いつからだろう朝がこんなにも嫌いになったのは。
今日もまた朝日が昇る。世界の夜明け、希望の朝・・・そのような言葉どおり朝は多くの人にとって待ち遠しいものだろう。
だけど僕にとって朝は心地良い夢の終わり、そして現実という悪夢の始まり。
僕の名前は高橋真実(まさみ)県立稲荷山高校に通う高校2年生だ。運動ははっきり言って苦手だが勉強はそれなりに出来る方だ。
小学校まではどちらかというと成績は悪い方だったが中学入った頃、あることがきっかけで勉強に打ち込むようになった結果だ。
その"あること"とは・・・いじめだ。
僕へのいじめの原因ははっきりしている。それは・・・僕の容姿だ。別に太っていたり、醜かったわけではない。
むしろその逆で世間的には美形の範疇に入る。ただし、僕の場合はあまりにも容姿が女性的だった。
眠い目をこすりベッドから起き上がる。そして身支度をするため洗面台へと向かった。だが洗面台の鏡に映る彼自身の姿が再び彼を憂鬱にさせる。
決して長くはないものの深い艶を湛えた栗色の髪、パッチリとした大きな瞳、そして男性らしからぬきめの細かい白い肌、
小柄で華奢な身体とあいまって女子の制服を着れば誰もが美少女と信じて疑わないだろう。
だがその容姿は彼にとってトラウマ以外の何者でもなかった。
「はぁ・・・・母さん、なんでこんな顔で生んだんだよ・・・くそ、奴等め絶対見返してやる」
そう、真実はいじめられた屈辱を返すため死に物狂いで勉強に打ち込んだのだった。
そして遂に地元で名門といわれる稲荷山高校に合格した。しかし、状況は変わらなかった。いやむしろ悪化した。
今や「検察官になっていじめをする奴等に屈辱を与える」というささやかな目標だけが彼を支えていた。
身支度と朝食を済ませ学校へ向かう。夢に甘えぎりぎりまでベッドから起きない為、真実はいつも遅刻ギリギリに校門を通る。
余談だが毎日ギリギリなくせに遅刻のない真実がいつはじめての遅刻をするかが密かに賭けの対象になっていることを本人は知らない。
校舎に入り下駄箱で靴を履き替える。すると下駄箱に一通の手紙が入っていた。
その手紙は白い封筒をハートのシールで止めた今時恥ずかしいぐらいのラブレターだった。
しかし、それを手にした真実の反応は意外なものだった。
「またか・・・」
そうつぶやくと封を切ることもなくゴミ箱に落ちていった。ちなみに手紙にはこう書かれていた。
愛する真実ちゃんへ
君の姿が頭から離れません。君のその栗色の髪、つぶらな瞳すべてが僕を掴んで離しません。ぜひ付き合ってください。
PS.でも、ちん○は要りません。ぜひ切り取って完全な女になってください。
西沢 亮
5分そこそこで書き上げられたであろうそれは読まれることもなく焼却炉へと運ばれていった。
気を取り直して教室へ向かう。廊下では始業までの短い時間を満喫するかのように学生達がおしゃべりを楽しんでいた。
真実が通ると一部の女子が上気した表情で真実を見つめていた。
真実自身もうすうす感じてはいるのだがまるで男装の麗人のような真実はごく一部の女子に人気があった。
だが真実自身はそうした人気が本意ではないためあえて無視していた。
やがて教室に着くとニヤニヤした表情を浮かべた3人の男子生徒が真実を待ち構えていた。
「やあ、真実ちゃんお手紙読んでくれたかな?」
朝一番で一番会いたくない男に話し掛けられた。この男こそが今朝の手紙を出した張本人だ。
はっきり言って陰湿さを形にしたような男だが容姿だけは良く、女子から人気がある。
僕は無視を決め込んだがこの男は僕の神経を逆撫でるようになおも話し掛けてきた。
「なぁ、おい!無視かよぉ真実ちゃんよ。俺の愛が判らないのかなぁ」
「あっはははははは・・・」
西沢と取り巻きの下品な笑い声が僕の心を締め付ける。
やがて一限目の担当の先生が入ってきて授業が始まる。
(よかった・・・これでしばらくは逃げられる)
この高校は県下屈指の進学校だ。だから授業だけは皆まじめに受ける。さぼると即、取り残される。そのことがこの校風を作り上げていた。
しかし、いったん授業が終わると授業中の鬱憤を晴らすかのようにしゃべり始める。
それは西沢たちも例外ではなかった。その彼らを避けるように真実は休憩時間には時間の許す限り屋上にいた。
