和泉が『死んだ』原因は真祖の戦闘に巻き込まれたから。ではその原因、巻き込まれた理由は?
巻き込まれた理由は簡単。和泉の近くで戦闘が起こっていたから。ということはつまり、和泉の近くに真祖が二人居たことになる。
吸血行為をするにしても、二人というのは少々妙な話だ。
真祖の片方は男。吸血鬼は大抵、男も女も人間の女性の血を好む。
女の吸血鬼であれば男性の血を好むこともあるが、男が男性の血を求めるのは全くといっていいほど無い。
少なくとも、相当長く生きてきたレイですら聞いた事はない。
勿論命の危機等非常時は別だが、双方ともに互角に戦闘しているくらいなのだからそのような状態だったとも思えない。
「男色というわけでもなさそうだしな」
二人に話を聞いた限りでは、和泉が(血が)美味しそうに思えたという。
言われて見れば、レイ自身目が覚めた和泉を見たときにそんなことを考えたような気がしないでもない。そのときはどうとも思わなかったが。
「私も含めるとして・・・三人のヴァンパイアが美味しそうだと思う、か。・・・まさかとは思うが・・・」
レイの脳裏にある単語が浮かぶ。
「冗談にしては、笑えんな・・・」
茉理と和泉が家から出てくるのを使い魔を通して確認し、レイは立ち上がった。

「うー・・・やっぱ情緒不安定だ、俺・・・」
茉理と並んで夜道を歩きながら、力なく和泉が呟く。
「自分じゃ落ち着いてたと思ったのになぁ・・・茉理とはいえ、年下の前で泣くとは・・・」
ははは、と茉理が苦笑する。
「とっても萌え萌え美少女っぽかったよ、和泉。思わず妹が出来たような気がしちゃったくらい」
「言わんでくれぇ・・・」
しょんぼりと肩を落とし、聞きたくないとばかりに耳をふさいでイヤイヤ。といっても悲壮感はさほど無い。冗談のようなノリだ。
「大体な、あれはあれで恥ずかしいんだ。
羞恥心が無くなったワケじゃないからな、人前で裸になるのもそーだけど・・・お前にされたってのが一番恥ずかしいぞ」
「私は平気だけど。これでも和泉狙いだったし・・・気付いてたでしょ?」
「まーね・・・。答えは男に戻るまで保留だぞ」
「チ」
久しぶりの他愛ない会話に、和泉はここ数日感じていなかった安らぎを感じた。やはり自分が思うほど落ち着いてはいなかったらしい。
「そーいえばさ」
「うん?」
「お前、俺を狙ってたわりにゃー女が出来ても普通だったよーな・・・」
「ま、ね。本気じゃなかったのはすぐに解ったし」
「なんだ、つまんないの」
「なに、ひょっとして何かモーション期待してた?」
「・・・少しは」
「マンガの読みすぎエロゲのやりすぎ」
言われてむぅ、と押し黙る和泉。やりすぎと言われるほどはやってない・・・と、思う。
そんなこんなで、本当にとりとめのない会話を交わしながら歩き、ようやく家・・・レイの屋敷に辿り着く。
「へー、今の和泉の家ココなんだ」
「ああ。合鍵も渡されてるし、自由に使っていい事になってる。お茶でも飲んでく?」
「ん、今日はいいよ。もう帰る〜」
「わかった。・・・悪いね、送ってもらって」
「気にしない気にしない。今は和泉オンナノコでしょ。元々私のせいで遅くなったようなもんだし」
その言葉に和泉は苦笑するしかない。
「じゃ、ね。おやすみ」
「おやすみ」
タタタ、と茉理の姿が夜の闇に消えてゆく。彼女の姿が完全に見えなくなると、和泉はようやく扉に手をかけた。

「ただいまー」
玄関でそう言ってみても、やはりというべきかなんというべきか。返事は無い。リビングに入り、もう一度声を上げる。
「ただいまー、レイ。・・・って何だ、その本の量は・・・?」
ソファの周囲には大量の本が山と積まれており、レイはその中に埋もれるような状態で本のページをめくっていた。
「ああ、おかえり和泉。少々調べものだ。ここが一番読書に向いているのでな」
言って、またページをめくる。和泉が傍らに置いてあった本の一冊を手にとって見ると、古ぼけた表紙と長い年月を経た紙が目に入った。
改めて見てみると、全部が全部そんな感じだ。ページをめくってみると、和泉には全く判らない記号の羅列。
「レイ・・・これ、何語だ?」
「アラビア語と英語とドイツ語とフランス語があったのは把握している。それ以外は私も見てみないと判らん。流石に象形文字はないと思うが」
「あ、そ・・・」
冗談なのか本気なのか。思わずクラっと来た。そんなんで大丈夫なのかとは思うが、口には出さない。
「ああ、グロンギ語もどこかに」
「あるわけねーだろっ」
「・・・冗談だ」
ときどき・・・とは言えまだ会って数日と経っていないのだが、イマイチよくわからない奴だと和泉は思う。と、ふと真剣な声音で名前を呼ばれた。
「和泉」
「え?あ・・・何?」
「血をくれ」
(・・・!)
立ち上がったレイが振り向いた瞬間、和泉の中で何かが跳ねた。普段と変わらない彼の無表情にバランスを崩し、床にしりもちを着いてしまう。
「・・・どうした?」
「ちょ・・・ちょい待った・・・」
震える声で、近づいてくるレイを止めようとする。が、レイは止まらず・・・和泉の横で足を止めた。すっ、と手が差し出される。
よくある首筋への感触はいつまで経っても襲ってこなかった。
「・・・え?」
「いや・・・何をそんなに怖がっているのか判らんが。・・・まさか注射が怖いとかか?」
「ちゅう・・・しゃ?」
「ああ。コレ関連で少々な。君の血液で調べておきたいことがある」
コレ、と背後の本の山を顎で示す。どっと和泉の身体から力が抜けた。
「なんだ・・・それならそうと先に言ってくれよ・・・」
脱力しきった手で、レイの手を掴む。
「てっきり、俺は血を吸われるのかと思ったぞ・・・」
「そうか、それはすまなかった。数分で終わるから、今から良いか?」
「おっけー」
頷くと、和泉は袖をまくってほっそりとした腕をレイに突き出した。そして、苦笑とともにやんわりと押し返された。
「・・・採血する場所は、ここじゃないのだがな・・・」


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