彼、佐藤信彦は苦悩していた。今まで何人かの女性と付き合い肉体的な関係も何度か持ったことがあった。
だが、彼が相手を本気で好きだと思えたことは一度もなかった。
そんな関係が長続きするはずもなく、惰性でダラダラと付き合い、時には付き合い始めたその日に別れることすらあった。
 そんな彼は大学に進学したとき本気で恋をした。あいつと居ると楽しい、あいつが笑うと自分も心から笑える、あいつのためだったらなんだってできる。
本気でそう思えた。初めの頃はただ友人として一緒にいると心地良い、そう思うだけだった。だが、その思いが恋だと気付いたとき信彦は愕然とした。
 彼が生まれて初めて好きになった相手は――男だった。
 最初のうちこそ『だた一緒にいれればいい』そう思っていた。だが、日に日に信彦の思いは強くなり信彦の心を内側から蝕んでいった。
自分は異常だと思い信彦はそんな自分に恐怖した。そんな思いがピークに達し始めていたとき、信彦はその薬と出会ってしまった・・・・・・。

『何度言えばわかる。そんなこと許可できるはずがないだろう』
『ですが社長!』
 ある日の夕食の後、製薬会社の社長である信彦の父の元に来客があった。信彦がちらりと見たその顔には見覚えがあった。
最近よく父の元に来てはなにやら難しい話をしていたその男は、景山というある開発部の主任だと父は話していた。
『実験動物への投与すらまだ明確なデータにできるほどしていないと言うのに、人間への投与など許可できるはずがないだろう!』
『ですが!』
 喉が渇き自室からキッチンへ飲み物を取りに行く途中に応接間から父と景山が口論しているのが聞こえてきた。
信彦はそれを無視し通り過ぎようとしたとき、ある単語が彼の耳に飛び込んできた。
『この薬、性転換薬さえ市場へ売り出すことができれば我が社の地位は不動のものとなります! 他社に先を越される前に実用性を証明しなければならないんで す!』
 性転換薬。その言葉に信彦の身体は凍りついた。
『肉体を直接変えてしまう薬なんてこれまでに例がない。もっと慎重になるべきだと何度も言ったはずだ景山君』
『しかし・・・』
『話にならん。帰りたまえ』
 信彦の心臓がビクリと跳ねる。話が終わったらしい。ここから立ち去らなくては。だが信彦の心はある思いに縛られ動くことができなかった。
「失礼します―――おっと」
 応接間のドアが開き景山は信彦とぶつかった。その際景山が手に持っていた鞄が開き中身が散らばる。
「す、すみません・・・」
「いや、大丈夫かい?」
 信彦は慌てて散らばった鞄の中身を景山と一緒になって拾った。
その中に同じような小さなビンに入った薬らしきものが目につき、信彦はそのビンを一つ景山に気付かれないように上着の内ポケットへとしまった。
「何をしている信彦。自分の部屋へ戻りなさい」
「はい」
 父に言われ、信彦は手に持っていた鞄の中身を景山に渡すと逃げるように部屋へと戻っていった。その背中を、景山は無言で見ていた。

「へっくしっ!」
「風邪でも引いたか?」
 マンションの一室。信彦の父は自宅の信彦の部屋以外に高級マンションの一部屋を彼のプライベートルームとして与えていた。
そのマンションのリビングはひどく殺風景で大きめのテーブルとソファベッド、分厚いカーテン以外には何もなかった。
その床には今ビールやチュウハイの空き缶が転がっている。
「ズズッ、どうもそうらしい」
 クシャミをした青年、木村香澄は鼻をすすると手に持つビールの缶の中身を飲み干す。
「それならこの風邪薬やるよ」
 信彦はそういうと上着のポケットから一つの小瓶を取り出し香澄に渡した。
「そういやお前の親父って薬屋の社長だったな。サンキュ」
 香澄はビンの蓋を開けると中身を一口飲み込んだ。
「ん、味しねーんだな。酒と一緒に飲んでも大丈夫なのか」
「うん、なんか新薬みたいでまだ発売されてないんだ。多分大丈夫だと思うよ」
「ふーん・・・」
 そういいながら香澄は残りをごくごくと飲み込んだ。信彦はその様子を見ながらゴクリと喉を鳴らす。
「うい、ごっそさん」
 信彦は知らなかったがこの薬は服用時強烈な眠気に襲われる。そしてそれにアルコールが加わると―─
「う・・・」
 操り人形の糸が切れたかのように香澄は倒れ意識を失った。
「なっ、おい香澄!?」
 信彦は仰天すると香澄に駆け寄り揺さぶる。だが香澄は反応せずに首がダランと落ちる。そして信彦が恐慌状態に陥る寸前にその変化は始まった。
「う・・・ぐ・・・」
 香澄の額に玉の汗が浮かび苦しげに呻く。そして服から出ている部分の身体と顔が丸みを帯び女性的なものへと変わっていった。
およそ10分後、香澄は完全に女性なっていた。
 口の中と喉がカラカラに渇き、飲み込む唾さえないことに信彦は気付かずに、熱に浮かされたように香澄の服を剥ぎ取り、両手を後ろに回し手錠を掛けソファ ベットを倒し寝かせた。

