それは突然の話だった。
大学の同じゼミに所属するリョウタがアパートを追い出された。
お互い大学卒業まで1ヶ月を残し、来月からは社会人一年生になるというのに、リョウタは家賃未納で退去を余儀なくされたというのだ。情けない。
「来月入社したら、社員寮あるからさ。それまでオマエのアパートで住ませてくれよ」
と、電話口に軽く言うリョウタに殺意を覚えつつ、ここでひとついたずらを仕掛けてみることにした。

怪しい露天商から買った怪しい商品。「settingbell」
5センチくらいの大きさの、一見なんの変哲も無いベル。
しかし、これを使うと他人を自分の思い通りに設定できるっつー魔法アイテム。
姿・形・性格・性別、なんでも変えられると、露天商は言ってた。
正直魔法なんて信じちゃいないが、これが本当なら面白い。
うかうかとオレのアパートに転がり込んだリョウタに使ってやろうと。

梱包を解くと、黄色いベルがころりと転がった。本当にただのベルにみえる。
ベルの中には小さな、しかし分厚い説明書が入っていた。


[1.1最初の注意]
デバイスが悪用されないよう、基本設定が実装されると本書は消えてなくなります。
設定を始める前に本書を熟読することをお勧めします。
[1.2使用上の注意]
デバイスを使用するにあたって、十分人権の──


あー、やめやめ。注意事項なんて後回し。
実践の使い方、使い方、と。
はじめに「基本設定」をベルに入力して、ベルを待機状態にする。
待機状態のベルをはじめに鳴らした人間に、基本設定が実装されると。
つまり、リョウタに実装する設定をあらかじめ入力しておいて、アイツにベルを鳴らせればいいんだな。
あらかじめ考えておいた設定をベルに入力し、アパートの蛍光灯の紐にベルを吊り下げる。
「基本設定、待機」
オレがそう言うとベルがじわっと震えたように見えた。たぶんこれが待機状態なんだろう。
リョウタがオレのアパートに来るまであともう少し時間がある。
オレの狭いアパートに鎮座しているコタツに入り、厚い説明書を読む。


[2.1設定について]
設定は「基本設定」「補足設定」に分類されます。
[2.2基本設定]
対象者の姿・形などをあらかじめベルに設定します。基本設定はデバイスが有効な間、固定されます。
[2.3補足設定]
基本設定が実装された後、補足設定としてある程度の設定を付け加えられます。
補足設定の制限事項については4章で説明します──


 ―――ぴんぽーん
「ぅぉーい、開けてくれ」
リョウタが来たようだ。これから起こる事態を想像してニヤニヤしつつ、扉を開ける。
「あ〜、オマエのアパートって駅から遠いのな〜」
「住まわせてやるんだから、文句をいうんじゃぁないっつに」
「へへ、お世話ンなりま〜す」
先にリョウタを部屋に入れ、リョウタの後ろについた。
ヤツにベルを鳴らせるべく、リョウタの背中を押そうと迫った。
(くらえっ!)
「あ、トイレ借りるぜ」
くるっと方向転換したリョウタはオレのタックルをかわし、勢いのとまらないオレは部屋の真ん中にダイブ。
右手が吊ってあるベルを弾き、金属音が鳴り響く。

 ―――ちりん
『基本設定・実装開始』

ベルが光りを放ち、オレの視界は白一色になる。


「ん・・・んん?」
目を開ける。いつものオレの部屋だ。しかし、体にまとわりつく違和感。
下をみて全てを悟る。オレが入力した基本設定だ。
紺色のミニワンピース、白いエプロン、腰まで届く黒髪、細い手。
グラビアアイドルに負けないような美しい体、自己主張の激しい胸。
広がっているスカートからは絶妙にパニエの白がはみ出している。
顔とか、頭は見えないけど、ひらひらしたヘッドドレスが乗ってる感触。
右のこめかみあたりに黄色いあのベルが見える。髪に編みこまれるようにしっかりとついてる。
そのベルが体を確認するごとにちりちりと金属音をたてる。
メイドだ。
どう見たって、メイドだ。
「オレがメイドになってるーーーーっ!」
振り向くと「普段どおり」のリョウタが怪訝な表情でオレを見ている。
「ちょ、おま・・・何者?」
「何者?っじゃねぇ!!どうして避けるんだよっ!
 バッキャローーーー!!!」
―――同居人メイド化計画、失敗。

