残されたさやは一人で呻いていたのだが、ニールが戻って来るまでにそれほど時間を感じなかった。
もう少し詳しく言うと、盛り上がっていたスレにレスした後、
リロードを繰り返しても繰り返しても、レスが返って来なくて落ち込むまでの時間くらい。
それはある意味、とてつもない時間の長さだったが、あまり関係のある話ではない。
ともかく、ニールが告げてくる。
「これを貼るといいと思うよ」
それは中心部分の布を覆った肌色の分厚いシートだった。
「なにこのばんそうこう?…Vスキン、Vスキンじゃないか!?」
「何よそれはっ!」
「知りたいなら過去ログを見れ」
別にVの字の形をしているわけでもなかったが、言っておきたい台詞はある。
理由は言葉には出来ないことだった。
理由がわからないので言葉に出来ない。
他人はおろか、自分自身でもわからないこと。
それでもあえて理由を言うなら、『ノリで』、ということだったが。
さやはニールから渡された大きな絆創膏を言われたとおり股間に貼る。
吸湿性は良く、皮膚に粘着性の湿布を貼った時のような違和感もない。
「ぉお、馴染む、馴染むぞ! 気分は最高にハイッってやつだ!」
「ぇと」
「…と思ったけどやっぱり気持ち悪いよう、死ねるよう」
「そりゃまあ漏れないってだけだしっていうか、むしろ脊髄反射だけで答えるの止めようよ」
説明した後、付け加える。
「でも、麻酔の薬が塗ってあるから痛みは和らぐかも」
「一般的にはその後、副作用でふたなりになったり、エッチな気分になったりするわけだが」
「どこの世界の一般的なのよ!?」
「むぅ」
どこと言われると…こことしか。
「確かにこの話はエロくてパロには違いないんだが、どうも求められてるものとの乖離が激し過ぎて浮いているような気がしないでもない」
「何をいまさら…って、気付いたら空気読もうよ」
「それは無理」
何を言っているのか良くわからない話に、ニールも何を言っているのかわからない答えを出す。
ニールが半眼で告げる。
「…ところでさ、もう20日くらい経つんだけど、危機感とか無いの?」
「危機感?」
「そうそう、質問を質問で返すとテストは0点になるんだぜ…って、40日ルール忘れたのっ!?」
叫び声をあげるニールに、首を傾げる。
「何だっけそれ?」
「あああもう!残りの寿命の話!さやの!」
「おおっ」
ここであらすじとしては、
いつものように俺がネットを嗜んでいたところに、
ニールと名乗る少女がやってきて、
異世界からのなにやらで女性化した俺に、
元に戻るにはょぅι゛ょを攫ってセックルしなければいけないと突きつけられ、
戸惑う俺に次のleaf新作は陵辱ものということで漢字一文字のタイトルってどうよっていうか、
そもそも5頭身以上ではソフ倫規制で新作ゲームも出来なくなるこんな世の中じゃ…ポイズン、
ということを思い出した。
思うことは息継ぎが必要ない分、楽で良いと思う。
時間は誰も待ってくれないのだから、
最後のほうは五分で十話ぐらい引き伸ばすとか、そんな展開は期待するべきではないのかも知れない。
「ぅーん、そうだなあ…」
しばらく悩むが、悩んだからといって都合の良い解決方法が浮かぶわけでもない。
考えていたが、いつの間にか解消されていたものがあったことにも気付く。
「あ、腹が痛くなくなった」
「ぇと」
下腹部に手を当てるが、はっきりと痛みが引いている。
「なんか凄いな」
「アィシルの魔法のひとつ。アィシルはこんなことばかりに長けている」
ニールは答えるが、その表情にははっきりと不快な感情が見えていた。
もともとニールの持ってきた絆創膏の効果だったが、それすら歓迎すべきではないとでも言うように。
「アィシルって何?」
微妙に発音が難しかったが、何とか聞いてみる。
「アィシルとは神々。私たちの世界を形作って、何かを手に入れるたびに何かを失っていき、ついには無機化していったもの…この世界では、そうね。神話にで
てくる存在だと思えば」
「俺、神話ならバリバリ詳しいよ。FFなら8から7までやったことがある」
「よくわからないけど、それ私の話と多分関係ないから。
…私の世界はアィシルによって作られた。
アィシルは力を適切に使うために自分たちから意思を削り取っていったの。
本当は存在しているけど、何もかも無くなった。そうして世界は完全に安定を持った」
無視して、ニールが続ける。
一般的に、突拍子も無いことを言われた人間は忍耐を強いられることになる。