「ん・・・んん」
 意識が少しずつ覚醒していく。香澄は暗い部屋の中で寝かされていることをおぼろげに理解した。
「俺は・・・な、なんだこれ!?」
 身体が自由にならない。後ろに回されている腕を動かすとガチャガチャと音が鳴った。そして―─
「なんだよ俺の身体・・・どうなってんだよ!?」
 自分の身体の異変き気が付いた。服を脱がされた裸体が暗闇の中で蠢いている。
「・・・・・・香澄」
「信彦?」
 不意に聞こえた声に首を動かすと視界の隅に信彦が立っていた。そしてゆっくりと香澄に近づいていく。
「香澄、俺はずっとお前のことが好きだったんだよ・・・だけどお前が男だったから俺は・・・俺はあ!」
「信彦お前何いって――んぶっ!?」
 信彦は香澄に覆いかぶさると強引に口を塞ぎ下をねじ込んだ。
「んん・・・ぐっ!」
「がっ・・・あっ」
 『ガリッ』と音がすると信彦が顔を離す。舌を香澄に噛まれその口からは血が流れていた。
「はっはっ・・・信彦お前いい加減にしろ! 早く元に戻せ!」
「ぐ、戻し方なんて俺は知らない。香澄、なんでわかってくれないだよ」
 信彦は悲しそうにそう言うと上着のポケットから注射器と香澄に飲ませた薬とは違う種類のビンを取り出す。それを注射器で吸い上げると香澄の腕を掴んだ。
「な、なにを―」
「動かないほうがいい。手元が狂ってしまうかもしれないよ」
「うぁっ」
 針が血管に差し込まれ液体が押し出されていく。その液体が流れていく部分が熱くなっていくような感覚に恐怖が身体中に広がっていく。
「なにをしやがった・・・」
「すぐにわかるよ」
 信彦は能面のような顔に笑顔を浮かべ香澄を見下ろしていた。

「う・・・うぅ・・・ぐっ」
 30分もそうしていただろうか。香澄は自分の身体に起こった変化に戸惑い何かに耐えるように歯を食いしばっていた。
「うぁ・・・くうぅ」
 信彦が注射したものは即効性の、しかも強力な媚薬だった。
香澄の身体は今や全身の神経をむき出しにされたように敏感になり、下腹部の奥が痺れるようにじんじんと疼き、
ぴったりと閉じられた太ももの内側はすでに溢れる愛液で濡れそぼっていた。
「なあ香澄、辛いだろ?」
「ひぁっ!」
 信彦が肌を一撫でしただけで香澄の身体が跳ねる。ベッドで擦れた部分さえ高熱を持ち香澄の精神を苛む。
「うぁ・・・たす・・・けて・・・たすけて」
 少し身体を動かしただけで気がおかしくなりそうなほどの快感が電流となって全身を巡っていく。それに耐えられず無意識に身体が動きさらに快感は増幅され ていく。
両手を拘束され、自分ではどうすることもできないそれはもはや快感ではなく、耐え難い苦痛となって香澄の精神を責め立てる。
「俺と一緒に生きよう香澄・・・ずっと一緒に」
「あっ・・・か・・・はっ・・・」
 信彦がさらに熱く火照った肌を撫で太ももをさする。
たったそれだけで達してしまいそうな、しかし決して達する事ができない衝撃に香澄の意識はスパークし声にならない叫びを上げる。
「のぶひこ・・・たすけて・・・・・・おねがい・・・たすけてぇ!」
 香澄は泣き叫ぶと自ら足を広げ誘うように腰を動かす。そんな香澄を信彦は満足そうに見ると、ベッドに上がりペニスを取り出すと躊躇なく一息で奥まで突き 入れた。
「か・・・あああああぁぁぁぁぁっ!!!」
 それだけで香澄は絶頂に登りつめ身体は異常なまでにビクビクと痙攣する。破瓜の痛みさえ快楽に変わり香澄の意識を塗りつぶしていく。
「動くよ」
 それだけ告げると信彦は獣のように腰を動かし香澄を突き上げた。
「あっ! ひぐっ! んあっ! ぎっ! うあぁっ!!」
 一回子宮口を突き上げられる度に強制的に絶頂を向かえ、大げさなほどに身体を戦慄かせ口からはだらしなく涎が流れる。
際限のない快感と絶え間なく迎えさせられる絶頂。そして絶頂を迎える度に意識を失い、そして次の絶頂で強引に覚醒させられる。
「中に・・・出すよ」
「あ・・・ひあっ・・・ぁ・・・ぁぁ」
 その繰り返しのリズムが香澄の限界を迎えた精神を突き崩す。そして身体の中で感じる熱い爆発に香澄はついに意識を手放した。
「まだ、足りないよね」
「・・・ひぐっ!? あ、のぶひこっ・・・もうやめ・・・あっぐっ!?」
 一度果てても衰えることのない信彦の動きに再び強引に意識を呼び戻される。
「ひっああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 そして、限界を超えた快楽に香澄は喉を震わせ絶叫した。

