滝田鈴(たきた・りん)は、十七歳の高校三年生である。
 将来は美人になるだろうと誰もが予感する、愛くるしい顔立ち。
 誰もが羨む見事なボディ。
 だが、しかし。

 彼女は、『彼』だったのです……。


 滝田鈴のケース:Episode3

 「はじめての○○○」



 天高く馬肥ゆる秋。
 最近、急激に身長が伸び始めた鈴は、久し振りに味わう全身の成長痛に悩まされながら、電車のドアの近く、座席とドアの間にある空間に身を寄せて学校へ向 かっていた。

(朝飯を欲張って食べ過ぎたかなぁ……)

 納豆にオクラを混ぜたやつであつあつの丼飯を二杯。それにイワシのツミレ入り味噌汁を二杯、大根下ろしにじゃこを入れたものと、
鰯の丸干しを五匹、そして昨晩の残りのトンカツを父と奪いあいながら一枚。
止めに牛乳を一リットルと杏仁豆腐のマンゴーソース掛け苺添えを食べていたら、つい、いつもの電車に乗り遅れてしまったのだ。

「いぃぃぃってぇき、まぁぁぁっ、すっ!」
 奥の台所で出かける前の後片付けをしている姉に向かって言うが早いか、ダン、ダンダンッ! と床板を踏み抜くような勢いで廊下を突っ切り、
玄関にきちんと揃えてあった茶色の革靴にすぽんと足を突っ込み、つまずくように前のめりになりながら、
徒歩十分少々、駆け足三分弱の駅までスカートをひるがえして白のパンツをちらちらと晒しながら駆けてゆく。
急行も特急も止まらない駅だから、今度の各駅停車を逃すと次の電車は十数分後。これを逃すと遅刻は免れない。
 校門で待っている、つるっ禿(本人は剃っていると言い張っているが)で脂ぎった、
いつも女子生徒ばかりを狙ってセクハラ紛いのタッチを繰り返している体育教師の嘉曽邑(かそむら)にねちねち言われて尻を撫で回されるくらいなら、
ぱんつが見えるくらい、どうってことはない。
 幸いにも、鈴は遅刻ぎりぎりの電車に間に合い、ドアの隙間に体を滑り込ませて乗車することができた。
胸がドアにひっかかり、慌てて体をドアの横に空いていた空間に移動させる。危うく胸をはさまれるところだった。
 自分がその身になって、初めて鈴は、巨乳のどこがいいんだろう? という疑問をもつようになった。
男だった時は大きな胸のアイドルに夢中になったものだが、今では彼女達に同情と共感を感じてしまう今日この頃である。
 なにしろ最近、また胸が大きくなったのだ。
 どうにもブラがきつくてたまらないので、先週、姉と下着を買いに行き、店員に計り直してもらったらGカップだと言われて、鈴は愕然となってしまった。
五月頃まではEカップだったというのに、半年もたたないうちに二つもサイズアップ――つまり五センチもバストが増量してしまったのだ。
 しかもアンダーバストは変わらずに。
 普通なら喜ぶところなのだろうが、鈴は元々、男である。
つい先日、急に生理が始まった時に、ごく自然に生理用品を持っていないかと美羽に聞いてしまった時は、あとで激しく落ち込んだ。
肉体の成長と共に、どんどん女性化が進んでいるとは言え、まだ男であるという意識を捨てきってはいない。
 だが、それはそれ。これはこれ、である。いつもの店にはFカップまでのブラジャーしか置いていない。
ようやく慣れかかった店だったのに、別の店に行くしかなくなった鈴は、同じビル内にある大きな下着を専門に扱っている、
姉の行きつけの店に引きずられるようにしながら向かった(ちなみに有沙の3サイズは、身長百七十六センチ、102(Hカップ)・62・105。体重は秘密 だそうである)。
 一枚で福沢諭吉が何枚も飛ぶような値札のランジェリーの数々に目眩をおぼえながら、
鈴はしぶしぶ姉の着せ替え人形となって試着をし、二十枚以上の上下お揃いの下着を購入した。
店員も鈴と有沙の見事なスタイルに羨望の視線を隠さなかった。
 透け透けのセクシーな下着は頑として拒んだのだが、姉の涙目に負けて三枚買う羽目になった。
もちろん、全部姉のポケットマネーからで、鈴の懐はちっとも痛んではいない。
 だが、心底まいった。精神的に疲労困憊となってしまった。これに加えて、
「鈴ちゃんも早くお婿さん貰えるようになればいいわね」
 などと言われたら、何と答えていいのかわからない。家族で一番頭が上がらないのは末っ子の妹の香菜だが、この姉もつかみ所が無い。
いつの間にか彼女の言うままになってしまうのが不思議だ。
「うー……お、俺は」
「女の子は、わ・た・し!」
 胸をぎゅむっ! と握られて、鈴は思わず姉の手を払いのけ、両手で胸をガードする。
「有沙姉(ねぇ)、それ、セクハラ!」
「あらぁ。姉と妹のボディ・コミュニケーションよ?」
 まだデパートの店内で、こういうことをする姉の神経がよくわからない。
「とっ、とにかく、外でこういうことをするなよな」
「じゃあ、お家でならいいのね? うふふっ♪ 鈴ちゃんに似合うかなぁーって思って買っておいた服が十着ほどあるから、帰ったら鏡の前で試着しましょう ねぇ〜」
 などと話を進められ、家に帰ってから三時間以上もあれやこれやと着せ替え人形のようにされてしまったのが、昨日の話。
十着どころか、三十ほどもあったのだから呆れる。
 ようやく姉の部屋から逃げ出して寝床へと潜り込んだものの、妙に気が高ぶって眠れず、頭の中に浮かぶ鏡の中の自分の姿を追い払いながら、
やっと眠りの世界に旅立ったのは夜中の三時頃だっただろうか。
 結局、いつもより三十分以上も寝過ごしてしまい、ゆっくり食べられたはずの朝食をブルドーザーのごとくかきこんで、鈴は駆け足で駅に向かったのだ。
 フルカップのブラでしっかりとホールドされているとは言え、走るとぶるんぶるんと揺れる胸がジャマでしかたがない。
その上、満腹になるまで詰め込んだ朝食が胃の中でシェイクされ、少し気持ちが悪い。
それでも、授業の途中でお腹がきゅるるっと鳴るよりは、ずっとマシだ。どうやらこの体は、新陳代謝がかなり活発なようだ。
 秋だというのに列車内には冷房が入っていた。
たとえ外がさわやかな秋の空気であっても、押されたら肉まんの具が(いや、卑猥な比喩ではなく)割れ目から(だから卑猥な比喩じゃあないんだったら!)、
ずっぷん! と出そうなくらいの殺人的混雑の中では、真夏の亜熱帯人間ジャングル地獄と化してしまうのだ。

