翌日。
目隠しをされた状態で、裕紀は研究所から車でアパートの自室へと送り届けられた。
目隠しをされたのは、研究所の場所を知られるとどうもまずいためらしい。
ともかく、こうして裕紀は再び帰ってきた。
部屋に入るとき、研究所の人間によってダンボール数箱分の荷物が運びこまれた。
それから、なにやら長さ二メートルくらいの大きな家具らしきもの。
「真希さんを助け出すまでには少し時間がかかるはず。それまで君にとって必要なものだ」
木村はそう言っていた。
「ふう…やっと帰ってこられたぜ」
研究所の人間が帰っていくと、裕紀はへなへなと座りこんだ。
自分の生活の場。ずいぶんと久しぶりな気がする。
部屋の中も以前のままだった。
一人暮らしの男の部屋らしく本やら雑誌、裕紀の服やらが散らかり放題で、台所には洗っていない食器が山になっている。
そのそばには捨てていないごみ袋がいくつも場所を占有していた。
相当長い期間部屋を開けていたせいもあって、少し異臭が漂っていた。
そんな部屋の中にさらに数箱のダンボールと大きな何かの家具まで置かれて、裕紀の部屋はもう足の踏み場もない状態だった。
疲れていることもあって、裕紀はそのままベッドで寝てしまいたくなった。
しかし、どういうわけかこの散らかった部屋の中がどうも落ち着かない。
それに、ダンボールの中身も気になる。
「しょうがねえな…」
裕紀は、しぶしぶ部屋の掃除をすることにした。
散らかっていた本を本棚に戻し、きちんと揃える。
ただ適当に棚に押しこむのではなく、ジャンル別に分類してきれいに整理する。
床に無造作に落ちていた服をきちんとたたみ、収納の中へ。汚れていたものは洗濯機へ。
それが済んだら台所に山と積まれた食器を丁寧に洗う。
まともに料理もできなかった台所があっという間にすっきりしたスペースと化す。
さいごに床に掃除機をかける。相当な量の誇りがたまっていて、思わずくしゃみをしてしまった。
なんだか、あっという間に終わってしまった。
普段だったら、これだけ熱心に掃除するなんて彼女を呼ぶときでもない限りありえないのに。
それに、やたら手際よくやっていたような気がする。面倒だなどとかけらも思わなかった。
裕紀はそれが不思議でしょうがなかった。
ふと、部屋に残ったダンボール箱が目に入った。
そうか、あれもあったんだ。
裕紀は、積まれたダンボール箱の一番上を取り、床に置いてから開けてみた。
「なんだよこれ!」
中に入っていたのは…色とりどりのブラジャーにショーツ…女性用の下着だった。
二つめの箱を開けてみる。
ファンデーションに乳液、口紅、マニキュア、パウダー、メイク落とし…化粧品一式のセットが入っていた。
ご丁寧に化粧のやり方を書いたマニュアル本まで入っている。
三つめの箱を開けると…今度は、ワンピースにスーツ、ドレス…女性用の服がいっぱい詰められていた。
その他の箱も、中身は全て女性の服だった。
裕紀はすっかりげんなりしてしまった。
それでも気を振り絞って二メートルくらいある家具の梱包を開けると…でっかい鏡だった。
全身を余裕で移せるようなでっかい鏡。
その鏡には、憂いの表情を浮かべた綺麗な女性がため息をついているのが映し出されていた。
肩の長さまで伸びたストレートの黒髪が美しく映え、その憂いの表情がなんともいえない魅力を醸し出していた。
「こんなもん俺によこしてどうしろって…」
ダンボールの中に一枚の紙があった。木村から裕紀に当てたものらしい。
『気に入ってもらえたかな? 私からのささやかなプレゼントだ。
なに、お礼なんていいよ。はっはっは。せっかく女性になったんだから、
いつも綺麗でいたいだろう? どうせ君は女性の服なんて持ってないだろうからね。
え? ふざけるなって? まあまあ落ち着いて。
奴と手下たちをおびき寄せるのに君が男の格好なんかしていたら寄り付いてこないかも知れないだろう?
だから、しばらくの間はつらいと思うかもしれないがその服を着て女性として振舞っていてほしい。
真希さんを助け出すまでの辛抱だ。その後はその服や鏡は君の好きにしていい。がんばってくれ。