やがて何度目かのチャイムが鳴り響き昼休みが訪れた。昼休みには屋上は真実だけの城では無くなる。
そこで真実は毎日のように学校の裏山にある稲荷神社の境内で昼食を取っていた。
「はぁ・・・いつまで続くんだこんなこと」
真実は西沢たちの前では決して見せない弱音を吐き出していた。するとそのとき、真実の背後で何かが動く音がした。
「えっ?何?・・・なんだお前か驚かさないでくれよ」
そこには銀色に輝く一匹の狐が真実を見つめていた。
「ほら、来いよ。うまいぞ」
真実はそう言うと弁当の中から厚揚げの煮物をその狐に差し出した。
狐は臆することも無くそれを食べ、食べ終わるとまるで飼い犬のように真実に擦り寄った。
"彼?"と真実が出会ったのは真実が入学して間もない4月のことだった。面白いことに彼は初めから真実を恐れなかった。
逆に真実が彼に近づくことを許さなかった。
当時の真実は動物すらも信じられぬほどに追い詰められていたのだった。
だが時間を共にするたびに彼は真実の心を解きほぐし、今では真実のかけがえの無い友というほどになっていた。
ある意味、今の真実があるのも彼のおかげかもしれない。
「しかし、稲荷神社に狐のお前とは・・・案外お前ここの神様だったりしてな」
しかし彼は首をかしげるばかりだった。
「あっ、いけない、もうこんな時間だ、じゃあな。もしお前が神様ならなんか願いかなえてくれよ」
そう言うと真実は神社がある山を下っていった。狐はいつまでも真実を見つめていた。
昼休みが終わり最初の事業の時間が訪れた。
「はぁ・・・体育か」
もともと運動が苦手な真実にとって体育の時間はつらい時間だった。
それに追い討ちをかけるように春の今ぐらいの時期はジャージの着用が認められていないため当然体操服での授業になる。
この体操服では真実の華奢な身体が強調されてしまう。それを彼らが見過ごすわけも無く、当然のことながら彼らはやってきた。
「いやー色っぽいね真実ちゃん。僕ちゃん思わず勃っちゃうよ」
「ほんとほんと、マジ話お前が女だったらな」
いつもなら無視を決め、相手にしなかったがこの時なぜか僕の中で何かが弾けるのを感じた。
「ふ・・・・ふ・・ふ・ふざけるな!僕がこの顔のせいでどれだけ苦労したかお前らにわかるか。それならいっそ女にしてくれよ・・・おい!」
僕は溜まっていた感情を爆発させた。その時、何者かの声が聞こえた。
・・・・ナンジノネガイキキトドケタリ・・・・・
その瞬間だった、僕の身体は激しい熱さと痛みに襲われた。
「あがぁ・・・あああああああ・・・・うぁああああああああ」
身体が熱い、服を脱ぎ捨ててしまいたい。僕の叫び声を聞きつけ先生と、ほかの生徒たちも集まってきた。
僕の周りに人だかりが出来るのがわかった。やがて身体の熱さと痛みはあっけないほどに治まった。
「何でも無いです。僕なら大丈夫ですから授業をはじめましょう」
僕がそう言うと僕が発した叫び声よりも大きいざわめきが辺りを支配した。そんな中、まず口を開いたのは西沢だった。
「お・・・おい・・おまえ、その声・・・とその身体・・・・」
「え? 声? あーあーあー」
?心なしかいつもより声が高い。もともと男子にしては高くまるで女のようだと冷やかされた声が今は更に高くまるで本当の女の子のようだ。
そして胸に手をやる。そこにはかつて自分が持っていなかったもの・・・・"乳房"が確かにあった。
僕は目の前が真っ青になった。手が震える。だがもう一箇所確かめるべき場所がある。
そこはさすがに校庭の真ん中では出来ない。僕は勇気を振り絞り先生に声をかけた。
「せ・・・せせせ先生、保健室に行っていいですか」
「お・・・おう・・・俺もついて行ってやろうか?」
「は・・・は・はい、お願いします」
先生も動揺しているのがはっきりと見て取れた。
「と・・とりあえず適当にグランド走ってろ」
普段では考えられないいいかげんな指示を出し、先生は僕と共に保健室へと向かった。
「失礼します。香坂先生いらっしゃいますか?」
「はーい、田中先生どうしました?」
僕たちが保健室に入るとすこし眠そうな声で保険医の香坂一美先生が出迎えてくれた。
彼女は大学病院から校医になった変り種で彼女いわく「大学病院は忙しいから嫌になった」そうだ。
そんな彼女は親しみやすい性格とかわいらしいルックスで男子生徒のアイドルだった。ちなみに体育の田中先生が彼女を好きなのは公然の秘密だ。
