風車小屋の中に天井の隙間から月明かりが射し込んだ。
ぎりぎりと歯車の軋む無機質な音が小屋の中に間断なく響いている。
小屋の隅で身を横たえる何者かがいた。
月明かりに浮かび上がるその姿は、人ならぬ異形のものだった。
肌は青磁のような色味を帯びている。瞳は琥珀。爪と牙が伸び、耳の先端は鋭角に尖っている。
なにより異形を決定づけるのは背に広がる黒い皮膜のような翼だった。
その魔性は、名をアデルといった。
──剣士アドルが魔女カーミラに挑んで敗れ、魔女の手により美しい女淫鬼に変えられた。
それがいまのアデルだった。
眠るアデルの唇がほころんだ。
寝息にしては熱く、悩ましい吐息がこぼれる。
「ああ、ああ、そんなにされたら……」
形良くふくらんだ胸の上で魔性の者には不似合いなほど可憐な桜色をした乳首がみるみる固く突き出た。
「ア……」
吐息とともに腰がくねる。
アデルは夢を見ていた。
夢の中で、アデルは“アドル”だった。魔女の城でカーミラによって堕とされたときのことを夢で追体験していたのだ。
身を愛撫されるたびに、剣士だった男の肉体がか細い女のものに作り替えられていく。
憎んでも憎みきれない仇、カーミラの手によって。
アデル──夢の中ではアドル──は、誇りにかけて、女になど変えられるまいと抵抗した。
それを嘲笑うようにカーミラはアドルの男の象徴を、あろうことか足先で弄んだ。
魔女の蜜を流し込まれ、敏感にされていた体は、
年端もいかない少女の姿をしたカーミラの遊び半分の愛撫でどうしようもなく反応してしまう。
「お兄ちゃん!」
あどけない仕草と声でカーミラは言う。
「お兄ちゃん、ほらほら頑張って。そのままイッちゃったら、女の子になっちゃうんだよ?」
「く……うう……」
「あはっ。苦しそうな顔。セーエキを出したくて出したくてたまらないの?
そんなにあたしに足でいじられて気持ちいいんだ?」
「リア……」
最愛の妹だったリアの名を呼び、アドルは必死でカーミラに与えられる性的快感と戦った。
夢ともしらずアドルは、あの絶望と屈辱をもういちどそのまま味わっていた。
そして現実の小屋の中では。
アデルの朱の唇がわななくたび、その端から尖った牙の先がのぞいた。
寝言にリアの名をつぶやいた声は、媚薬のように甘い女の声音だった。
夢の光景に呼応するようにアデルの手は無意識に胸と秘所へと向かった。
魔性の女の白い指が、むき出しの乳首をこりこりと転がし、包皮の上からクリトリスを擦った。
アデルの意識は夢を見ている。ただその肉体だけが主の知らないうちに自らを慰めているのだ。
気持ちがいいとそうなるのか、背中の翼がときおりブルブルと震えている。
いまこの瞬間に風車小屋を訪れた男がいれば、アデルの悩ましげな吐息を耳にしただけで射精に導かれただろう。
それが女だったとて、あまりにも淫らで美しい魔性の寝姿から目を離せなかったことだろう。
夢の中のアドルはいよいよ人間として、剣士として、男として、最後の矜持をかけてカーミラに一矢を報いようとしていた。
「貴様の思い通りになってたまるか──!」
きょとんとしているカーミラの喉笛をくいちぎろうと、アドルが身を起こす。
その矜持をすべて粉砕するように、カーミラは小さな足の裏でアドルの男の象徴を踏みにじった。
「残念でした──あはは。ほうら、いい? 気持ちいい? えい、ぐりぐりぐり。もう出しちゃえ!」
「く……かはっ……」
精神の堤防がその瞬間、崩壊した。
思い出の中のリアと同じぐらいの年格好をした少女にいいように男の部分を踏みにじられ、
なすすべもなくアドルは白濁液を吹き上げてしまった。
「あーあ、出しちゃった。これでお兄ちゃんは一生、男には戻れないよ。クスクス」
アドルは叫びながらとめどもなく射精させられた。
とどめとばかり、カーモラの指がアヌスと、形作られたばかりの秘裂に挿入され、体奥で強く襞をこすった。
「うああああ……あああああああっっ!!」
絶叫とともに最後の精を放つ──。
アデルは己の口から出た悲鳴で目を覚ました。
「あ……そうか……夢……」
夢の中で与えられた激しい快感がまだ体内でくすぶっているようだった。
そして夢から醒めれば待っているのは現実だった。
アデルは寝ている間に己のとっていた痴態を知って呻いた。
右手は乳房に、左手は秘所にあてがわれていた。
夢の世界でカーミラにいたぶられている間、現実のアデルはずっとそうして己の淫らな肉体を慰めていたのだ。
