コン、コン
突然自室のドアがノックされる。
「!?」
慌てて身体を起こし、乱れた衣服を正した。
「わ、わわわ…」
これまた慌てて雑巾を取りにいく。自ら作った床の水溜りを拭かなくてはならないからだ。
熱にうなされたようにとろけていた脳が急激に活性化する。
(くそっ! どこに置いたんだ!? 先日掃除で窓を拭いたばかりだというのに!)
「どこだ…!?」
ようやく見つかった。そういえば掃除の後の一息でお茶をこぼしてしまったんだった。
こんなときにこんな記憶を忘れてしまう自分を呪う。
コン、コン
二度目のノック。
すかさず現場でひざをつき、力を込めて乱暴にゴシゴシとこする。よかった、これなら跡形も無い。
「ふぅ…これで安心」
冷や汗をぬぐう。
マーヤを知るものが見れば目を疑う一連の動作であった。
あの天才が慌てふためき、オナニーによる自分の愛液を拭き取る!?
朝から自室でとんでもない痴態を繰り返してしまった。
徒のプライバシー尊重のため一部屋には一人という校則に救われたかんじだ。
「お姉さま・・・。なにかこぼしてしまったんですの・・・?」
「はぅわ!な、な、なんで!?」
反射的に雑巾を背後に隠し、背筋を正す。ある女生徒が自室の中に立っていた。
彼女は不思議そうにマーヤを覗き込む。単なる雑巾掃除を見られただけでこれほど驚きをしめすのはいささか不自然だ。
女の子のかわいさを絵に描いたようなその女生徒はやや熱っぽい表情を向けながら見つめてくる。
「別に雑巾くらい見られてもどうってことはないと思うんですけど…?」
「ユ、ユカリ! なんで部屋に入ってきて!」
声がひっくりかえってしまった。
「ああ!お姉さま…そ、そんなことをいわれるなんて…ひどい!」
少し…いや、かなりおおげさにその美少女は、よよよ、と崩れ落ちる。
マーヤの答えが少なからず彼女を傷つけてしまったようで、痛いほど悲しそうなまなざしを向けてくる。…なぜかこれまた視線が熱っぽい。
そうだ…。そうだった。ユカリは、ユカリだけは特別なんだ…。
こんなことを忘れてしまうなんて…。慌てていたとはいえ三度にいたる失態だ。
学園ではパートナーとチームを組み、互いの協調性を育成するシステムが導入されているのである。
プライベートでもそれはもちろん継続している。私生活からの接触がよりよいコミュニケーションを促すと考えられているからだ。
このチーム制度は男女を問わず、学園の同学年を対象として公平性を規するため完全にランダムに行われる。
やはり男女の組み合わせは花形といわざるをえない。
中身が男であるマーヤには、幸いにも?女性とパートナーを組むことができた。
それが彼女、ユカリ=D=ジェンダーだ。
パートナーが発表されたとき、男女を問わず周りの生徒たちがユカリに対して穏やかでない目つきをしていたのを思い出した。
つらい修行の日々のせいで異性との交流など皆目なかったのである。
こういった経緯でも女性との接点をもてたことは大切なことだと思う。
彼女との関係を円滑に向上させていこう、と力をいれたマーヤは「自分のパートナーに何かあってからでは…」と、
できるだけ常に彼女とともにいることにしたのである。
あのときの生徒たちの視線が穏やかでなかったことが、学園の憧れである自分と組んだものに対する嫉妬であるとは露ほども思わない。
マーヤとは自分自身のことに関しては驚くほど鈍感な人間なのである。
「これですよ、これ。あ・い・か・ぎ」
傍にいるのと同時、有事の際の避難場所として自室を提供していた。
あいかぎを渡したのはそれが原因であり…今回の原因でもある。
結局のところユカリに対する加害行為はなかったようで、完全にマーヤの思い過ごしであったのだが…。
いまさらパートナーに鍵を返してくれともいいにくい。それこそ互いの信用を損ねてしまう。
そのままズルズルと彼女には自室を完全に開放し続けた状態になっている。
中身が悪い人間でも無いので特に心配はしていないが、今回はさすがにあせってしまった。
「そ、そうだったな。はは、はぁ…。な、何かみたかい?」
思わず質問してしまう。見られたかもしれない、なんて不安を心に今日一日やっていけそうにもないからだ。
「いいえ、お姉さまが掃除をしていただけですけど・・・? 何かあったんですか?」
「い、いやいやいや! 掃除していただけだ! 絶対! ほんと! 信じてくれ!」
(よ、よかった…)
今日何度目かの動揺を傍らに内心かなり安心していた。ほんとによかった・・・。
「そう…ですか。信じてますよ、私は。いつもお姉さまのことを…」
鍵を片手に立ち上がりながらユカリがにじり寄ってくる。
小柄な体躯で彼女の背はだいたいマーヤより頭ひとつぶんくらい低い。
「そうそう。こんなに朝早くにお姉さまの部屋にきたのは…」
なぜかマーヤの腕に身体を密着させる。
「あ、あの…」
ガシッ!