(ううっ……気持ち悪ぃっ)

 蒸れた体臭と様々な整髪料や香水が入り交じった匂いで、鈴は吐き気をもよおしてきた。しかも運が悪い事に、学校がある駅までこちら側の扉が開くことはな い。
以前通っていた男子校ならば、電車で一駅という近さだったのだが……。
 学校がある最寄りの駅まで、あと十分少々。
 悪夢のような時間が過ぎてゆく。
 いいや。鈴にとっての本当の悪夢は、まだ始まっていなかった。
 鈴は人ごみに背を向けて、座席の高いしきりと壁の間にあるコーナーに顔を埋める。
最近、少し短くなったと感じているスカートのうしろが気になるが、人の背に顔を向けるよりはずっとマシだ。
 身長もわずか二か月と少しで百四十三センチから百四十八センチになったし、もう、ちんちくりんのアニメ体形と言わせない(と思っているのは本人だけだ が)。
その分、スカートがかなり短くなって、勢いよく走るとパンツがしばしば見えてしまうのが気がかりだ。
これでウエストが細くなっているのだから、クラスメートに羨望と嫉妬と欲望が入り交じった視線で見つめられるのは当然だろう。

(早めに、制服のスカートを買い直さなきゃいけないなぁ……)

 などとぼんやりと考えていると……。

 びくんっ!

