「ひとまず、君に飲んでもらった薬の説明からはじめようか」
 篠河はベッドの脇にパイプ椅子を据えると、足を組んで座った。
俺はというと、ベッドの上で膝を抱え、警戒心のかたまりのようになって篠河を睨みつけていた。
ふとももに密着する乳房のふくよかな感触を、考えないように努めながら。
「そんなに怖い顔をするな。聞いておいて損な話じゃないといったろう? さて・・・君が飲んだ薬は、CS206。
まあどんな薬かは、君の身に起こったことを考えればだいたい想像はつくだろう?」
「・・・・・・」
「この薬ができたのはまったくの偶然だった。今の技術では百年たってもできないと言われていたものだ。
でも我々はその調合法を見つけ、ついに人体に投与できるまでに作り上げた。
興奮したよ。後天的に性別を変えることができる薬なんて、今まで誰も作ることができなかったんだからね。
しかも生殖器まで完全に、だ。これがどんなにすごいことかわかるかい?」
まるで自分に酔っているかのように、熱っぽく語りかける篠河。しかし俺にとって、薬のすごさなんてどうでもいいことだ。
「なんで・・・俺なんだよ。そんな薬、望む奴に飲ませてやればいいだろ」
「ふむ、いい質問だ。誰でもいいというわけでもないのさ。これだけ強力な薬になると、適合・不適合の差がはげしくてね・・・。
健康診断の時に学生の血液を採取させてもらったら、君が一番理想的な被験者だった、というわけさ」
 健康診断・・・? そういえば新型肺炎の検査だとかいって、血液検査があったような気がする。
つまり、大学もグルだったということか? 愕然としている俺をみて、篠河はさもうれしそうに付け加えた。
「それに・・・いやがる男を無理やり女性にした方が面白いだろう?」
「この・・・変態がっ!」
「汚い言葉を吐くなよ。かわいい顔が台無しだ。しかしこんな美少女になるとはね、うれしい誤算だよ。よほど薬と相性がよかったのだろうねぇ」
  篠河は俺の細い顎をつかむと、人形を愛でるような眼つきでじっくりと観察した。
「・・・・・・っ」
ここでキレたら負けだ・・・まだ、一番知りたいことを聞いていない。こみ上げてくる怒りを必死に抑えながら、
俺は押し殺した声でふたつ目の疑問を口にした。
「どうやったらもとに戻れる」
「おやおや、せっかく美少女になれたというのにもったいない。でもまあ当然の疑問か。その辺のことについても話しておくとしよう」
 若い化学者は足を組みなおすと、にやりと笑って話し始めた。

「CS206は最初の変化こそ急激だが、完全に女性としての機能を獲得するまでには最低でも2ヶ月間は服用を続けなくてはいけない。
君も体験した通り、1錠や2錠飲んだくらいでは、数時間立つと振り戻しが起きて徐々に男性の身体へ戻ってしまう」
「じゃあ・・・今日中には戻れるんだな?」
 篠河はそれには答えず、説明を続けた。
「さっきも言ったが、これは強力な薬品だからね。
強引に体に変化を起こすのだから当然だが・・・途中で服用をやめた時の反動が普通では考えられないほど大きい。
ホルモンバランスの崩壊による深刻なうつ病や自律神経の失調に始まって―ひどい場合には、悪性の腫瘍が発生して死に至る」
 なんだそのでたらめにひどい副作用は・・・なにやら雲行きが怪しくなってきた。
「まあ、それは3錠以上飲んでしまった場合の話だがね」
 それを聞いて、ふっと体のこわばりが解ける。俺が飲んだのはまだ2錠・・・危ないところだった。
くっくっくっ・・・。こらえきれない、といった様子で化学者は笑った。
「何か勘違いしているようだな。つまり、君のことだよ?」
「え・・・」
「覚えていないかい?昨夜2錠飲んだことを。・・・これで3錠。君はもう、後戻りできないんだよ」
 1錠分が取り出されたアルミパックをひらひらと揺らし、篠河は楽しげに言い放った。
 どくん・・・。
 嘘だ・・・もう戻れないだって?
 首筋に氷水を浴びせられたような戦慄が広がっていく。
「もし君が女性化願望の強い人間だったら、あれに味を占めて自ら飲むかもしれないと思ってね・・・忍ばせておいたというわけさ。案の定だったねぇ」
 違う・・・俺の意思じゃない。声を出すこともできず、俺はふるふると首を振った。
「さて・・・死にたくなければ薬を飲み続けなければいけないが・・・ただで渡すわけにはいかない。それなりに楽しませてもらわないとねぇ・・・」
篠河は俺の腕をつかむと、ベッドに膝をついた。淡白な顔に似つかわしくない卑猥な笑みを浮かべて。
「ま、待て、一体何する気・・・んむぅっ」
 逃げる間もなく唇を奪われる。抵抗しようとするが、また体が麻痺してきたのか力が入らない。生暖かい舌が易々と侵入してくる。
「んんーっ!」
 口腔を蹂躙され、俺は足をばたつかせた。
「う・・・ぷはぁっ」
  くそっ、吐きそうだ。しっかりと膝を抱えていたはずが、今ではほとんど仰向けに近い無防備な姿勢になってしまっていた。
「3錠目が効きはじめているようだね・・・。そうそう、大声を出しても無駄だよ?
ここはカウンセリングルームも兼ねてるのでね。防音構造になっているのさ」
 そう言いながら、篠河はパーカーをTシャツごと捲り上げた。生地の下から ぶるんっ、と重たげな乳房が現れる。
「・・・・・っ!」
 形良くふくらんだ二つの半球の先に、桜色の小さな隆起・・・。きれいだった。思わず今の状況も忘れて、俺は息を飲んだ。
「おや? 自分の裸を見るのはこれが初めてかな? くくく、なら下もよく見せてあげよう・・・」
 ジャージのパンツが膝まで引きずり下ろされる。生白いふとももの付け根には・・・やはり、ない。
薄い毛に縁取られた、ぴちっとした割れ目があるだけだ。
「うわあああっ!」
 駄目だ・・・本当に、もう戻れないのか・・・? 自分の身体が間違いなく女性のものだということを見せつけられて、絶望が俺を支配していく。
しかも、服を脱がされても抵抗さえできないなんて・・・。
屈辱に顔が熱くなるのがわかった。
「顔を真っ赤にして・・・かわいいねぇ。そんなに恥ずかしいかね? ん?」
 つうっ、とみぞおちから辿るようにして、指が下腹部へと下ろされる。
「ひあっ・・」
たったそれだけの刺激で、俺の体はびくっ、と震えた。


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