それこそが、カーミラによって与えられた呪いなのだ。
いまもその居城でカーミラはアデルのていたらくを笑っていることだろう。
「く……はぁっ……」
ぬちゅっ……
秘裂にすっかり埋もれていた指を引き抜いた。
挿入物を失ったそこは、物足りないと抗議するようにひくひくと口を開けて蠢いていた。
指よりもっと太くたくましい“モノ”をそこにくわえたいと全身が疼いている。
淫鬼に堕とされた身の悲しい性だった。
波のように打ち寄せる疼きを無視してアデルは立ち上がった。
射し込む月光に艶やかな裸身が照らし出される。
異形ではあっても、それは息を呑むほどに美しい女の体だった。
(オレは……いつまでこの姿で生きていくんだろう……)
薄汚れた外套をはおるとアデルは風車小屋の外に出た。
ひんやりとした夜気を胸一杯に吸い込むと、いくぶん情欲の火が小さくなったように思えた。
アデルは人の目を避けるため、昼の間は隠れて体を休め、陽が落ちると街道を旅する日々を送っていた。
太陽の下ではアデルの姿は一目で魔性のものとしれてしまう。
それを見た者は恐れ、あるいは憎悪に駆られて襲ってくるだろう。
“夜の住人”にとっては夜空の月こそが旅の供なのだ。
アデルが山賊たちの精を喰らってから、十日が経っていた。淫鬼の躰はふたたび“食事”を欲していた。
日に日に、その欲求は強くなっている。男の精が欲しいと体中がわななくのだ。
山賊から奪った外套には、持ち主だった男の体臭が残っていた。
その臭いですら、アデルをたまらなく発情させることがある。
どうしても我慢できないとき、アデルはフラフラと森の奥に分け入り、
牡の体臭の染みこんだ外套をきつく己の裸身に巻き付け、自慰にふけるのだった。
それをするたびに男の心にヒビが入っていく。浅ましい雌になりきった己の姿に吐き気がする。
それでも、情欲の炎を一時的にでも鎮めるには、そうするほかなかったのだ。
「くふぅ……」
歩きながら、アデルは艶を含んだ吐息をもらした。
きのうよりも乳房が張っていた。歩くと乳房が揺れ、揺れるたびに望まない官能がそこに生まれる。
この淫鬼の肉体そのものが、アデルにとっては甘美な拷問具だった。
それでもアデルは自制を働かせ、目的地めざして道を進んだ。
アデルの当面の目的地は、とある古い尼僧院だった。ケイニス尼僧院という。
その尼僧院では百年ほど前に禁忌の魔道にとりつかれた修道士によって、
魔性の者を人へと変える研究がなされていたという。
その修道士が異端者として逐われ、修道院が尼僧院としておきかえられた今でも、
尼僧院の奥深くには禁断の研究の成果が隠されていると噂されていた。
ケイニス尼僧院を訪れればあるいは人間に戻る方法が見つかるかもしれない──。
それだけが、アデルに残されたわずかな希望だったのだ。

街道を進むアデルの前方に、湖が見えてきた。街道脇の案内碑に湖の名が刻まれていた。
アデルは外套から皺だらけの地図を取り出して広げた。
「……もう、尼僧院まで近いな」
地図をしまうとアデルは街道を外れた。
しばらく湖に沿って北へ歩き、峠をひとつ越えたあたりで尼僧院に辿り着くはずだった。
人里を避けつつ、アデルは進んだ。
明かりの灯る酒場でひとときの安らぎを得られればどんなに良かったことか。
だがそれはアデルには許されない贅沢なのだ。
やがて湖は見えなくなり、人家も途絶えた。
人一人分の幅しかない道は、日に何度か行商人が通るくらいのものだろう。
こんな夜更けには人の気配すらない。
ときおり、魔の気配を感じた小動物が茂みや木陰へとあわてて飛び込むくらいのものだった。
アデルは“餓え”を忘れようとひたすら足を動かした。

いつしか空の月が梢に遮られて見えなくなっていた。道は鬱蒼とした林の中を通っていた。
人間の旅人なら、松明なりランプなり持っていない限り、濃密な闇の中で往生したことだろう
。──アデルは違った。魔性の琥珀の瞳は、夜の闇の中でも昼と同じように物を見ることができる。
梟の鳴き声に混じって、遠くの空で鐘の音が響くのが聞こえた。それは尼僧院の鐘だろう。
アデルは道が正しかったことを知って先を急いだ。
木々がまばらになってくると同時に、夜気に霧が混じった。山あいの道ではよくあることである。
ふと、アデルは目を細めた。
前方にぼうっとした鬼火のようなものが見えたのである。
(火妖精のたぐいか……?)
