翌朝は、日光で目が覚めた。時計を見ると、午前七時。六時間近く寝たのに、やたらと眠い。
以前の自分なら徹夜も余裕ではあったのだが…これも身体が変わったせいなのだろうか。
(…2回もやっちゃったからかもしれないけど…)
コリコリと頭を掻きながら、胸のうちで呟く。正直まだこのまどろみに身を任せていたいが…ぐぅ、と和泉の胃が不平をもらした。
「はぁ…起きるかぁ」
猫のように伸びをし、まだ眠い目を擦りながらリビングに行く。扉を開けると、既に新聞を読んでいたレイが挨拶をよこしてきた。
「おはよう」
「おはよー…ふぁ…。…やっぱ夢っつーオチは無いか」
イメージぶち壊しの大あくびと挨拶を一緒に返し、そんなことを呟く。レイは無言。
「ま、とりあえず朝メシ朝メシ」
言った瞬間、レイの表情が苦くなる。
「悪いが…どうやら私は料理に向かないらしくてな。久方ぶりに挑戦してみたんだが…察してくれ」
「…OK解った何も言うな俺が作る。適当でいいか?」
「任せる」
頷くと和泉は調理に取り掛かった。こう見えても(?)かなり料理好きなのでレパートリーは多い。
ちゃんと身体(主に指とか包丁捌き)が動くか不安はあったが、流石というか何というか。『自分の身体』だけあって違和感なく動く。
十数分後、テーブルにはスープとサラダ、サンドイッチが並んだ。
ニュース番組をBGMに、二人で黙々と食べる。
普通ならここで女が男に「美味しい?」とか尋ねるんだろーなー、と考え、和泉はそれをする自分を思い浮かべてげんなりした。
(似合いすぎやねーん)
改めて自分のを認識してしまう。と、不意にレイに名を呼ばれる。
「和泉」
昨夜のうちに君付けは止めてくれと言っておいたので呼び捨てにされたが、自分の名前が名前なのではたから見ても違和感は無いのだろう。
昔はその事でからかわれた事もあったが。
「言いにくいのだが…その、一日で随分と馴染んでいるな」
真剣な瞳を向けてくるレイに、和泉は鸚鵡返しに問い返した。
「馴染んでるって…何にだ?」
「女性に、だ」
「…そ、そうかな?」
問いつつも和泉は内心同じ事を考えていた。やはり2回もしてしまったのは大きかったのだろうか。言葉遣いも無意識に柔らかくなっている。
「まぁ、俺は環境適応能力は高かったからな。深刻な問題じゃないだろうし、平気でしょ」
「ふむ…まあ、いいか。ところで、今日は何か予定はあるかね? 場合によっては先手を打たなければならないから、教えてくれると助かる。
表沙汰になると政治家や権力者が色々黙っていないからな」
和泉は今の自分の状況を改めて思い浮かべ、げんなりした。
肥え太り、油の乗ったオジサマが今の自分のような美少女(になるかは不明だが)の身体を持ったりしたらどうなるのか。
美少女ではなく、若い身体だけかもしれないが、どちらにしろやることは想像に難くない。
「…だろうね。予定、ねぇ…あ、週刊誌読みたい」
「その程度ならば問題ないな」
レイが「呑気なものだ」と苦笑する。
「って言われてもなぁ。バイトするわけにはいかないし金も無いし。散歩とかしかないだろ」
「まぁそれはそうだが…と、忘れていた。一応君のカードと免許証だ。もっとも、車は無いのだがな。あと現金を少々」
立ち上がったレイが、若干厚みのある封筒を投げてよこす。
「性別が変化した原因がまだ解らないのでな。暫くここに居てもらう事になるが、無一文では何かと困るだろう。
免許証共々知人に頼んで作ってもらった。とはいっても偽造じゃない正規の物なので安心して使ってくれ」
「あ、ああ…サンキュ。なんか至れり尽くせりだな…惚れたか?」
冗談めかして受け取り、封を切る。免許証にはきちんと自分の生年月日と住所や本籍地、「高遠いずみ」の文字が書き込まれていた。
