空に傾いた太陽からの光が差し込む。
雲が薄く覆い、夕焼けというほどには至らないが、空は十分に見応えがあった。
誰が見ていたわけでは無かったが。
机に座り、少女はキーボードを打ち続けていた。
「うはwwwww釣れた釣れたwwwwwギガワロスwwwwww…っと」
特に注意深い観察眼を持っていなくとも、その手が心なしか震えていることを判断するのは難しくはないだろう。
大して広くもない部屋の隅にあるベッド。
そこに腰を掛けた、もう一人の少女がそんな様子の彼女を眺める。
必死でモニタに向かっている少女はさや、様子を見つめる少女はニールという。
容姿はそっくりだったが、並んで座っているのでも無ければ見分けが付かないわけでもない。
ニールは、しばらく机で一心にディスプレイを凝視するさやの様子を黙って見つめていたが、やがて口を開く。
「ネットって面白いからやってるんでしょ? …何で泣きそうになってるの?」
呼ばれた少女は答えず、余裕がないのか、キーボードを叩く音だけが響く。
しばらくして、ウィンドウズの終了音とともに画面から光が消える。
「バーヤバーヤ!」
少女は涙を貯めた目を真っ赤にしながら、叫び声を上げるが、特に意味があったわけでもない。
そのうち、本棚に手を延ばして床に転がる。少女の持つ本はカラフルな表紙だが、妙に薄い。
「白、エロいよ白」
開いた本に向かって話しかける。
良くは飲み込めなかったが、数時間、PCの前で必死になっていたことはどうやら無かったことになったらしい。
しばらくそんな様子を眺めていたが。
足の踏み場の無い畳にごろごろところがるさやに向かってニールが呟く。
「ネットって面白い?」
「あんまり空気になりすぎてて、なんだか良く分からないままだらだらと居続けることが多いけど割と」
「…良く分からないけど」
何と答えていいか分からず、ニールは話を変える。
「さや、ちょっといい?」
「うん?」
「…全裸がデフォなの?」
「それは誤解だ。俺はネットをするとき、アニメを見るとき、オナニーするときしか裸にはならないぞ」
「いいけど…」
少女は疲れたような声を上げる。窓からの風は涼しい。
「たいへんたいへん、このままじゃ孕んじゃうよう!」
物騒な言葉だが、思いっきり叫べばなぜか爽やかに聞こえるものだ。
今日もまた、数時間でその瞬間は訪れる。
「その気、犯る気、気合十分! みじゅく、はんじゅく、魅力満点!」
彼女が住むアパートの一室。
ふたご姫に備えて少女の準備は万端だった。
適当に騒いで疲れて寝れば、10時30秒までには快適に起きられるだろう。
実況板にスレを立てて早漏と罵られる声も気にならない。
前回までのmpg動画を見ながら、少女は期待に胸を弾ぜる。
「ファンファンファイン! ランランレイン!!」
「何を馬鹿騒ぎしてるのよ!」
PCの前で妙にハイになってはいたが、すぐ後ろからだったためか、少女はその声を聞き取ることが出来た。
振り向くと、そこには彼女とそっくりな容姿の少女が半眼で彼女を見つめる。
机に座る少女をさや、後ろに立つ少女をニールという。
そっくりな容姿ではあったが、双子というわけでもない。
何らかの意味はあるのかも知れないが、さやに取ってそれほど大きなことではなかった。
少なくとも、彼女は今は赤派だが、青についても譲る気はないという重大な決意に比べれば。
ニールが抗議の声を上げる。
「いい年こいた大人がっ! 赤だの! 青だの! 赤だの! 青だの! 赤だの! 青だの! 赤だの! 青だの!」
「今は少女だし」
さやが指摘する。
「精神年齢を言ってるのよ!」
「外見より低い自信はあるぜっ!!」
指を立ててガッツポーズをしながら、ウインクする。
人は誰しも厨房だ。
ならばどうして厨房を隠す必要があるだろう。
「たわし、かわいいよたわし」
ディスプレイに写ったツンデレに向かって話しかける。
「ぇと」
言葉に詰まったのか、ニールが呻く。
ツンデレは二次元だからこそ、ツンデレでありえることが出来るのだと思わなくもない。
見返りがある。攻略出来ることが分かっている。
惨事ではどうか。
見返りを期待出来ない。
騙されるだけで終わるかも知れない。
人が純粋であることに期待など持てない。
ブラックカオスなアニメ、マイメロディを見ているから分かる。
「急に黙り込んでどうしたのよ」
「むう」
ニールの言葉に、我に返る。
「なんかちょっと悲しくなった」
「なんなの?」
困ったようなニールの言葉に、さやが付け加える。
「なんだか自信満々で自作絵を投下したのに出来が微妙すぎてスルーされるような、そんな悲しさが」
「ぇと」
夜は適当にサイトを巡っているとうっかりと数時間が過ぎることがある。
昼でも似たようなものだったが。
姿勢が低いと、空を覗く視界が僅かに広くなる。
窓から覗きこむと、建物の影から覗く僅か部分に微かな赤い色を帯びる。
変わり始めると、空の変化は早い。
「赤、かわいいよ赤」
思い浮かんだのは別に空ではなかったが。
オープニングのダンスはなんとしてでも覚えたい。
エンディングもエンディングで良いと言えたが、総集編でのイメージが頭から離れない。
やっぱり惨事は駄目だ。
でもあれはあれで。
「そういえば思い出したんだが」
「何よ」
「…やっぱり思いついたこと箇条書だと無理なので、一回で、3日〜1週間はかかるっぽいと中の人が」
「何の話よ!?」
ニールに対して、さや自身も何を言っているのか分からなかったが。
でも最近、絵浪漫画紀行とかいうスレを見つけてダウンロードに忙しいと中の人が。