アデルは小さな光源へと近づいてみた。
なんのことはない、それは地面に転がるランタンの灯だった。
だが、その横で倒れ伏すローブ姿の人物は見過ごせなかった。
「うう……」
倒れている男が弱々しく呻いた。
アデルの目はローブの男の下に小さな血溜まりができているのを見てとった。脇腹のあたりに傷があるようだ。
声からして、若い男だろう。
(……見過ごしにはできないか)
アデルは男の傍らに片膝をついた。。
「しっかりしろ」
「うう……恐ろしい……」
男は弱々しくつぶやいた。かなり意識が混濁しているようだった。
アデルは男をやわらかな下草の上に仰向けに横たえた。
男は想像していたよりもっと若かった。少年から大人になったばかりの年齢だろう。
長い睫毛と細いおとがい顎が少女のようだった。藍色のローブは教会の人間が身に着けるものだ。
年齢からいって司祭の下で働く助祭か、その見習いといったところか──。
色白の童顔が誰かの面影に重なるようにも思えたが、それが誰なのかどうしても思い出せなかった。
青年の右のあばらのあたりから腰にかけてローブが大きく破れていて、そこから傷口がのぞいていた。
爪で思いきり引き裂かれたような傷口だった。
ただ血が止まりさえすれば致命傷ではなさそうだった。
「……あなたは……? つうっ!」
「まだ横になっていたほうがいい」
起き上がろうとした男を止め、アデルは傷口に顔を近づけた。
じくじくと血の滲みだしている傷口にそっと舌を這わせた。近くに水場がない以上、こうするほかなかった。
鉄サビのような血の味が口に広がると同時に、アデルの躰が熱くなった。
(もっといいのがある……もっと甘くて、美味しいもの……)
女淫鬼の本能が囁く声をアデルは聞くまいとした。
ぴちゃ、ぴちゃ……
一心にアデルは傷口を清めた。
「あっ……ひゃぁっ!?」
アデルが傷口を舐めると、青年の体がぴくっと震えた。
アデルの唾液に含まれる成分が、アデルも知らぬうちに男の肉体に影響を与えていたのだ。
傷口を舌でなぞるたびに青年が過敏に反応して女のように悲鳴をあげるのがアデルには不思議でならなかった。
顔をあげると、もはや傷口から血は出ていなかった。
淫鬼の唾液に含まれる成分は媚薬であると同時に微弱ながら癒しの効能も持っていたのだ。
ローブの裾を尖った爪で切り裂くと、それを包帯替わりに青年の体にきつく巻き付けた。
「あ……ありがとうございます……」
横になったまま、まだ息を弾ませて青年は礼を口にした。
「でもなんだか……体が熱いんです……」
青年の股間の変化に目がいったとき、アデルの顔色が変わった。
そこでは、ローブの布を高く持ち上げるほどに屹立しているものがあった。
アデルの琥珀の瞳の中で瞳孔がナイフのように細く変化した。
それを意識した途端、強烈な餓えの感覚が襲ってきた。
そう──アデルの躰は飢えきっていた。
(だめだ……目を逸らさないと……)
内心の叫びもむなしく、ますますアデルはそれに引き寄せられていった。
無意識に、なんども唇を湿らせていた。
(食事……若い男の精……)
そんなささやきが聞こえてきたとき、アデルは操られるように青年の股間に立ち上がった柱にローブの上から触れていた。
「あっ……」
驚いて青年が声をあげる。
「そこは……。違うんです、私は決して貴女に助けられながら、淫らなことを考えたわけでは!
なぜか体が熱くなってそれで……」
青年は早口で弁解めいた言葉をまくたてたが、それはアデルの耳には入っていなかった。
布越しにアデルはやわらかくそれを握った。手の中でもうひとつの生き物のようにそれはひくついた。
(ああ……これが欲しかった……)
ローブをまくりあげると、怒張した肉茎が露わになった。
それの先端にかすかに滲んだ汁の匂いを吸うと、アデルは恍惚とした表情になった。
頭の芯が痺れ、ペニスのこと以外考えられなくなっていった。
「な、なにをするんです!? お願いです、み、見ないでください!」
(欲しい、欲しい! これであそこを思いきり突いてほしい!)
