全身がだるい。おそらくこれが快楽の代償なのだろうが、男として自家発電した時より遥かに疲れた感じだ。
いや、これは自家発電と違って自分なりの加減が無かったからかもしれないが。
 その時ふと、足に撫でられるような違和感を感じた。見れば先輩が、今まさに足からショーツを抜き取ろうとしているところだった。
さらにもう一つ、いつのまにか胸のブラジャーは取り払われ、いる。俺はいつのまにか裸の状態にされていたのだった。
 いや、何故だかわからないが、オーバーニーソックスだけは履いた状態なのだが……。とはいえもう、どうでも良い気がした。
疲れだけじゃなく、この身体で痴態を晒しまくったせいもあるのか、先ほどのような危機感を抱くことすら面倒になっている。
「んんっ……!」
 突然先輩が股の敏感なところを触ったので、思わず声が出た。先輩はそのべっとりと愛液のついた手を面白そうに観察する。
「すごいな。一人で行う時よりも遥かに多量の分泌を生じているようだ。やはり男であっても女性の身体から快楽を感じれるものなのだな。で、どうだった?」
「ど、どうだったと言われましても……」
 聞いてる事の意味はわかるが、さすがにどう答えて良いのかわからない。そりゃ、気持ちよかったのは間違いないだろうが、それをストレートに言うのは ちょっと躊躇われる。
「じゃあ、単純な比較だ。 君が毎日やってるオナニーと今の行為、どっちが上だ?」
「毎日なんて、やってません!!」
「そんなことはどうでもいい。で、どうなんだ?」
 俺のつっこみを軽く受け流し、先輩は興味深々という目つきで問うてくる。先輩がこの状態になってしまうと、もう話を逸らそうとしても絶対無理だ。
「まあ……比較するまでもなく…………なんですが」
「解答になってないぞ。論旨を正確に、解答は質問に対し的確に!」
 それでも思わずあやふやな言葉を並べてしまうが、露骨に注意される。この言い文句は先輩の口癖のようなものなのだが、この上でなお、お茶を濁すと先輩は 確実に怒る。
そして怒った先輩の無茶は手がつけられない。それを知っているが故に、俺は誤魔化すことを諦めた。
「今の、まあその……この先輩の身体の方が数倍上ですね。男の場合は快感感じるのは股間ぐらいなのに、女の人の快感は全身といいますか……」
「つまり、範囲の問題か?」
「いえ、範囲もそうなんですが、根本の快楽基準が違い過ぎると言えばいいんでしょうかね。少なくとも男は、声を我慢できないってのはありえないですし」
「ふぅむ……」
 先輩は俺の言葉を聞いて考え込む。変人とは言われているが、こういう研究姿勢のようなものは掛値なしに立派で熱心な人なのだ。
まあ、それを俺の顔でやられるというのは変な感じなのだが。
 とりあえず今の質問は終わったようなので、俺は身体の力を抜いてベットにもたれた。そこに見えるのはいつもの薄汚い部室の天井。
 こうしていると、いつもと自分との見分けはつかない。
 なんかえらく疲れた気がする。そうじゃなくともベットの上で寝ていると、自然に目蓋が重くなってくるものだ。考えてみれば自慰だって一種の運動、疲れる のは当然かもしれない。
そんなことを考えながら俺はぼけ〜っと呆けていた。
「やはりこれは調べねばならんな。一度しか取れん貴重なデータだ」
先輩が何か言っているけど、起き上がる気力が出ない。どうせなら少し寝かせて欲しいなどと考えていると、今度は片足を持ち上げられた。
 さすがにこれでは寝ていられない。疲れはあったが、俺は睡眠を諦めた。

