月が、灯りの絶えた境内を照らしている。
「どうか、どうか尼々祇野(ににぎの)さんと恋人になれますように……」
 五百円玉を奮発して、パンパンと柏手を打って祈っているのは、二十歳前後に見える男性だった。
 彼の名は、川津修太。
 かなり大人びて見えるが、彼女いない歴十六年の、もちろん童貞少年だ。
 ここは遠羅洲乃(とおらすの)神社。縁起や名の由来はともかく、縁結びの霊験あらたかな神社として、特に女性に大人気の神社である。
正月には境内にあふれた参拝者の多くが若い女性という珍しい光景も見られるためか、社務所では色とりどりの縁結びのお守りやアクセサリーが売られているな ど、
なかなか抜け目ないところもある。
 人通りがまったくない深夜の社(やしろ)の前で、両手を合わせ、目をつぶって一心不乱に恋愛成就を祈願している修太の耳に、男の子の声が飛び込んでき た。
「うーん、どうだろうなあ……難しいよね、この顔じゃあ」
 聞き捨てならない台詞を耳にして、修太は顔を上げた。
「お前か! お前が今、俺の顔のことを言ったのか!」
 視線の先には暗い背景から浮き出るように、古風な白い着物を着た子供が驚いた顔で修太を見つめて突っ立っていた。
「わ! わっ! 何で見えるんだよお!」
 まだ声変わりをしていないところからすると、小学生くらいなのだろう。
 子供を睨みつけた修太の顔はなるほど、ごつい輪郭といい、にきびの痕だらけの顔といい、細く鋭い目つきといい、
恐もてする顔ではあっても人に好意を持たれるタイプではないことが一目でわかる。
黙っていてもチンピラは避けて通るし、にっこり笑えば赤ん坊が引き付けを起こしそうなご面相なのだ。
「いつからそこにいたんだ。くそっ、女の子がいない時間を狙って来たのに、何でこんなガキに見つからなきゃいけないんだ」
 時刻は、草木も眠る丑三つ時――午前二時少し前だ。師走も押し迫ったこの時期だから吐く息も真っ白だし、空気も突き刺さるように冷たい。
鬱蒼と樹木が生い茂った山の中にある社だから、町の音もほとんど届かず、しん……と静まり返っている。
「お前、この神社の子か」
「うーん……まあ、そう言えなくもないかなあ」
「そうか、悪いことしたな。でも、そんな格好で寒くないのか」
 修太は身を屈めて少年に言った。こう見えても中身はなかなかの好青年で、人の嫌がることでも率先してやるし、ボランティア活動ももくもくと精力的にこな している。
それをいいことにクラスメート達は修太に面倒をいろいろ押しつけるが、嫌な顔一つしない。
 普通ならいじめに発展しそうなところだが、こわもての人相と、がっしりした体格と幼少から鍛えられた腕力の強さが、それを許さないのだ。
空手でも柔道でも有段者級の腕前はあるのだが、段位認定試験を受けたことは一度もない。
 人を殴るどころか、争いごと全般が苦手なのだ。
「へぇーっ、お兄ちゃん顔に似合わず、なかなか優しいんだね」
「よく言われるけどな」
「でも、もてないんだ。その顔だもんね」
「こいつッ!」
 こうストレートに言われて腹が立たない人など、いるはずもない。
「捕まえられるものなら捕まえてみな」
「逃げるなよ」
「ふーんだ。逃げるもんか!」
 少年はどっかりとあぐらをかいて床に座った。ふてぶてしく修太を見上げる顔は、明らかに彼を挑発し、侮ってもいるようだった。
 修太がずんずんと歩み寄って手を伸ばしても、逃げる様子はまるでない。
 だが、修太の手が襟にかかってぐいと引き上げられると、少年は慌てて手足を振り回し始めた。修太の体にぽんぽんと当たるが、彼は気にもとめない。
「逃げなかったら捕まるのはわかってるだろ? お前、どっかおかしいんじゃないのか。それに、こんな夜中にそんな服を着て。親はどこだよ」
「父様(とうさま)は今はここにいない。ボクがここをまかされているんだ」
 精一杯虚勢を張って、唇を尖らせる。
「どうして人がボクを捕まえられるんだよ……いや、ボクが見えることからしてありえないんだけど」
「見えない方がおかしいだろっ!」
 と、ここまで言って妙なことに気がついた。
「ちょっと待て」