 電流が走ったような感覚に、鈴の体が思わず硬直する。
 今のは一体、何だったのだろう?
 鈴が身を強ばらせていると、次の刺激が彼女を襲う。
 背中を這っているのは、明らかに男の手だ。背中のブラジャーのラインを執拗にな
ぞっていたかと思うと手はだんだんと下がってきて、やがて鈴のお尻にまでたどりつく。

(まっ、まさか、痴漢!?)

 まさかもなにも、痴漢そのものだ。
たじろいでいる鈴をよそに、痴漢はスカートの布地の上から、ツン! と張り出している豊かなヒップを撫で回し、
こともあろうにわしづかみにして揉みしだき、その張りのある感触を楽しんでいるようだった。
 鈴は声を出そうとして気がついた。
 震えている。
 こともあろうに、『男』である自分が怯えている!?
 呼吸すら小刻みに震えているのがわかる。口を開けるだけでも多大な努力が必要だ。
声を出す? とんでもない。富士山の頂上までスキップして登山しろと言われた方が、まだ楽だと思えるほどだ。
声すら出ないのに、身体を動かすなんて今の鈴には不可能だ。
 頭の中に、二か月程前の『あの』光景が蘇る。
 震えが止まらない。
 男は鈴が何もしないのにつけあがったのか、スカートの裾をまくって中にまで手を入れてきた。

(気付け! 誰か、『俺』が痴漢に遭っていることに気付いてくれ!)

 鈴は心の中で必死に念じるが、超能力者ではない彼女にテレパシーなどあるはずもない。
ましてやこの電車の中に超能力者がいて彼女の思念を感じ取り、助けに来てくれるなど、絶対にありえない話だ。
 うつむいて必死に耐える鈴に、背後に陣取っている男は電車の揺れに乗じて彼女に覆い被さってきた。
「ひっ!」
 口から小さな悲鳴が漏れるが、電車の音に紛れて背後の男以外には聞こえなかった。
男の手はスカートの後をまくりあげるようにして、ヒップを縦横無尽に触りまくっている。
豊かなふくらみを揉んだりさすったり、つまんだりして、肉の張りとつやを楽しんでいるようだ。
 鳥肌が鈴の両腕を埋め尽くしていた。
 気持ちが悪い。吐きそうだ。
 鈴は荒い息をついて、壁に頭を押しつける。頭の中に、過去の情景がフラッシュバックして彼女を苦しめる。
それなのに体は刺激に反応して、男を受け入れる体勢を整え始めている。吐息が甘い性の悦楽に染まっていくのがわかるのが、悔しい。
「そんなに気持ちがいいのかい?」
 若い男の声だ。だが、少年ではない。二十台から三十台だろう。声に張りと深みがある。
鈴の返事が無いのを肯定だと受け取ったのか、男の無遠慮な手は勢いを増し、ついに彼女の下着の中にまで手を突っ込んできた。
「――ッ!」
「ほんとうに綺麗な肌だ。まるで赤ん坊のようだ。それなのに……」
 男が指の腹で鈴の恥毛を撫でつける。
「ちゃんとヘアも生えてる。大人なんだね」

(ナニ、間抜けなこと言ってやがる!)

