「バレンタインなんか大嫌い!」

「あーっ! 鈴(りん)お姉ちゃん、なにやってんのよぉっ!」
 まだどことなく新しさが残っている赤いランドセルを手にぶら下げながら、小柄な少女が小走りに台所へ入ってきた。
「おう、香菜おかえり。ちょっと待ってろよ、余りをあげっから」
「そうじゃなくてぇ!」
 香菜は姉が立っているコンロの前に向かうと、小鍋の中身を背伸びして確かめるまでもなく、
鍋からはみ出るほどの強火だった火力調節つまみをひねって、火を消してしまった。
 とたんにたちこめる甘い匂いの白煙に、鈴は慌てて換気扇を動かす。
「お姉ちゃん、何しようとしてたの?」
 妹に問われ、鈴はほっぺたを指でポリポリと掻きながら答えた。
「ん? ……まあ、クラスの女子に作れって命令されたから、義理チョコの担当分をだなあ」
「だめでしょおっ! チョコレートって、ちょくせつ火にかけてとかしたら、ぶんりしちゃうんだよ」
 幼いがしっかりとした口調で、香菜は指を立てながら姉に詰め寄る。これではどちらが姉かわからない。
「適当に溶かして、煮詰めて冷蔵庫に突っ込んどけばできるんじゃないのか?」
 あまりの非常識さに、小学2年生の少女は両手の平を上に向けて、やれやれといったポーズをする。
「これだから、お姉ちゃんには料理をまかせられないのよねー」
「だから俺は嫌だって言ったんだ! なのにクラスの女共ったら、俺にまでチョコ作りを手伝わせやがって。俺は――男だ!」
「はいはい。そのせりふは聞きあきました。さ、鈴お姉ちゃん。かなもチョコ作るから、いっしょにやりましょうねー」
 香菜は姉の返事も聞かずに、台所の引出からエプロンを取り出し、姉に手渡した。
「俺はもう、こんなの嫌だ。香菜、作ってくれよ。な?」
「だめですぅー! ありさお姉ちゃんから、鈴お姉ちゃんのめんどうをみてあげてねって言われてるもん」
「小学2年生にこき使われる高校生って、俺くらいじゃねえかな……とほー」
 いや、実際の所、女性歴は妹の香菜の方が長い。
 この滝田鈴という少女、実はつい1年ほど前まではれっきとした男だったのである。
 簡単に経緯を説明すると、科学者である父・航十朗の物質転送装置の実験に巻き込まれ、
転位は成功したのだが、なぜか女性になってしまったというわけである。
 滝田航十朗はとびきり優秀な科学者であるが、「科学者(サイエンティスト)」の前に
「マッド」をつけなければならないという、実に難儀な才能の持ち主であった。
 戸籍に関しては、父親が色々と手を回して女性にしてしまった。
なんでも、特殊な病気であるとか理由をつけて、医師の診断書も添えて裁判所に出したら一発で通ってしまったらしい。
 それからは受難の日々が続いた。幼なじみの少年には言い寄られるわ、街を歩けばナンパの波が襲いかかってくるわ、
テレビどころかAVに出ないかとまで言われた事も十や二十ではきかない。
 学校は男子校だったので当然続けて通うわけにも行かず、男女共学校へと転校するはめになった。
実は学校に事情を話して何とかここで卒業できないかと相談しに行ったのだが、
目を血走らせた野郎共の顔を見て、さしもの鈴も恐怖に震え上がった。
 校内引きずり回しの上、全員に輪姦されるという妄想が脳裏をよぎり、彼女は身を震わせた。
 つい先日までは自分があちら側にいたからわかる。
 ここにいたのでは、犯される。間違いない。
 実際の話、この時の彼女の隠し撮り写真が『実用品』として校内に出まわり、頼めばやらせてくれるんじゃないかな、
元々は男だったんだし、話せばわかるよななどと、勝手な妄想を膨らませていた生徒が過半数を占めていたなどとは、
彼女には知る由もなかった。知らない方が幸せだろう。
 結局彼女は転校し、一女生徒として新しい学校生活を送る羽目になった。
女子校という選択肢もあったのだが、さすがにこれは鈴の方が断った。