「その前に、ボクを離して欲しいんだけど」
「逃げるなよ」
「逃げないって。約束する」
 修太が手を離すと、少年はその場にどっかりと腰を下ろし、あぐらをかいて言った。
「ボクはね、恐れ多くもこの神社の神様なのだ。頭(ず)が高い、控えおろう〜!」
「ははぁ〜っ!」
 反射的に平伏しそうになるが、途中で気がついて少年の頭を平手で叩いた。
「水戸黄門かよ」
「ぶっ、ぶったね! 父様にも叩かれたことがないのに!」
 頭を押さえながら少年は言った。
「神様の頭を殴ったらどうなるかわかってる? 罰が当たるぞ」
「ほほーっ、罰か。当てられるもんなら当ててみやがれ」
 神をも恐れぬ態度の修太は、まるで地獄の悪鬼のように見えた。
「……ごめんなさい」
 少年の方が頭を下げた。
「いや、実はまだ神様と言っても半人前なんだ。せいぜい、人の仲を取り持つきっかけを作るくらいの力しかなくって……つまり、まだ修行中ってわけ」
「お前、本当に神様なのか?」
「さっきそう言ったでしょ」
「簡単に信じられるかよ」
 確かに物怖じしない態度や、修太自身はセーターの上にダウンジャケットを羽織っているにもかかわらず身が縮みそうな思いをしているというのに、
少年はこの寒さの中で薄着一枚で平気な顔をしている。
これだけでも普通の子供ではないのは確かだ。
 修太が少年を見つめていると、こころなしか彼の背後から光が漏れ出ているように見える。
仏像などで放射状に広がって表現されている、いわゆる光背(こうはい)というやつだが、修太はそんなことなど知らないので気付きもしな
い。
 その光が、一気に膨らんで修太を包んだ。
「うわぁっ!!」
 思わず顔をおおったが、腕やまぶたを通して光が染みてくる。それなのに、まぶしくない。目の前は白一色で何も見えないが、体の芯まで温まるような不思議 な光だ。
「どう? これで納得してくれたかな」
 少年は立ち上がって、修太の腕に手を当てていた。 
「……神様かどうかはともかく、普通の子じゃないってのはわかった」
「まだ信じてくれないんだね。それなら……」
 と、少年は突然言葉を詰まらせ、目を見開いて言った。
「うわー、凄いな! お兄ちゃんって顔に似合わず、すごい霊力の持ち主なんだね。ボクが見えるだけのことはあるんだな」
「顔に似合わずはないだろ。それに今、何をしたんだ」
「ん? お兄ちゃんのことをちょっと調べさせてもらったよ。縁結びの神様……見習いだけどね、これくらいのことはできるんだ。
それに、お願いも調べさせてもらったよ。ずいぶんと可愛い子なんだね〜」
「ちょっと待て! 勝手に何をしやがったんだ、コラ!」
「うーん、あの光まで見えるなんてますますただ者じゃないなあ」
「こら、俺の質問に答えろ、いや、答えてくれ!」
 襟をつかんでぐいっと引き上げている様は、端から見れば悪い高校生が小学生を恐喝しているようにしか見えないが、幸いなことに今の境内には二人の他に人 はいない。
「いや、本当に凄いんだよ。ボクはまだ人と触れるほどには神力を蓄えてないんだ。それだけの力をお兄ちゃんは持っていたんだよ。
それなのにまだ、たっぷり余裕がある。これを凄いと言わずしてなんて言うんだろうね」
 霊体としてしか存在しないはずの少年が、修太に接触することができる。実体化は膨大な霊力が必要なのだが、それを可能にするだけの蓄積が修太にはあった ようだ。
「そういえば、 俺の家って母さんの方のひい婆さんまで、うちの田舎の社(やしろ) で、代々巫女をやってたって話を聞いたことが……確か、豊作を願う神様だったと思うんだけど」
 修太の母の子供の頃はまだそこかしこに林や小さな山があり、田舎というイメージにかなり近いところだったという。
今は再開発で開けた地方都市になっていて、山も切り崩され、昔の面影はほとんど残っていない。
その神社も、昭和になってから火災で焼け、再建される前に戦争が始まり、不法占拠をされて居座られた上に法律上からも完全に乗っ取られてしまい、
今では社の跡は影も形も無く、そこには周りを威圧するようなマンションが建っている。