 鈴は心の中で罵倒するが、体が緊張してすくみ、声が出ない。男の太い二本の指が、鈴の花びらを、すっと撫でた。
「あンぅッ!」
 鋭いパルスが走った。
 望まない行為をされているというのに、体は男の愛撫を受け入れてしまっている。
快楽は自分の意思では止められない。
「君のオマ○コがひくひくしてるよ。ああ、きっときれいなピンク色をしているんだろうね。そんなにびらびらしてないところをみると、処女なのかな?」
 ゆっくりと小陰唇をさすり続けながら、男は背後から鈴の耳元に囁きかける。
「大きなおっぱいだ。触ってもいいかな?」
 びりびりと痺れる快感が股間から伝わってくるのをがまんするだけで鈴は精一杯だ。
いいとは返事をしていないのに、カバンを持った左腕の上から抱きかかえるようにして、男の手が鈴の胸に伸びてくる。
 手に余るほどみっしりと蜜の詰まった塊に触れた男の手が、止まった。
「すごいおっぱいだ。大きいのに張りがあって、ぷるぷるしている」
 指を広げてボールを握るように、男の手が鈴の胸を鷲づかみにする。指に力が入る度に、胸に痺れが走る。
「チ○ポをはさんだら、さぞや気持ちがいいだろうね。それに、オマ○コもすごく濡れてるよ。本当に感じやすいんだね、君は……エッチな子だ」

(し、死んじまえ! なに間抜けなコトを言ってやがんだよ、コイツはッ!)

 心は拒絶して嫌悪感を感じているというのに、体はすっかり男を迎え入れる体勢を整えてしまっている。
脚を閉じようとする力も萎えがちで、その事実が鈴をいっそう不快にさせる。
「オマ○コがとろとろだ。そんなにチ○ポが欲しいのか?」
 男の口調がだんだんと乱暴になってくる。耳元に熱い息が吹き掛けられ、ヒップの上あたりに何かのこわばりが押し当てられているのがわかる。
 三本の指が鈴の入口付近を縦横無尽に動きまわり、責めたてる。
「あ、あふ……あ、はぁ……」
 体が反応してしまうのを止められない。徐々に体の力が抜けてゆく。
「中が……ブツブツしてて、指を喰い千切りそうな締めつけだぜ。くそぅ……チ○ポを入れてぇなあ!
俺のぶっといチ○ポを、お前の濡れマ○コに突っ込んで、かき回して、ひぃひぃ泣かせてやりたいぜ」
 腰ががくがくと震え、太腿がヒクヒクと痙攣する。
「びらびらの色は何色だ? この淫乱め。こんなにすぐにぬるぬるになるマ○コなんか、初めてだぜ。
よっぽど男に飢えていたんだな。俺の濃いザーメンで子宮を一杯にしてやろうか?」
 言葉と指で鈴を嬲りながら、男は責め続ける。
「ああ、本当に大きなクリトリスだな。毎日指で弄りまくっているのか? それとも男に吸わせているのか、どっちなんだ」
「はっ……はっ……やぁっ……」
 陰唇の内側から膣口の入口付近を撫で続ける男の指に、鈴は小さな喘ぎ声を漏らしていたが、ふと横からの視線に気がついて我に返った。
 三十台だろうか。眼鏡をかけたサラリーマンは鈴が自分の視線に気づいているのを知ると、慌てて顔を横に背けた。
それだけではない。その周囲にいた男達が皆、一斉に視線を外したのだ。

(こ、こいつら、俺が痴漢されているのを知っているのに、見て見ぬ振りなんかしてやがる……!)