―――まだ何かやる気なのか…………俺は虚ろな目を擦って顔を起こす。そしてそれを見た途端、一気に眠気が吹き飛んだ。

「せ、先輩!! まさかっ!!」
 先輩は俺の足をかかえ上げて、両腕でしっかりと押えていた。それだけならいい。問題なのは先輩がすでにトランクスをぬいでいた事。
そして何より、本来は俺のものであるその股間の怒張したものが、今まさにこちらの股に接しようとしているのだ。
「あまり無い機会なのだ。ここまで来たら、ぜひ男女の性交渉的差分も知っておかねばなるまい」
 ぴたり、とそれが秘部の入り口にあてがわれる感触。じゅくりという愛液の水溜りに触れた音が聞えた途端、俺は全身総毛立つような悪寒を感じながら叫ん だ。
「先輩!! やめっ、それだけは止めて下さいぃっ!!」
 あまりの大声に先輩も驚いたのだろう。一瞬はっとした顔を見せた後、怪訝にこちらを見た。
「この後に及んで何を言う。それに挿入されるのはあくまで『私の』身体だ。君にとってはなんら問題ないことだと思うが?」
「そ、そうなんですが……ともかくダメですっ! ダメなんです!!」
 なんとか先輩を必死に説得しようと制止の言葉を投げ付ける。だが先輩は聞こうとしない。
「論理的でない言葉には従えないな。こちらはあくまで、先ほど君が言ったお互いの身体の権利についてのルールに従っているのだから」
 ついに秘部から押しのけられるような、引き裂かれるような感覚がじわり、とやってきた。
ペニスの頭が入り口を見つけたのだ。もう一刻の猶予も無くなったことを知った俺は、恥を捨てて先輩を説得するしかなかった。
「先輩! お、俺は童貞なんです!!」
―――言ってしまった…………。だが、もう形振りかまっていられない。会話の流れが変わったためか、先輩の動きが止まった。
「……童貞?」
「だから俺、女の人とまだやったこと無いんです! だから……だからそっちの身体の童貞を勝手に持っていかれるのは困るんですよ!! その権利を主張して るんです!!」
 恥かしい主張だが、今の俺に考え付く「自分の身体の権利」で防衛に使えるものといったら、これぐらいしか思い浮かばないのだから仕方がない。
ちなみにこれ、もっと恥かしいことだが紛れもない事実だ。まあ、だからこそ思い付いたのかもしれないが……。
 だが一応理屈は通っているためか、さすがに先輩も動きを止めた。

―――説得できた?

 俯くような仕草をする先輩に、俺は一瞬そんな事を考える。だが次の瞬間、先輩はその口元にかすかな笑みを浮かべた。それは俺が通称「死の笑み」と名付け ている顔。
というのも、先輩がこの顔を向けた相手が不幸な目に遭う確率はほぼ100%だからだ。もっとも、過去にあったその笑みの大半は俺に向けられたものなのだ が。
 そして今回も、それは例外ではなかった。
「さすがだ瑞貴、それでこそ私の助手だ! よもや今回『女から見た童貞喪失』のデータまで取れるとは思いもしなかったぞ!」
 死刑宣告。俺はよりにもよって先輩を説得どころか死刑台から背中を押してもらう手伝いをしてしまったようだ。
「せせ、せ、先輩! それじゃ約束が違います!」
「かもしれん。だが代わりの対価としての経験をする権利を君にやるから勘弁したまえ」
「な、なんですかそれ……!?」
 童貞の対価などというわけのわからない理屈に俺は首をかしげる。一呼吸置いて先輩は頷いた。
「私も性交経験が無いんだ」
「…………!!!」
 ほんの一瞬だけ何の事だという思考が頭をよぎり、そして俺は絶句した。つまりそれは……!!
だが、先輩は俺が青ざめる間すら与えてくれなかった。すぐさま先輩は再び俺の中に侵入しようと体重をかけてきたのだ。
狭いそこを引き裂くかのごとく、“俺”のペニスがじわり、じわりと秘部を圧迫する。先端がほんの僅かに入り口を開いたにすぎないのに、俺は痛みで声を上げ てしまった。
「こら、力を抜け瑞貴。キつすぎて入れられんぞ」
「い、痛いっ! 先輩っ、やだっ! いやだああぁ――っ!!」
 無理矢理侵入を試みる先輩が体重を落としてくる。だが、こちらが全身に力をこめてそれを拒んでいるため、なかなか侵入を許さない。
とはいえみしっ、みしっっという感じで少しづつ侵入してくるその感覚に、俺は痛みで叫んだ。
「痛いぃ―っ!! もうやめっ……先輩、止めてえぇぇっ!!」
「……そんなに苦しいか?」
 何度目からの叫びで、ようやく先輩の動きが止まった。見上げれば先輩が困ったような顔で俺を見下ろしている。
「こんな状態で、もうダメか。キツすぎてまるで入れられないのだが」
 先輩の言葉に視線を自分の股に向け、俺は青ざめる。見ればまだ、亀頭の3分の2程度が入っているにすぎない状態なのだ。これでこの痛みならば、全部など 入るわけがない。
「お、お願い……します……。もう……止め……」
 痛みに耐えながら、俺は涙目でもう一度先輩に懇願する。しばしの沈黙の後、先輩ははあっと息を吐き、俺に体重をかけるのを止めた。
「そうか、仕方がないな……」
 先輩の残念そうな声とともに、ゆっくりと秘部からそれが抜け出て行く感じがあった。その感覚にようやく助かったのだということを実感した俺は、安堵の溜 息をつく。
 しかしそれこそが先輩の狙っていたものだったのだ。安堵で俺が脱力したのを確認した瞬間、先輩は俺の中に容赦なく“俺”のペニスを“自分”の身体に突き 入れた。
「いっ……きゃあああああぁぁぁぁ―――――っ!!!」
 引き裂かれるような痛みが瞬時に全身を襲い、俺は雌の悲鳴で絶叫する。
覚悟もなにもない不意をついて襲いかかった破瓜の衝撃は、もはや男だ女だということすら考える余裕も与えてはくれなかった。
だが、俺の上げた雌の悲鳴は、俺が童貞喪失の権利を奪われ処女喪失を受け取らされてしまった紛れもない証だった。