「なるほど。血と先祖代々から引き継がれた霊力が、まだ女の子と交合……えっちのことだけどさ……それをしていないために、ここまで霊力が高まっているん だな。
ここの神主が千人束になってもお兄ちゃんにはかなわないくらいだよ。普通に生きていくには、まったく無駄な力だけどね」
「ちょっと待てよ。なんで俺が女の子と……その、つきあったりしてないことがわかるんだよ」
「だって、さっきので全部わかっちゃったから」
「さっきのって……!」
 修太は不思議な光のことを思い出し、次いで羞恥に顔を赤く染めた。
「まさか、お前、俺の心を読んだな!?」
「だってさ、ほら。ボク、神様だから。人のお願いをかなえるためには、その人のことをよく知らなきゃいけないわけだし」
 物怖じせずに少年は続けた。
「ふぅん、なるほど……お兄ちゃんがやっている、体を鍛えたり、人の仕事を快く引き受けたり、奉仕をしたりすることが、霊力の鍛練になっているんだよ。
しかも無意識に、自然に、何よりも継続して休まないなんて人は、今の世の中を探してもそう多くはいないだろうね。今まではまったくむだな努力だったけど」
「むだっていうなよ。確かに、そんな修行のつもりはなかったけどさ」
「霊力はね、それを引き出す方法を知っていて、初めて意味があるんだ。世の中には無駄な霊力を持った人が意外に多くて、君もその一人ってわけ。ただし、桁 違いの霊力なんだけどね」
「どうも実感が湧かないんだけど」
「いやー、本当に儲かっちゃったな。普通はその地方の神様が貰う力をただで貰っちゃったんだもんな。後で調べて、お礼を言っておかなきゃ」
 神様らしからぬ軽い調子に、修太はあっけにとられた。
「そうだね。君の願いをかなえてあげても十分余るくらいの霊力が流れ込んできたからね。今ならどーん! とお願いを特別にかなえちゃおう。
ボクは面食いだから、かわいい子の願いはかなえても、君みたいな男の願いなんかかなえないんだよ。本当に特別なんだからね」
「生意気なガキだな。誰かお前なんかに願いをかなえてもらうもんか!」
 修太は少年に背を向けて歩き出した。
「まったく、柄にもないことをするんじゃなかった……」
 神頼みをしようとした自分の情けなさに腹を立てながら石段を降りようとした修太は、急に目眩を感じて階段を踏み外した。
「しまっ……」
 た、といい終えないうちに、彼はまた本殿の前にいることに気がついた。
「ね? これでボクが本当の神様だって信じてくれただろ」
 修太は呆然として、得意げな顔をして自分を見上げている少年の顔を見つめかえした。
「君の思い人との仲を、ボクが神力を使ってなんとかしてあげよう」
「ほ、本当か! 本当に尼々祇野さんとの仲をなんとかしてくれるんだな?」
「ボクだって神様だからね。一度約束したことは絶対に守るよ」
「ありがとう! 恩に着る! 一生忘れない!」
「今日はクリスマスイヴだからね。サンタさんからの特別プレゼントってことで」
「西洋の真似をしていいのか?」
「八百万の神様がいる日本だから許されるんだよ」
「いい加減なんだな」
「柔軟と言って欲しいな。日本人は昔から様々な宗教を柔軟に取り入れてきたからね」
 言われてみれば、生まれた後にお宮参りをし、クリスマスを祝い、神社や仏閣に初詣をし、結婚式は神式・仏式・教会でと入り乱れ、
死ぬ時は仏教で執り行われることが多いなどと、ある意味無節操ではある。
「でも、人の心を変えることはできないんだよ。残念だけど」
「それじゃあ、意味ないだろ」
「いいや。その子を変えられないなら、君を変えればいい。幸いにして君には莫大な霊力があるから、それを元にすれば彼女の理想の人にすることだって可能な んだ」
「凄いな。さすがは神様だ。ガキんちょだけど」
「まだこの世に神として誕生してから十五年しか経ってないからね」
「なんだ。じゃあ俺より一つ年下なんじゃないか」
 年を聞いて若干の不安が心をよぎったが、ここまで来てただ帰るわけにもいかない。
「手を出して」
「こうか?」
 修太が差し出した右手を少年が両手で握り締めたとたん、彼の手から熱いものが伝わってきた。
 体が痒い。むずむずする。

(熱い……血が燃えるようだ……)

