目が覚めると巨大な虫になっていた。グレゴールは虫になっちゃった。俺も虫になっちゃった。
…なんてことはなく、普段通りの姿だった。
仮にここで俺が虫やら女やらに変身していたら物語としては意外性があって面白いのだろうが、生憎そんなことはなかったようだ。
それに第一俺が困る。すごく困る。
折角宝物を手に入れたというのに、また振り出しに戻るなんてすごろくは意地悪が過ぎるだろう。今までの努力が水の泡だ。
『それにしても清々しい朝だな』
慣れない運動をしたせいか体はだるいし腰も痛いがそれでも十二分にいい朝だ。
気分がいい。ものすごくハッピーだ。ラブアンドピースだな人生は。
何せ朝起きたら自分の隣には裸の美少女が寝ているのだ。これほど素敵なことはそうそうあるまい。
その幸せを確かめるために隣で寝ているであろう翔に目をやる。
『あれ?』
が、俺の隣には誰もいなかった。誰もいない。
『あ、そっか。左隣じゃなくて右隣だったっけ』
左を向く。床があった。当然だ、俺はベッドの左端で寝ていたのだから…
結論、翔はベッドにはいない。
『先に起きたのかな?』
まあ、別にベッドにいなくても不思議なことではない。
大抵俺の方が翔より早起きだが、翔の方が先に目を覚ますこともあるだろう。
別に珍しいってことだけで、不審に思うことでもない。
『あれ?なんで…??』
だが布団から出るともう1つ疑問が発生。これは些細な、ではなくわりと大きな疑問。
『なんで俺、服着てるんだ??』
昨日は翔が眠ったのを確認した後、俺もすぐ眠りに落ちたはず。服を着ずにそのまま寝たはずだ。
ではなんで今服を着ているんだ。
辻褄が合わない。理屈が合わない。意味は同じだが…
『おかしい。おかしいぞ、これは…』
不安になってきた。
昨日の夜の出来事は果たして本当に現実にあったのことなのだろうか?
「もしかして俺の夢オチ?」とか、そんなベタベタで尚かつ最悪な展開だけは正直勘弁して欲しい。
いや、でもはっきりとその最悪を否定出来ない。以前にも翔の淫夢を見たことがあるわけだし…
あの時は口でしてもらうだけで本番まではいかなかったのだけど。
だいたい翔が俺のことを「おにいちゃん」だとか「大好き」だとか言うなんて非現実的と言えば非現実的。
今まではまともに名前で呼ばれたことすらなかったのにいきなり飛躍し過ぎな気もしないでもない。
夢、夢か…有り得ない話じゃない。むしろかなり有り得る話。
夢…都合のいいもの。美しいもの。残酷なもの。
嗚呼、そう考えるとますます不安になってきた。不安スパイラル。
『いかん、いかん。起きたときの幸せな気分がフっ飛んでしまった』
ネガティブなことを考えだすとキリがないからな。もっと明るくいこう。
明るく明るく蛍の光……あれ、あんまり明るくないや。むしろ暗い。
『とりあえず起きよう』
いつまでもベッドの上でウジウジと考えていてもしょうがない。起きよう。起きて行動しよう。
ベッドから起き上がり、部屋のドアノブを回す。顔を洗って頭をしゃっきりさせるか。
―――と、
『あ、…おはよう。おにいちゃん』
ドアを開けると、目の前には良く見知った美少女が立っていた。
『おお……』
夢じゃなかった。現実だった。紛う事なき現実。
良かった。ホント良かった。ありがとう神様。ありがとう世界。愛している。
『ん? どうしたんだ?』
感動でしばらくぼうっとしていたせいか、翔が少し心配そうな顔で見つめてきた。
俺の方が背が高いから、翔は必然的に見上げる格好になる。なんだか可愛らしい。
『あ、いや、なんでもないんだ。おはよう』
朝の挨拶を交わす。思えば俺から挨拶をすることはあっても翔からされたことは今の今までなかった。新鮮な感じがする。
シャワーを浴び終わり、髪をタオルで拭きながら台所まで歩く。
裸で寝たはずの俺が服を着ていた理由は簡単、要するに翔が着せてくれたのだ。
「朝寒かったし、風邪引いたら大変だからな」とのことだった。お心遣い大変嬉しい。
しかし服を、しかもパンツまで穿かせて貰ったってのはなんだか恥ずかしいな。赤ん坊みたいだ。
今から朝飯を食べようと思っているのだが、時刻はすでに12時をまわっている。昼飯になってしまった。
よく寝たもんだ。こんなに寝たのは初めてかもしれない。
そんなことを思いながら台所のドアを開ける。
『さーて、パンでも焼くか』
と、思ったがどっこい。テーブルの上にはすでにサンドイッチが用意されていた。何故?
