日本に戻って来たとはいうものの、仕事もなく、私は家で無為な時間を過ごしていました。
両親は花嫁修業だと笑って許してくれましたが、私の内心は凄まじい葛藤で荒れ狂っていました。
 彼との別れが、私を精神的に追い詰めたのです。
食欲は極端に落ち、一回りはサイズが小さくなってしまったほどです。
しかし、私の体はより一層輝き、かえって魅力を増したようにさえ思えました。
 別れによって自暴自棄になり、セックスに溺れきっても不思議ではなかったのですが、
不思議とセックスに対しての欲求はありませんでした。
何しろアメリカではありとあらゆるプレイをし、野外プレイや乱交、スワップや同性愛、ハードSMまで経験しました。
アニマルセックス以外のほとんどを味わったと言っても過言ではないでしょう。
 無為に過ごす時間が一年を越えた頃、さすがに私の母も行く末を気にするようになりました。
なにしろ、26歳になったのですから。
 そうですね。
確かな記憶があるのが5、6歳の頃ですから、男として暮した期間と女にされてしまった期間が同じくらいになったのです。
 この頃には、このまま女として生きて行くしかないのかと半ば絶望していました。
 しかしある日、ふと、あることに考えが至ったのです。
 教師がチョコレートを渡しても、入れ代わりは起きるのでしょうか?
相手は生徒でなくてもいい。教師が教師に、あるいは教師が生徒にチョコレートを渡してみたならばどうなるのでしょう。
 まさに、運命の閃きでした。いえ、それは必然だったのでしょう。
 私は母校に連絡を取り、教師の口が無いか打診してみました。
 幸い、アメリカの大学を卒業して英文学を専攻していたということで、
すんなりと英語講師の形で就職できることになりました。
 もしかしたら、男に戻れるかもしれない。私の胸は高鳴りました。


 私が英語講師として教壇に立ったのは、9月の新学期からでした。
 初めて授業に出た時の男子生徒の目を、私は今も忘れることができません。
 私も見られることを意識して、膝の少し下まであるものの体の線が出るタイトなスカートを選び、
ストッキングを穿き、ガードルで体のラインをいっそう絞り、線を美しく見せるようにしました。
 そうですね。まさにAVの美人教師そのものです。
 自分で美人と言うのもおかしな話ですが、自分の姿を鏡に映して見た時、
ストッキングにまで染みるほど愛液をしぶかせてしまったくらい、感じてしまいました。
 体が‥‥疼くのです。
 男子の妄想の中で汚されている自分を想像するだけで、射精してしまいそうな感覚に陥ることができます。
 見られることが、快感なのです。
 遠慮の無い牡(オス)の視線が、私の子宮をかき回すようです。女生徒の憧れの視線も快感でした。
彼らは私が男だったと知っているのでしょうか。もちろん知るはずなどありません。
もし、私の正体を知ったとしたらと考えるだけで、立っているのもつらくなるほど体の芯が甘く痺れ、疼きます。
 私は教え子に目を配るふりをしつつ、男に戻るための生け贄を探しました。
 観察をしてわかったのは、しばらく日本を離れている間に、学生の気質が大きく変わっていたことです。
授業にまったく集中せず、携帯でメールを交わす学生の存在は、私には驚きでした。
教師も生徒の親からの抗議を恐れて、ろくに注意もしません。
私の高校時代も授業そっちのけでマンガを読んでいたりする人はいましたが、これほどひどくはなかったと思います。
 うちの学校はまだましな方だという先輩教師からの言葉には、ただもう、驚くしかありませんでした。
 ここの教師はこの学校の卒業生が多いということには、少し驚きました。
「職場結婚率も高いのよ」
 と、先輩が教えてくれた時、私は一瞬、どきりとしました。
 この学校の女性教師は皆、美人揃いです。私もこの中にあっては、普通より少し美人程度にしかなりません。
私の就職を取り計らって下さった理事長も、お年は召しているものの上品な美しさの素晴らしい方でした。
 この環境が私を落ち着かせてくれました。
同僚や先輩の男性の刺すような好奇の視線もなく、私は次第に教師としての自信をつけていったのです。
 ただ、やはり男子生徒の視線は変わりませんでした。
先生を嫌らしい目で見ている生徒がいると教えてくれる女生徒もいました。
彼女にとって、私は憧れの存在なのだそうです。
 心が痛みました。
 本当の私は、彼女達に尊敬されるような存在ではありません。
男でありながら女の体を持ち、淫らな妄想に身を焦がす哀れな人間‥‥。
女の快楽を貪欲に求めながら、男に戻りたいと願い、本当は男なんだと自分を慰めていると知ったなら、
どんな反応が返ってくるでしょう。
 彼女達に尊敬される偽りの自分よりも、ごく普通の男に戻りたい。
 ですが、この頃にはもう、私は男であるという自覚を半ば失っていました。
男であった時期があったのが夢の中のできごとのようでした。
それでも時折、自分が男になり、見知らぬ女性とセックスをする夢を見る事がありました。
目が覚めた時の股間の確かな寂しさが、私が本当は男である事を忘れさせてくれなかったのです。
 女であろうとしても、心の中に残った男としての部分が完全に女性になることを拒否するのです。
 男手も女でもない中途半端な自分に、私は深く悩み続けていました。