「動かないで。声も出しちゃだめだよ」
「……」
 きつく目をつぶって、修太は首を何度も縦に振った。
 ぶるん、と何かが震えた。
「……あれ?」
 少年の声が気になるが、熱い波動が全身を駆け巡っていて目を開けることもできない。ひたすら、力の奔流がおさまるのを待つばかりだ。
 どれくらい目をつぶっていただろう。
「もう、いいか?」
 熱さがおさまったのを感じて修太が言った。
 何か、おかしい。
「あの……えーっと」
「いったい何なんだよ!」
 ぱっと目をあけると、少年はしゃがんで修太を上目使いに見つめている。視線を下に向けようとして、視界をさえぎる何かに気がついた。
「ん……?」
 なんだか腰まわりがすかすかする。おまけに、体をうごかすたびに胸がぶるぶると震える。
「わっ! なんか、胸っ! 胸が……あるッ!!!」
 鏡が無いから彼自身にはわからないが、修太は大柄な少女へと姿を変えていた。お姉様とでも言えそうな長い艶のある黒髪の、上品で気品がある美少女だっ た。
「どうしてなんだ。おい、説明をしてくれ!」
「うーん……理由はよくわからないけど、君の霊力の高さが予想以上の変化を招いたんだろうねえ」
「そりゃ、尼々祇野さんは女の子が好きで、男なんか目もくれないけどさ。これじゃ意味ないだろ! 元に戻せよ」
「なるほど、彼女は同性愛者か」
「俺の心を全部見たんじゃないのかよ! 元に戻せよ!」
 修太は詰め寄るが、聞きなれない声が頭に響いて、どうにも気になって仕方がない。自分の声とは、とても思えない。
「無理だよ〜。君が持っていた霊力の大半は、もう使っちゃったから。別の体にしてくれと言われてもできないよ」
「じゃあ、俺はこのままなのか。元に……永遠に男に戻れないのか!?」
「あー、簡単簡単。霊体を引き剥がせば、そんなに時間もかからずに元に戻るよ。でも、もったいないと思うんだけどなー。美人だしぃ〜」
「もったいなくない! このまま女でいる方がよっぽどまずい」
 彼女に好かれるのはいいが、女性になってしまってはいろいろと面倒だ。まさかこんなことになるとは思ってもいなかった修太は慌てた。
「その、霊体を引き剥がすとかでもいいから、早く何とかしてくれ」
「もったいないよ、そんな美人なのに!」
「い・い・か・ら、早く元に戻せ!」
 額をぶつけ合わせるようにして睨みつけ、修太は少年に迫った。
「気が進まないんだけどなあ……」
 動いた拍子にズボンがストンと地面に落ち、トランクスが脱げそうになった。
「あ、やべっ」
 かがんだ瞬間、全身が湯船の中に浸かったように暖かくなった。言い方は変だが、ゼリーをプラスチックの容器からぷるん! と押し出したような感じがす る。
「えっ?」
 背後で、どさりと何か重い物が倒れるような音がして振り向くと、下半身がトランクス姿の美少女が石畳の上に崩れ落ちているのが見えた。
「うわ、可愛い……」
「でしょ? もったいないから今からでも……」
「俺は元に戻りたいんだって――う、うわぁぁぁぁぁぁっ!」
 修太は思わず両手で胸を隠すと、地べたにぺたんと腰を下ろした。
「う……わぁぁぁっ! なんですっぽんぽんなんだ!」
「そりゃ、霊体だからね」
 今度はなぜか、自分の姿が修太自身にもわかった。
今の基準からするとやや太り気味のようにも見えるが、どっしりとした腰に豊満な胸は、男性の心を揺さぶる母性を備えた肉感的な美少女である。
修太は知らないことだが、村一番の美女として知られていた祖母の若い頃の雰囲気を色濃く残している。
倒れている肉体の方も美少女と言えるが、こちらも決して負けてはいない。
「おい、早く何とかしてくれ」
「……」
 修太の声が聞こえないのか、少年は黙って修太を見ている。
「聞こえないのか?」
「一緒になろう」
「は?」
 修太は地べたに座ったまま顔を上げると、少年は感極まった表情で修太を見下ろしていた。
「君はボクの連れ合いになるべきだ。君は人間としてよりも、神として生きる方がいい力を持っている」
 修太はぶるぶると体を震わせ、全力で少年が握ってきた手を振り払った。
「絶対に、絶対にお断りだ!」