次の瞬間、アデルの顔が苦痛に歪んだ。
「くはっ!」
「え……どうしたんです?」
そばに転がっていた石の尖った角でアデルは腿を突き刺していた。
体の欲望に負けまいとするアデル本来の心がその行動をとらせたのだ。
腿の痛みで一時的にアデルは理性をとりとめた。
「ねえ、大丈夫ですか?」
青年が手をついて起き上がろうとする気配があった。
「立てるか──?」
と、アデル。
「ええ……なんとか……」
「なら、早く行け。オレから離れて!」
「どうしたんです。あなたもひどく苦しそうじゃないですか」
青年がカンテラを手に取り、アデルの顔に近づけた。
「来るな──!」
「ひっ!?」
青年はいまはじめて、アデルの姿をはっきりとその目にしたのだ。
「そんな! ……私を手当てしてくれたのが魔性だったなんて……」
アデルは唇を噛んだ。際限のない疼きがまた心と体を支配しようとしている。
目の前に立つ青年の肉体がたまらなくアデルを誘惑する。
アデルの体からはらりと外套が落ちた。──その下で、アデルは己の躰を慰めていた。
痛いほどに乳腺の張った乳房を片手でこねながら、残る手が下半身に伸び、淫肉を掻き回していた。
くちゅっ、くちゅっ、くちゅっ……
果てしなく淫らな音が聞こえていた。
そうやって疼く躰を自ら慰めることだけが唯一、自我を保つ方法だった。
「くふぅ……オレは……人を襲いたくない……早く逃げてくれ……」
「魔性が人を助けるなんて聞いたこともない!」
アデルの琥珀の瞳には次第に霞がかかっていった。
乳房を自ら持ち上げ、そのふくらみの先端にちろちろと赤い舌を這わせた。
「あはぁん……あぅ……見ない……で……」
言葉と裏腹にアデルの体は青年に見せつけるかのように妖しく淫らに痴態を演じた。
アデルが意識しなくとも、淫鬼の肉体が目の前の男を誘うよう自然とそう動くのである。
この世ならぬ魔性の女の凄艶な肢体に青年が息を呑む。
「これ以上は……早く……あ……あああ……」
「い、いえ。私は神に仕える身……魔性と知ったからには見過ごせません」
ロザリオを取り出し、青年は身構えた。
「神の御名においてあなたを滅します」
アデルは女体の快美に耽溺しながら、遠い世界の出来事のようにそれを聞いていた。
青年は手に持ったロザリオをかざし、それをアデルの鎖骨の下、胸の谷のすぐ上に押しつけた。
「許してください……これが私の役目なんです!」
ロザリオの触れる場所にちりちりと灼ける感覚があった。聖別された法具の威力──。
だが、それはあまりに微弱だった。使役者の法力が圧倒的に未熟すぎるのだ。
「美味し……そう……」
恍惚としてアデルは唇を湿した。
青年がアデルを突き飛ばそうとするより早く、アデルの手が青年の腕に絡んだ。
「は、離しなさい!」
アデルの腕は青年の腕をたどり、その首筋へと辿り着いた。
乳房のふくらみを青年の腕に押し当てるようにして、アデルは抱きついた。
叫ぼうとした青年の口を塞ぐようにアデルの唇が重ねられた。
ぴちゃ、ちゅっ……
きつく首に腕をからめたまま、アデルの舌が青年の口腔を犯した。
想像もつかないできごとに、青年はただ目を見張るだけだった。
舌と舌が出会い、淫らに絡まり合った。アデルの舌を伝って、濃密な唾液が青年の喉に流し込まれた。
媚薬の成分を濃く含んだ唾液だった。
透明な糸を渡しつつ唇が離れる。
「いま何を……ううっ!?」
媚薬の効果はたちどころに現れた。
青年は狂おしい獣欲に突如として体を支配されていった。
アデルは婉然と微笑んで青年のローブを取り去った。
少女のような顔には不似合いなほどのそりかえったペニスが青年の股間で揺れていた。
それを目にしてアデルは唇から歓喜のため息をこぼした。
「ああ熱い……どうしてしまったんだ、私の体は……」
アデルが青年の胸にしなだれ、体重をかけると、それを支えきれず青年は草むらに仰向けに倒された。
「あは……こんなに固い……」
青年のペニスにアデルはうっとりと頬擦りをした。
剣士のプライドも、復讐の誓いもすべては圧倒的な肉欲の前では無力だった。
その男のモノが、心から愛おしく大切なものに感じられてしまう。
気がつくと青年のペニスを胸の谷間に挟み、両手で乳房を掴んでそれをしごきあげていた。
青年の悲鳴はすぐに、快感を訴える喘ぎにとってかわられ、アデルの耳を満足させた。
ほどなく、双球にはさまれたペニスはびくびくと震え、先端から透明な汁を垂らし始めた。
その汁を乳房に塗りたくるとアデルの躰はいよいよ股間を熱く濡らした。
青年の胴をまたぐようにして膝で立つと、そこから狙いを定めてゆっくりと腰を沈めていった。
ペニスを手で支え、それをドロドロにとろけたようになった淫肉へと導く。
「あぁ……」
ずぬうっ……
ぬめった挿入感。
アデルが最後まで腰を落とすと、肉棒はその根本まで呑み込まれた。
「か、神、よ……おうう……」
「あはぅ……いいっ……!」
先ほどの透明な汁で濡れた乳房をめちゃくちゃに揉みしだき、アデルは深い快楽の訪れに呻いて喉をそらした。
(ああ……もっと、もっと……もっと……)
内なる声に囁かれるまま、アデルは青年の上で腰を振っていた。
ずっ、ちゅぶっ、ずっ、ちゅぶっ……
何度も何度も、熱いペニスに身体を深く貫かれる甘美をアデルは飽くことなく味わった。
「あああっ、だめです……こんなの……きもちよすぎるぅぅ……ぎひぃっ」
青年は口から泡を吹き、悶えた。
「あっ……あっ……きて……中に……放って、熱い精を……」
淫鬼の甘い囁きに、青年の肉体は忠実に反応した。
「あああっ、でる、でちゃいますぅぅっ……!」
「あはぁ……だして……いっぱい……」
がくん、がくん!
