「ん・・・・もう朝か・・・」
 小鳥たちの声にせかされるように女になって2日目の朝がやってきた。
気が重い、周囲にどう接したら良いのだろう。真実には検討もつかなかった。
 とりあえずは学校に行かなくては。僕はクローゼットからスラックスとブレザーを取り出し急いで着替えた。

 例によって今朝も真実の朝はギリギリだった。簡単な朝食を済ませ慌てて学校へと向かう。
いつもの道、いつもすれ違うサラリーマン、何もかもが昨日までとまったく変わっていない。
しかしひとつだけ違うもの、それは周囲の視線。今の真実は女、それも男装の美少女だ。
注目するなと言うほうが無理な注文である。好奇、羨望、嫉妬、欲情、あらゆる視線が真実に絡み付いて離れなかった。
もちろん当の本人もそのことに気づいてはいるのだが学校へと急ぐ真実にはそれらを気に掛けるほど余裕は無かった。

 ・・・・ヒソヒソヒソ・・・・
 学校に着いた僕を迎えたのは先ほど感じたもの以上の好奇の視線だった。学校という所は閉じた社会だ。
そこで起こった出来事は瞬時に学校中に伝わってしまう。まして僕の身に起こったような前例がない事となれば尚更である。
そんな好奇の視線に耐え、僕は下駄箱へとたどり着いた。だが、下駄箱に手を掛けた僕の手は止まり、口からはため息が漏れた。
 「また入っているのかな・・・」
 "また"とは入学以来ほぼ毎日入れられていたあの手紙のことである。
いつもなら軽く流し破り捨てるなり軽くあしらっていたのだが、女になってナーバスになっていた真実にはそれが重く感じられた。
だが時間は真実を待ってはくれない。意を決して下駄箱を開ける。そこには・・・・・上履きと1通の手紙が入っていた。
ただ、ノートに書き殴られたいつもの手紙とは違いそれは淡いピンクの封筒で丁寧にシールで閉じられていた。
 「おっと、もう時間が無い」
 腕時計に目をやると既に時間は8時27分をまわっていた。真実はとりあえずその手紙をバッグに突っ込み教室へと向かった。
 今日は本当にギリギリだった。僕が教室に入ると体育の田中先生が入ってきた。それと同時に教室の一部からは舌打ちする声も聞こえた。どうやら僕が今日は 遅刻すると懸けた連中がいたらしい。
 「えー、今日は担任の竹内先生は会議で遅れるので朝礼は俺がやる。
出席をとる前にひとつ、多分知っているやつの方が多いだろうが高橋が女になった。
詳しいことは精密検査を受けてみないとわからないが高橋は高橋だ、今までと同じ様に接してやってくれ」
 先生の言葉は嬉しかった。ただ・・・もうちょっとオブラートに包んだ言い方をして欲しい。そう思った。
 「えっと・・・欠席は西沢か・・・おい、高尾、立川、お前らいつもつるんでるだろ何か聞いてないか?」
 「何も聞いてないっすよ。」
 高尾も立川も口をそろえて言う。今朝例の手紙が無かったことに妙に納得した。しかしその一方で疑問も生まれた。
 (あの手紙はいったい誰が?)
 「・・・おい・・・おい、・・・高橋聞いているか?」
 「あ・・・は、はい」
 「朝からボケてるな、高橋、保健の香坂先生が呼んでいたぞ。休み時間に保健室に行け。じゃあ以上で朝礼を終わる、今日もがんばれよ」
 朝礼が終わると息をつく間も無く授業が始まる。授業が始まるとまるで僕のことが無かったように淡々と授業は進んでいった。
やがて授業が終わると吸い寄せられるように僕のもとには男女問わず生徒たちが集まってきた。
 「ねえねえ、本当に真実君なの?」
 「おい、せっかくだから胸揉ましてくれよ」
 矢継ぎ早に言葉が浴びせられる。しかもどうでもいいような事ばかりだ。僕はそれらを軽くあしらうと逃げるように保健室に向かった。
 「失礼します。香坂先生いらっしゃいますか?」
 「お、高橋君来たね。とりあえずそこに座って」
 先生に言われるがままパイプ椅子に腰をおろす。先生はコーヒーを入れそれを僕に渡すと椅子に腰をおろして僕に話し始めた。
 「昨日は良く眠れた?」
 「はい」
 「そう、思ったより元気そうで安心したわ。それでね、昨日言ったことだけど私の知り合いの病院の先生が君のこと診てくれることになったから。
それで、できるだけ早いほうが良いって言ったらいつでも診てくれるって言うんだけど明後日の土曜日は空いてる?」
 僕は黙って頷いた。
 「じゃあ決まり、私が車で迎えに行くから家で待っていてね」
 コーヒーを飲み終わると僕は先生に礼を言い保健室を後にした。
既に休み時間は終わっていて廊下に人影は無く授業を行う先生たちの声だけが響いていた。急いで戻ろう、僕は教室へと急いだ。
 僕が教室に戻ったのは授業が始まって10分ほど経った頃だった。
 「遅れてすいません」
 「話は聞いている。席に着きなさい」
 席に着くと何事も無かったかのように授業は再開した。
 授業中も僕はこれからのことばかり考えていた。もし検査をして完全に女だったらこれからどうなるのだろう。
自分の変化が外見だけでいつか元に戻る、そうあってほしい。その小さい望みに僕はすがることにした。
 結局、午前中の授業は何一つ手につかなかった。授業中はぼんやりと考え事をし、休み時間はクラスの皆の質問攻めに遭っていたためだ。
目立つことが苦手な僕は昼休みになるといつもの場所・・・稲荷神社に向かった。しかしそこは期待したように無人ではなく先客がいた。
 「あの・・・高橋先輩・・・私、1年B組の日野琴美といいます。・・・あの・・・その・・・お手紙読んでいただけました?」


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