 1年目のバレンタインの直前になっても、誰にも私の胸はときめきませんでした。
 2年目と3年目もまた、1年目のように何事もなく月日は過ぎてゆきました。
 もう駄目なのかもしれない。
 私は半ば諦め気分で、男性とお付き合いを始めました。
 でも、長続きしません。誰もが私の体を求め、セックスをすれば私の虜になります。
ですが、私を満足させてくれる人は一人もいませんでした。
 無理もないでしょう。自分の中にある男の視点から見ても、私は完璧に近い女でした。自分自身を犯したくなるほどです。
 どうして男は勝手なのでしょう。自分一人だけ射精してしまえば満足してしまうような男達は、もう御免でした。
 別れ話を持ち出すのは、いつも私。
 目の前で男の表情がみるみるうちに変ってゆくのが、内心で可笑しくて仕方がありませんでした。
 惨めな男。哀れな男‥‥。
 弄ばれているのがわからないほどのめりこむ心理が、私にはたまらなく不快で、激しい嫉妬をかきたてられました。
どうして彼らは自分の内面を省みないのでしょう。自分勝手で、外見や体面を気にする男達‥‥。
セックスも、私にスキンを使わせまいとする人ばかりでした。
 妊娠をするだなんて、考えるだけでも死にたくなります。
私は一時の夢を見せた後、冷たく別れ話を持ち出して彼らを地獄に叩き落としました。
何人、いいえ、何十人も。
 抱かれるだけ空しくなるだけだというのに、私は男漁りを止められませんでした。
男に戻ったならば彼らのようにはなるまいと堅く心に誓いつつ、
それが望みの無い願いであることを、私は薄々心の中で感じ取っていました。
 そして私は、長い間していなかったオナニーをするようになっていました。
もちろん、私自身をオカズにして‥‥。

 このまま独身で一生を過ごそう。そう思い始めた4年目の秋のことでした。
 定年退職した先生の代わりにやって来た、さえない風采の男性教師を見た瞬間、私は驚きました。
 彼です。
 間違いありません。私の直感は、彼が運命の相手だと告げていました。
彼を視線の端に入れるだけで乳首が立ってしまうほど、心臓がどくどくと脈打っています。
校長先生の話も耳に入りませんでした。
 年は私より二歳上。この学校の卒業生ですが、今までは別の公立高校に勤めていました。
学区変更により高校の統廃合の煽りで職場を無くし、母校へと舞い戻ってきたというのです。
 まさに‥‥運命の人です。なんでもっと早く逢えなかったのでしょう。
 私の目は、彼に釘付けになったままでした。
 彼が来て教壇に立つようになってからは、生徒にも私の変化はわかってしまったようです。
彼の姿が見えていなくても、私の体からは純真な生徒を惑わす妖気にも似た色気が発散されするようになったようでした。
そして私は生徒を惑わし、肉体関係を結ぶこともしばしば起こるようになりました。
 ですが、私が本当に抱かれたいのは彼だけ‥‥。
 頭の中に、もしかしたら彼こそが私を女にした先輩なのかもしれないという考えが頭をかすめましたが、
確かめる術はありません。もし、あの先輩だとしたら、彼は再び女性になってしまうのでしょうか。
 でも、そんなことはどうでもよくなっていました。

 そしてバレンタインデーの放課後、私は廊下に人がいないのを見計らって、
彼にチョコレートを渡したのです。


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