「ごめんなさい」
僕に衝撃を与える言葉は、これが最後になる筈だった。
元々気付いていたんだ。
僕に生きる意味なんて無い。
運動は出来ない。
勉強も出来ない。
かと言ってルックスが良いわけでもない。
せめて明るければ救いもあるのに、それもない。
今さっき僕が振られた理由も「暗いから」だった。
生きていれば良い事があるなんて大嘘だ。
これまで生きてきて良い事なんて一つも無かった。
どうせこれからも無いだろう。
その結論に達してしまえば、僕の向かう方向がどうなるか。
それがわかっていたから意識的に考えないようにしてたけど、そんな虚しい努力なんてもうしたくない。
パパとママが死んだ時に僕も死ねていたら、こんな苦しい事もなかったのに…。
暗い僕の部屋。こういう暗い場所で死ぬのが僕にお似合いだろう。
少し自嘲的な笑みがもれた。
手は自然とカッターに伸びた。
普通より重く扱いにくかったカッターが今は心強い。
これなら中途半端に終わることはないだろう。
椅子を後ろにずらし左腕を腿に乗せた。
腕まくりをして冷たい刃を少し手首に押しつけてみた。
死ぬのは怖くない。
怖いのは痛みだ。
死ぬ事も出来ず痛いだけ、なんてたまったもんじゃない。
刃を深く押し付けた。
机の灯りを反射してきらめく刃はいつもより恐ろしく見えたが、今しようとしている事を考えれば当然の事だろう。
まだ足りないかもしれない。
当たっている所が白くなるまで押し付けた。
息が荒くなる。
目の前が真っ白になる。
「あぁぁぁぁぁぁあああああ!」
ブツンと、弦が切れるような音がした。
一気に引き抜くと、思っていたより痛くなかった。
血しぶきが顔まで飛んでくる。
いや、顔だけじゃない。周りは真っ赤に染まっている。
手首だけ熱くて他の部分はとても冷たくなってくる。
特に左手の指先はかじかむように冷たい。
全身がだるくなってくる。
これが死に向かっているという事なんだろうか。
僕は少し幸せを感じた。


目を開けるとそこにはキレイな薄緑色の空が広がっていた。
夢にまで見た天国はすぐそこにあった。
実際のところパパやママに会える喜びよりも地獄に落ちなかった事への安堵の気持ちの方が強かったが、
そんな事はどうでも良かった。
死んだ以上は貧しさも、苦痛も、空腹も、痛みも、何も関係ないのだから。
「つっ……」
手首の痛み?
空が近くなってきた。
痛みで急速に覚醒した僕は、空をはっきり天井として捉えていた。
ここは天国ではない。
仰向けに寝転がったまま辺りを見渡すと、そこは窓の無い部屋のようだった。
左には覗く隙間のある鋼鉄の扉が。
「はぁ」
死ぬ事さえ満足に出来ない自分が情けなかった。
それとも僕は死ぬ事さえ許されていないのだろうか?
悲観的な考えに沈んでいると分かるのは、このままでは死ねないって事だ。
痛いのを我慢して動こうとすると、失血のせいか体がだるい。
心なしか胸の辺りが圧迫されて苦しいような感じもする。
と、ドアを叩く音がする。
鉄扉が開くとそこには「変なもの」がいた。
黒いローブみたいな……最近話題になったあの映画に出てくるような服を着て、
顔にはプロレスラーのフルマスクの真っ黒な奴をかぶっている。
目までメッシュのような生地で覆われているから定かではないが身長からして男だろう。
黒づくめの変態は、僕が起きているのを認めると歩み寄ってきた。
「起きたようだね。体の調子はどうだい?」
くぐもってはいるが男の声だ。
「ふざけるな! なんで……!! あ……え?」
そこでようやく首を固定されていることに気付いたのもあるが、僕は声が変わっている事にびっくりしていた。
甲高くて気味の悪い声。
「僕の喉に何をしたんだ!」
「君は死のうとしてたんだろ?
 何をされようと構わないんじゃないか。それに…… 『ナニか』したのは喉だけじゃないしね。
 君の体を見てみなよ、って言っても首を固定してちゃ見れないか」
そういって男はベッドからの首の拘束をはずす。
「!」
ようやく自由になった首で下を見ると、妙に重いと思っていた胸には豊満なおっぱいが出来ていた。
夢と現実の境が無くなったようで頭の中がグルグル回っている。
「どうだい。良い身体に変身しただろう?」
男の声が僕の耳にこだまして響く。


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