「もしかして君の御先祖様に、神様がいなかった? これだけ簡単にはっきりとした霊体になれちゃうなんて、普通は有り得ないんだけど」
「有り得ないなら戻せ!」
 体を丸め、脚で前を隠して言う。ふくよかな胸が潰れて、なんとも妙な気分だ。
「いやー、だって、君が巫女さんの袴姿をしているところを想像するだけで興奮しちゃうよ。もったいない」
「もったいなくない! 早く戻せ」
「でも君の魂は、女の子の要素が強いんだね」
「うーん。うちは代々、女が生まれる事が多かったからかな。男の子が生まれたのは百数十年振りだとか婆ちゃんが言ってた……ってそんなことはどうでもい い!」
「なるほど、受け継がれた霊力の高さゆえに霊体にまでその影響を受けたというわけかな。やっぱり祖先に神様がいたのは間違いなさそうだね」
 といいつつ彼は帯を解き始めた。
「何をしてるんだ?」
「服を脱いでいるんだけど」
 少年が服をはだけると、体に似合わず野太い陽物が股間から屹立していた。
自分のがきゅうりなら、さしずめこれはサツマイモクラスといったところか。
「ちょっと待て。それはなんだ!」
「何って……君も持っているだろう? あ。今は、持っていた、だったか」
「てか、でか過ぎだ!」
 エロマンガや春画のウタマロもかくやという、とてつもなく凶悪な代物だ。
これを見て歓喜するような女性は、よほどの淫乱でもなければ皆無に等しいだろう。
「だってボク、恋愛成就の神様だし。みんなの心のそこにある願望を具現化したものだから、これはボクのせいじゃないよ」
 修太は顔を背けながら、吐き捨てた。
「マジでグロい。女ってデカけりゃいいとか思ってんのか?」
「うえぇぇ。傷ついちゃうなあ」
 口を尖らせる表情は、まだ幼さを残しているが、股間の物の凶悪さとは余りにもアンバランスだ。
「僕が神力を注いであげれば、君も元に戻ると思うよ」
「思う?」
 疑い深そうな目で修太は見つめる。
「大丈夫だから、大丈夫……」
 彼にそう言われると、不思議に心が安らいできた。
「安心して身を任せて」
 幼いとはいえ神の放つ言霊に囚われた修太は少年に押し倒され、石畳に背中を預けた。
本当は冷たいはずだが、まるで極上のベッドに横たわっているように柔らかく体を支えてくれているのがわかった。
「神力を注ぐって、ま、まさか……」
「君が思っている通りだよ」
 足首を捉まれて間に体を割り込まれるが、まるで体が言うことを聞かない。
「待て、待てっ! 俺は男ぉぉ……っ!」
 ずぶぅっ、と一気に奥まで貫かれた。
「あ、あひぃぃぃぃっ!!」
 きつくつぶったまぶたの裏に光が走った。だが、体が串刺しになったように感じているのに痛みは微塵も感じない。
「ああーっ、な、なんでぇぇぇっ!?」
 それどころか、少年が腰を動かし始めると言葉を出すことすらできなくなってしまった。
 気持ちがいいなんて、なまやさしいものじゃなかった。
 快楽。絶楽。極楽。
 体中の穴という穴からピンク色の淫汁を垂れ流してしまうような未経験の快楽が、修太の心を真っ白に塗り潰してゆく。
「ふぅん、お兄ちゃん……って、もうお姉ちゃんだね。お姉ちゃんにはボクがこんな風に見えているんだ」
 少年は憎らしいほどゆったりと、堂々たる腰使いで修太を攻めながら言った。
「なんで、わか、る……のぉ……?」
「今、ボクとお姉ちゃんは一心同体だからね。お姉ちゃんが感じていることは、ボクも感じているんだ。ああ……すごく……すっごく気持ちがいいよ、お姉ちゃ ん」
 あまりの太さに体の中をえぐられ、削られるようだった。だが苦痛ではなく、気持ち良さの方が圧倒的だ。
「お姉ちゃんのおまんこって気持ち良すぎだよぉ……もう、止まらないや」
「だめ、やめっ!」
 手を上げて抵抗しようとするが、まるで力が入らない。
 体が、溶けてゆく。
 上げた手が少年の手の後で組み合わされ、体を引き寄せる。
 極度に敏感になっている胸の先端が押し潰され、それだけで意識が遠く飛ばされそうになってしまう。
「出る……お姉ちゃんの中に、出すよっ!」
 いけないと思う間もなかった。
 熱い飛沫が体の奥で弾けた。