青年の腰が浮き、限界まで張り詰めたペニスがアデルの奥深くで精をぶちまけた。
天の月を見上げながら、アデルは至高の瞬間に酔った。淫らな魔性の顔でアデルは身をわななかせた。
青年の射精が終わると、名残惜しそうにアデルは腰を引き上げた。
根本まで粘液にまみれてぐったりとしたペニスを目にすると、またぞろアデルの中で欲望が蠢いた。
ためらいもなく男のモノを口に含むと、長い舌を肉茎にまとわりつかせた。
それだけで、十代の青年の持ち物はみるみるうちに固さを取り戻してしまうのだった。
アデルはそれを再び、秘所へと導いた。
リフレインする魔の悦楽に青年は嗚咽を洩らした。
青年が二度目の絶頂に導かれるのにさほど時間はかからなかった。一度目に劣らないほど大量の白濁液が放たれた。
「もう……もう、許してぇ」
「はぁぁぁ……まだ、もっと、ほしい……」
「!!」
悲鳴混じりの哀願を無視して、萎えた一物をアデルはせわしくしごきあげた。
「く、うううっ……」
三度立ち上がったそれにアデルは嬉々として腰を沈めていく。
限度を超えた快感は、人の身にとっては地獄の苦痛となる。いま、青年はそれを味わっていた。
果てしなく、魔の女の肉体に精を搾り取られていく。青年は子供のように涙を流していた。
「あああ……助けて……助けて、ニミエ姉さん!」
「……ニ……ミエ……?」
女淫鬼そのものとなって組み敷いた“餌”を貪っていたアデルの表情にわずかな理性の色が宿った。
「……ニミエ……」
いまだアデルの腰は自動装置のように青年の赤く腫れ上がったペニスを上下にしごいていた。
片手は自らの乳房をこね回し、尖りきった乳頭にときおり爪を立てたりする。
止まらない女の肉体の快美感がわずかに戻った理性をも押し流そうとしてしまう。
だがアデルの心は踏みとどまった。
「うっ……くうっ……」
唇に強く牙を突き立て、アデルは腰を浮かせた。
愛液と精液とでどろどろになった女性器から、ついに青年のペニスは解放された。
「く……」
まだ交わりを求めようとする淫鬼としての衝動とアデルは戦った。
背の翼が広がり、小刻みに震えた。最後はアデルの理性が衝動に打ち勝った。
アデルは少しでも体を静めようと深呼吸を繰り返した。
(オレは罪もないこの青年から精を搾り取って……危うく殺してしまうところだった!)
女淫鬼になりきっていた己の浅ましい所行をアデルは心から呪った。
同時に、誇り高き剣士であった自分をここまでおとしめた魔女カーミラを呪った。
股間にべっとりとついた男女の体液の混合物を手で拭った。
指の先に付着したそれを、無意識のうちに舌で舐め取っていた。
作り替えられた味覚にはそれが神酒ネクタルもかくやという美味に感じられた。
“餓え”はようよう満たされた。
青年の頬に血色が少しずつ戻ってきた。
「あ……私は、助かったのですか……?」
「許してくれ」
アデルは心の底から青年に頭を下げた。
「ヒッ!」
「この体の欲望のまま、君を襲ってしまった。心からすまないと思ってる。
だが、ひとつ聞かせてくれ。さっき、ニミエという名を口にしたか?」
尋ねながらアデルは藍のローブを拾い上げ、裸の青年の上にそれを毛布のようにのせた。
「あなたは、ただの魔性ではないのですか……?」
「話せば長くなる」
とだけアデルは答えた。
「……ニミエは私の姉でした。神に仕え、その法力で多くの魔を打ち払い、聖女とまで呼ばれた人でした。
そして……幼かった私を育ててくれた優しい姉でした……」
「ニミエは郷里に残してきたという弟の話をよくしていた。彼女はいつも、その弟の幸せを願っていた」
「姉さんを知っているんですか?」
「……ああ」
「教えてください。姉さんはいまどこにいるんですか?」
「ニミエは死んだ。ある剣士とともに旅をしていて、魔女の使い魔と戦い、命を落とした。
だが彼女のおかげで剣士は戦いに勝利し、その使い魔を倒した」
「そう……ですか……」
ローブに袖を通して立ち上がった青年の頬に涙がつたった。
「分かっていたんです。姉さんがもうこの世にいないことは。
姉さんからもらった、このペンダントの石がひび割れてしまったときから」
「君の名前は?」
青年は長いこと迷っているようだった。魔性であるアデルに心を開いてよいのかどうかを。
長い沈黙の末、ようやく青年は口を開いた。
「私は、カノ。ロウデイル領の修道院で祓魔の修行をしている身です。……あなたは?」
「オレの名は──アデル。今ではこの名と姿だが、昔は違った。オレはかつて人間の剣士だった。
だが、魔女の呪いによって淫鬼に変えられてしまった」
「人間が……魔性になるなんて……」
ごくりと青年の喉が鳴った。
「……あなたがニミエ姉さんのことを知っていなければ、俄には信じられないところでした……」
