「ただいまー」
「あ、陽兄ちゃん……じゃなかった。陽姉ちゃん、おかえり」
玄関のドアを開けると、ちょうど階段を登ろうとしている雪と鉢合わせた。靴は1足だけ。どうやら母さんは出ているらしい。
「『姉ちゃん』はやめろよ…。いつも通り『兄ちゃん』でいいだろ?」
「えー、だって陽姉ちゃんは女になったんでしょ? だったら『兄ちゃん』じゃおかしいじゃん」
普段抜けているところがあるのに、こういうときだけ妙に理路整然としている。しかも満面の笑顔。
ちなみに雪の顔は小5当時のぼくそっくりだ。自分を相手しているようでなかなか反論し辛い。
「いいか、今はこんなだけど兄ちゃんは『男』なんだ。わかった?」
「じゃあ男だったらこんなことしても怒らないよね」
「──え?」
風が太ももを撫でた。
それがスカートめくりだと理解できたのはその一瞬後。
「ちょ、なにやって…!」
「あれ? 男だったらパンツ見られても怒らないよね。なんで陽姉ちゃんは怒ってるの?」
ぼくの身体は脊髄反射の域でスカートを押さえていた。それでいて声を荒げているのだから怒っていると捉えられてもしょうがない。
(それにしても何てませた小5だ!)
「別に怒ってないよ。兄ちゃんは男なんだから」
ここで激情に身を任せてしまったら雪の思う壺だ。ここは冷静に冷静に…。
「男だったら、うえ裸になれるよね?」
「な…! そんなことやらないよ」
とんでもないことを言っているけど、構うだけ無駄だ。適当にスルーすれば問題ない。
「できないの?」
「できないとは言ってないよ。やらないだけ」
「服脱ぐならすぐじゃん。なんでやらないの? できないから?」
これは挑発だ。しかも見え透いた。乗ったらダメだ。乗ったら──

