彼が「私」という呼び方に慣れるまで、ずいぶんと時間がかかったと思う。
なにしろ、十八年間、彼は「俺」という言い方で通してきたから。
別に、おてんばだったというわけじゃない。
信じてもらえないかもしれないけれど、彼は、つい一年前までは確かに男だったんだ……。
「X-MASの贈り物」
クリスマス・イブに一人じゃないというのはいい事だ。
だが、その相手が男であるというなら、また別の話になる。
康一朗はポケットに入れたコーヒーの缶で暖を取りながら、電話ボックスの中で人ごみの中に目をやっていた。
携帯電話が普及したご時世からか、両隣りのボックスには人がいない。
目の高さに張られた目隠しのシールと、無数のピンクちらしが視線をさえぎってくれる。
本当はこんな場所まで出たくなかったのだが、約束であれば仕方のないことだった。
ボックスの下から入り込んでくる冷気が下半身を冷やす。
「たまんないな……」
電話機の横に備えつけられているゴム付きのバーに腰をかけながら、呟く。
と、ドアを叩く音がする。康一朗は入口の方を見た。
「お姉ちゃん、一人? 誰かと待ち合わせ? 俺と一緒にどっか行かない?」
立て続けにまくしたてる、髪を金髪に染めた軽薄そうな男が康一朗を扉越し
に見下ろしている。
「イブに一人って寂しいじゃん? オレ、一人。寂しいよね。キミも一人だろ。独り者同士でイブを過ごさない?」
「待ち合わせしているんです」
「俺も待ち合わせしてんの。君と。ねえねえ、君、名前は?」
どこにも逃げ場はないとわかっているから、男もしつこく誘ってくる。
都心の駅前だから人通りは多いが、電話ボックスに注意を払う人などまったくいない。
「いいじゃん。ほっとかれてんだろ? じゃあさ、ケータイの番号教えてよ。メアドでもいいから」
「携帯、持ってない」
「うっそ! 珍しいじゃん! じゃあさ、一緒に買いに行こうよ。安いとこ知ってるから。
そんで、俺を一番最初に登録してよ。毎日暇だからさ、TEL くれたら、すぐ飛んで行くから。ね? 行こうぜ」
康一朗は内心、うんざりとしてため息をついた。
こんな男について行く女の子がいるから、こういった手合いが減らないのだろう。
自分もかつてはそうだっただろうかと、彼は思い返していた。
「黙ってないでさー。な? それとも援交でもやってんの?
君、カワイイしさ。親父なんかより、俺の方が絶対、セックス強いぜ? 一晩中寝かしてやんないくらい」
ひひひ、と男は歯を剥き出しにして笑う。何がおかしいのだろう。一人でしゃべって、一人で受けている。
「なー、いいだろ? 早く行こうぜぇ! なぁ、なぁ!」
いい加減切れてきたのか、電話ボックスの扉を押して中に押し入ろうとする。
康一朗が足でドアを押し、男が入れないようにする。
ストッキングを履いていない生足がガラス窓にはりつき、ひりつくほど冷たい。
「いーじゃん。セックスしよぉぜぇ! おら〜、おらぁ〜!」
勢いを増す男に負けまいと康一朗もふんばる。
「ひょーっ! キレイな脚してんじゃねえか。見せつけんなよ、オラ!」
ボックスを押し倒そうという勢いの男の背中を、誰かの手が叩いた。
「うっせぇなぁ! 黙ってろ、クソんだらぁっ!」
振り向きざまに男は、背後に向かって蹴りを入れる。
狙い違わず、スニーカーの靴底が藍色の制服の腹部に決まり、警察官は地面に転がった。
男は背後をちらりとも見なかったので、羽交い締めにされた時も何がなんだか理解できず、ただ暴れるだけだった。
「ちょっと来てもらおうか」
「何すンだよ、うるぁぁぁっ!」
振り上げた足が電話ボックスのガラスを割り、あやうく康一朗の足を傷つけるところだった。
「器物損壊及び、公務執行妨害!」
蹴飛ばされた警官がボックスから引き剥がされた男の前にまわり、手錠をかけた。
男は手錠をかけられた瞬間、嘘のようにおとなしくなってしまった。周囲には人垣ができ、遠巻きに寸劇を見守っている。
「あの、お巡りさん? 俺、何もしてませんよ? ねえ……」