 注がれる熱い物をのがすまいと少年の脚に自分のそれを絡め、全身を密着させてびくびくと桜色に火照る体を震わせた……。

 ***

 飛ぶって、本当にあるんだなと修太は思った。
 今もなお貫かれているが、最初ほど快楽に悶える事はない。だが、男の時の自慰など比べ物にならない快感で体が蕩けそうになっている。
 少年神は最初こそ正常位で腰を振っていたが、やがて後背位や坐位、立位、交差位、騎乗位など様々な体位を試しては修太を刺し貫いた。
肉体が無いからか、空中でする曲芸的な体位もできるというのは不思議な体験だった。
 できれば自分がする方が良かったのは間違いないが、この気持ち良さは男の時とは比べ物にならない。
 ふと、本殿の中でなんて罰当たりな……という考えが修太の頭をかすめる。
 本当にこの少年は、ここの神様なんだろうか。
「あふ……」
 何度も奥に出されているのに、溢れ出てくる感じはしない。むしろ、体の奥に留まっているようですらある。
「妊娠……しないのかな」
「ああ、それ、大丈夫」
 悠然と腰を使いながら彼が囁く。
「あくまでもこれは神力の流れだからね。それに、僕は君からも神力を貰っているんだ。こうやって交わっているだけで神力が生まれて、僕達でわけあっている んだ」
 だが、頭がすっかりピンク色に染まっている修太には理解できない。もっとも、正気だったとしても理解できるかどうかはわからないが。
 また、体の奥底に放たれる物を感じて、目をつぶる。
 体がぴくぴくと震え、少年がどうしようもなく愛しく感じて、また抱きしめてしまう。
男と抱き合うなんてという気持ちもあるのだが、溢れ出る母性が彼を求めてしまうのだからしかたがない。
 ようやく動きが止まったのを感じて、修太はけだるげに体を起こした。身を起こすと胸が揺れ、それだけでまた体に快感が走る。
「なあ……そろそろ元の体に戻してくれないかな」
 少年は修太から小さくなったものを引き抜き、壁を突き抜けて何やら騒ぎが起きているらしい外の様子を覗いて言った。
「いやぁ、無理だと思うけどな」
「なんでさ」
「いや、だってさ……」
 首をすくめて、舌をちょろっと出して彼は言った。
「君の体、外に放っぽっておいたら、なんか凍死しちゃったみたいでさ」
「なにぃぃぃぃっ!!」
 素裸なのもかまわず、修太は扉を突き抜けて外に飛び出た。
空中に浮き上がっている事に気がついて慌てるが、昨晩の空中セックスの事を思い出して、心を落ち着けて地面へと舞い下りた。
裸はどうかと思った瞬間、巫女の衣装を身にまとっていた。これなら恥ずかしくない。
 神社には既に数人の警察官と救急車が到着しており、白い布に覆われた担架が運び出される所だった。社を十数人が遠巻きにして見つめている。
 修太は駆け寄って布をはがそうとするが、触る事ができずにいらいらした。
そこに突風が巻き起こり、覆われた布が剥がれて自分の顔と対面する事ができた。
「うわ、 俺!  俺! どうした俺! そんな青白い顔してどうしたんだ俺! ……うわ、なんか本当に爬虫類みたいじゃないか、俺ッ!」
「だからさー、君は神様になった方が絶対にいいんだって。かわいいし、あそこの具合も最高だし」
 修太は振り向いて、握り締めた拳で少年のほっぺたを思い切り殴りつけた。
勢い余って転びそうになったが、少年の方は十メートル近くも吹っ飛ばされてようやく空中で止まった。彼は立ち上がって駆け寄り、口を尖らせて言った。
「ぬぉぉ! ぶっ、ぶったな! 父様にもぶたれたことないのに!」
「お前の父親の顔が見たいわ!」
 今度は平手で五往復ほどビンタをかます。
「おおおおおおおおっ! 効く! 効く! なんでこんなに神力があるんだよぉ!」
「それは私から説明しよう」
 ふたりが驚いて振り向くと、そこにはゆったりとした紺の和服に身を包んだ男性が立っていた。だが、修太には彼が普通の人間ではない事が一目でわかった。
「もしかして、こいつのお父さん……ですか?」
「はずかしながら……。息子が大変申し訳ないことをした」
 そう言って、彼は深々と頭を下げた。

 ***

「わー、あの子かわいいなあ。願いをかなえちゃおうかな」