「『女』だからできないんでしょ?」

「わかったよ! 脱げばいいんだろ」
ぼくの馬鹿。
口を塞ぐも、言ってしまったからにはもう後には退けない。
カバンを下ろし、ボタンに手をかける。ひとつずつ丁寧にはずし……やがて下着があらわになる。
「……脱いだよ」
「まだ裸じゃないじゃん。それにそれ『ぶらじゃあ』って言うんでしょ。なんで男がそんなの着けてるの?」
「──っ!」
顔が熱を帯び始めたのは恥ずかしさからなのか、怒りからなのか。もう冷静さはどこか遠くへ飛んでいってしまった。
ブラジャーのホックを震える指先で摘む。
外すと、ゴムの勢いで左右に勢いよく弾けるようにして開いた。
「うわぁ……本当に女になっちゃんだ。でも、ちっちゃなおっぱい」
雪は、完全にさらけ出したぼくの胸を目を皿のようにして見つめる。観察といってもいいくらいの注視だ。
(……ん?)
男であることを証明するために裸になったのに、なんで女であることを確認させているのだろう。
単純な疑問にして最大の謎に思い当たった。
(1.男であるなら服を脱ぐ。2.服を脱げたら男だ。3.服を脱いだら女だった)
…わけがわからない。頭がこんがらがってきた。
「さわってもいい?」
ぼくが難題に悩んでいることも露知らず、雪は新たな要求を突きつけてくる。
まんまと口車に乗せられてここまでやってしまったとはいえ、これ以上何も許す気はない。
「…………」
何も言わず床に落とした制服を拾う。これ以上付き合っていられない。
「──ひゃっ!」
何か冷たいものが皮膚に当たる。
「さわらせてくれないなら、自分でさわっちゃうから」
雪の手がぼくの両胸を包み込むようにして触っていた。
「こら、雪! やめろって!」
制止の言葉も耳に届かないらしく雪は執拗に胸を撫で回す。
力任せに引き剥がそうと試みるも、胸元に入り込んでいるので頭を押さえることくらいしかできない。
「ちょ、やめっ……あぅ!」
意図してかせずか指が先端に触れたようだった。強烈な衝撃がぼくを襲った。
衝撃が筋力を奪い取ってしまったかのように、身体から力が抜け落ちる。
(そんな……これだけで……)
ぼくからの抵抗がなくなって雪はいっそう手の動きを早める。大胆とも大雑把ともいえる無茶苦茶な動きだ。
「ちっちゃいけど、やわらかい……」
雪の小さな手がぼくの胸の上を縦横無尽に動き回る。時折先端に触れると甘い快感が脳を揺さぶった。
「もう…やめ……んっ」
昨日の保健室でのことがフラッシュバックする。同時にあのとき感じた絶頂を思い出す。
……身体の奥底で何かに火がついた。
雪の行動はどんどんエスカレートし、とうとう先端を口に含まれた。
「こうやって赤ちゃんはおっぱい飲むんだよね。ぼくも昔そうだったのかなぁ」
ちゅーちゅーと吸われるたびに未知の刺激が火山のように噴出する。
でもその『未知』の正体は知っている──快感だ。
「あぁっ、ゆ、きぃ……んんっ!」
すぐさまやめさせないと、と思うのとは裏腹に身体がいうことをきいてくれない。
気持ちよさが身体にじわじわと浸透し、浸透したところから熱を帯び始める。身体の中が燃えているように。
燃えているところはもはや抵抗の使い物にならない。
胸から始まったそれは、いつしか下腹部を特に熱くしていた。
「はぁっ……はぁっ……」
吐息さえも熱い。
快感の浸食は脳の中心にまで達し、意識に霞がかかった。でも感覚だけはどこまでも鋭敏なままだ。
雪が舌先でぼくの先端をチロチロと舐めると、ぼくは背中をのけぞらせるくらいに感じた。
嘉神先生のような巧さはない。……けど、とっても気持ちがいい…。
実の弟にこんなことをされて、という敗北感と背徳感は快感の津波に押し流され、貪るようにぼくを攻める雪にすべてを委ねようとする。
「ゆきぃ……もっとやって……ね?」
甘えるように、ねだる。こんなことを口走った自分に驚きを覚えていた。
……でも気持ちよくなるためなら何でもしたい。そうも思う。
雪は無言で行為を続ける。左の先端を口に含みつつ、右側も手のひらでまさぐる。
「いいよ、ゆき……そのまま……あんっ!」
雪の行為は誰に習ったでもないだろう。つまり本能のままに雌を求めていることになる。
ぼくも誰に習うでもなく身体が快感を欲し、受け入れようとしていた。
理性のタガが外れかけ、隙間からあふれ出る欲望に負けかけているのだ。
「よう、ねえちゃん……。なんだかオチンチンがあついよう…」
雪の下半身はズボンの上からでもはっきりわかるほどテントを張っていた。
ぼくはそこから目を離せなくなった。
ズボンの中のものが欲しい──頭のどこかでそんな声がしている。
ぼくの身体は物足りなさを感じていた。もっと強い刺激と快感を求めている。
「雪……じっとしてて」
あらかじめプログラムを打ち込まれた自動人形のようにぼくの身体は勝手に動いた。
膝立ちになり、雪の半ズボンに手をかけ引きおろす。
小さいながらもちゃんと立ち上がった男のモノが現れると、喉がごくりと鳴った。
(なんで…?)
男なのに男のモノを欲しがっているなんて。
身体は疼いてしょうがない。明らかに『入れられ』たがっている。
不自然なはずなのに、ぼくのなかに別の誰かがいるかのように『それは自然なことだ』と正当化するのだ。
(違う! ぼくは『男』を求めてなんかいない。絶対に!)
その思いと正反対に、身体が次の段階へ進ませる。
ぼくの右手は雪のモノを包み込んでいた。そっと壊れ物を扱うかのように。
前後に優しく動かすと雪の身体はびくっと痙攣した。それを見て可愛いと思ってしまう。
「よう…ねえちゃぁん……」
切なげにぼくの名前を呼ぶ。その声も可愛く、愛おしい。
そんな感情の揺れに任せるまま、手を動かし続ける。
(嫌だ! こんなこと…)
自分のやっていることと感じているが信じられなかった。否定の言葉をいくら頭の中に並べても、身体がそれと真逆のことをする。
嫌悪感だらけなのに。
やめろとどんなに思っても、神経が断絶してしまったかのように身体に伝わらない。
そのくせ感覚だけは敏感なままだ。いまだって、下半身が──アソコが熱くてたまらない。
大きさをさらに増したモノを見ていると、ある欲望がせり上がってくる。
自然と左手は股間へと伸びていた。下着は触れただけでわかるほど湿っていた。その『内』がどんな状態になっているかは推して知るべしだ。
「ふあぁっ……」
『準備』を進めているかのように下着の上から割れ目をなぞる。たったそれだけのことなのに、たまらなく気持ちがいい。
喘ぎがだらしなく開けられた口から漏れた。
(そろそろ……)
いったい何がそろそろなのか。
(……欲しい)
相手の都合はどうでもいい。ただ自分のために快感を貪りたい。そんな欲望が堰を切られるのを待っている。
もう『その時』はすぐそこまで迫っていた。

──プルルルルルルル

不意の大音量に、意識は急激に現実に引き戻された。
興奮は冷め、さっきまで感じていた高まりは身体の奥底に沈む。
現状を理解し、ぼくは雪から飛びのいた。ブラジャーを着ける間も惜しんで無理矢理ブラウスを身につける。
(危ないところだった…)
安堵を覚える。
でも、水を差されたと残念がっている自分もいた。
それと、一線は越えなかったものの、寸前までやってしまったことに自己嫌悪する。
(兄弟であんなことをやるなんて……)
そう簡単に忘れられないだろう。それどころか一生に残る傷になるかもしれない。
その予測はぼくをひどく落ち込ませた。
でもやることはやっておかないと、ととりあえずぼーっと立ち尽くす雪に今のことを口外しないようきつく口止めする。
すると意外と素直に応じてくれた。
少しばかりの安心を得て、動揺がそれ分だけおさまる。……まだ液状化した埋立地みたいに不安定だけど。

部屋に戻ると、ぼくはベッドに潜り込んだ。
とんでもないことをしてしまった後悔と羞恥に全身がガクガクと震えた。
(思い出すな、思い出すな、思い出すな、思い出すな……)
呪文のように声にならない声で唱え続ける。
…………
…………
いつしか転落するようにぼくは眠りに落ちていた。


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