「ああ。無理もない」
「姉さんとともに戦った剣士というのは……あなたのことなんですね?」
アデルは遠くを見て、カノの問いには答えなかった。
だがアデルが一瞬見せた悲しそうな目を見た瞬間、カノは確信していた。アデルがその剣士だったということを。

  ◇◆◇

太い倒木の幹にアデルとカノは腰を下ろした。
カンテラの揺れる明かりが二人の顔を橙色に染める。
「あの、アデルさん──。できれば、外套を」
目のやり場に困った様子で、カノはもじもじと呟いた。
言われるまで裸身を意識していなかったアデルは照れ隠しに咳払いをし、そそくさと外套をはおった。
ホウホウ、と近くで夜の鳥が鳴いた。
「カノ。君は、どうしてこんなところに倒れていた?」
「私は逃げてきたんです。この先にある尼僧院から」
「尼僧院──」
アデルは眉を寄せ、詳しい話しをカノに促した。
カノは、尼僧院に収蔵されてるというとある古書の写本を作るべく、尼僧院を訪れたのだという。
昨日のことである。
ところが尼僧院の中でカノはおかしな邪気を感じ取った。
その邪気の正体を突き止めようと尼僧院の奥へ向かおうとしたところ、修道女たちに襲われたのだ。
彼女たちはカノを後ろから殴って気絶させ、どこかへ連れ去ろうとしていた。
途中で意識を取り戻したカノは必死で抵抗して、逃げ出したのだった。
柔和に微笑んでいた修道女たちの顔が突如、鬼女のそれに変わった様を、カノは身震いしながら口にした。
脇腹の傷は、銀の燭台の尖った先端で切り裂かれたものだった。
物陰に身を隠して追いすがる女たちをやり過ごしたカノは、尼僧院を外界から隔てる高い壁をよじのぼって、
なんとか脱出に成功したのだった。
だが体力を使い果たし、この峠まで走ってきたところで力尽きて倒れてしまったのだ。

  ◇◆◇

「神よ。あの尼僧院で何が起きてるのでしょう……」
「──オレはもともとケイニス尼僧院に用があった。これから行ってみるつもりだ」
「危険です! あそこには何か、得体の知れない邪悪なものが潜んでいます!」
「どうやら、そうらしいな」
アデルはそれだけ言うと、立ち上がった。
「ニミエはいつも君が元気でいるかと案じていた。……オレの手で君の命を奪わずに済んで、良かった」
ニミエの思い出はアデルの心を鋭く刺す。そのほろ苦い思いを胸に抱えたまま、アデルは歩き出した。
「ま、待って下さい!」
カノは追いすがった。
「私もついていきます」
「無理するな。あんな……あんなことがあった直後だ。体を休めてたほうがいい」
「私だって未熟ですけど、少しは力にはなれるつもりです。
あなたと出会ったのは……なんだかニミエ姉さんの引き合わせのような気がするんです。
嫌だといっても、ついていきますからね!」
思い詰めたカノの眼差しに、在りし日のニミエの面影が重なった。
そこにニミエがいて、アデルの冷淡さを責めているような錯覚さえした。
「……やっぱり血を分けた姉弟だな。言い出したら聞かないところは、そっくりだ」
「え?」
「好きにしろ」
ぱっとカノの顔がほころんだ。
「──ただし。オレが逃げろと言ったときは迷わず、君だけで逃げるんだ。いいな」
「はい」
人なつこくアデルに微笑みかけ、カノはその横に並んだ。
魔性と修道士。──奇妙な旅の道連れには違いなかった。

  ◇◆◇

峠を越してなだらかな丘陵地帯を進んだ先に村落が開けていた。
粗末な石垣で囲まれたその村のはずれに尼僧院はあった。
尼僧院の門に燃えるかがり火が不吉に揺らめいていた。
アデルは短剣の刃を火にかざし、刃こぼれがないことを確かめると、それを外套の内側に納めた。
カノが村の鍛冶屋を訪ね、銀貨と引き換えに得てきたものだ。
「行くぞ」
「ええ」
アデルが緑青を吹いた門扉を押すと、それは滑るように軽々と左右に開いた。
まるで二人を中に誘い込もうとかるように。
尼僧院の母屋の扉を叩くと、中から若い修道女が出てきた。
「こんな夜更けに。旅の御方ですか?」
アデルは外套のフードを目深にかぶって顔を隠し、修道女の前に立った。
「一夜の宿を貸してもらえないだろうか?」
「それはさぞお困りのことでしょう。なにもおもてなしはできませんが、お部屋を用意してさしあげますわ。
さあ、どうぞ。お上がりになってください」
「ありがたい」
アデルが中に入ると、修道女は「ついてきてください」と告げて歩き出した。
おそるおそるアデルに続いたカノのことは目に入っていないようだった。

尼僧院の中は、カノが命懸けで逃げ出したときの痕跡などなにもなく、平穏なものだった。
どこかの広間から聖歌を唄う声が響いてくる。
「こちらです」
と修道女が扉を開けた部屋にアデルとカノは足を踏み入れた。
