「…ん…ぅん……」
体が妙にだるい。
「……ここは?……俺の…部屋?」
今日は、平日だったはずだ。
なのに、なんで自分の部屋にいるんだ?
確か学校に行って……そして……
「っ!!! 姉さんっ?!!」
《あっ、尊ちゃん起きたぁ?》
頭の中に響く姉さんの声。
やはり、さっきまでのことは夢などではなかったのだ。
「ほ、本当に姉さんなのか?」
《もうっ、今さら何を言ってるのよ♪》
そうは言っても、この状況は明らかに異常だった。
「俺はもしかして、自分がおかしくなったんじゃないかと……」
《まぁ、そう思うのも無理はないけどねぇ♪ でも、本当にお姉ちゃんなんだよぉ♪》
そこまで言われてしまうと、俺は何も言い返すことが出来ない。
それに姉さんも、『姉であることを証明しろ』と言われてもどうしようもないらしい。
だからとりあえずは、姉さんだと納得するしかなかった。
しかし、そうして自分の中での混乱がおさまっていくと、俺はいやでもさっきまでの出来事を思い出してしまう。
「そ、それより、姉さん!! いきなりなんてことすんだよ!!」
《もうっ、そんなに怒らないでよぉ》
姉さんの声が、急にしおらしくなる。
《お姉ちゃんもね、ちょっとひどいことしたかなぁとは思ってるんだよぉ》
ちょっと?
ちょっとだと?
一体あれのどこが『ちょっと』だと言うのだろうか、この人は。
《だから、後始末も全部したし、お風呂に入って着替えもしておいたんだよぉ》
確かに俺は、トレーナーにジーンズという部屋着に着替えていた。
髪がちょっと濡れているのも、お風呂に入ったからだろう。
「そうはいったって……」
《それに尊ちゃんだって、気持ちよかったでしょ?》
「そ、それは……」
女の子の躰から受けたあの刺激。
目の前が真っ白になるようなあの感覚。
それは確かに、とてつもない快感だった。
しかし……。
今考えると、やっぱり俺は男なのだ。
男の俺が、女の子の快感が気持ちよかったと認めるわけには………
《クスクス♪ ほらね、気持ちよかったんでしょ♪》
「そ、そんなこと……」
そんなことないと、言おうとした俺の口は途中で止まってしまった。
俺はこのときになって初めて、ある重要なことに気がついたのだ。
「ね、姉さん……もしかして……俺の考えてることって……」
《ぜ〜んぶ、筒抜けぇ♪》

死にたい………

《あっ、うそ、うそ。冗談よ、冗談♪》
「へっ?」
俺は、姉さんが慌てて訂正する程、悲愴な顔をしていたらしい。
《さすがに、そこまでは出来ないみたいね♪ さっきは、尊ちゃんがあんまり分かりやすい顔してたから、からかっただけよ♪》
俺はその言葉に、本当にほっとした。
でも、念のため……
「実はそれが嘘とかじゃないよな?」
《本当、本当♪ だから安心してね♪》
いったい姉さんの言葉の、どこが安心できるというのだろうか。
「だいたい、姉さんは……」

―――ピンポ〜ン―――

姉さんにもう少し文句を言おうとしたとき、家のチャイムが鳴った。
「尊〜、起きてる〜?体、大丈夫〜?」
玄関から聞こえてきたのは、深雪(みゆき)の声だ。
そういえば俺は、調子が悪くて早退したことになっているのだった。
「姉さん、いろいろ話したいことはあるけど、後にするな」
そう言って俺は、玄関に行くため自分の部屋を出ようとした。
《尊ちゃん、尊ちゃん! 待った、待った!!》
「なんだよ、姉さん」
俺は、うんざりした気分で問いかえした。
《尊ちゃん、あなた今……》
「今?…」
《……………女の子よ♪》

「はぁっ?????」

俺は慌てて自分の姿を確認する。
トレーナーに隠れていて今まで気付かなかったが、胸に手を当ててみれば、そこには確かに豊かな感触があった。
「どっ、どういうことだよ姉さん?! 今は俺が表に出てるんだから、体も男なんじゃ?!」
《えっとねぇ、明日くらいまでは女の子のままでもいいかなぁって♪》
最悪だ……。
死んだはずの姉さんに出会ってから、まだ数時間しか経っていない。
しかし俺は、姉さんがどういう人間か理解してきた。
「尊、寝てるの〜?あがるからね〜」
どうやら深雪は、俺の部屋に来るつもりらしいが、この状況は非常にまずい。
「姉さん! どうにかしてくれよ!!」
《大丈夫よ、尊ちゃん♪ その格好なら、そう簡単に女の子だなんてばれないから♪》
俺が着ているトレーナーとジーンズは、どちらも大きめのものだ。
そのおかげで、体のラインもそんなにはっきりとはでていない。
「でも、髪が………って、あれ?」
《クスクス♪ こんなこともあるかと思って、髪だけはいつもの尊ちゃんの長さにしといたの♪》
そう思ったんなら男に戻せよ……。
そう思いつつ鏡を見てみれば、その姿は確かに普段の俺にそっくりである。
「でも、姉さん……」
いくらそっくりでも、よ〜く見てみれば、服では隠しきれない女の子独特の雰囲気に気づいてしまう。
《クスクス♪ 大丈夫よ、ホントにじっくり見ないと気付かないくらいだから♪》
もはや姉さんは、完全に楽しんでいる。
そしてそんな間に、深雪はもう部屋の外まで来てしまっていた。
「入るね〜、尊」
俺は、覚悟を決めた。
ばれないことを祈るしかない。
そして、ドアを開けた深雪が俺の姿を見つける。
「あれ? 起きてたの?」
俺は深雪の言葉に答えることもせず、女の子であることがばれるんじゃないか心配で、固まってしまっていた。
「どうしたの、ぼーっとして?」
「あっ、いや……」
深雪の態度はいつもと変わりない。
どうやら、俺が女の子になっていることには気づいてはいないようだった。
「あっ。もしかして、今起きたばかりだった?」
「えっ……あ、ああ…」
「そっか。それじゃあ、コーヒーでもいれてくるね」
そう言うと、深雪は部屋を出ていく。
「はぁ〜」
一安心して、自然とため息が出てしまう。
《クスクス♪》
「姉さんっ! 笑いごとじゃないよ!!」
《でも、バレなかったでしょ♪》
それはそうだが、まだ油断していいわけではない。大切なのはこれからだ。
「姉さん、頼むから深雪の前で変なことしないでくれよ」
《大丈夫、大丈夫♪お姉ちゃんも、わかってるから♪》
姉さんの楽しそうな声に不安をあおられながら、俺はどうか無事にすむことを祈った…………