 背筋にぞわっと怖気が走った。
「どうした? そんなに周りの人に助けてもらえないのが気に入らないか? ……みんな臆病なんだよ。そのくせに刺激が欲しいのさ」
 男の指が鈴の奥の方まで突っ込まれた。
「んぁ……あはンっ!」
 カーブでごとん! と電車が揺れたので鈴の上げた声はそれほど目立たなかったが、一瞬、車内に妙な緊張感が走った。
 ツーンと鼻の奥がきな臭くなる。
 軽く、イってしまった……。
 車内の静寂を破ったのは朝っぱらから眠そうな、車掌のアナウンスだった。
「まもなくぅー、台馬場ぁ〜、次は台馬場に停車いたしますぅ。JR冠北線にお乗り換えの方はこちらでお降り下さい。
また、どなたさまも御忘れ物などないよう、御気をつけ下さい。台馬場ぁ〜、次は台馬場ぁ〜」
「その制服だと、次の駅で下車か。……また会おうぜ」
 アナウンスの声に、男の手が鈴の体からするりと抜けてゆく。鈴は床にへたりこみそうになるのをぐっと堪え、振り向いて男の顔を見ようとする。
だが、満員の乗客にぎゅっと押しつけられた体は容易にそれを許さない。
 一分もたたないうちに列車は駅に着き、扉が開く。
 鈴は人の流れに押し流されるように外に出て、男の顔を確認しようと後を見ようとした。だが、体が強ばって首が回らない。
 恐怖が彼女の体を縛っているのだ。
 鈴はそのまま階段を降りて駅のトイレに駆け込み、洋式の個室に入った。中腰になって急いで下着を下ろす。
 二重のコットン地を通り越して、表面まで染みが浮かんでいた。ねっとりとした液体は、まるで澱もののようだ。
カバンからポケットティッシュを取り出して下着を拭き、次いで股間をそっとぬぐった。
「んうっ!」
 思わず声が漏れてしまう。
 ビリビリと痺れる。内腿全体が少しでも何かが触れれば反応してしまうほど、敏感になっている。まるで脚がすべて陰唇にでもなってしまったようだ。
「お、俺は男なんだぞ……女子トイレで、こんなことをしたら……へ、変態だ……」
 小さな声で自分に活を入れ、指を挿れて中をむちゃくちゃにかき回したい欲求を、ぐっと押さえつける。それでも、濡れきったティッシュを離すことができな い。
 いけないいけないと思いつつ、鈴はゆっくりと指をスリットに添わせて長楕円を描くように指を動かす。
「あ……はぁぁぁぁっ!」
 体の中に残っていた芯が溶けてゆく。ティッシュがぐずぐずに濡れて、ラヴィアにまとわりついてゆく。
毛羽立った紙の感触が、ぱっくりと花開いた敏感な内側の粘膜を刺激する。膝が砕けそうになるのをがまんしきれず、便座に腰を落してしまった。
「ひゃん!」
 冷たい金属製の便座が鈴のヒップをつるりと撫でる。その拍子に、鈴は軽いアクメに達してしまった。
「あっ……はぁ……ふぅ」
 心臓がどきどきする。乳首がブラジャーの下で痛くなるほど固くなっているのが自分でもわかる。
シャツの下から手を差し入れ、ブラジャーをずらしてゆっくりと胸を揉み始める。
 こんなことをしてはいけない。
 頭ではわかっているのに、止められない。
 胸のドキドキがおさまらない。
「このまま、じゃ……学校に、行け、ない、もん……な」
 頭の片隅で、それは詭弁だと主張する声を封殺して、鈴は胸をまさぐっていた左手を上着のポケットに突っ込み、ハンカチを取り出して口に咥えさせた。
「ふくっ……」
 これなら声もあまり漏れなくなる。
 鈴は大きく脚を広げ、右手をゆっくりと、大きく膨らんだ肉の真珠に伸ばした。
「んはぁっ!」
 指が触れた瞬間ハンカチを取り落としそうになって、慌てて口を引き締めた。
敏感な部分がすっかり剥けて、指先の軽い刺激だけで漏らしてしまいそうになっていたのだ。
トイレに駆け込まずに学校に行っていたら、歩きながら衆人環視の下でイッてしまった可能性が高い。
 下着の内側にきらきらと光る分泌液の跡を見て、鈴の心に被虐的な感情が芽生える。

(俺って……変態だ。男に触られて、興奮しちまうなんて)

 乳首がきゅうっと音を立てて締めつけられるような錯覚を感じた鈴は、その感覚だけで再び軽く達してしまう。全身がすっかり受入れモードになってしまって いた。
 危なかった。
 あのまま電車に乗っていれば、本当に犯されてしまっていたかもしれない。
 あの夏の日以来、鈴の体は日に日に女性としての成熟度を増している。
クラスメートに剥かれ、襲われ、いやだいやだと言いつつ彼女達の淫らな遊びにのってしまう鈴は、確実に女性としての道を、
本人の意志とは裏腹に歩み始めているのだ。