「くっ……これが私の中、これが童貞喪失の感覚なのか。ついでに私も処女を失ったというわけなのだな。しかし私の中はキついな……」
 先輩が自分の上で何かを言っているが、痛みでその半分も耳に入らない。まるで金魚のように口をぱくぱくとさせた状態で、俺はシーツをぎゅっと握り締めて 痛みに耐えていた。
「瑞貴、あんまりギュウギュウと締め上げないでくれ。それともこれは、もう動いて良いという合図なのか?」

―――う、動かれる!? この状態で!!

 そんなことをされたら、本当に痛みで気が狂ってしまう。そう思った俺は咄嗟に制止の言葉を言おうとするが、一瞬の差で間に合わなかった。
こちらの返事を待たずに先輩がいきなり抽挿を開始したのだ。
「やっ……うああああぁぁ―――っ!! やだっ、やだっ……あ、あ、あ ああああぁ――っ!」
 ずちゅっ、ぬちゅっっと卑猥な音が部屋に鳴り響く。愛液に紅い色が混じっているのは、この身体が紛れもなく純潔だった証である。
こちらのオーバーニーソックスを履いた足を両手で抱えた状態で、先輩は打ち下ろすように腰を動かす。
「いやっ……いやああぁ――――――っ!!ダメっ、 抜いて、抜いてぇ――――っ!!」
 経験が無いがゆえに容赦のない先輩の動きに、俺は首を振り回して泣き叫んだ。だが先輩は腰の動きを止めようとしない。
震える手で無意識に先輩を押し返そうとするのだが、痛みのため力をこめることすら適わず、それどころか痛みで思わず先輩を抱き寄せてしまう。
 俺にできたほんの些細な抵抗はその程度だった。先輩を抱きしめることで、ほんの少しだけその動きを押さえ、先輩にすがりつく事で、ほんのささやかな精神 的安堵感を得る。
そんな毛ほどの支えだけを頼りに、俺は嗚咽とも喘ぎともつかない声を上げながら体を引き裂くような痛みを必死に耐えた。
 とはいえいくら先輩でも俺のあまりの様子に、さすがに気がひけたのだろう。なんとか痛みが耐えらなくもないというぐらいに慣れてきた頃、ようやく腰の動 きを緩めてくれた。
 緩慢なリズムで腰を動かしながら、先輩が俺を見下ろす。
「しかしそれほど痛むのか? なるべくその体が動物的発情をしているタイミングを選んだつもりだったのだが……」
「あうっ……は、発情って、なにが……ですか? くうぅっ!」
「いまその体は低温期を終えたばかりで、一番体温が下がる時期に差しかかっている。
人間に理性を失うような動物的発情期は無いが、身体状況がそれに一番近い状態であれば、性的感覚で痛みを押えられる確率が大きいのではと思ってな」
 先輩はこちらをリズミカル突きながらも、いつもの口調で説明する。多少息が乱れてはいるが、こちらに比べればまだまだ余裕ありという感じだ。
 だが、その先輩の言った言葉の内容が俺の記憶の中の何かに引っ掛かった。そうだ、あれは先日クラスの友人がくれたエロ本のコラム。安全日がどうとか危険 日がどうとかいうやつだ。
オギノがどうとか詳しい内容は忘れたが、確か妊娠しないためには排卵期の後の体温が高い時期、すなわち安全日にヤるのが望ましいとかって……
 俺は「それ」を思い出した途端、全身から血の気が引いていくのを感じた。いや、実際にはそう感じただけなのだろう。
今もこの体は先輩……というか本来の自分の肉体にある種の運動を強要されて、熱くて汗まみれな状態なのだから。
しかし問題はそんな事じゃない。そう、安全日の定義だ。書いてあった内容が事実なのなら、逆に今この体の状況は……!!
「せ、先輩! 止めっ……あああぁっ!! 止めてっ……下さ……あんっ! こ、このままじゃ……」
「どうした? 急に慌てて」
「だって……だって! ふあっ……ああああぁっ!」