「お嬢さん、怪我はないですか?」
電話ボックスから出てきた康一朗に、警官が尋ねた。
わずかな間があって、康一朗は黙ってうなずいた。お嬢さんという言葉が、一瞬理解できなかったのだ。
「なー、俺、何もしてないよーっ! ね? してないってば!」
金髪男の声が遠ざかり、パトカーの扉が閉まる音がする。
「あ、はい。大丈夫です」
「香純(かすみ)!」
待ち人の声を耳にして、康一朗は声の方に振り返る。
「……おっそいぞ、島崎!」
手が震えているのは、寒さのためだけではないのだろう。小走りにやって来た島崎という男の顔を認めて、警官が言った。
「彼女の、恋人かな」
「違います!」
「まあ、そんなもんですけど」
康一朗と、島崎の声が重なる。崩れ始めていた人垣の中から、少なからぬ失笑が漏れた。
警官も苦笑して、島崎の肩に手をかけた。
「あまり彼女を待たせるんじゃないぞ。こんなに時間に可愛い女の子を一人で置いてけぼりにするなんて、危ないからね」
そう言って、肩をポンポンと叩いてから警官は二人から離れ、無線に向かって電話ボックスの破損について報告をし始めた。
軽く手を横に振り、次いで街の方を指して、もう行っていいよとゼスチャーをしてみせる。
小柄な女性は警官に向かってぺこりと頭を下げ、島崎という男もつられて頭を下げる。
「マジ、遅い。もう少しであいつに捕まるところだったんだからね」
精一杯背を伸ばして、可愛らしい小顔で、怒った表情を作って睨みつける。
「島崎のリクエストだったから、無理してスカートを履いてきたんだぞ。こんなに寒いのに」
「あ、本当だ。冷たくなってるなあ」
体を屈めて素足を触られ、彼女は身をすくめる。
「ひゃっ! な、何すんだよぉっ!」
「いや、この世の触りおさめにってことで」
彼の言葉を聞いて、彼女の顔が曇る。
「なあ、本当にあと少しで死んじゃうのか?」
「うちの親父が言ってたからね。もう手後れだって。今日も痛み止め打ってきた」
ファンデーションでもはたいてきたのか、島崎という男の顔は、男としては不自然なくらい綺麗な顔だった。
この島崎猛彦という男はもともと、素材は悪くない。名前とは裏腹に、いわゆるモデル顔という整った顔立ちをしている。
そして、もう一方の秋多香純(あきた かすみ)という女性は、康一朗という別の名を持っている。
これについては、おいおいわかってくるだろう。
「今日を逃したら、もう、出られないかもしれないから」
顔を上げて、猛彦はイルミネーションジャングルの谷間から顔を覗かせる曇った夜空を見つめる。
「そんなに、悪いのか?」
「心配いらないよ。今日、明日に死ぬわけじゃないから。香純を抱くまで、僕は死ねないよ」
「もぉっ……バカ」
振り上げた拳を解き、猛彦の肩に手をかける。
「死ぬなよ。おまえが死んだら、俺は誰に相談すればいいんだよ」
「あとは姉貴に頼んであるよ。まあ、ちょっと学者バカで、康一朗には迷惑かけちまうかもしれないけど」
「そうじゃないって……」
胸から熱い物が込み上げて、彼女の涙腺から溢れ出る。
「死ぬんじゃない。最後まで諦めるな」
「できるだけ努力するよ」
猛彦は女性の華奢な肩を抱き、ふところに抱いた。
いつもは抵抗するはずの彼女は、おとなしく、男性の大きな体に包まれる安心感を覚え、なすがままにされた。
クリスマス・イブの夜。
夜七時をまわったというのに、まだ人通りの激しい通路の中で、二人は静かに立ち尽くしていた……。
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黒のセーターに、これもまた黒のスカート。襟元からちらちら見えるのは、下に着ている白のブラウスだろう。
足下はロングブーツだが、膝を見ればわかるとおり、ストッキングは履いていない。
どことなくあか抜けないこの女性。
康一朗という名前と言葉遣いでわかる通り、香純という少女に見えるほどの小柄な女性は、男の精神を持っている。