(変態だ変態だ、ヘンタイだ……。こんなに胸を膨らませて、女子トイレでオナっている“男”なんて、世界中に俺一人だけだ)

 股間にやった指が動き出す。
 一度だけ。
 もう一回だけイッたら、学校に行かなくちゃ。
 その思いとは裏腹に、背徳の快感を長く楽しもうと指を内側に入れようとはしない。
唇に例えられる輪郭の部分を指でなぞったり、慎重にクリトリスを避け、その周囲をいじったりしながら、もっと深い快感を呼び覚まそうとする。
本当に気持ちよくなろうとするならば、内側を刺激しなければいけないのは鈴にもわかっている。
 わかっているけど、できない。
 もっと長く楽しみたいという気持ちがあるのを、鈴は理解していた。
 だが、秘唇をまさぐる緩慢な指の動きは、女子トイレに入ってきた新たな女性(以外入ってくるはずも無いが)の足音によって、ぴたりと止まった。
 足音は鈴が入っているトイレの前を横切り、すぐ横の個室の扉へと入っていった。
鈴は息を殺して隣の様子をうかがう。やがて、鈴の耳に密やかな音が聞こえてきた。

(と、隣で小便をしている……)

 再び乳首から内側に向かって、ずきゅん! と刺すような鋭い刺激が走った。
 いつの間にか指の動きが復活していた。空いた手で制服の下に手を伸ばし、ブラジャーをずらして直に乳首を指でつまむ。
固く尖っていた。手で乳房を覆うだけで、気持ちがよくてたまらない。
 俺は変態だ、というフレーズが頭の中でぐるぐると駆け回る。
「ん、ふっ!」
 腰が思わず跳ねてしまうほどの快感を堪えることができず、鈴はつい、声を漏らしてしまった。
隣の個室の音が止み、こちらの様子をうかがっているような雰囲気が伝わってくる。
(ああ、だめだ。こんなこと……こんなことしているのがバレたら、俺……破滅だ。皆に後ろ指さされて……はぁぁっ!)

 情けない、という心の中に生じた黒い淀みから鈴を誘う声が聞こえてくる。

 堕(お)ちちゃえ。
 どうせ男なんかに戻れっこないし、男に犯されちゃった記憶だって消せないでしょ。
それに、毎日オナニーしないとがまんできないこの淫乱な体ときたら! 痴漢に遭うのなんか当たり前よ。
 みんなに羨ましがられるこの体で、もっと楽しまなきゃ。クラス中の女の子とエッチなことができるなんて、男だったらムリでしょ。
 だから、遠慮なんかしなくていいの。
 もっと素直に、もっと淫らになって楽しもうよ。
 気持ちいいこと、しちゃってもいいの。
 女の子なんだから。
 ね?

(そんなの……そんなの、ダメだ……。だって……だって俺、男なのに……)

 いつの間にか隣の個室から人が出ていったようだが、そんなことはもう、鈴にとってはどうでもよくなっていた。

(はあ、すごい……クリトリスもいいけど、おま○このなか、ゆびをまげて……クリのうらをぐいっと……!
あはぁ、はぁ……しるが……しるがあふれて……。ああ、もっと、もっとふといのが……ゆび、さんぼんくらいじゃ、ものたりない……。
ふといの……かたくて、あついの……でも、おれ、おとこなのに……はぁ……。ち、ち○ぽほしがるなんて、おれ、へんたいだよぉ……)