  ◇◆◇

「深雪、今日は部活早かったんだな」
深雪が入れてくれたコーヒーを飲みながら俺は深雪に話しかけた。
窓の外は夕方ではあるが、いつもなら深雪はまだ部活をしている時間だ。
「えっと……尊のことが心配で、早めに帰らせてもらったの」
深雪が、ココアの入ったマグカップで口元を隠しながら呟く。
うちの学校のバレー部はかなりの名門で練習も厳しい。そんな中でも深雪は、一年生ながら期待されている存在だ。
早めに帰らせてもらうだけでも、かなり大変なはずだ。
「ごめん……迷惑だったかな?…」
「まさか。すげぇ嬉しいよ」
そこまで無理してでも、見舞いに来てくれるなんて、迷惑なわけがない。
《深雪ちゃんってスタイルいいよね〜♪》
これさえ、なければだが……。
さっきから姉さんはずっとこの調子だ。
文句を言いたかったが、深雪がそばにいるのだから出来るわけがない。
まぁ、確かに姉さんの言うとおり、深雪はスタイルがいい。
バレーをやっているだけあって体は引き締まっているし、出るところは出ている。
胸とかすごいやわらかいし……
「尊、聞いてる?」
「えっ、………あ、わりぃ」
ついつい、ぼーっと深雪を眺めてしまっていた。
「やっぱり、まだ熱あるんじゃない?」
深雪は俺に近づいて、そっと自分のおでこを俺のおでこにあてる。
自然と、お互いの顔が近くなった。
その状態のまま深雪と視線があうと、すぐに深雪の顔が赤くなっていく。
そして、静かに目を閉じる深雪。

唇づけをかわす…
目を閉じた暗い闇の中…
お互いの存在を確かめるように…
いつもよりも優しく…
しかし、強く思いが伝わるように…

唇が離れると、深雪は恥ずかしそうにうつ向いてしまう。
「…尊……昨日は…私のせいでダメだったから……あの…今日は………いいよ…」
顔を真っ赤に染めながら話す深雪の姿に、俺は深雪を押し倒したい衝動にかられる。
もう理性の限界だった。
そして俺は深雪を……
《尊ちゃん、ダメ〜〜!!》
その声に固まってしまう俺。
《女の子だってばれちゃうよ》
……そうだった。
ついつい俺は、いつもの調子に戻ってしまっていた。
「……尊?」
「……深雪……その……体の調子わるいからさ……また今度にしようか…」
俺はそう言いながら、自分の中の思いを必死に押さえていた。
久しぶりだったのに……。
恨むぞ、姉さん。

「そろそろ、帰るね」
しばらくすると、体調が悪いと言った俺に気を遣ったのか、深雪がそうきりだした。
「わざわざ、来てくれありがとな」
「いいの。私も尊に会いたかったから♪」
笑顔で話す深雪は、本当にかわいかった。
「じゃあ、明日は学校で会おうね」
「おう」
そうして、玄関を出ようとした深雪がふと立ち止まる。
「どうした?」
「えっとね……これ言うと尊は怒るかもしれないんだけど…」
「ん?なんだよ?」
「……今日の尊……なんかかわいいね♪」
「なっ!!!!」
それは完全に不意打ちだった。
「あっ、悪い意味じゃないの。なんか、雰囲気がかわいいなぁって」
「は、はは。た、多分、気のせいだろ」
「そっか、そうだよね♪ ごめんね、変なこと言って。じゃあ、また明日ね♪」
そう言って、深雪は帰っていった。
「あ、危なかった〜」
深雪の言葉には本当に驚かされたが、どうにかばれずにすんだ。
《クスクス♪ ほら、大丈夫だったでしょ♪》
あまり大丈夫だったとは言えない気もするが……。
「姉さん、さっきは助かったよ」
もしあのとき、勢いのままに深雪を押し倒していたら………。
《尊ちゃんは、これでお姉ちゃんに貸しひとつね♪》
俺はあまりに疲れ、もう反論する気も出てこなかった………


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