「おいおい、これ本物じゃねーか」
 亜希はその服を押し上げている、大きく膨らんだ胸を両手でぼんよぼんよと揉み、それを見て巧は真っ赤になった顔を背ける。
「す、鈴本君あんまりそういうこと人前でしないほうが・・・」
「はえ〜、兄ちゃ―─姉ちゃんおっぱいおっきい。羨ましい」
 普段から物事をあまり深く考えない望は兄の変化にすでに順応し、自分の少し小ぶりの胸と比較しては頬を膨らませていた。
「しっかしなんで俺が女になっちまったんだ?」
「原因はわからな―」
 そこまで言ったとき巧みの視界に殻のビンが移る。一瞬ドクンッと心臓が跳ねたが『まさかね・・・』と思い自分を誤魔化す。
「ん? どした」
「あ、いや。ええっと・・・あ、確か僕達の高校の卒業生に女の子になっちゃった人いなかったっけ?」
「ああ、俺らの一つ先輩だろ。それがどうした」
「いや、その人と同じなんじゃないかなーって」
 巧はもとより顔立ちの整った、女性化してもまったく損なわれていないその亜希の顔に見つめられて、不意に気恥ずかしくなり目線を下へ向ける。
「何の話〜?」
「お前には関係ない。とりあえず明日病院に行ってみるか。あ・・・親父とお袋になんて言おう」
 兄のぞんざいな物言いに不服そうな望を無視し亜希はベッドに倒れる。
「あの、僕今日は帰るね」
「おう、すまん」
 巧は立ち上がる瞬間サッと空のビンを拾うとポケットの中にしまった。
そして亜希と望に見送られながらそそっくさと鈴本家を後にした。

「しっかしなんだなあ」
 鏡の向こうでけだるそうな顔をした女性が頭をぼりぼりと掻いている。
巧が帰った後望を部屋に閉じ込めた亜希は洗面所の鏡の前に立っていた。
元々身長が高く顔立ちのせいもあり、普段大学生に間違えられることもあった亜希の姿は女性になっても変わらなかった。
 ベリーショートの髪と少しつり眼気味の瞳。一目見たときの素直な感想は『かっこいい女の人』といった感じだった。
「う〜ん」
 襟首を引っ張り膨らんだ胸をみる。身長と釣り合いの取れた大きな胸、細く引き締まったウエストと形のいいヒップ。
姿鏡で全身をみると確かな色気がただよっていて猫科の動物を思わせる。
「まいったなこりゃ」
目の前に良い女がいるが悲しいことにそれは自分自身。亜希は大きくため息をつくと自分の部屋に戻っていった。
 それから帰ってきた両親に事情を説明したり、やたらとじゃれついてくる望をあしらったりしているうちに、
亜希は心身ともに疲れ果て気絶するようにベッドに倒れ込み眠りに落ちていった。

 翌日母親に連れ添われ病院へ行き、検査をするも原因はわからず、亜希には意味不明な検査の連続で昨日と同じく疲れ果てて帰宅した。
母親の夕食の材料の買い物に付き合ったこともあり日はとっぷりと暮れていた。
「兄ちゃんおかえり〜」
「抱きついてくるな。うざったい」
 帰ってくるなり突進してきた二つ年下の妹の頭を押さえつけながら、昨日の朝から風呂に入っていなかったことを思い出した。
朝風呂派の亜希だったか今朝は慌しかったため入浴の機会を逃していた。
「今のうちに風呂入っちまうか」
「夕飯までには上がるのよ」
「へいへい」
 タンスから着替えの服を出そうとして、亜希は検査に時間をとられて女性用の下着を購入していなかった事を思い出し動きを止めた。
「望のは・・・ダメだ、俺より小せえ」
 辺りを見回し自分一人なのを確認してから望の下着を取り出して試してみたが、ブラジャーもショーツもサイズが合わずこっそりと元に戻す。
「しょーがねえ」
 適当に服を選ぶと亜希は脱衣所に入っていった。
「う・・・」
 着衣を全て脱ぎ全裸になってから何気なく鏡をみて亜希はたじろぐ。
女性化してからバタバタしていたせいもあり自分の身体をキチンと見る機会が今までなかった。
見た目と性格から女友達は多かったが女性経験がなかったため、自分のとはいえグラマラスな女性の身体を目の前にして亜希は大いに動揺した。
自分の身体に触ることもなんとなく控えていたため、自分が女になってしまったという実感が急激に沸いてきた。
「これは・・・なんと言うか・・・すごいけど勿体無いような」
 男として興奮していたがその対象が自分だと思うとなんとも空しい気持ちになる。
「はぁ・・・ちゃっちゃと風呂に入ろう」
 トボトボと浴室に向かう亜希の背中には何ともいえない哀愁が漂っていた。
「よっと」
 風呂イスに腰掛けるとシャワーの温度を調節する。
丁度良い温度になったところで頭からお湯をかぶると、張りのある肌がシャワーのお湯を弾き身体のラインに沿って流れていく。
「ふえ〜、気持ちいい」
 全身の汗を流してからシャワーを止めてボディーソープを手の平に出し軽く泡立てると全身に塗っていく。
肌理の細かく体毛が薄くなった柔らかい肌が手の平に気持ちいい。両腕からお腹、胸へと手を動かして行くとじんわりと奇妙な感覚が広がっていく。
その感覚を楽しみながら普段より力を抜いて洗っていく。いつもの力で擦ると少し痛かったのだ。
『デリケートだな』なんて思いながら前進を泡立てていく。
そして足の付け根に手を移動させたときその部分がどうなっているのか純粋な興味が沸いてきた。
「ん」
 初めて触るそこにおっかなびっくりといった感じで指を這わしていく。
薄いヘアに覆われた割れ目を指でなぞりさすっていると、自分がひどく興奮していくのがわかった。
「うっ・・・や、やめやめ。なにやってんだ俺は」
 亜希は慌てて手を離すとシャワーの温度を低くして、火照った身体に付いた泡を洗い流していった。

「ふい〜」
 頭をガシガシと乱暴にタオルで擦りながらキッチンの冷蔵庫を開ける。
「こら亜希、なんて格好してんの」
 料理をしていた亜希の母、鈴本美野里が亜希の姿をみて呆れたように声を掛ける。
ノーブラノーパンの身体にホットパンツとタンクトップという、何とも無防備な姿で冷蔵庫からジュースの缶を取り出していた。
ちなみにホットパンツは望のものだったりする。
「ん〜」
 ジュースを飲みながら気のない返事をすると亜希はリビングへと引っ込んでいった。
「あ、にいちゃ―─姉ちゃん」
「その『姉ちゃん』いうのやめ」
「え〜だって」
「だってじゃない。そして抱きついてくるな」
 いつもよりやたらとべたべたしてくる望に辟易としながら、亜希は明日の学校のことを考えさらにげんなりとするのだった。


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