「だめだろ、そんないい加減なことじゃ! ちゃんと心を感じ取って願いをかなえるべきかどうか、どうすれば最善なのかを考えなきゃ」
 巫女そっくりの格好をした修太……いや、今はこの神社の主の片割れとなっているまだ名の無い少女神は、少年をたしなめるように言った。
「そんなに真面目じゃあ、疲れるだろ?」
「神様がいいかげんでどうする!」
「君も神様なんだけど」
「見習いだけどな。名前も無いのはどうかとも思うけど、女の名前で呼ばれるのも嫌だからちょうどいいか」
 腰に両手を当てて、溜め息をつく。
「大丈夫。それだったら僕も見習いだから」
「自慢してどうする」
 握った拳で少年の頭を殴りつける。神力を込めているから、見た目によらず、一抱えもある岩を真っ二つに割るくらいの破壊力がある。
もちろん相手も神だから、頭が砕けるようなことにはならないのだが。
「うう……大和撫子の伝統はどこへいってしまったんだ」
「大和男児がめそめそ泣くな!」
「僕は神様だから、男児じゃないよ」
「じゃあ、俺も神様だから大和撫子じゃないよ」
「ううっ……すでに尻に敷かれてるよぅ……」
 全身が痺れるほどの痛みに堪えながら、少年神はぼやいた。
 修太はこの若き神のために肉体を失い、この世の存在ではなくなってしまった。
 年末の慌ただしい時期に行われた自分の葬式を見届け、修太はそのままこの神社に居着くことになった。
「この地の神々に、君の家の加護と祝福を頼んでおいたよ。子孫代々、君の家は様々な神の加護を受け続けるから安心していい」
 少年神の父神にそう言われて、修太は両手に力を込めて悶えた。
「むおおおおお。そんなことができるなら、俺がその恩恵を受けたかった〜!」
「うわ、悶える姿もそそるなぁ〜!」
 その直後、彼が父神と(元)修太の二人に鉄拳制裁をくらったのは言うまでもない。
 修太には弟と妹がいるのだが、父神の力を借りて二人に夢を見せ、神を敬うようにと修太は告げた。
「君の血には、わずかながら神の血を感じることができる。きっと、君の御先祖は神と交わり、代々その地を守護してきたのだろう」
 やがて妹は成長してこの神社の巫女となり、修太の弟である兄と共にこの地を守護する役に就くことになるのだが、それはまた別の話である。
 心ならずも元・修太である彼女は、神の末席に加わる羽目になってしまった。
 だが、女性の姿形である。なんとかならないのかと言ったが、神格化する時に女性で固定されてしまったので、無理だという。
「修行を重ねれば、男の姿に化けることはできるようになるけどね」
 少年の父神は数百年の年月を経た神だが、以前ほど信仰を集めることがなくなったということもあり、人間と触れ合うほどの力はないという。
元の姿に戻るのにどれほどの年月が必要かと考えると、気が遠くなりそうだ。
 彼女の祖先は、実は神であった可能性が高いらしい。巫女と交わり子を為す神も、太古にはあったという。だから神の血を引く彼女は、容易く神になれたのだ ろう。
「君も神であるならば、神力を養わないといけないね」
 と父神に言われたのだが、神力を高めるためには交合、すなわちセックスをするのが一番の近道だという。
「人間じゃなくなった上に、こんなエロガキとセックスしなきゃならないなんて地獄だ」
「何を言うんだ。交合は神聖な儀式だよ?」
「その割にはお前って、神木につかまらせて立ちバックとか、皆が見ている前で露出プレイとか、変なことばかり考えるよな」
「人には絶対に見えないから大丈夫。それに、君がここに来てから余計な記憶がボクにも流れ込んできて、迷惑なのはこっちなんだけどな」
「う……俺のせいにするか」
 夫婦(めおと)であるためか、二人の記憶はかなりの部分で共有されているのだった。
元が人間である彼女の雑多な記憶は初心な少年神の好奇心と性欲をいたく刺激したようで、巫女姿でいることをねだり、毎日暇さえあれば交合を求めるようなあ りさまだ。
 特にここ数日は、少年神に休まず体を求められ続けていた。
 肉体的制約がないからか、二十四時間ずっと挿入されたまま、あらゆる体位で貫かれ、何度も中に出されて、途中からは自分から腰を振ってしまうことも珍し くない。
