「どうかしら。まだ痛い? 兄さん」
 霧絵の優しげな声が、はっきりと俺の耳に届く。
 かつて、俺が守り、慈しんだ、あの儚げだった霧絵が陵辱の悪魔として俺を狂わせようとしている。
「霧絵……今ならまだ間に合う。お前は虎二の奴に騙されてるんだ……目を覚ませ……」
 今、果たすべき行為を、俺の精一杯の事をしなくては……俺は、家長を継ぐ者だ。
家族を、霧絵を守るのは俺しかいない……霧絵の笑みが消え、甘い感触を惹き起こしていた胸の上の手の動きも止まる。
(ぐりっ)
「う……うあ……ぐっ」
 中和された筈のそれが、突如、鋭い痛みになり中心から全身へと突き抜ける。
 意識が一瞬にして覚醒する。
「どうして判ってくれないの?」
 拗ねるような声が聞こえる。
 次の瞬間、苦しみを和らげてくれていた胸の先端から刺すような痛みが走る。
「あ……うっ」反射的に目をつぶり、歯を食い縛る。
「ほら、たったこれだけの事で、もう兄さんは息をする事すらままならないわ。
 安心していいの。これからはわたしが兄さんを守ってあげるから」
 やっとの思いで目を開けると、嬉しそうに微笑む男の顔が飛び込んでくる。
「くそったれ! 霧絵は優しいんだ。部屋に入ってきた虫さえ殺すのをためらう程の繊細な……そう、繊細な心を持ってる俺の妹だ。
貴様のような薄汚れた変態趣味のクソ野郎が霧絵の筈がない……虎二、手の込んだ小細工だが、俺には通じねえ!」
 そうだ。こんな奴が可愛い霧絵であるものか。誇りを失ってたまるか。
「クッ、クク、ハハハハ、いや、実に良い見世物だ。これがあの竜一か。
 この俺を出し抜いて、末は社長かと噂された男か、え? おい。
 明晰と言われた頭脳が泣いてるぞ、それとも頭の中身まで女になっちまったか?」
 心の底から嘲り、愉しむかのように揶揄する音が響く。
「虎二さん、お願いだから黙っていて頂戴」
俺に跨る男が虎二を睨み付けている。
「そう、混乱してるのね……無理もないかもしれないわ。
でも嬉しい。兄さん、わたしをそんな風に思ってくれてたのね」
再び、胸から腹筋、そして腰元までを、触れるか触れないかの柔らかく甘やかな感触が、肌を舐められるように繰り返り送られてくる。
「初めての事ですもの。時間をかけてじっくりと刻んであげるわ……わたしの想いを」
 口元に笑窪を浮かべた男の顔が近づいたかと思うと、俺の首元に息が吹きかけられる。
 痺れるように電撃が駆け巡り、下肢から力が抜けていく。
「さあ、受け取って頂戴」
 背中に回された腕が骨盤に添えられると、男の腰がゆっくりと動き、躰の中へ灼熱の塊が蠢いて来る。
「あっ……はあっ」
 おぞましい動きが一寸ずつ奥へ近づく度に、俺の内にある何かがズタズタに引き裂かれていく。何時の間にか背が弓なりに反り返っている。
「ほうら、全部入った」
耳元に声が囁いている。
 くそ、負けてたまるか。必ず元へ還るんだ……俺…は……
「とうとう兄さんを手に入れたのね」
 男が恍惚とした表情を浮かべている。
 竜一の脳裏には、男の風貌と霧絵の笑顔とが重ねられていく。想像の産物たる霧絵の微笑みは、竜一の精神に再生の力を与える。
「あぅ……は……ざ、戯言はよせ! この下衆野郎が」
 竜一に男へ抗おうと言う気持ち働き、それが強がりを言わせた。
しかし、躰は蕩けるような感覚に包まれ始めていた。男の腰がほんの僅か動く度に、躰を貫かれてしまっている事を意識させられる。
 知らぬ陶酔だ……と竜一は思った。
 勝つ事で得て来たそれとは本質的に異なるものだ……
 他人に自分を委ね、そうして意思を放棄する……
 一瞬でも気を抜くと二度と戻れない、と竜一の本能が告げていた。
 自分の躰が女のそれである事を強烈に意識し、それを恨めしく思った。
 女の躰であることがただ屈辱だと思った。
「あ……くっ……畜生、は、離れろ」
 男の腰から躰を離そうと手をついて躰を捻るも、再び背中に手を添えられ、肩を押掴まれ、だき抱えられてしまう。
「大丈夫よ。もう痛くはしないわ。兄さんに夢の世界を見せてあげる。
 倖せになれるわ……もう憎む事なんて必要ない……解放されるの。悦びと共に」
 甘い声が囁く。その烙印を押す声にさえ酔いしれ始めている自分が恐ろしかった。
「や、やめろ……兄さんだと、ふざけやがるのもいい加減にしろ……」
 必死に男を押し飛ばそうと躍起になる。
「すごい……暴れられるとこんなにも興奮するものなのね……」
 男の瞳が嬉々として輝き、竜一の胸が鷲掴みされる。荒々しかった。
「やうっ……や……うっ」
 その目を見ると、なぜか自分は弱い生き物として狩られるのだと理解した。
 竜一はそう理解した自分の意識に怯えた。これじゃあ俺はモルモットじゃないかと感じた。
怒りたいのに、憎みたいのに、意思を集中出来なかった。哀れだと思った。
「ねえ、どの位の強さが好みなのかしら……」
 鷲掴みされていた心臓のすぐ上の乳房が解放され、すぐさま円を描くような不規則な動きの感触が与えられる。
 強く、弱く、弱く、強く、弱く、強く……それは繰り返された。
 乱暴なまま扱われなかった事に、なぜか安堵していた。嬉しいと思った。
 その感触が堕ちろと呟いているように思った。楽になれと言われていると感じた。
「は……はぁ……あ……あ……っ」
 ただ吐息をもらす他なかった。
 添えられていた背中の腕が、首筋から背筋を撫で下げ、鍵盤を叩くような妖しい指使いで尻の肉を細やかに刺激する。
「ああ、くうっ……このヘタクソ! 腐れ野郎!」
 言葉とは裏腹にいっそ死んでしまいたいと思っていた。
このまま、無様に狂態をさらす肉の人形にされるのなら、死ねばいいのだと男としての滅びの美学を思った。
 刺激は止まらずに、太腿から膝までを羽毛が当てられたような心地が襲い、5つの何かがつうっと膝頭を厭らしく繰り返し刺激してくる。
 死ねばよいと思った気持ちは、みるまに溶かされてしまった。優しく丁寧に扱われる事が不思議な程嬉しいのだ。
躰が……女の躰が支配を求めているのだと否応なしに知らされた。俺は本当は男なんだと思うと、惨めだった。悔しかった。


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