惨事が好きな人間なら、一通り話を聞き終えた後に、君の言うことが真実さ…、などといって優しく肩など抱いてみればフラグなど立てたりも出来るのだろう
が、それは流石に自分には関係ないことと言えた。
それでも、個人的な感情のみで語ればVスキンもとい絆創膏の効果を実感した以上、話ぐらいは聞くべきに思えた。
少なくとも、深刻そうなニールの表情に嘘があるようには見えない。
鈴の音のようなニールの声が響く。
「でも、その作業の過程に少しずつ侵食するものがあった。
アイシルは自分たちの計画を昼に例えて、その真逆を夜と名づけた。
夜の存在に気付いたのは神々の作業が終わりに近づいてから。
ほとんど意識の残されていなかった神々は朦朧とした頭で私を作り上げた」
「私の使命は一つ。夜を監視して、噴出する場所があれば抑えること。
抑えられるなら成功、滅ぼせるならなお良い。でも私には抑えるまでしか出来なかった」
「それでも私は満足だった。
役割としては、私と夜が拮抗していればそれでいいのだから。
夜が私より大幅に力を持っていることに私が気付くまでは」
「夜は私よりずっと古く、そして強かった。
もしかしたらアィシルたちが本当に完全だったとしてもどうすることも出来なかったかもしれない。
でも、私はアィシルの魔法を探して──力をつけるための魔法を見つけ出した」
ニールは言葉を切る。
「ごめん」
そして、頭を下げた。
「…もともと止める気は無かったから、機会が二度あればさやにきっと同じことをしてた。だから意味のないことだけど、それでもごめん」
さやは黙ってニールの話を聞いていたが。
僅かに感じる違和感が気になった為、口を開く。
「いくら女性化したとはいえ、直にさやとか名前を言われるとちょっと気恥ずかしいというかそんな気がしないでもなかったり」
「ぇと……いまさら?」
ニールが半眼で呻く。
「うん」
ニールの魔力なのか、単に記憶力なのか、以前の自分の名前が思い出せない。
だが、後者の可能性が大いにある以上、それは大したことでは無かったが。
いつもあだ名だったのに突然改まって名前を呼ばれると照れてしまうようなそんな感じが。
いや、ニートだから話すことに慣れてないし。
ともかく、そのこと自体はそれほど大した問題ではなかった。
怒鳴ったり、呆れたり、謝ったりなどしながら。
ニールが未だにさやの性格をつかめていないことは。
やはり自分のせいではないだろう、とニールは思うことにした。
空は既に暗闇に包まれており、黄昏から差し込む虹を見ることは出来なかった。
いつものようにアパートの一室で。
少女は全裸でPCの前に待機していた。
本当は正式名称があるのだろうが、股間には大き目の絆創膏が覆うように貼られている。
とっくに覚えたダンスの手の部分だけ真似をして、ディスプレイの前で声を上げる。
「その気、犯る気、気合い十分!未熟、半熟、魅力満点!」
「…元気良いね」
狂喜しながらキーボードを叩く少女に対して、後ろからニールの声が聞こえるが気にならない。
土曜日のふたご姫はガチ、そのまま惰性でボーボボとか見るかも。
日曜日の響鬼、ゾイド、ガッシュ、マイメロディの4連も少女にとって外すことが出来なかった。
実況版にスレを立てて早漏と罵られるが、それも彼女にとっては大したことではない。
ごく当たり前な、いつも通りのこと。
少女は右手にマウス、左手を股間に当て、しばらくお気に入りに登録していたサイトを巡回していたが。
しばらくしてキーボードの上に突っ伏して泣き出す。
「ぅぇ…ぅ…オナニー出来ないよぅ」
「少しぐらい我慢しようよ」
少女に対してニールが指摘する。
未知の布地越しの刺激は新鮮ではあるが、勢いを強めると剥がれてしまうし、加減が難しい。
「…この前、男のときは妄想だけで指一本使わずに射精出来たって自慢してなかったっけ?」
「あれは禅と一緒なので集中力が無いときは出来ないのです…」
少女は溜息をつくが、ふと後ろに気配が無くなったため、振り返る。
置いてある紙が一枚。
『旅に出ます。探さないでください。』
…旅に出ても出なくても、かなり前から汚れキャラだと思うし。
声には出さずに呟く。
世界の半分くらいは経験しているだろうことだが、
辛いのはきついので、今夜はおとなしく寝ることにする。
いつもそうだが、やっつけはあまり上手くいかない。
少女は寝ると決めてから、数時間後、惰性で立てたスレが議論に展開して追い出された挙句、
ふて寝を強いられることになるが、それはまた別の話。