今日もまた夜通し求められ、いいようにされてしまっていたのだった。
「いやー、御陰さまで今日もたっくさんの女の子のお願いを適えてあげられちゃいました♪ 君のかわいい乱れっぷりもたっぷりと堪能できるし、一石二鳥だよ ね」
「こんの、エロガキ!」
「一歳しか違わないし、神様としてはボクの方が十五年も先輩だよ」
「くっ……」
 風格すら漂わせる少年神を前にすると、彼女は黙らざるをえない。やはり先輩にはかなわないのだ。
「でも、今日はずいぶん神力、使っちゃったなあ」
 少年がわざとらしく呟く。
 彼の女の体の芯が、ぼっと火がついたように熱くなるのがわかった。
「ほら、服を脱いで。外は気持ちがいいよ。風に当たりながら交合しよう」
「だめ。絶対にダメ、嫌だ」
「そんなこと言わないで、ほらぁ」
 くすくすと悪戯っぽく笑いながら抱きしめられただけで、彼女はもう抵抗できなくなってしまう。
頭がほんわりと暖かくなって、頭にピンク色の霧がかかってしまうのだ。さすがは恋愛成就の神様だけあって、この手の通力はお手のものらしい。
「いっ、いつか仕返ししてやるっ」
 ふるんとこぼれ出る豊かな乳房。服を脱ぐと、その下はもう素肌だ。現実の肉体が無いので、暑さ寒さを気にしないですむのだ。
「君のおっぱいは日本一だね。ボクはそう思うよ」
「お前に言われても嬉しくない……」
 と言いながらも、服を脱ぐ手は止まらない。完全に操られているのだ。白い餅肌に豊満な乳房。
今でも慣れることはできないが、これはまぎれもなく現実だ。しかも、この姿のまま永遠に存在し続けるのだ。
「はぁ……」
 また、溜め息が漏れてしまう。
 つい数ヶ月前までは学校の勉強や男女交際……はともかく、遊びや趣味などに忙しかった毎日は消え去り、信じられないほどゆったりとした日々を送ってい る。
 だがまさか、神頼みされる方になってしまうとは、誰が予想するだろう?
「あ、はぁぁ……」
 立ったまま前から貫かれ、今度は甘い溜め息を漏らす。
「産めよ満たせよ、地に満ちよ。早く子供が産まれるといいなあ」
「くそぅ……悔しいけど、き、気持ちいいよぉ……」
 女の子達がこちらを向いて、一生懸命に祈っているのが見える。まさか目の前で神がセックスをしているなど、誰が思うだろう?
「ああ……本当に君と交わっていると、神力がどんどん高まってゆくのがわかるよ。さすがは豊饒の神の子孫だけはあるね。きっと今年のこの地方は大豊作だ よ」
「あ、な、なんでぇ……?」
 ゆさゆさと揺さぶられている体からは、自ら光り輝く汗のような物が飛び散り、股間からしとどに漏れ出る愛蜜は地面に瞬く間に吸収されてゆく。
「ボクと君の交わりから生まれたものが、この地に染み込んでいるんだ。君は豊饒の神様だから、それは地の恵みとなって大地を潤す。
豊かになれば皆から感謝され、君の通力も上がる。いいことづくめだろう?」
 もちろん、その循環は必ずしもうまく行くとは限らないのだが、長年、豊饒の神が不在だったこの地のことだから、きっと彼の言う通りになることだろう。
「いいじゃない。気持ち良くてボクも人間もみんな幸せ。いいことずくめじゃないか」
「おっ……俺は不幸だよ」
「君一人の不幸で、大勢の人が幸福になれるんだ。神様冥利に尽きるってものだろ?」
「納得できない……あ、ぅんっ!」
 感じる場所を深くえぐられて、少女は艶っぽい声を上げる。
「せめて、気持ち良くしてあげるよ。ほら、極楽浄土にだって行けるんだから」
「極楽浄土って……仏教のじゃ、なかった……?」
「わあ、なんで知っているんだ。侮れないなあ」
 とは言うものの、それに匹敵する場所はある。彼女も何度かそこに行き、日本には本当に無数の神がいるものだと感心したものだ。
 やがて彼女の吐息に本格的に甘い響きが混じり始め、湿った音が続く。

 この神社はやがて、恋愛成就と子宝に霊験あらたかな神社として有名になるのだが、それにはまだ、だいぶ時間がかかるようであった。


END


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