 鈴は心の中で自らを苛(さいな)みながら、半年前とは比べ物にならない巧みな指使いで快楽の、深い井戸の中へと落ちていった……。

 ***

「痴漢は許せねぇ! 絶対滅殺する!」
 がうがうと学校で吠える鈴のまわりに、女子達が輪を描いて囲んでいる。
 ホームルームが終わって担任が退出した頃になってようやく教室に到着した鈴は、入ってくるなり、ガーッ! と叫んだ。
何があったのかと宵子が聞くと、鈴は眉にしわを寄せてぶるぶるっと震えてみせた。
 痴漢に遭ったと聞いて彼女のトラウマが蘇らないか心配して集まったクラスメート達も、やがて元気な様子の彼女に安心し、突っ込みを入れ始めた。
「やー。あたしもさぁ、チカンにあったコトあるけど、アレたまんないよね。ギュウギュウ押されていると、誰が犯人だかわかんないしぃ〜」
「誰でもいいから突き出しちゃえばいいのに」
 などと、とんでもないことを言っているのは守口智佳(もりぐち・ともか)だ。
「ちかりん、そりはまじゅいにゅう……」
 紅葉が椅子の背にあごを預けながら言う。
「乙女の純潔を汚す輩を放っておく周りの男も同罪! まとめて死刑よ、死刑!」
「あ、それは言えてるかもな」
 鈴がぽそっと言った。
「なんか周りのやつら、俺が痴漢されてんのに気付いていたようなんだけど、見て見ぬふりだったんだよ。それも腹が立つんだ。俺なら放っておかないぜ?」
「おぅ、リンリンもついに女のミリキ(魅力)に目覚めたってコト? やったじゃん、リンリン。これで名実ともに女の子認定だねっ!」
「えぇ〜? りんりんは前からぁ、フェロモン全開みゃう〜」
「なになに? チカンさんと被害者の女の子とで3Pしたいって? わぉ♪ なかなかハードなプレイじゃないの♪」
「人の話をっ、聞けぇっ!!」
 鈴が吠えた。
 だが、鈴と過ごした一年半あまりの間に、クラスメート達は鈴の怒りの発作にもすっかり慣れてしまっていた。
「耳に毒だから聞かねぇよ」
 女子の輪の外から、耳を押さえたままの間垣亨が言った。
「あー、でも滝田を襲うチカンの気持ちもわからんでもない」
 他の男子生徒が言った。
「元が男だと知らなきゃ、ぱっつんぱっつんの美少女だもんなあ。ああ、でもしゃべったらボロが出るか」
「うう……痴漢されて感じている滝田の姿を想像して勃っちまった。鬱だ、死のう」
「おぅ、死ね死ね、どんどん死ね」
 鈴が男達に向かって言う。
 これは一種の浄化の儀式とでも言おうか。鈴のストレスを発散させるには、ほどよく怒らせるのが一番なのである。溜めて不意に噴火されるよりはずっとい い。
 鈴の憤りがいったん収まったのを見て、宵子が言った。
「ねえ、鈴ちゃん。痴漢は本当に許せない?」
「当たり前だ。絶対許せねえ!」
 男だった時には痴漢物のAV(ただしソフトコアだが)を見ながら××××をしていたこともあるのだが、今となってはその記憶も宇宙の彼方へと叩き飛ばさ れている。
「痴漢を捕まえたい?」
「もっちろんだ!」
「なら……」
 宵子が眼鏡の真ん中のフレームを伸ばした人差し指と中指で持ち上げ、某アニメのヒゲ面オヤジそっくりに微笑んだ。
「餌が必要ね」
 レンズが、きらりと光を放つ。
「餌?」
 鈴が問い返す。
 宵子は黙ってうなずいた。
 嫌な予感がした。

 もちろん、その予感は見事に的中したのである。

 ***

 その後。
 囮役として、ミニに仕立てあげられた制服を着て登校すること十日。鈴は再び痴漢に遭遇し、見事現行犯で犯人を警察に突き出すことになる。
 本人は痴漢などしていないと主張していたが、男性器をモロ出しにして、鈴にしっかり“それ”を握られて捕まったのだ。
しかも、“偶然にも”証言者の同級生が何人もいた上に、写真まで撮られていたのでは言い逃れなどできるはずもない。
 だが、犯人逮捕時に女性警察官に指摘されるまで、鈴は犯人が射精した精液を握り締めたまま気付かずにいたという。

 数日間、鈴が激しく落ち込んだことは言うまでもない。


 Episode3 おしまい


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