 なんとか言葉を出そうとするが、先輩がまったく腰の動きを緩めないので途切れ途切れにしか喋ることができない。それでもなんとか先輩を止めようと、俺は 必死に叫ぶ。
「にん……しんっ! 妊娠しちゃいま……あぁっ! やめっ、やめて下さいっ!!」
「ふむ、そうだろうな。発情とは動物が孕める時期を知らせるためもあって起こるものなのだから」
 さもわかりきった事をというように、先輩はしれっとそれを言い放った。
「なっ……! せ、先輩っ!!」
「君が気にする必要は無いだろう? 私の身体なのだから、どう扱おうと私の勝手だ」
「そ、そんな事言ったって! あふっ! だってもし……」
「それよりも少々まずい状況だ」
「ま、ずい……?」
 先輩の、というか俺の顔が少し曇る。この状況でコレ以上まずい事があるのか?
そう思った俺に対し、先輩は大きく息を吐いた後、腰を止めた。
「これが男の言う『我慢できない』という状況なのだろうな。感情的な流れや身体興奮などをもう少し冷静に分析したいのだが…………すまん、もう加減ができ そうにない」
「ちょ、ちょっと、先輩!?」
 嫌な予感がした。そしてそれは見事に的中する。
「なるべく分析記憶するよう努力するが、君も出来る限り頼む!」
「なっ……ちょっ、うあ、うああああぁぁ――っ!!」
 先輩が叫んだ瞬間、これまででも十分に激しかったと思っていた腰の動きが、実は先輩なりに気を使っていたのだと思い知らされる。
何故なら次から来た衝撃は、これまでとは比べ物にならないほど暴力的なものだったからだ。男と女という肉体の力の差、抱く側と抱かれる側という存在の差。
自分の肉体だったものから与えられる激しい律動は、その立場を心に深く刻み付けるに十分なものだった。
「やっ、ああっ! あ、ああっ! やだっ、やめっ、 やめてええぇ―――っ!!」
 言葉で拒絶の意思を表したにもかかわらず、俺の体は逆に先輩をより強く抱きしめ、まるで全てを受け入れるかのように動いた。なによりその拒絶の言葉が雌 の叫びだった。
 肉体が、心を溶かしていく。理性が快楽に侵食される。体の中にある本来の自分にはなかった器官を、
本来は自分のものだった肉の棒に貫かれるたびに、雌の嬌声を上げる事を強要される。
そしてなにより、貫かれることに慣れてくるたびにそれを肉体が受け入れようとしていることが手に取るようにわかった。
「あ、あ、あ……あああぁっ! そんっ、な、はげしっ……あうっ! あああぁ!!」
「すまんっ! と、止まらんっ!!」
 ぱんっ、ぱんっ、という肌と肌がぶつかる音、荒い息と嬌声だけが聞える部屋の中に、先輩を止められるものは何も無かった。
そして最後の防壁たる自身の理性、男としてのプライドすらも、その突き上げの前に瓦解していく。
 自分の肉体に自分の心を犯されているという奇妙な状況に、俺はもはや自分が何者であるかということもわからなくなっていた。
 そしてついに、この「男女のセックス」という行為における終点が訪れる。荒い息を吐いていた先輩が、感極まった声を上げたのだ。
「くうっ、で、出るぞ! これがっ……射精の感覚っ!」
 先輩の叫びに、奥底でほとんど意味をなくしていた理性が悲鳴を上げる。しかし俺の意識が入ったこの先輩の肉体は、そんな叫びを無視して自身を貫いている ペニスを締め上げた。
 雌の肉体が雄の精を欲し、心の命令を退けたのだ。それは俺の心が雌の肉体に支配された証だった。
「イくっ! 出るっ!!」
「だめぇっ! 出さなあぁっ、あ、ああああああああぁぁぁ―――ッ!!」
 次の瞬間、先輩が叫び腰を突き入れて震える。刹那、俺は自分のお腹の中に勢い良く注ぎ込まれる熱いものに、意識の全てを奪われた。

