体が重かった。
 祐司は寝返りをうとうとするが、何かにじゃまされて思うようにいかない。枕に顔を埋めたまま、それを手探りする。
 ぐにゃり。
 いやぁな手触りがした。
 悠司は跳ねるように飛び起きた。
「わあっ!」
 驚くのも無理はない。
 目を細めて見渡してみると、そこは見たこともないホテルの一室、
それもシングルやツインではない3〜4部屋は軽くぶち抜きにしてある部屋だった。
恐らく、ロイヤルスイートクラスの部屋だ。
 床には全裸の男達が何人も、まるで死体のように転がっていた。4〜5人はいるだろうか。
もちろん、優に5人は寝られるだろう祐司が腰を下ろしているベッドにも、2人の男が疲れ果てて寝息を立てていた。
 何気ない動作でサイドボードから眼鏡を取り上げて着けた。途端に視界が、よりしっかりしたものになる。
「これは一体……」
 言葉や動作が自分の物になったことを嬉しく思いながら、悠司は恐る恐るベッドから降りた。
薄いネグリジェを着てはいるが、どうやら下着は着けていないようだ。下半身がスースーする。
 おぼろげな記憶をたどって、悠司は愕然となった。

 あの晩、謎のファイルのせいかどうかわからないが、彼は女へと変身してしまった。
そしてそのまま、彼が住むアパートの住民全員と乱交を繰り広げたのだ。
 全員の足腰が立たなくなるまで、3時間とかからなかった。
 ザーメンを全身にこびりつかせたまま、少女となった悠司はTシャツにジーンズというラフなスタイルで街に出た。
既に夜中の2時を回っていたが、街にはまだ多くの人間がたむろっていた。
 彼女は男達に片っ端から声をかけていった。
たちまち7人の男を捕まえ、2台のタクシーに分乗して都心からやや外れた場所にある高級ホテルへと向かった。
 ホテルのフロントは怪訝そうな顔一つせず、彼女にキーを渡した。どうも最上階は彼女の貸切になっているらしい。
 その後は……。
 悠司の胃から酸っぱい物が込み上げてきて、彼は洗面所へと走った。
 忘れたい。あんなことは忘れたかった。
 部屋に入ってからも携帯電話で呼び出された者やらで、延べ人数で20人を越える男達が入れ代わり立ち代わり彼女を犯した。
男達の精液をストローからすするように貪るように飲み干し、性器から溢れるほど注ぎ込まれ、
アヌスも犯され直腸までザーメンで満たされた。
 吐く息すらも精液の匂いがした。
 だが少女にとって、それら全てが快楽だった。
男の全てが疲れ果て、眠りに就いたのを見下ろす彼女は、まさにセックスの権化だった。
 何本ものペニスを体にこすりつけられ、胸で、腹で、手で、口で、お尻で、そして性器で射精された。
まるでエンドレステープを再生したかのごとく……。
 悠司は吐いた。吐いて、吐いて、吐く物が無くなっても吐き続けた。
 胃液に混じって半固形の得体の知れないものが洗面台に何度も流れるのを見たが、それが何かは、あえて考えなかった。
確認したら死にたくなってしまうだろうから。
 酸っぱくなった口を水ですすぎ、顔を洗う。
 顔を洗うと今度は手も洗いたくなり、そうなると足や体まで全身を清めたくなった。
身体中に感じる肌がひきつれたような違和感を、早く拭い去りたかった。
 悠司は体にまとわり付くくせに頼りないネグリジェを脱ぎ、バカバカしいほど広いバスルームに入った。
ユニットバスではない。脱衣室の広さだけで、軽く八畳はある。これだけでも彼の部屋より大きかった。
浴槽は両手足を広げてもまだたっぷりと余裕がある広さだったが、お湯は張られていない。
 そこでシャワーコックを捻り、スポンジにソープをこすりつけて体をこすった。昨晩のような敏感な反応はもうなかった。
これを幸いに、悠司は力を込めて肌が赤くなるほどこすった。
しばらくして全身がひりひりとしてくるまで、彼は女になってしまった自分の体をこすり続けた。
 ようやく人心地がついて、悠司はバスルームを出て体を拭き、バスローブを身にまとった。
女性の下着は着ける気がしなかった。だから彼は、替えの下着がちゃんと用意されていることに疑問を抱かなかった。
 男達から離れ、控えと思われる独立した部屋に閉じこもった悠司は、横においてある電話が鳴り始めて飛び上がるほど驚いた。
 恐る恐る受話器を取り上げて耳に当てる。
「はい」
「瀬野木様、朝食はどうなさいますか」
「け……結構です」
 受話器を置こうとして、フロントとおぼしき男が何か続きを言っていたことに気付き、慌てて耳に戻した。
「いつもの通り、7時にお迎えが参ります」
 お迎えって何だ? と尋ねようとする前に、体はまたもや彼を裏切った。
「ご苦労様。後はいつものようにお願いしますね。ご迷惑をお掛けします」
「いいえ。それでは、失礼いたします」
 丁寧な口調で受け答えをし、受話器を元に戻す。
 もはや彼の身体は、彼の物ではなかった。
 専用のドレッサーの中に、白のブラウスと紺色の制服があった。
背中の腰の部分にあたる大きなリボンがアクセントになってる。まるで和服の帯のようだ。
 バスローブを脱ぎ捨てると、チェストを開けてブラジャーとショーツを取り出す。
どちらも淡い水色のごく普通のかわいらしい物だ。
ショーツをはいてから、ブラジャーのカップの部分を背中に持っていって、ホックをお腹で留める。
そのまま前後を入れ替えると、カップの部分が裏返しになっていた。
それを転させ、下から持ち上げるようにしてバストをカップに収めた。