「で、どういうことか説明してくれるよな?」
長々とトイレを済ませたリョウタと共にコタツにはいり、状況を確認する。
「オレのアパートに来る、オマエをメイドにしてやろうと思ったんだよ」
しぶしぶ、同居人メイド化計画の説明をする。
「ぬぁ、なんてことを!」
「どーせ、オレのアパートで一ヶ月のんべんだらりと過ごす気だったんだろ! メイドにすればお前もきちっと働くだろうと、な?」
「なぜにメイド・・・」
「オレが好きだから」
リョウタが視線をそらしつつ、「そうか・・・」とつぶやいた。
「顔まで変わってるしなぁ・・・。その、settingBellって、本当に性別までも変わるのか?」
頬をぽりぽりとかきつつ、おそるおそる聞くリョウタ。
「変わってた。しっかり女だった。さっき確認した」
俯いてしゃべるオレ。うぁ、顔、赤くなってんだろうな。
「ぜひ、オレにも確認をさせてくr 」
―――うなれ! 鉄拳!
反射的に放ったストレートはリョウタの顔面にヒット。
「うぁ、テンプルきてる。テンプル」

「ところで、その、settingBellって外せるんだろ?」
リョウタがオレの頭、ベルを指差して言う。
「それがなー・・・さっきから説明書が見つからないんだ。外し方がわからん」
オレは右手で頭の上のベルを弄びつつ、答える。
「説明書が消えてなくなるとか何とか、書いてあったような気がする」
「マジかよ・・・。ほかに説明書のこと覚えてねぇのか?」
「んー、補足設定とかってあったな。対象に向かって『設定』って言った後に、実装したい設定を言って、ベルを鳴らすとか、なんとか」
「へぇ・・・ 設定、オレのことをご主人様と呼ぶ」
「え?」
リョウタの言葉の後、オレの右手で弄んでたベルが鳴る。

 ―――ちりん
『補足設定・ご主人様と呼ぶ・実装』

金属音がオレの脳に響く。
「な、何してんだ! ご主人様っ!」
ご主人様っ!? なんでオレ、そんな言葉で!?
「うわ、マジで設定とかって効くんだな! ほれ、もっかいオレを呼んでみ?」
「ご・・・ご主人様・・・」
「「うわー!!」」
二人で同じ叫び声をあげる。
リョウタは感激の叫び。オレは恐怖の叫び。
「お、おいっ!ご主人様っ! これ以上変なこと言ったら追い出す!」
「ふふん、こんな可愛いメイドさんなんて怖かないぜ〜」
「ぐっ!いい加減にしろよ!ご主人様!」
「設定、オレが主人でオマエがメイド」
「おいっ!」
猛然と立ち上がったオレの頭でベルが鳴る。

 ―――ちりん
『補足設定・リョウタを主人とし、メイドとして仕える・実装』

「ぁ・・・ぅぁ・・・」
「ほら、ご主人様にお仕えする挨拶は?」
「ご主人様の、み、身の回りをお世話をさせていただきます。よろしく、く、お願いいたします」
口が、体が勝手に動く。
立ち上がったオレは紺のワンピースの裾をつまみ、ひざを曲げて身を沈める。
映画とかで見たことある「おじぎ」の作法だ。
「うぉ、かっわいいなぁー! ヤバイよ、オマエ! ホント、メイドさんだよ!」
興奮したご主人様がオレを見て萌え転がっている。
萌え転がっているご主人様の原因が、オレにあると気づいた途端に恥ずかしくなってきた。
「やめんか! ご主人様っ!」
「はーはー、堪能した。ホント、今のオマエって可愛いぜ?」
「・・・そういう風にオレが設定したんだっての・・・」
「とりあえず、そろそろ夕飯の用意してよ?」
「はぁ!? か、かしこまりました。ご主人様。
 ってふざけんなぁっ!」
どうしてもご主人様の言うことを一度了承してしまう。これがメイドのなせる設定か・・・。
「オレを嵌めようとした罰だよ。そうだなぁ、メイドの名前も必要だよな。・・・ベル・・・鐘・・・すず・・・、よし。設定、名前は鈴(すず)」

 ―――ちりん
『補足設定・名前は鈴・実装』

とんとん拍子でオレの設定がなされていく。
「しばらくヨロシクね〜、鈴ちゃん」
「こ、こちらこそ、ご主人様」


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