―――は、入ってくるっ! 自分のっ……精子がっ!「私」の体にいぃっ!!

 初めてのセックスで「私」は自分自身に精子を注がれ、獣のような声を上げて体を仰け反らせた。
挿し込まれているペニスがびくん、びくんと震えるたび、びゅるるっびゅるるっっと勢い良く精子が子宮に注ぎ込まれているのを感じ、そのたびに肉体は歓喜の 声を上げた。

―――そんなっ! し、子宮の中が……自分のでっ、いっぱいになるっ!

 だが予想に反し射精がすぐに収まらない。全てを蹂躙しつくすかのごとく、自分の身体は過去の自慰でも覚えがないぐらいの、圧倒的な量の精液を送り込んで きたのだ。
自身の童貞喪失の精液を受けながらも、身体はそれを悦び、さらに絞り取らんとペニスを締め付けていた。

―――やだっ!こんなのやだぁっ! あっ……熱い、熱いいいぃぃ―――ッ!!

 男の「私」が悲鳴を上げた。しかしそれすらも肉体が受けた「精子を体に注ぎ込まれる」ことに対して感じた、例え様の無い充足感が打ち消してしまう。
 自分の射精、自分の精液によって自分が悦ばされてしまったという倒錯した状況。
熱い濁流が子宮に満ちていくのを感じて身体を震わせながら、「私」は全身が光に包まれるような感覚とともに、ゆっくりと意識を失った。

  ◇◆◇

「おかしい。何故戻れないのだ……」
「『おかしい』じゃないでしょう先輩! 落ち付いて分析してないで、なんとかして下さいよ!」
 ヘッドギアに接続されたノートパソコンの前で唸る俺…………ではなく、俺の身体に入った先輩に、相変わらず先輩に乗り移ったままの俺が叫んだ。
「別にシステム自体に異常は無いのだがな。となると前提条件がおかしいのか……」
 先輩は落ち付いているが、こっちは気が気でない。というのも見ての通り、再び装置を使用しても、何故か身体が入れ替わらないのである。
先輩が先ほどから原因を調べてはいるのだが、どうも雲行きはあまりよろしくない。
「先ほどの変換時のログは…………これか。なんら問題は無さそうだが」
 キーボードを叩く先輩のノートパソコンを後ろから覗き込んでも、正直何が何やらわからない。
使用している言語自体が先輩のオリジナルだそうで、当然といえば当然なのだが。
「互いの身体状況はコレか。おや……?」
「な、何かわかったんですか!?」
「うむ。私の体、つまり今は君が入っているその身体だが、面白いデータが残っている」
「お、面白い? 何が面白いんですか?」
 なにかとてつもなく嫌な予感がした。いや、確信とも言える。この先輩が面白いと言った場合は大抵周囲になんらかの迷惑を及ぼすのだ。しかし聞かぬわけに もいかない。
「この右の情報の、赤い色が全てその身体のデータ、左の青いのが今現在、私の入っている君の身体の情報だ。して、この文字が見えるかね?」
「見えますが……なんで右側の数字なのに青いんですか?」
何気ない疑問、しかし先輩はその言葉に嬉しそうに頷いた。
「良い着眼点だ。つまりこれは私の体……いや、今の君の身体だが、その身体が何故か今の私が入っている君の身体が本来持っているべき情報を保持していると いう事だね。
だからそっちの身体の情報でありながら文字が青いんだ。ちなみにこの情報、移動ベクトルを見ると24時間以内に確実に、この部分の情報と結合するようだ」
 先輩はデータを指でさすが、話が見えない。なにせ俺には数字の羅列にしか見えないのだから。
「つ、つまりどういうことなんですか?」
「わかりやすく言えば、この青いのは先ほど私がその体に注いだ精子だ。で、こっちが卵子」