 だが、一年近くが過ぎようとしているのに、鈴はまったく女に馴染もうとはしなかった。
「鈴お姉ちゃん、じゅんびできたよー」
「その、鈴お姉ちゃんというのはやめてくれよ。俺は徹(とおる)なんだ。
前みたいに、“とーるお兄ちゃん♪”って言ってくれないかな?」
「はいはい。鈴お姉ちゃん。いいかげんに、げんじつをちょくししなきゃだめだよ〜。
はい、ボウル出して。んっと、それじゃなくって、もうちょっと小さいの。うん、それ」
 姉(兄?)の願いもあっさり受け流して、香菜はてきぱきと準備を進める。
幼稚園の頃から長女の有沙(ありさ)の手伝いをしているので、包丁を握る手にもゆるぎは見られない。
「なんで包丁で切るんだ? 割ってそのまま鍋に入れりゃいいだろ」
「細かくしないと、とけにくいからなんだよ。ポットにお湯は入ってる?」
「あ、ああ。さっきコーヒー飲んだから入っていると思う」
 小さな台の上に乗って、タンタンと小気味良いリズムで板チョコを刻んでいる妹の姿を見て、鈴は複雑な表情を浮かべる。
 母は、まだ彼女が物心がつくかつかないかの頃に病気で亡くなっている。
本当ならば母親に甘えたい盛りの年頃だろうに、と思うと、涙腺がゆるみそうになってしまう。
 だから、姉や弟に対しては口だけではなく手や足も出す彼女も、妹にだけは甘い‥‥というか、どうにも頭が上がらない。
まるで、“年下の姉”のような存在だったりするのだ。
「お姉ちゃん。ほら、こうするのよ」
 物思いにふけっていた鈴は、妹の声で我に返る。
見ると、湯を張った大きな鍋にボウルを入れ、ゴムべらでゆっくりとかき回している。
「おー。なんか料理っぽいぞ」
「ぽい、じゃなくて、お料理なのよ!」
「へいへい」
「返事は、はい! それで、くりかえさない!」
「わかったわか‥‥うん。そうだな」
 言ったはしから言葉を繰り返しそうになって、鈴は自分の口を手でふさいだ。
「お姉ちゃん、この中にお湯が入らないようにしててね」
「おう。だけど、なんか凄い量だな。そうか、チョコってこうするのか。知らなかったなー。
‥‥少しくらい味見したって大丈夫だろ」
 ひと舐めしようとしてボウルが傾き、慌てた鈴は、熱湯で熱くなったボウルを直接触ってしまう。
「ひゃおっ!」
 奇声を上げて、鈴はすぐ横の水道の蛇口をひねり、指を冷やし始めた。
 チョコを入れて冷やす型を探していた香菜は、姉のいつもの不器用さにちょっと幻滅しつつ、
ひっくり返ってお湯の中に溶け出してしまったチョコレートをどうしようかと、早くも小さな頭を悩ませ始めていた‥‥。
「やれやれ。鈴お姉ちゃんがお料理になれるのと、あたしがおよめに行くの、どっちが先かなあ‥‥」

 2時間後。
 長姉の有沙が会社から帰って来ると、いつもはそれなりに用意されているはずの夕食の準備が
まったくされていないことに気がついた。
 週に4日はお手伝いさんがやってきて、掃除や夕食の下拵えなどをしてくれるのだが、今日はお休みの日だ。
それでも、小学2年生とは思えない料理上手の香菜が何もしていないというのは腑に落ちない。
「香菜ちゃん、病気なのかしら」
 と呟いてから、有沙はキッチンシンクの惨状にようやく気がついた。
 よく見れば、そこかしこに何かが飛び散ったような跡があるのがわかる。
有沙は、まだ台所に漂っているほのかな甘い匂いで、真実に至った。
「ははーん‥‥原因は、鈴ちゃんね」
 3つある冷蔵庫の一つを開けると、そこには思ったとおり、
一口大にまとめられカカオパウダーが振り掛けてあるチョコレートが、きちんと整列して明日の出番を待っている。
「香菜ちゃん、ご苦労様。じゃあ、今日は私がちゃちゃっとお夕飯を作ることにしましょっか!」
 冷蔵庫に向かって独り言を呟いた有沙は、冷蔵庫の中の肉や野菜を手早く取り出して、テーブルの上に置いた。