PS.もしもの時に君の役に立ちそうなものを一緒に入れておいた。常に持ち歩いていてほしい』
これからを思ってすっかり萎えてしまった裕紀だったが、最後の一文に目が止まった。
ダンボール箱の底にある何かに目が止まった。
「こ、これは…!」

  ◇◆◇

結局家でじっとしていても埒があかないので、裕紀は外に出てみることにした。
特にあてはなかったが、とりあえず大学に行ってみる。
長期休暇の時期ということもあって学内に人はまばらだ。
前より身長が低くなった分、視線が低くて見える世界が違うことに裕紀は気づいた。
少し見る角度が違うだけでこんなにも感覚が違うものかと裕紀は驚いた。
「それにしても、歩きにくいよな・・・この靴」
裕紀が履いていたのは白のミュールだった。
こんなバランスが悪くて歩きにくそうな靴で外を歩きたくなかったのだが、
今の自分の服装で(涼しげな白地に水玉模様のワンピースに麦藁帽子)スニーカーというのも変な気がして、
やむなくこれを履いてきた。
「さて、どうしようかな・・・こうして適当にうろついてて何とかなるわけでもないしなあ・・・」
「研究室にでも行ってみるかな・・・でもあそこはなんか危なそうだし」
なにしろ研究室のメンバーはほとんどが今真希の僕と化している。
下手に一人でのこのこ行ったらどうなるかは明らかだ。
その時、手元にあった携帯電話がブルブルと振動した。
ピンク色の携帯を取り出し、待ち受け画面を見ると・・・
大学周辺の地図が表示され、校舎のある一点に矢印が示されていた。
「あそこで・・・本当に?」
裕紀は携帯をたたみ、示された場所に小走りで向かっていった。
研究所から渡された裕紀の携帯電話。それは単なる電話ではなく、彼にとって真希たちの手がかりとなりうるものだった。
人間の精気が失われる反応が感知されると、ネットワークを通じ裕紀の端末まで場所が知らされるというものである。
本当にそんな機能があるのか裕紀は半信半疑だったが、他に手がかりもない裕紀はとりあえずそこへ行ってみることにした。
そこは授業もないこの時期、誰もいないはずの階段状の大教室。
廊下から見る限り、中の様子は見えないが人一人の気配すらしない。
裕紀は、半信半疑ながらも思い切ってドアを開けてみた。
「こ、これは・・・!」
そこで繰り広げられていたのは、女同士が互いの体を貪り、快楽に酔う狂った宴。
その様子を腕を組んでニヤニヤ眺めていたのは・・・一人の女。
ドアを開けられたのが意外だったのか、彼女は裕紀の方を見てぎょっとした表情を見せた。
「そんなバカな・・・真希様の結界が見破られるはずはないのに・・・」
どうやら彼女は、結界を張ったために外部の人間が入ってくることはありえないと踏んでいたらしい。
しかし、彼女は裕紀を見て、ニヤッと笑みを浮かべた。
「あらあら・・・まさか貴女がここに来るなんてね・・・」
真希様? ということは奴の僕?
しかし、目の前の女は裕紀には見覚えがない。
見た目制服を着た女子高生らしき女。だが、その見かけによらない妖艶な表情。
女達の嬌声が響く部屋で、二人は相対した。
「こんなことをして・・・おまえは誰だ!」
「誰だ、ですって? 貴女、本気で言ってるの? 私のこと、忘れたの?」
こいつ、俺のことを知ってるのか?
裕紀は一生懸命思考をめぐらせた。
「私をこんなふうにしてくれたのも貴女だっていうのに・・・」
「俺が・・・おまえを?」
「そう・・・真希様と貴女にこうしていただいたのに・・・」
「おまえは・・・いったい誰なんだ?」
「本当に何もかも忘れてしまったの? 裕美、私がわからないの? 真紀様と貴女の僕、元佑一の佑奈のことが・・・」
「そうか、おまえが・・・」
裕紀は、目の前のかつて男だった少女・・・佑奈の目をじっと見据えた。


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