―――ちょっと待て! 今、なんて言った!?

 俺はおそらく頭が瞬時に理解したことを、あえて疑問として心の中で発した。いや、心がおそらくそれを認めたくなかったのだ。
だが、全身から出る脂汗の感覚は、それを俺がすでに理解していることを認めていた。なんとか力を振り絞って、震える声で俺は先輩に質問する。
「つ、つまり……けつ……結合って……?」
「まだわからんのか? ようするに先ほど注いだ精子がその身体の卵子に受精するということだ。つまり、その肉体はこのままだと確実に孕む。ようするに妊娠 する」
 あまりにあっけらかんと言い切る先輩。俺の意識は真っ白になって膝から崩れ落ちた。
「どうした? 具合でも悪いのか?」

―――に、に、にん……しん? せんぱいがおれの……いやでもも、おれががいまはせん輩なわけで、このままだとお、俺がががgが?

 脳内の思考回路にエラーが出ている。そんな俺に先輩は困ったような顔をした。
「どうした? せっかく原因もわかったのに……ようするに本来は身体的な性別を分割キーにしていたから、
女の身体のくせに男しか持っていないはずの情報、つまり中出しした精子の情報を保持していたため、エラーが出て元に戻れなく…………どうした?」
 先輩が言葉を止める。俺が肩を震わせて経ち上がったからだ。俺を不思議そうに見る先輩の肩を、俺は両手でがっちりと掴んだ。
「せ、せ……」
「な、なんだ。恐い顔して……」
「せ、先輩いぃ!! 早く元に戻す方法考えて下さい!!! 今すぐ! マッハで! 全身全霊で!
高速で! 史上最強無敵の速度で! 何よりも、誰よりも早く考えてくださあああぁぃ!!!」
 泣き叫んだ。もうプライドなんぞドブの中、涙を流しての懇願。おそらく生涯でここまで真剣になった事は一度もない。あらん限りの懇願の言葉を、俺は並べ 立てた。
「なんだ、そんなに慌てて。せっかくだから、もう少し研究に協力してくれても……とりあえず先ほどまでの行為に関して記憶に新しいうちにレポートを書いて 欲しいのだが……」
「そんなの後にして、今すぐお願いしますぅ! おながいしますからあぁぁ!! うあああぁぁん!!」
「だからそんなに慌て…………えぇい! 私の顔で鼻水流して無様に泣くな!」
「いやだ、いやだあああぁぁぁ―――!!」

 部室に“先輩”の絶叫が響き渡った翌日、瑞貴はまるで何十日も行方不明になったあげくに救助された遭難者のように憔悴しきっていたという。
そのあまりの衰弱っぷりに級友が心配するも「精神的な疲れだから大丈夫」と心底安堵したように答えたそうである。
その後、下級生が上級生を孕ませたなんて話も一応は出なかったようだ。しかしその日以来、科学研究部の二人に対し、奇妙な噂が囁かれるようになったとい う。
曰く、
「宮小路がえらくまともな言動を吐くことがある」
「鏑木が時たまおかしくなる」
「やつらの主従関係がコロコロと入れ替わっている」
など。

 しばらくして「変人と奴隷」から「奇妙な凸凹カップル」と認知されるようになった彼等。瑞貴があの日恐れた悪夢から本当に逃げられたのかは不明である。





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