「よしよし。ご飯はちゃんと炊けているわね。じゃあ今日は澄まし汁と、豚と卵の他人丼にしましょうかね♪」
 長い髪をうしろでまとめ、スーツの上だけを脱いでエプロン姿になった有沙は、
ストックしておいた出し汁などを使って手際良く料理を作り始めた。
さすがは香菜の料理の先生だけあって、見事な手際だ。
 こうして滝田家のいつもより少し遅い夕食は、姉の手によって無事に作られたのであった。

 翌朝。
「はー、疲れた。もう、こんなん嫌だ」
 電車を降りて学校へ通じる道を歩いている鈴の横に、一人の女生徒がついて話しかけている。
「なーに朝っぱらからシケた顔してんのよ、リンリン!」
 鈴は、隣りにいる少女を犬を追い払うように、しっしっ! と手で追いやろうとした。
だが、もちろんこんなことで引き下がるような子ではない。
「だーかーらー、リンリンはやめろって。俺には徹っていう立派な名前があるんだから」
「でも、今は滝田鈴でしょ? リンリンって可愛い呼び方じゃない。あたしは好きだなあ」
「いい加減にしないと蹴るぞ」
「いやあん♪ リンリンって怒った顔も可愛いわぁ♪」
 鈴が憮然としていると、一人また一人と、二人の周りに人が集まってくる。鈴のクラスメートだ。
「おはよ、リンリン。今日も可愛いねっ!」
「はお、リンリン。妹さんに手伝ってもらったんでしょ? チョコ」
 あまりに図星なので、鈴は黙ってうつむいてしまう。
「おっ! リンリン、ちゃんとチョコ作って持ってきたんだ。偉いなあ。あたしは絶対に作ってこないって思ってたんだけど」
「やたっ! 賭けはあたしの勝ちっ!」
 どうやら鈴がチョコを作って持ってくるかどうかで賭けをしていたらしい。
「ねえ、リンリン。本命チョコは作ってきたの?」
「あ。あたしはベルギーチョコだよっ。サッカー部の幹康くんにあげるんだ」
「誰もあんたに聞いてないって。で、どうですか?」
 鈴の周囲をぐるりと囲む女生徒の輪。正直言って、歩き辛くて仕方がない。
「んなもん、作ってくるわけないだろ。俺は男なんだし。どうして野郎にチョコをやらなきゃならないんだよ」
 吐き捨てるように答える鈴を見て、黄色い歓声が上がった。
「出た! リンリンの“俺は男だ!”」
「お姉様、素敵♪ って1年生多いらしいわよ〜」
「あ、ほら。文化祭の劇で、一気にリンリンのファンが増えたって話よ」
「萌え萌えだったわね〜、あれ。リンリンのドレス姿、また見たいなあ」
「やめろよな、そーいうの」
 思い出すだけで顔が赤くなる鈴を囲んで、さらにはやし立てるクラスメート達。いいおもちゃである。
「うーん、リンリンって胸もおっきいしさ」
「どれどれ。お姉さんがどれくらい大きくなったか見てあげよう」
 言うが早いか、一人のクラスメートが背後から鈴に忍び寄り、
羽交い締めをするように脇から手を回し、鈴の胸に両手を当てて揉んだ。
「ひゃんっ!」
 鈴は可愛らしい悲鳴を上げて、カバンを落してしまう。
「うわー。またおっきくなったんじゃない? ふかふかだわぁ♪ これだったらパイ擦りだってできるわね」
「あ、でもそれって男の人もある程度おっきくないとできないわよ」
「粗○ンじゃあ、いくら胸が大きくてもダメってこと?」
「美樹ぽん、えっちぃ〜! 彼氏と、そゆことしてんのかな?」
「記憶にございません」
「それ、古いよ〜!」
「こ、こら。いい加減に離れろよ!」
 だっこのように自分を抱えているクラスメートの胸が背中に当たる感触にどきどきしながら、鈴は身をよじった。
「あ、ごめんごめん。で、65のEだっけ?」
「しっ、知るかそんなの」
 カップの中で、いつもは陥没気味の乳首が疼いている。最近、体全体の感覚が鋭敏になってきているようなのだ。
年頃だから体も疼く。セックスにだって興味が無いわけじゃない。
 だけど――ああ、だけれども。
「俺って、女なんだよなー‥‥」
