少しだけ、私の話を聞いてくださいますか?
 そうとは言っても、今私が向かっているのはパソコンの画面であって、誰かに話しかけているわけではありません。
いえ。むしろ、人に聞かれてはいけないことでしょう。狂っていると言われても仕方がない、
とても信じられないような話なのですから。
 でも、心の中に溜めておいた澱(おり)をどうしても吐き出したくて、こうして画面に向かっているというわけなのです。
 これは、決して人に言えるようなことではないのですから‥‥。
 告白します。もともと私は、男でした。
 今は誰がどこから見ても女性ですが、確かに私は男だったのです。
 私の両親や姉、周囲の人はみんな、私が産まれた時から女性だと言います。
なぜかアルバムの写真も全て女のものに変ってしまっていましたが、私は男であったことをはっきりと憶えているのです。
 私は人づきあいがあまりいい方ではなかったので、友人といえる人もあまりいません。
数少ない友人も、みな私が女性であったと口を揃えて言います。
 ところが過去を突き詰めて聞こうとすると、私の口は自然に別のことを話し始めてしまいます。
男であったことを話そうとすればするほど、私の口はまったく違う言葉を放つのです。
 それだけではありません。私が男であったことを証明しようとすると、
体はたちまち私を裏切りはじめて、別のことをしてしまうのです。口にできなくても文章で伝えようとしても無駄でした。
私の意志とは全く違う文章を書き綴ってしまうのです。
 自分が本当は男で、女にされてしまったと書こうとしたら、同級生へのラブレターになってしまうとしたら?
‥‥これがどれだけ怖いことか、誰にもわからないでしょうね。
 では、どうして今、こうやって昔のことを書いていられるかということは、また後で書くこととして、
私が女になって‥‥いえ、されてしまった経緯を書こうと思います。


 物事の始まりは、私が高校一年生のバレンタインデーの時でした。
 いつものように学校に来て、そわそわとしたり浮かれたりしている同級生達を
ぼんやりとながめたりしていた私は、昼休みに食堂へ行こうとした時に、袖を引かれたことに気づきました。
 うしろを振り返ろうとした私の手に、誰かが小さな何かを握らせ、ポケットに押し込みました。
「放課後‥‥手紙の場所に来てね」
 シャンプーの匂いだったのでしょうか。ほのかな甘い香りと共に耳元で囁かれた言葉は、確かに女性のものでした。
 私がその人を見ようとした時には、既に彼女は人ごみの中へ消えていました。
 ポケットの中にあったのは、プラスチックの小さな小函を黄色の紙で
可愛らしくラッピングしてピンク色のリボンで結んだ、バレンタインチョコでした。
 後ろ姿だけはわかりました。腰まである長い髪を、首筋と先の方の二箇所で止めた特徴的な髪型の人でした。
 私はその髪型におぼえがありました。有頂天になりましたね。
なにしろ学校でも1、2を争う美人の先輩からチョコレートを貰ったのですから。
彼女が二つ年上だということも気になりませんでした。
 こう言ってはなんですが、男だった時の私の容姿は、胸を張れるようなものではありませんでした。
姉は小さい頃から皆に容姿を褒められ、勉強もよくできました。
私が高校に行く頃にはアメリカの大学に留学をしていたくらいですから、
どのくらいよくできるかはおわかりいただけるでしょう。
 彼女が留学に行く費用も奨学金で賄い、残りの費用は自分でアルバイトをして稼ぎ出して両親には負担をかけませんでした。
私はそんな姉が、とても厭わしくてなりませんでした。
 この学校もかなり無理をして入ったのですが、ぎりぎりで入学できた私は、いつも成績は最下位近辺。
親にもよくぼやかれていました。
 私の行っていた学校は私立の名門校で、今でも国立大学に多くの卒業生を送り込んでいます。
古くは江戸時代の私塾にまで遡る歴史を誇り、太平洋戦争が終るまでは男子校でした。
 戦後の解放政策により女子にも門戸が開かれるようになり、今では女性も通ってはいますが、
人数比では3:2で男子の方が多い状態です。
 そんな中で私にチョコレートを渡してくれた先輩は、美人で、聡明で、生徒会長まで務めたという才媛でした。
センター試験も余裕でボーダーを越えて、一流大学現役合格間違いなしとまで囁かれています。
 どうしてそんな人が私を?
 疑問に思いながらも、私は胸が高鳴るのを押さえられませんでした。
物陰でこっそりと確かめた、レモン色の包装紙でていねいにラッピングされた小さなプラスチックケースの中身は、
紛れもなくチョコレートでした。少し不揃いの大きさが手作りを実感させる、トリュフチョコが3つ入っていました。
 誰にも見られないように、校舎の影でほんのりと苦くて甘いチョコレートを口にした私の表情は、
きっとだらしなく緩んでいたことでしょう。
チョコと一緒にポケットに入っていた、小さく折り畳まれた淡い若草色の手紙は、甘い香水のような匂いがしました。
匂いを嗅ぎ尽くそうとするように、私は何度も手紙を読み返しては香りを楽しんだのです。
 もし、今の私が過去に行けるとしたら、自分を張り倒してでも先輩と会うことを止めたでしょう。
 でもそれは過去に起こった、もう変えられないできごとなのです。
 私は運命に魅入られたように、放課後、ホームルームが終ると同時に
弾けるようなスピードで先輩に指定された場所‥‥生徒会室へと飛んでいきました。

 そして‥‥私の運命はこの時を境に、大きく変ってしまったのです。


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