今の和泉の名前は平仮名らしい。
どうやって役所を通したのか気になったが、あえて聞かない事にする。他にはクレジットカードと現金数万円。久しぶりの大金だ。
扱いかねていると、レイから返事が返ってきた。
「うむ」
一瞬、何だっけ…と首をかしげ、さらに一瞬間を置いて和泉はがばっ!と振り向いた。
「冗談だ、面白い反応をありがとう」
くくく、と小さく笑うレイに和泉は、
「いや、シャレにならんから…」
と小さく呟いた。

街の中心から少し離れたところに、大きな市民公園がある。和泉はいつも、この公園の中をとおり、すぐ傍の裏道に出ていた。
いつものように、だがそのことを遠い昔のように感じながら、和泉は歩きなれた道を歩いた。
木陰を抜け、昼夜開放型のグラウンドの横道を進む。
「うっわ…こりゃ凄いわ」
クレーターを見て、ポツリと呟く。確かにこれは、死んだと考えられても当然だ。
早々に週刊誌を読み終えた和泉は『自分が死んだ場所』へと足を運んだ。近くに置かれている花は知人が持ってきてくれたのだろうか。
身寄りは無いので葬式も無いはずなのだが。しかし、現場を見てもまったく実感がわかない。
「そりゃそーだ。生きてるもんな、こーして」
手をひらひらさせて呟く。身体はだいぶ馴染んでいるし、服装もジーンズにシャツ、ネルシャツと普段の自分に近い。
『自分』はここにある。この場所に来た事に明確な理由は無かったが、思えばそれを確認したかったのかもしれない。
ぼんやりと物思いに耽っていると、背後から足音が聞こえてきた。何気なく振り返ると、ふと目が合う。
和泉の鼓動が文字通り跳ね上がった。
(やば…)
内心焦りながらもなんとか表情は平静を装う。軽く頭を下げると目を反らし、そのまま歩き出す。
相手も頭を下げて和泉から視線を外した。そのままクレーターへと歩み寄る。
(気付かれなかった…かな?)
そのまま二人の距離が縮まり、和泉がほっと胸を撫で下ろしたその刹那。手を伸ばせば届くほどの近距離から、握った拳が視界に飛び込んできた。
(なっ…)
考えるより先に、身体が動いた。瞬間的に左足を半歩外に投げ出し、体重をかける。
右足で軽く地面を蹴って身体全体を一瞬で左にずらすと同時、相手の拳を右手の甲で叩いて横に軽く弾く。
続けざまに放った、腹を狙った左の掌底は相手に弾かれ…
(ちがっ…これは…)
手は弾かれず、そのまま掴まれた。ぐっ…と取られた腕が引かれる。
条件反射で踵に体重をかけて踏ん張ろうとするが、そのままあっさりと引っ張られて体制が崩れる。ふんばりがまるできかなかった。
(しまった…)
相手の膝が持ち上がり、額直撃コースに。和泉が痛みを覚悟して目を閉じる。
「おっとぉ!」
唐突に勢いが弱まり、ぼすっ!と抱きとめられる。
今の自分よりも大きな胸に顔を埋める事になった和泉が赤面するが、相手は当然気付くはずも無い。気にしなかっただけかもしれないが。
抱きとめられてようやく、加速した思考が通常速度に戻ってゆく。彼女が頭の上でなにやら呟いているが、よく聞こえない。そもそも聞く気が無かった。
(あっちゃぁ…やっちゃった…)
やってしまった。反射行動とは言えやってしまった。それだけしか言葉が浮かんでこなかった。
(バレるよなぁこれは…。どうしようかな…)
等と考えていると、がばっと引き離された。ご丁寧に、逃げられないように両腕をしっかりと押さえて。
「むー…」
まじまじと和泉の顔を覗き込む。前髪をかきあげたりといった暫しの観察の後。
「やっぱり…和泉?」
信じられない、といった表情で彼女は呟いた。


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