「なに当たり前の言ってんのよ、リンリン」
 鈴の心の内も知らずに、お気楽に言ってのけるクラスメートが恨めしい。
 何しろ、女になって以来、自己処理‥‥つまりはオナニーを一度もしたことが無いのだ。
 体を触るのが恐い。シャワーを浴びるだけでも体がジンジンと痺れるような気持ちよさがある。
男の時には絶対に感じなかった感覚だ。これ以上踏み込むと、男に戻れないんじゃないかという気がするのだ。
 だが、日毎に体の疼きは高まってゆく。生理も定期的に訪れるようになったし、体もますます男とはかけ離れてしまった。
「あのバカ親父‥‥」
 元に戻す研究をしてると言っているが、どう考えても真面目にやっているとは思えない。
それどころか、娘が増えたと言って喜んでいる言動から考えるに、
男に戻すことができても戻すつもりなどまったく無いのは確実だ。
「鈴のブラってしゃれっ気無いからさ。絶対にEカップはあると思うね」
「でもでもぉ、リンリンっておしゃれ嫌いでしょ」
「ふっふっふ。甘いぞ、辻っち。リンリンが自分でブラを買いに行くと思うか」
「わ、しまった。それを忘れてた」
 人を肴にして盛り上がるクラスメートの中、バレンタインと日頃の鬱積した
悩みが重なり、学校に着く頃には、授業が始まる前だというのに、鈴はすっかり落ち込んでしまっていた。

 学校に着くと靴箱のあたりに、人だかりができていた。それも女ばかり。
「なに、あれ?」
「あたしには全てお見通しだよ、コナン君」
「誰が江○川コナンだっての」
 ひそひそ声で話をするクラスメートの輪の中から精気の無い顔をした鈴が姿を現わすと、
人だかりはまるで磁石で弾かれたように、ぱっと散っていった。
「なんだよ、ありゃ」
 鈴が自分の靴箱のある場所に目をやった瞬間、人だかりの原因がわかった。
「なんなんだよ、これは!」
「おーおー! モテモテですなあ、リンリンは。‥‥女の子に」
「うっわぁー。靴入れの他にも紙袋4つ? チョコがあふれてんじゃない」
 一人が呆然としている鈴の横をすり抜け、靴入れに挟んである紙を手に取り、読み上げた。
「鈴ちゃんの靴入れには、抜け駆けしてチョコや手紙は入れないこと!
チョコを渡す人は、下の紙袋に。滝田鈴FC“俺は男だ!”会長より」
「ふっざけるなぁぁぁぁっ!!」
 とうとうブッちぎれた鈴は、チョコを蹴飛ばすように大股で靴箱に歩み寄り、
内履きを取り出して突っかけるように足を突っ込み、地面を踏み荒らすような足取りで、ずんずんと階段の方に歩いていった。
「おーい、リンリン〜! このチョコどうすんの?」
「いらねぇ。おまえらにやる!」
「って言われてもさあ‥‥ねえ?」
「うん。手作りって何が入れられているかわかんないしぃ」
「媚薬ならまだいいけど、唾とか髪の毛とか、エッチな汁とか入ってても不思議じゃないもんね」
「じゃあ、うちのクラスの恵まれない男共に配給する?」
「そだね」
 チョコを贈った女子を哀れむべきか、それとも怪しげなチョコを食わされる男共を哀れむべきか。
その疑問に答える人間は、誰もいなかった。

 どすどすと足音も荒く、怒り心頭に達した鈴の剣幕に恐れをなしてか、
手に持ったチョコレートらしき箱を渡そうとする女子も近づこうとはしない。
 やがて自分の教室にたどり着いた鈴は、自分の席を見て、こめかみをひくひくと震わせた。
「いよぅ、滝田。もてもてだなあ‥‥女子に」
 そう言ったクラスメートの男子に、鈴はつかつかと歩み寄るが早いか、脳天に強烈な肘打ちを食らわせた。
声も無く悶絶する後の席の男、幼稚園からの腐れ縁である友人の間垣亨(まがき・とおる)を放っておいて、
鈴は椅子に座って机の中を探る。
 毎日数通、多ければ十通あまりの手紙(もちろん、女子からのラブレターだ)が入っている鈴の机だが、
今日は色とりどりの数十通の手紙が忍ばせてあった。