マーヤの細い右腕に小柄な美少女が予想以上の力で腕を絡みつかせてきた。
「学園長からの伝言があったからなんです…」
あいかぎを手の中でいじるようにしている。
(に、逃げられない…。)
「学園長室にきてほしい、ですって…」
それだけの伝言になぜそんな切なそうにまっすぐ目を覗き込んでくるのか…?
ほんのり上気した頬。もの欲しそうな唇…。
「そ、そう…。あの、ちょっと…いいかな…」
「もう!…なんです…?」
お茶を濁された、とでもいうようにスネた表情。
な、なんだかすごい危機を回避したような気がする…。
「伝言はありがたいんだが、その、もうちょっと普通に…伝えられないか…」
「?? 何かおかしなところが…?」
プニュプニュ
胸部に感じる硬さ。先ほどからユカリが手に持つ鍵の先で胸をツンツンとつつかれていたのだ。
下着を着けていないので話を聞いている間ものすごい勢いでバウンドしていた。
乳房をもてあそぶ金属の先端がいよいよその頂に達しようとする時…
「わ、私の胸をもてあそぶことと学園長の伝言といったいどんな関係が…?」
「あら! いやですわ!」
ムニュウウウゥ…
「んっ……」
驚きのあまりについうっかり、とでもいうようにひときわ鍵が柔肉をすくいあげてきた。
「まっ! ったく! 関係ないですわ!」
にっこりとおそろしいくらい楽しそうな語感である。
「い、いや、そんな思い切っていわれても…んふっ!」
「あえて理由をいうならば…」
ついに…服の上からでもはっきりとわかるほど屹立していた乳首に到達する。
「こんな大きなおっぱいを目の前にじっとしていられるわけないからですわ…ふふ」
硬くなった乳房の勃起点をグッとまるで押しつぶすようにしてくる。
「んん…!! んはぁ…!!」
(しまっ…!?)
「んふふ、ついつい声が出てしまいましたですわね…」
我慢しようとおもったのに。あまりに刺激が強かったため心より先に身体が声をあげた。
「くっ!…」
何か文句のひとつでもいってやろうと思った瞬間、ユカリはささっと身体を離す。
慣れたものである。こんなときうまく彼女を捕まえることができたためしがない。
「さあ、いきましょう。学園長がお待ちですわ…」
「くっ…」
彼女の笑顔を見るとどうも怒る気がうせてしまう。
「はぁあ。もういい。わかったよ…いこうか…」
同学年のはずなのに年下に見えてしまうその外見。これもまた気を許してしまう原因だ。
同時にそれこそがユカリ=D=ジェンダーに魅力でもあるのだろう。
廊下へと通じる自室のドアを半分開き、自分が出てくるのを待っている。
(しょーがない娘だ…)
不思議と嫌な感じがしない。これもいつものことである。
それこそがパートナーとしては「最適」ということなのかもしれない。
彼女の横を通り抜ける際、ぼそっと恐ろしいことをつぶやいてきた。
「朝から"2回も"気持ちいいことしましたね…」
「…!? ば、ばかっ!!」
マーヤの手をらくらくとすり抜けて小悪魔が走っていく。すばやいものだ、もう追いつけそうにも無い。
「やっぱり先にいって待ってますわ。お姉さまはゆっくりいらしてください!」
「……ったく…」
こちらを向いたまま一瞬で曲がり角へと姿を消してしまった…。
まったく頭が痛くなる。なんということだ、本当に、なんということなのだろう…。
朝の、その、自分の痴態を見られていたなんて…。
壁に背を預ける。ショックが足腰にきた…。
根は優しい娘だから他人に言いふらすようなマネは絶対にしない、という確信はある。
だが、それとはいえ、
「最悪の朝だ…。はぁ…」
ため息…。
「せめて今日一日は平穏に生きたい…はぁ」
またため息、
早朝のせいでまだ廊下にほかの生徒はいないのが幸いだった。
こんなに落胆してトボトボ歩く姿など他人に見られるわけにはいかないからな。


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