久子とは母の名前だが、この男は何を言ってるのだろう。
そう思いながら、ふと枕もとに張られた大鏡を見ると・・・
『か、母さん!』
なんと浩は母、久子になっているではないか。
いや、厳密に言うと、母の体に間借りしている感じである。
どうしてかというと、体が言うことを聞かない上に声も出ないからだ。
「どうもしないわよ。それより、続きをしましょう」
母、久子はそう言ってベッドから立ち上がる。驚いた事に全裸である。そして更に驚くべき事があった。
久子を囲む、三人の男の存在である。認めたくはないが、浩はその三人も全裸である事に気がついた。
裸の女一人と、同じく裸の男三人。これが何を意味するのかは、言うまでもないだろう。
『何てこった! 俺、母さんの体の中にいる! それも、精神だけが!』
原因はあのアンテナだろうと浩は思った。
母の事を思いながら触れたアンテナが、この状況を作り出したのだ。
モスクワ放送が入るほどの高性能なので、それも納得いく。浩は愕然とした。
「今度は俺、久子さんを二本挿しで責めたいな」
大柄な男が久子の腰を抱き、馴れ馴れしく言った。
もう幾度も彼女と情交を重ねているのだろう、欲望に歪みきった唇から出る言葉には、淫靡な響きが込められている。
「いいわよ、ふふッ。あなたたちの好きにして。でもその前に、もう一度シャワーを浴びるわね」
久子はガラス張りの浴室へ入って、身を清め始めた。
四十三歳とは思えぬ張りのある肌にシャワーの飛まつが弾け、足元に流れ落ちる。
『か、母さんの・・・意外な一面を見ちゃったなあ』
母と感覚を共有しているために、浩には生々しい肉の交わりの感触があった。股間の辺りに鈍い疼きがある。
きっと久子はここに、彼らを招き入れたのだ。
乳房には噛まれたような跡があるし、乳首はシャワーのぬるま湯を浴びただけで、キリキリと痛む。
きっと、三人によってたかっていじられ、もてあそばれたに違いない。
浩はその疲労感を伴う肉体の疼きを、己の経験としていた。
久子の記憶に刻まれた物が、彼の体にフィードバックしてくるのだ。
『こ、こりゃ、まずいぞ・・・』
久子の期待感が高まってきた。
これから、鏡の向こうに居る男たち三人に抱かれる事を思って興奮しているのだ。
それが浩にも伝わってくる。
『母さんの考えるイメージが、俺の頭の中に入って来る! やめてくれ!』
久子の考える淫ら事が膨らんできた。久子は彼らに縛られる事を望んでいる。
手足を括られ、芋虫のようにベッドへ転がされて、散々に辱められたい。
そんな映像が浩の脳内で結ばれた。
『母さんはマゾなのか! ち、ちっくしょう! やめろ、俺の母さんだぞ!』
母の記憶がどんどん浩の中へ入り込んでいた。
三人の男は出会い系サイトで出会ったようで、地元の大学生らしい。
久子は彼らとの複数プレイをいたく気に入り、週に一、二回は連絡を取って、このラブホテルで会っているようだ。
その他にも、口に出せないような恥ずかしい淫戯に耽溺し、男たちからセックス奴隷と呼ばれている事も分かってしまった。
『母さん・・・』
思わずうなだれる浩。若く美しい母は、そんな面を持っていたのだ。落ち込まずにはいられない。
「久子さん、まだ?」
「今行くわ」
男に呼ばれて、久子がシャワーを切り上げた。
その瞬間、イメージされていた物は消え、浩は一旦、おぞましい記憶から開放された。
しかし、それはほんの一瞬の事でしかない。
「久子さんのために、新しいロープを持ってきたんだ」
「あら、嬉しいわね。今日もあたしを、たっぷりと可愛がってくれるのね」
濡れ髪も美しい熟女の体に、赤い縄が打たれた。
肩から胸、そして腰へと、縄はまるで蛇が獲物にからみつくように伸びていく。
『うわーッ! やめてくれ! 俺はマゾじゃない!』
久子が縛られるという事は、浩も同じ目に遭っているという事だ。
自分が裸で、男三人に縛られるという恐怖は、浩には耐え難かった。
だが、久子が感じる倒錯感が、淫らな気持ちにさせるのも事実。
恐怖と官能が入り混じって、浩は発狂寸前となった。
『わーん! 助けてくれー! お姉ちゃーん!』
母がこの状態なので、浩は思わず五歳年上の姉の事を思った。
日頃は口うるさいが、根は弟思いの優しい姉である。
名は梓といい、地元の商社でOLをしている。
母親譲りの美人で、浩にとっては自慢の姉だ。