訪問者を泊めるために用意されている部屋なのだろう。質素ながらも清潔なベッドとテーブルが置かれていた。
「あとで、なにかお食事を運ばせますので」
そう言うと、修道女は微笑んで一礼し、どこかへ去っていった。
部屋に二人きりになるとアデルは外套のフードから顔を出した。
「こうして見ると、ただの平和な尼僧院だな」
「そんな。私はたしかに!」
「わかってる。誰も嘘とは言ってない」
アデルは無人となった廊下に出ると、尼僧院の探索を開始した。
「ま、待って下さい」
置いていかれると思ったのか、カノがあわてて後に続いた。

事前にカノから尼僧院のおおまかな構造を聞いていたアデルは、文献が保管されてるという地下書庫を目指した。
地下へと続く石の階段を下ると、足音が壁に反響した。
階段を下りた先にあった扉を押し開けると、暗い廊下の向こうで女の悲鳴とも喘ぎともつかない声が聞こえた。
女だけでなく、男のものと思われる獣じみた呻きもそれに混じっていた。
それはおよそ、尼僧院という神聖な場所に似つかわしくない響きだった。
無言でアデルは歩を進めた。
地下の回廊はこの尼僧院が建てられる以前の古代の修道院時代の遺物だとカノはいう。
狂気に包まれた修道院の地下に築かれた、狂気の実験の数々を為すための空間。
それはもはやダンジョンと呼ぶに相応しいものだった。
人の気配のするほうへアデルは迷わず進んでいく。
(ここか……)
半ば腐りかけた木の扉の向こうで、女の嬌声が聞こえていた。
意味を為さない断続的なよがり声。それにかぶさるように呻き、あるいは笑う男の声。
扉には木材が腐り落ちてぽっかりと隙間があいていた。そこから中の様子を見ることができた。
「アッ、アアッアアッ……」
「へへ、さすがに神に仕える修道女様のアソコは具合がイイぜ」
「アアア……言わないで……アゥゥ!」
「誰が休んでいいって言ったよ? こちとら高い金払ってるんだぜ。心を込めて奉仕してもらわなきゃ割が合わねえや」
その女は一人の男に貫かれながら、もう一人の男のいきり立つものをむき出しの胸で包むようにしてしごいていた。
淫液の匂いが空気に満ちていてアデルの一瞬クラッと目眩を感じたほどだった。
“餓え”た状態のままでここに立っていたら、自制もきかずこの場で自らの体を慰めていたかもしれない。
犯されている女は、革でできた体にぴったりと密着する服を着せられていた。
ただし、胸や尻、股など肝心な部分は大きく開いている。
奴隷として男に体を売らされる女たちが着せられる、女体の卑猥さのみを強調するための服だった。
そして首には頑丈そうな金具のついた革の首輪をはめられている。
アデルの横でその光景を目にしたカノの顔はみるみる青ざめた。
「神聖な場所で……なんという罪深いことを……!」
「しっ。まだここだけじゃなさそうだ」
アデルはそっと扉の前から離れた。
回廊を進むと、幾つもの似たような部屋で似たような情事が繰り広げられていた。
「どうやらこの尼僧院がそのまま、裏では巨大な娼館となってたようだな」
「こんな神への冒涜が、現実のものだなんて……」
そのときアデルは雌の体臭を感じた。一人のものではなく、何人もの女たちの匂いが重なったものだ。
饐えた花の蜜のように濃厚で甘ったるい匂いがしてくる。
その甘ったるい匂いを辿っていくと、両開きの扉の前に出た。扉の向こうから、大勢の女たちの気配がした。
アデルは扉を開けて、中に足を踏み入れた。

そこは、娼婦たちが繋がれた場所だった。
壁から垂れた鎖が女たちの首輪に繋がれているのだ。皆、あの革の淫服を着せられている。
ざっと数えただけで二十人近い女たちがいた。
何人かがアデルに気付き、怯えた様子で壁まで後じさった。
だが、大半の女たちはじっと膝を抱えているか、ぼうっと放心したように壁を眺めているかのどちらかだった。
そして、中には繋がれた女同士で淫戯に耽っている女たちもいた。
この地下室の光景のすべてが、神々への冒涜そのものだった。
「ようこそ、旅の御方。こちらから御案内しようと思っていたのですけれど……手間が省けましたわ」
アデルたちが振り向くと、そこに最初にアデルを迎えた修道女が立っていた。
「申し遅れました。私、当修道院の院長をしております、シスターサビーナと申します」
「虚言を。院長サビーナ様はもう六十を過ぎたお歳のはず!」
「ホホホ。そうでしたわね。ええ、本当に嘘のようですわよ。
この齢にして、これほど体が軽く感じるだなんて。魔の力というものは、素晴らしいものですわね」
そう言ってサビーナはにこりと笑った。
「やはり、魔に魅入られていたか」
アデルはつぶやく。
「おかしな言い草ですわ。あなたこそ“夜の住人”でしょうに」
「言うな!」