ほぼ一年前の十二月二十五日。康一朗という存在はこの世から姿を消し、代わって香純という名の女性が、
精神だけは康一朗のままに居座ってしまったのだ。
突然女になったと言って、誰が信じてくれるだろう。
両親と顔を合わせても妙な顔ひとつせず、おはようと声をかけてきた。
姉の美紀も今日は珍しく早起きじゃないの、と軽い冗談を言ってくるだけだった。
康一朗は、変わり果てた自分の部屋に駆け戻り、洋服ダンスを漁って、夏前にようやく取った限定解除の免許証を探しあてた。
そこには、自分と同じ生年月日の秋多香純という女性の顔が、
原動機付自転車……いやゆる50CC以下のスクーターの免許証に、少し緊張した顔で張り付けられていた。
そして康一朗がまず相談したのが、島崎猛彦だった。
彼は優秀な医大生として将来を嘱望されていた。なにしろ父親は大病院の院長で、母親は広く名の知れた医学研究者。
姉も臨床医として早くも名を轟かせつつある、先祖代々医療に身を投じた者ばかりという医学一家なのだ。
康一朗は、彼の姉が猛彦の姉と同学年ということから知り合い、中学・高校の六年間を同じ学校で過ごした仲でもあった。
体の異常を知って、真っ先に電話をしたのが彼だというのも無理はない。
猛彦はパニックに陥った彼を落ち着かせ、姉である澄美(すみ)を説き伏せて、彼女と共に康一朗を見舞った。
「元から女だったでしょう?」
と不思議がっていた澄美も、康一朗と名乗る女性の、理路整然とした記憶を訊くにつれて、
段々と猛彦のいうことにも一理あると理解していった。
「確かに彼女……康一朗君だったかしら? 彼の言うことは、矛盾がほとんど無いわ。
猛彦の記憶とも一致するしね。単なる意識障害と言い切るには無理が多すぎるわ」
だが、一夜にして男が女になり、戸籍どころか康一朗と猛彦を除く全員の記憶まで塗り替えるなど、どう考えても不可能だ。
いくら考えてもわからないものは仕方がないので、澄美は猛彦を部屋の外に出して、体を診断した。
詳しい事はCTスキャンなどを撮ってみなければわからないが、調べる限り、康一朗は紛れもなく女性そのものだった。
猛彦を部屋の中に呼ぶ前に、澄美は康一朗に女性の下着のつけ方などを簡単に教え(なにしろ、ノーブラだったのだ)、
詳しい事はまた後で教えてあげるからと彼……彼女に言い含めた。
「とにかく、あなたは今は女性なんだから、女の子らしくしなさい」
小さい頃から頭の上がらなかった女性に言われれば、康一朗もうなずかざるをえない。
こうして康一朗は、香純という名前の女性として、新たな生活を送り始めたのだった。
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「早いもんだよね。もう、一年が経ったよ」
康一朗は猛彦の手を握りながら、言った。
大きな逞しい、男の手。
だがその手の色は不健康に黄色く、冷たかった。
内臓機能がやられているのだ。肝臓、腎臓、膵臓。
特殊な細胞に犯された彼の内臓は、本来ならばすぐにでも入院して、臓器移植手術を受けなければならないほどの重症なのだ。
予約しておいたレストランの食事も、彼は半分も食べる事はできなかった。
スパークリングワインも、ほんの形ばかりしか口をつけなかった。
それでも、相当無理をしているのが傍目にも明らかで、見ているだけで痛々しかった。
「早いね。この一年、いろいろな事があったな」
「うん」
二人の横を、無数の車が走り抜けてゆく。
吐く息が白い。
彼の体温を感じようとして、彼女の手に力がこもる。
冷たいけれど、まだ彼は生きている。
「いろいろなところに行ったよな。海とか、山とか……」
「島崎が勝手に連れ回したんだろ?」
「まあ、そうとも言うかな」
猛彦は笑みを作って、康一朗の顔を見る。
ずきん。
胸が、痛い。
締めつけられるように苦しい。鳩尾より少し上の奥に熱い物が固まっていて、康一朗を苦しめる。
「どうした?」
「ん。なんでもない」
原因はわかっている。自分の姉から、処方箋のようなものも預かっている。