そんな姉の顔が脳内で結ばれると、やっぱりというか、浩はまたもやどこかの部屋へ移動した。
『あれ? ここはどこ?』
ラブホテルとは打って変わって、今度はずいぶんいかめしい感じの部屋の中に、浩は居た。
見たこともないおっさんの銅像と、社訓をしたためた額縁。豪奢な椅子に調度品の数々。
一見して、ここは重役室という感じだった。
『・・・どこかの会社かな? ひょっとしたら、お姉ちゃんの・・・』
さっきまでの事を考えると、姉の体に間借りしていると思って間違い無さそうだ。
実際、浩は今、書類を持って歩いている所だった。
胸がやたらと揺れるので、Fカップの爆乳を持つ姉に間違いない。
それと分かると、浩は胸をなでおろした。
『良かった。会社だったら、おかしな事はないもんな』
体の自由が利かないのは相変わらずだったが、今度は仕事中の姉の中に居るのだ。
滅多な事は無いと、安堵する浩。
しかし、ちょっと気になる事がある。胸がやたらと揺れるのだ。
いくらFカップの爆乳とはいえ、走ってでもいない限り、そんなに揺れるはずはない。
まして、姉の梓は仕事中で、下着はもちろん、制服だって着ているはずだ。それなのに、胸が揺れている。
「専務、書類をお持ちしました」
「ご苦労さん、梓君。そこに置いといてくれたまえ」
「はい」
姉の名前が出た。やはり、今の浩は梓の中にいるのだ。
そしてしばらくすると、浩は次第に姉と感覚を共有し始めた。
『ん? 姉ちゃん・・・どうして、裸なんだろう』
姉は以前、浩に会社で専務付きの秘書をしていると言った。それで、どうして裸なのか。
浩に嫌な予感が沸き起こる。
「梓君、この後の予定は?」
「午後から会食がひとつ・・・夜は・・・何もありません」
専務と姉の会話の中に、色艶のような物を感じる浩。
大人の雰囲気とでも言うべきか、母の体に間借りした時に経験した、あの淫らな期待感がふつふつと膨らんでくるのだ。
「今日は久しぶりに、梓君をたっぷり可愛がってやれるな」
「ありがとうございます」
「家には遅くなるって連絡しておくといい」
「はい。後で、弟にでもメールを打っておきます」
お姉ちゃん、俺はここに居るよ! メール不要!
と、浩は叫んだが、もちろん梓には届かない。
そう言えば、姉は会社勤めを始めてから、帰宅時間が遅くなっている。今さらながら、浩はそんな事に気がついた。
「夜まで待てんな。梓君、ちょっとしゃぶってくれんかね」
専務と呼ばれたのは、肥え太った五十がらみの醜い中年。
その男が、豪奢な椅子に座ったまま、ズボンのジッパーを下ろして、薄汚い一物を取り出した。
「はい、喜んで」
梓は素早く立ち上がり、専務の前へ傅いた。
おまけに、服を着ていない。姉、梓はやっぱり裸なのだ。
『お姉ちゃん、あなたまでも!』
感覚を共有する事で、浩は姉の現状を理解出来た。
姉は、この専務という男に調教されているのだ。奴隷秘書──今、梓はそんな立場にある。
「おしゃぶりさせて頂きますね」
「ああ、念入りにやれよ」
梓は淫水焼けした薄汚い一物を手にとって、うっとりと眺め始めた。もちろん、その映像は浩へも伝わっていく。
『うわー! やめろー! お姉ちゃーん!』
繰り返すが、浩の叫びはまるで届かない。
姉、梓は自らを奴隷と貶める事で、快楽を得る女だった。
重役室で全裸となり、仕事をする。専務に乞われれば一物だってしゃぶる。
時には、取引先の重要人物などに、貸し出される事もあるらしい。
そんな記憶が、浩の中へ入り込んで来る。
それは、先ほどの母の淫事に比べると、数倍の破壊力を持っていた。
「梓君のフェラテクは、お付き合いのある方々から高い評価を受けてるんだよ」
「ふふッ、ありがとうございます」
梓は二、三度、一物を扱くと何の躊躇も無く専務の股間へ顔を近づけた。
『キャスバル兄さ───ん!』
浩は叫んだ。誰でもいい。助けておくんなましと。
だから、世界で最も頼れそうな男の名を叫んだのである。
しかし、浩の精神は姉と同化したままだった。
もし彼が、ジョニー・ライデンの名を叫んでいれば、事態は変わったのかもしれないが、それも今となっては後の祭り。
「おお・・・いいぞ、梓君」
専務は股間から発する、淫らな生肉を啜る音に酔いしれていた。
その時、僅かながら若い男が、
『ちょっと、弾幕薄いよ。何やってんの!』
と、叫ぶのを、この醜い欲望を晒した中年は聞いたという。
おしまい