「ホホホ。でも、あなたはしょせん下級な淫鬼。私の主たる御方と比べれば、ほんの取るに足らない存在ですわ。
ですからせめてあなたには、娼婦の一人としてここで働いていただこうと思いますの。
人に囚われて慰み者にされる女淫鬼の話……古今の昔語りで稀には耳にいたしますわね」
サビーナは革の首輪を手にしていた。それを捧げ持つようにして、アデルに近づいてくる。
「……仲間の修道女たちを売って、心は痛まなかったのか?」
「ホホホ。おかしなことを。あの娘たちはいままでつまらない戒律に縛られ、肉の疼きを持て余していたのですわ。
ああなることを望んで堕ちたのはあの子たち自身。私はただ、彼女らを真実の場所へと導いてあげただけですわ。
そして、あなたもすぐ彼女たちの仲間に加えてさしあげますわ。
いくら人の心があるように見えても、あなたは淫鬼。
どんなに今は否定していても、すぐにこの自ら喜んで殿方に股を開くようにおなりでしょうね」
甲高く笑いながら、サビーナは首輪をアデルに巻こうとした。
アデルの短剣が一直線に走った。
プツリと断ち切られた革の首輪が床に落ちた。
「無駄ですよ。どんなにあがいても、あなたはもうこの館から逃れられない。
従順な娼婦となって私の命令に従うようになるの。ホホホホ……」
サビーナは短剣を構えたアデルにかまわずすりより、外套の合わせ目から手を入れた。
白くしなやかな手がアデルの乳房を探り当て、撫で回した。
「う……く……」
男に触れられるのとはまったく違った愛撫だった。
女として女体の感じる機微を知り尽くした繊細な指先が、じらすようにふくらみを撫でていく。
あっというまにアデルは、サビーナによって官能の火をつけられていた。
「くふぅ……」
「ウフフ、もう感じているのね。可愛らしい魔性だこと」
「ちがう……」
「どうして違うの? だってここの蕾はこんなに固く尖っているわ」
指と指のあいだに乳首を挟まれ、ころころと弄ばれた。そのせつなさい甘い感覚に、アデルは身をよじった。
「も……う……」
「フフフ。たわいもないのね」
勝ち誇ったサビーナの顔が、次の瞬間、苦痛に歪んだ。
アデルの拳がサビーナの鳩尾を突いていた。的確に急所を突いた拳によって、サビーナの意識は飛んでいた。
力を失ったサビーナの体がずるずるとその場にうずくまった。
アデルは愛撫の余韻に吐息を熱くさせながら、外套の乱れをなおした。
「まさか高名な女司祭だったサビーナ様が魔性の手に落ちていたなんて」
「油断するな。まだ黒幕の魔性が姿を現していない。カノ。
君は囚われてる修道女たちを解放してやれ。彼女らの戒めを解いたら、一旦尼僧院の外に出るんだ」
「あなたは?」
「オレはこの場所のどこかに潜んでる魔性を引きずり出す。そいつを倒さない限り、この尼僧院は元に戻らない」
「わかりました。気を付けてくださいね」
カノが繋がれた修道女たちのもとへ書けていくのを見送ると、アデルは踵を返して回廊へと戻った。
この尼僧院のどこかに、サビーナを操っていた魔性がいるはずなのだ。
娼窟と化した地下には淫の気はこもっていても、魔性の気配は感じられなかった。
こんなふうに魔性に魅入られて修羅の獄と変えられた場所を、かつてアデルは幾つも目にしてきた。
その場所のどこかには人々の陰の気を糧とする魔性が、それも強力な魔性が姿を隠しているのだ。
暗い地下の回廊を歩きながら、アデルは一対の視線が自分に向けられるのを感じていた。
どこか離れた場所から、魔性が見ているのだとアデルは悟った。
「出てこい。オレが怖いのか?」
どこかにいる魔性を、アデルは挑発した。
地上へと上がる階段に到達したとき、闇そのものと同一化したような“声”がアデルに届いた。
『ようこそ。我が“はらから”──魔性の子よ』
「貴様がここに取り憑いた魔か。どこにいる? 姿を現せ」
『ククク。威勢のよいことだ。こちらへ来るがいい……』
闇の声に導かれるまま、アデルは階段を上がった。
『こちらだ。こちら……そう……』
声がアデルを導く。
おぼろな月光に照らされた渡り廊下を経て、アデルが導かれたのは尼僧院の礼拝堂だった。
(こんなにも神性の強い場所に身を置いているのか……!)
そのことだけで、ここに巣くう魔性の強大さがうかがい知れる。
だがアデルはかつて、そんな魔性を幾多となく滅ぼしてきたのだ。
重い扉を開け、アデルは礼拝堂に進み入った。
『よく来た……』
声は邪悪な愉悦に濡れていた。
礼拝堂の壁に並んだ燭台に一斉に青い火が灯っていった。
奏者の姿も見えない風琴が、ひとりでに荘厳な聖歌を奏でた。
それは、“夜の住人”によるミサだった。すべてが呪われた、冒涜のミサ──。


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