机の中から、色々なコロンや香水の匂いが立ち込めて、鈴の鼻を刺激する。
「かんべんしてくれよな‥‥」
 鈴は机に突っ伏した。一年前だったら狂喜乱舞しただろうが、
女の体になってしまった今では、鬱陶しい以外のなにものでもない。
 いつものように専用の恋文入れ(一月に一度、友人の父親がやっている神社で
祈祷をした後に焼いてもらうことになっている)に手紙を突っ込んで席に戻ってくると、
一緒に登校してきた女子達がようやく教室に入ってきた。
「はいはい〜、チョコの配給ですよぉ。ホワイトデーのお返しは3倍返しだからね。忘れないように」
「おい、滝田。お前、チョコ作ってきたのか?」
 横の席の男が、鈴に声をかけてくる。
「‥‥それがどうした?」
「いや、どうせ貰うなら、滝田の手作りチョコの方がいい」
 瞬間的に、鈴の顔が引きつった。
「お、お前‥‥俺は男なんだぞ?」
「おーい、リンリン! チョコちょーだい♪」
 一緒に登校した女子の一人が鈴の所まで駆け寄ってきて、両手を揃えて差し出した。
「ちょっと待て。俺が先だぞ」
 横の席の男子が口をはさむ。
「あんたは、あたしらの配給チョコで充分。リンリンのチョコは、女子一同で美味しくいただくんだもんね〜♪」
「だから男はあっちへ行っちゃえ!」
 勝手にカバンを開けようとするクラスメートを制しながら、鈴は言った。
「ちょっと待て。俺に作れって言ったのは、野郎共に配るんじゃなくって‥‥」
「そっ! あたし達で食べんの」
「んふ〜。クラスメートの役得、役得ぅ♪」
「そうか。てっきり俺は男にやんなきゃいけないと思って、ちょっと嫌な気分だったんだけど、
女にやるんな‥‥待て! どうして俺がお前達にチョコをやらなきゃいけないんだ!」
 一瞬納得しかけたが、鈴は立ち上がってクラスメートに詰め寄る。
「いいじゃん。どうせ誰かにあげるってわけでもないんでしょ。
配給チョコを今時手作りするなんておかしいと思わなかったの?」
「ううっ‥‥だ、だって俺、そんなの知らねぇよ」
「そうそう。リンリンは男だもんね」
 頭を撫でた女子が、鈴を引き寄せて抱きつく。
 クラスが一気に色めき立った。
「うぉぉぉっ! 滝田がついに同性愛に目覚めたのか!?」
「いや、肉体的にはレズで、精神的にはユニセクシュアル。これもまた新しい愛の形かっ!」
「きゃ〜っ! リンリンが森っちとラブラブぅ?」
 鈴の顔は、恥ずかしさと怒りで真っ赤だ。
「は、放せぇ! 皆が見てるだろっ!」
 暴れる鈴だが、がっしりと抱えられているのでなかなか振りほどけない。
それに、下手に怪我でもさせたらという気持ちがあるので、全力も出せない。
 そうしている間に、クラスメート達は勝手に鈴のカバンを開けて、
妹との合作(九割以上は妹の手によるものだが)チョコを取り出して賞味し始めた。
「おー、なかなか本格的。美味しいじゃん」
「材料はあたしが提供したもん。いいチョコなんだよ〜」
「あ。この歪んだチョコはリンリンのだね」
「それちょうだい! リンリン手作りチョコ〜!」
 鈴を中心とした女生徒の輪は、男子をまるで寄せつけない独特のオーラを発している。
「あーあ。滝田もかわいそうになあ‥‥」
「あいかわらず不幸な奴だ」
 爪弾きにされた男子達は、女子からの配給チョコ(五百円相当)と、
鈴に贈られたチョコレートの中から安全そうな物を取り出して食べている。
「いやあ、でも、もてて羨ましいぞ」
「だったらお前、滝田と代わってやるか?」
 羨ましいと言った男子は、すぐに顔を左右に振った。
「やっぱり男の方がいい」
「だよな」
 男達の情けないため息をかき消すような大きな声で、鈴は叫んだ。

    「ば、バレンタインなんか‥‥大っ嫌いだぁぁぁっ!!」


END


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