だけど――踏み込めない。
「寒いだろ」
「いや。コート、プレゼントしてもらったし。いい値段するんだろ?」
「ブランド物じゃないけど、仕立はいいだろ」
「なんか、女に馴染みこみそうで怖いな」
「男だもんな」
「まあ、ね」
康一朗は無理矢理笑顔を作って小走りに駆け出し、猛彦の前に回り込んで、くるりと半回転する。
「この一年ありがとう。島崎……ううん、猛彦がいなかったら、お……私、正気じゃいられなかったと思う」
「こうい……」
猛彦の言葉を、康一朗、いや、香純が飛びつくようにして自分の唇でふさぐ。
「私を、抱いて。それが……私からあなたへの贈り物」
「おい……」
「女に、これ以上言わせる気?」
ぎこちない笑みを浮かべて、香純は猛彦の手を引く。
「おい、どこへ行く気なんだ?」
この時期、ホテルはどこも満室のはずだ。
「大丈夫。私にまかせておいて!」
そして香純は猛彦を先導して、クリスマス・イルミネーションの中へと歩いていった。
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女性に人気のだけあって、年明け早々にはクリスマス・イブの予約は
満室になっているというホテルだということは、猛彦も知っていた。
ツインの部屋は広々としている。セミダブルベッドが二つあるのが、どこか気恥ずかしい。
「驚いたな」
「お姉(ねえ)から譲ってもらった。今年は刀乃(とうの)さんと温泉旅行に行くから、いらないって」
刀乃というのは姉の婚約者で、来年六月には結婚する事になっている。
二人はチェックインしてエレベーターに乗った時から、どことなく噛み合わない会話をずっと続けている。
間がもたないのだ。
「あ、ほら。東京タワーが見える。景色抜群だね」
香純が両手を広げて窓に顔を寄せる。
「なんか吸い込まれそうだよ。ねえ、猛彦?」
こたえは、返ってこなかった。
「……猛彦?」
声に心配の色を滲ませて、振り返る。
猛彦はベッドに腰をかけて、うつむいていた。
「猛彦、どこか具合が悪いの?」
「いや……」
短いが、しっかりとした言葉が返ってきた。
「康一朗。もう、こんな事はやめよう。君がそんなに無理をする事はない。
この半年……いや、一年間、僕は君を振り回し続けた。もう、十分だ」
「違う!」
思わぬ激しい口調に驚き、猛彦は顔を上げた。
香純の顔は、涙に濡れていた。
「そりゃ……確かに最初は、女の格好をさせられるのが辛かった。
体は女でも、俺……わ、私は男だと思っていた。でも……でも……」
胸から込み上げる強い感情を押さえきれずしゃくりあげる香純を、猛彦はただ、静かに見つめていた。
「猛彦が、来年の春まで生きていられないって知った時、私、ショックだった。
友達の猛彦、一緒に泳いだり、女の子を誘って集団デートしたりした、
親友の猛彦じゃなくって、異性としてあなたを意識しているって気づいたの。
自分が信じられなかった。猛彦やうちのお姉には相談できなくて、澄美さんに悩みを打ち明けたの」
「姉さん……に?」
「うん」
うなずいた拍子に、鼻からつぅ……と一筋の液体が垂れて、絨毯に落ちた。
一瞬の間の後、猛彦は弾かれたように笑い始めた。
「こ、康一朗! お前、鼻水が……ははっ!」
「笑うなよ! せ、せっかく俺、じゃなくて、私が勇気を出してしゃべっているのに……」
猛彦は笑いながらサイドボードにあるティッシュを数枚取り、立ち上がって彼女の鼻に当ててやった。
「ほら、ちーんってして」
「自分でできるって!」
身をよじる香純の鼻に、猛彦はティッシュを優しく押し当てる。
「いいから、ほら」
「……わかった」
ふん! と強い鼻息と共に、温かい物がティッシュに染み込んだ。三度も鼻をかむと、鼻に溜まった物もなくなったようだ。
暖かかった。
徐々に感覚が失われつつある手に、ティッシュを通して香純の体温が猛彦の体に染み渡って行くようだった。
愛しい。
たまらなく、愛しい。離したくない。
「猛彦?」