 後は指をストラップを肩にかけ、指を入れて裏返しになった部分を表に返すだけだった。
 手際の良い着替えに、悠司は自分の立場を忘れて思わず感心してしまった。
 制服を身に着け、姿見の前に立った少女はもう昨晩の淫女ではなく、ごく普通の女子高生にしかみえなかった。
 そして、まだ濡れている髪の毛をドレッサーの前に坐ってケアする。
悠司はドライヤーの音を聞きつけて男が目を覚まさないかひやひやしたが、そんな気配は一向になかった。
 無理もない。
 何しろそれぞれの男達は、精液が出なくなっても彼女に絞り取られ続けたのだ。
男が上げる悲鳴を、彼女は嬉しそうに聞き惚れていた。
 結局、最後まで意識があったのは彼女だけだった。
 男達は正に精魂尽き果てて眠っているのだ。今なら地震が起きても気付かないに違いない。それほど疲れているのだ。
 髪が少し湿っている程度まで乾くと、少女はブラシを手にとって梳き始めた。まるで人形のような見事な長髪だ。
今時珍しい、ヘアカラーで痛めつけられていない正真正銘の緑の黒髪、鴉の濡れ羽色をした美しい髪だ。
 やがて滞りなく根元まで梳き通されたると、カチューシャをつけ、
首筋のあたりでリボンでまとめて、残りはそのまま自然に背中へと流した。
 時計を見ると、6時50分だった。
 少女は立ち上がって、前夜に入ってきた入口とは別の方にある扉を開けた。
小さな廊下があり、行き止まりにはエレベーターが設置されていた。
ボタンを押すと、さほど待たずに昇降機がやってきて扉を開く。
 どうやらこのエレベーターは、あの部屋専用の物のようだった。
 何やら得体の知れない事態になっている事に、彼は自分の体が思うようにならない以上の恐怖を抱いた。
 やがてエレベーターは地階へと到着し、扉が開いた。
 そこは駐車場の一角のようだった。すぐ近くに豪華な黒塗りのリムジンが静かに停車していた。
助手席と後部座席が観音開きに開いており、その脇には60絡みの、仕立の良いスーツを着こなした老紳士が立っている。
彼は少女を認めると流れるような動作で頭を下げた。
「御早う御座います。亜美(つぐみ)様」
「おはよう、東雲(しののめ)」
 ここでようやく悠司は、今の体の主が瀬野木亜美と呼ばれている事を知った。
もちろん初めて聞く名前だ。東雲というのは男性の名字だろう。
 少女は当たり前のように後部座席に身を沈めた。
 老紳士が扉を閉め、自分は助手席に座って助手席の扉を閉めると同時に、車は滑るように走り出した。
 やがて車は地下駐車場を出て、一般道を走り始める。
 ぼんやりと窓の外を眺めていると、老紳士が口を開いた。
「亜美様。いつまであのような真似をなさるのですか」
 あのような、とはもちろん男を連れ込んでの乱交のことだろう。
悠司はこの体を操っている者(物?)がどのように答えるかを固唾を呑んで見守った。
「私を満足させてくれる殿方がいらっしゃらないんですもの」
 亜美はあっさりと言った。
「いつか私の前に必ず現れますわ。私にとって最高の殿方が。それまでは……私のわがままを通させてください」
 東雲と呼ばれた老紳士はまだ何かを言いたそうだったが、口をつぐんだ。
恐らく主従関係にあるこの二人にとって、今の彼の発言はそれを越えるものだったのだろう。
だから、それ以上追及しなかったのだ。
 まるで滑るように走る車の中で、悠司は考え続けた。疑問のいくつかは解消したが、それ以上の疑問がわきあがる。
 このリムジンといい、執事か何かと思われる老紳士といい、彼女は並の金持ちではない事がうかがえる。
この服装からすると、高校生くらいだということは想像がつく。
 彼の頭に雷鳴の如き閃きが訪れた。
 まさか、これも……ゲームの設定通りなのか!?
 容姿はまさに彼が憶えているものに近い。
金持ちのお嬢様という設定も、淫乱で毎夜のように男漁りをして、レズビアンで……。
 そこから先は、なんだっただろう。
 調子に乗ってプルダウンメニューから項目を選んだり、時にはより過激なキーワードを入力したりもした。
だが、ここから先はまるで思い出せない。
思い出そうとすればするほど、手の中から水のように記憶がこぼれ落ちてしまうようだった。
 焦る彼をよそに、車はやがて緑深い郊外にある学校に着いた。
「紫峯院女子学園」
 緑青の浮いたプレートにはそう彫り込まれていた。
 聞いたことがない学校だ。女子校マニアの友人ならば知っているのかもしれないが……。
 ほとんど前のめりになることもなく、静かに車は敷地内で停車した。
助手席の東雲と呼ばれた老紳士が後部座席の扉を開けてから、亜美は降車した。
立ち上がると、いつの間にか東雲は黒の鞄と、テニスラケットが差し込んであるスポーツバッグを持って立っていた。
「ありがとう、東雲」
 そう言って受け取る。
「亜美様、本日はどのようなご予定でしょうか」
「いつも通りで。それから……」
 すこし考えるように宙を見つめて、言った。
「これからしばらくは自重します。東雲にもこれ以上心配をさせたくありませんから」
 東雲はわずかに表情を緩めたが、そのまま黙礼して亜美が立ち去るのを待ってからリムジンで戻っていった。
 亜美は微笑みを浮かべて校舎へと歩いてゆく。
 それはまさしく、男を目の前にした淫女のそれとまったく同じものだった。


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