「いや・・・なんて言ったら良いか・・・とにかく見てください」
そう言うと田中先生は僕を香坂先生の前へと押し出した。
「珍しいですね田中先生が女の子を連れてくるなんて。あら?この娘は・・・真実君の妹さん?」
「いや、本人です」
「へ?」
田中先生の返答を聞き高坂先生の表情は固まってしまった。そして次の瞬間彼女は・・・笑い出した。
「ぷ、あっはははは・・・もう、田中先生ってば生徒まで巻き込んで冗談を言わないでくださいよ。あっはははは・・・」
彼女は笑い続けた。しかし真実と田中先生の真剣な顔を見ると笑いは次第にその笑いは次第に乾いたものになり、やがて止まった。
「あっははは・・・・はは・・は・・・・もしかしてマジ?」
僕は黙って頷いた。そして田中先生がそれに続いた。
「そうです。マジなんです。証人は私とクラス全員です」
それを聞くと香坂先生は軽いため息をつくと僕の顔を見据え口を開いた。
「それじゃあ真実君、とりあえず拇印を押してみて。たしか入学記念で押し手形があったじゃない。
それと比較すればとりあえず君が真実君と証明できるわ。
田中先生、たしか手形が文書庫に保管してあったはずですから真実君の手形を探してきてください」
そう言うと香坂先生は机の引き出しから朱肉とメモ用紙を取り出した。
「じゃあ真実君、これに押してみて。あと、押し終わったらこれで指を拭いてね」
香坂先生に差し出されたメモ用紙に拇印を押した。そして、ほどなくして田中先生が一枚の色紙を手に保健室に戻ってきた。
香坂先生はそれを受け取るとパソコンを立ち上げ、今押したものと色紙に押されたものをスキャナーで取り込むとそれらを画面上で重ね合わせた。
重ねあわされたそれは・・・・完全に一致した。つまりは僕が『高橋真実』であるという物的証拠を手に入れたわけだ。
・・・よかった、これでとりあえず生活基盤を失うことは無くなった。少しだけホッとした。
「それじゃあ、真実君・・・とりあえず脱いでみて」
「え?」
「だから、服を脱いで。とりあえず私は君の変化を直接確かめたわけじゃないから実際見てみないとなんとも判断できないから。
それと・・・田中先生はもう戻って頂いていいですよ」
「えっと・・・しかし」
「あら? 田中先生は生徒の裸が見たいんですか? 淫行でつかまっちゃいますよ」
それを聞き田中先生は慌てて出て行った。
「さてと・・・じゃあカーテンは閉めたし、ドアにも鍵を掛けたから誰にも見られることはないわよ」
自分でもカーテンやドアが閉まっていることを確認するとゆっくりと体操服を脱いだ。
まだ寒さが残る春の空気にさらされた乳房は寒さに震えていた。
「綺麗・・・ちょっとうらやましいな。触っていい?」
そう言うと香坂先生はそっと僕の乳房に触れた。
「ん・・・」
先生が触れるとまるで電気が走ったような感じが胸だけでなく全身に走った。男の身体では絶対に味わうことが無い感覚だ。
思わず声が出てしまう。僕はそれを必死で抑えた。
「うん、胸にしても本物ね。体つきも完全に女の子になっているし。じゃあ今度は下ね」
「え・・・下もですか」
「ええ、そうよ。というか下のほうが重要なんだけど。ほら、恥ずかしがらない。とりあえず今は現状を確認しなきゃ」
そう香坂先生に促され短パンとトランクスも脱ぎ捨てた。
「ふーん、やっぱり完全に女の子ね。ペニスが埋没しただけということってわけじゃなくてね。ありがとう、もう着ていい
わよ」
僕は慌てて服を着る。先生は僕が着終わるのを待って話し始めた。
「真実君、君にとっては非常に残念だけど私が見た限り完全に女の子だったわ。
さすがに私がこの場で見れることには限界があるから今度私がいた病院で精密検査を受けましょう。
そうすれば何か原因がわかるかもしれないし」
先生の言葉を聞き目の前が真っ暗になった。
「まあ、気を落とさないで。女の私から見ても真実君綺麗だし。きっともてるわよ」
「そんな事いわれても嬉しくないよ」
「あはは・・・それもそうね。でも男も女も笑顔が一番、気を落とさないで笑って笑って」
「あははは・・・」
先生に促され無理にでも笑おうとするがどうしても笑えなかった。
理性は笑おうとするのだが身体はそれを拒絶し目からは大粒の涙があふれた。