何故こんなところにサンドイッチが?しかもタマゴサンド。美味しそうだ。
『サンドイッチでよかったか?駄目なら他に何か作るけど…』
声のした方に視線を移すとエプロン姿の可愛らしい女の子がやや不安そうな面持ちで俺を見ていた。誰?
この娘はもしかして、いやそれ以外に有り得ないのだが…
『え〜と…翔?』
『やっぱりサンドイッチ嫌いだったか…?』
つまりはこのサンドイッチを作ったのは…翔だということでファイナルアンサー。
『いや、大好きです!』
サンドイッチもエプロン姿も大好きです。美味しそうです。食べ頃です。
とっとと、いかんいかん。朝からなに邪なことを考えているんだ俺。そういうのは夜になってから。
『そ、そっか。良かった』
ほうっと胸を撫で下ろす翔。しかしまさかお昼が用意されていようとは、しかも翔が作った。
とりあえずサンドイッチを一口食べる。これは…
『…美味しい』
潰したゆで卵をマヨネーズであえ、タマネギと一緒に食パンに挟んであるだけのものなのだが、美味しい。
マヨネーズが卵を! 塩こしょうがタマネギを引き立てるッ!
「ハーモニー」っつーんですかあ〜〜〜〜。「味の調和」っつーんですかあ〜っ。
たとえるなら、サイモンとガーファンクルのデュエット! くり〜むしちゅ〜上田に対する有田!
高森朝雄の原作に対するちばてつやの「あしたのジョー」!
………つう―――っ感じっスよお〜〜〜〜っ。
『いや、本当に美味い。今までこんな美味しいもの食べたことない』
『大げさだって。たかだがサンドイッチで…』
翔は照れくさそうに少し頬を赤く染める。お世辞に聞こえたかもしれないが本音だ。
ゆっくりと噛みしめ味わう。残り一個。名残惜しいが残り一個を頬張る。
『ごちそうさまでした』
完食。
食べ終わって空になった皿を洗おうとしようとしたら翔に止められた。
『俺が洗っとくから、おにいちゃんはてきとうに休んでていいよ。起きたばっかりだし、しんどいだろ?』
『え?…でも、いいのか?』
自分の分は自分で始末するのが当然だと思うのだが。人にやって貰うのは悪い気がする。
『いいっていいって。だって今まで炊事も洗濯も買い物も全部おにいちゃんにやってもらってたし。
だから今日からは俺が全部やる。こう見えてもけっこう料理とかも得意なんだぜ。まかせろ』
まあ、そう言って貰えると有難いが。確かに親が旅行に出てから翔の分も全部俺がやってたからな。
見事なまでもパシリだったと自分でも思う。
しかしさっきから妙な違和感というか何というか…
『あの、翔…』
皿を洗っている背中に話しかける。
『うん? なに? おにいちゃん』
それだ!
『もう1回言って』
『おにいちゃん?』
おお、ゴッド。「おにいちゃん」なんて甘美な響きなんだ。
血湧き肉躍る高揚感…これが恋か。これが恋をしているってことなのか!
どこかで誰かが「それ違う」と言ったような気がした…


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