凍りついたように動かない猛彦の顔を、香純が覗き見る。
猛彦は180センチほどだが、香純は150センチ半ばと、身長差は30センチ近い。
不意に香純は抱きしめられた。
「苦しい……苦しいよ、猛彦」
「好きだ、香純。離したくない……ずっと、一緒に居たい」
冷えた猛彦の体が震えている。
高ぶった感情が、彼の病に犯された体を揺さぶっているのだ。
「私も、好きだよ。猛彦」
その一言でようやく解放された香純は、一歩後に下がって言った。
「あの……シャワー、浴びてくるから」
うつむいている彼女のほっぺたは、羞恥で赤く染まっているように猛彦には見えた。
「一緒に入ろうか?」
「バカ」
軽く手を上げてみせた香純の表情は、怒り50%、照れが45%。残りはもしかすると、期待をしているのかもしれなかった。
▼
ベッドサイドの灯りは落とされている。
天井の常夜燈のほのかな照明と、開け放たれた窓から入ってくる街の灯りが部屋に満ちている。
バスローブを着て出てきた香純は、黙ったままうつむいていた。入れ違いに猛彦がシャワーを浴びに行く。
ユニットバスではなく、更衣室のある本格的なバスルームだ。
猛彦の身体中が、高ぶっていた。
服を脱ぐと、ここ数ヶ月は存在すら忘れかけていたペニスが、痛いほど張り切って天井の方を指し示した。
男なのに。
親友なのに、俺は……。
猛彦の心の中に、複雑な感情が渦を巻く。
だが股間のモノは、彼の迷いなど知った事かとばかりに透明な雫をほとばしらせている。
肌を焼くほど熱いシャワーを浴びる。
それでも、股間のたぎりは一向に収まる気配を見せない。
仕方なく彼は濡れた石鹸で体を洗おうとし、手を止めた。
この石鹸は、香純が使ったのか?
そう考えるだけで、胸の中から熱い物がふつふつとわき上がってくる。
生きている。
僕はまだ、生きている!
猛彦は急いで体を洗い、シャワーでシャボンを流し落した。
バスルームを出ると、白いバスローブが用意されていた。香純がやったのだろう。
彼が脱いだ服も、ちゃんと畳んで置いてある。
大きなバスタオルで体を拭き、用心深くバスローブを羽織る。
注意しないと、ペニスが布地に擦れて射精してしまいそうだったのだ。
ふと鏡を見ると、黄疸で黄色く澱んだ肌に血行が蘇ったのか、体全体が健康的な、ほの赤い色に染まっていた。
きっと、この逢瀬を精一杯楽しめという、天からの贈り物に違いない。
猛彦はそう信じることにして、更衣室を出た。
▼
香純は窓際にあるベッドの足下の方にちょこんと腰をかけ、外を見ていた。
猛彦はそっと近寄って、背後から香純を抱きしめる。
「ん……」
少しだけ身を固くさせるが、やがて力を抜いて猛彦に体を委ねる。
彼の手が胸の方に行くのを感じ、香純が言った。
「やっぱり胸、ちっちゃいよね?」
「ん? 俺はこのプチパイが好きなんだけど♪」
「……バカ!」
まだ乾ききっていない、洗いざらしの髪に顔を埋める。
「いい匂いだな」
「恥かしいよ……」
猛彦の唇が、香純の耳に触れる。
「や、やめろよ」
「い・や・だ」
猛彦はそう言うなり、香純のバスローブの胸元に手を差し入れ、
果物の皮でも剥くように、つるりと上半身を露にしてしまった。
「あっ!」
剥き出しになった胸を慌てて押さえようとするが、猛彦の手の方が早かった。
彼女の手をうしろに回すようにして、一気にバスローブを剥ぎ取ってしまう。
振り向こうとした香純を猛彦はベッドに押し倒し、彼女の上に乗った。
「た、猛彦……」
固くなった強ばりを体に押し付けられて、香純が恥ずかしそうに言った。
「ああ。凄く興奮してる。すぐにでも出ちゃいそうだ」
「お……私みたいなので?」
「いや。香純だから、こんなになるんだ」
上から覆い被さっている猛彦が香純を見つめる目は、あくまでも真剣だ。
香純は、ふっと微笑んで手を伸ばし、猛彦を招いた。
「いいよ。……でも、優しくしろよな」
「仰せのままに。My lady」
二人の唇が重なりあい、鼻を鳴らす甘えた吐息が部屋の中に溶けていった。