 深夜。すでに信彦はマンションを出て自宅へ戻っていた。マンションの鍵は外側からしか開けられないように信彦の手で改造が施してあった。
そのマンションの部屋の前に立つ複数の人影。人影の一人、景山が他の影に合図するように目配せをするとスーツのポケットから鍵を取り出し音も鳴くドアを開 けた。その夜、一人の青年が表舞台から姿を消した。

「いない・・・そんな・・・・・・」
 翌日、信彦が部屋に来てみるとそこはもぬけの殻だった。誰も居ない部屋を愕然と見ていると、誰かがマンションに入ってくる気配を感じ信彦は振り向いた。
「影・・・山さん?」
「やあ信彦君。久しぶりだね」
 そこに居るはずのない男の登場に信彦はうろたえ数歩後ろに下がる。
「ここに居た少女は私が引き取らせてもらったよ。いや、実に良いサンプルだ」
「なんだって?」
 景山の言葉に息をするのも忘れ信彦は目を見開き凝視する。
「君のお父上が私の新薬の実験の許可をなかなか出してくれなくてね。君があの日その新薬を一つ隠すのに気が付いて監視させてもらっていたんだ。
いや実に期待通りに動いてくれたよ。おかげで私達は貴重な新薬の成功例を手にすることができた」
「・・・う、うそ・・・・・・だ」
「なに、私達も鬼ではない。信彦君が私達に協力をしてくれると言うのならばあの彼・・・いや彼女は君に返してあげよう」
 そこまで言うと景山はにっこりと笑った。最愛の人を手に入れ一晩で失った信彦に考える力は残されていなかった。
「ありがとう。実に物分りのいい協力者を得ることができて私も心強い。さて、詳しい話は別の場所でしようじゃないか」
 景山に促され信彦はマンションを出る。だが、彼の目にはもはや何も映ってはいなかった。

  ◇◆◇

「はぁ? 男が女に、女が男になる魔法の薬だって?」
 夜の繁華街。その裏通りは表の通りと比べ極端に人通りが少なく後ろ暗い人間達が集まる。
その片隅で帽子を深く被りサングラスをかけた男が高校生に液体の入った香水のビンのようなものを見せていた。
「そうだ・・・表には流通していない新薬だ」
「はっ、胡散臭え」
 高校生はあからさまに警戒した顔で鼻を鳴らす。
「信用のおけるところから手に入れた品だ。今なら格安で譲ってあげよう」
「ふんっ、胡散臭ぇ・・・・・・が、面白そうだ。洒落で買ってやるよ。いくらだ」
『この新薬を一定数ばら撒いてくれればいい。モニターは我々が行う。ノルマを達成できれば彼女に会わせてあげよう』
 男の脳裏にある男が言った言葉が浮かぶ。男は高校生から金を受け取り薬を渡すと足早にその場を去っていった。

  ◇◆◇

 ある2階建てのビルの2階、事務所らしき部屋に大量に置かれたダンボールの影に、隠れるように設置された応客用のテーブルとソファに男と女が座ってい た。
「ふむ、香澄君が行方不明ですか・・・」
「はい・・・」
 男が何かを思い出すように首を傾げ目の前に座る悲痛な面持ちの女性を観察する。
「こんなこと・・・今までなかったのに。警察に言っても相手にしてもらえなくて・・・」
「大学生くらいの男の子が失踪する、という事例はほとんどが家庭内に問題がある家出とみなされてしまいますからね。
まったく、僕がいた頃と何も変わっていないのか」
 男が派手にため息をつく。女はハンカチで目じりを押さえると、男にすがりつくような視線を投げかけ口を開く。
「ですから・・・もう宗次お義兄さんしか頼れる人がいなくて」
「いや、他でもない静江さんの願いです。可能な限り手は尽くさせてもらいますよ。まだ駆け出しの開業すらこれからの探偵ですがね」
 男―木村宗次は弟の妻である木村静江にそう告げると力強く笑った。


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