「なんだお前ら! もう降参か! 諦めた者は前へ出て敗北の鐘を鳴らしていいぞ!」

 誰が見ても堅気に見えない大男の教官は黒ずんだ竹刀を肩に掛けて怒鳴っている。
 その前には大きなハンモックの包みを抱えた少年達が玉の汗を浮かべて肩で息をしていた。全身から汗を噴出し、ヒューヒューと喉が鳴り胃液を吐き出してい る者も居る。

「全国選抜の特待生だと聞いていたが……ただのゴミ屑どもだったか!」
「苦しいだろ? つらいだろ? ここへ来て敗北者の鐘を鳴らせ!」
「そしてこう言うんだ! 私は間抜けな敗北者です! 脱落します許してください!」

 ニヤニヤと笑う男の胸には教官を示すネームプレートが付いている。その男は倒れこんだ少年を蹴り上げながらより一層大きな声で怒鳴った。

「全員! 寝所設営! かかれ! ぼやぼやするな!」 

 およそ80人程の少年達は死力を振り絞るようにハンモックを抱えて教室へと走っていった。足がもつれて転んだ者も起き上がって走る。
蹲っている少年がグシャリと崩れるように倒れこんで気絶した。

 ここでは寝る事ですら競争を要求されるのだ。過酷な環境がいかに人を鍛えるのか?
 その問いに答えを出す為、少年達は今日も過酷な競争を強いられている。

 ……約2週間程前、少年達は大きなバス20台に分乗してやって来た。
 全国の男子校や共学校、TS法管理下にあるTSチルドレン学校などから特別に選抜された彼らは、香織らと同じく特定の目的を持ってここに集められてい る。

 人口減少が続く日本で才能と身体能力に優れた子供達を作り出すこと。

 すぐ近くの大きな国が人口抑制を狙って一人っ子政策を推し進めた結果、100年ほどの間で人口は狙い通りの数字には収まったものの、
人間性に問題のある大人ばかりの社会となってしまい、非常に問題となった。

 それを受けて政府が考えた次の世代の創造計画はまさに悪魔の法なのかもしれない。

 より速い馬を誕生させるべく計画的に掛け合わせを行ってきたサラブレットのように、身体能力と才能に溢れていると思われる人間同士を掛け合わせ子孫を作 るシステム。
学校の名を借りた人間栽培工場。それがこの学校の実態だった。

 大きな教室に10人ずつ分かれた少年達は、壁のハンモック掛けを使って人数分の吊床を展開しその横に立っている。
教官は教室を一つずつ見ながら、少しでも吊り下げ方が悪かったり整列が出来ていなければ、容赦なく竹刀で張り倒してやり直しを命じていた。

「いいか貴様ら!」
「お前らはここで特別扱いを受けてチヤホヤしてくれると思っただろ!」
「それどころか良い女を選り取りでやりまくれると思ったろ!」
「適当にやっていても何とかなるとおもっていただろ!」

 教官はビクビクしている少年達の顔を睨みながら続ける。

「なぜライオンは強いかわかるか?」
「なぜライオンはサバンナの王者であるかわかるか?」
「それはな、ライオンは生まれつき強いからだ」

 教官はニヤリとして続ける。

「ライオンはな、弱いオスは子孫を残せないんだ!」
「お前らのようなボンクラにも理解出来るように教えてやる!」
「間抜けで無能で弱いオスは強いオスに食い殺されて糞になって終わりだからだ!」
「弱者は強者に食われて糞になって蝿にたかられるんだ」
「弱者は何も残せない! 強者のみが生きていけるのだ!」

 開け広げられた廊下を歩きながら教官は怒鳴り続ける。

「お前らの様な穀潰しを240人も集めたが、ここで子孫を残せるのは約100人だ!」
「半分以上は脱落する。良く覚えておけ、ダメ人間は子孫を残せない」
「優れたものだけがここでは生きて行く権利を持っている!」
「脱落が嫌なら努力しろ。他人より努力しろ!」
「誰かを出し抜いて生き残った者だけが勝者と呼ばれるのだ! 覚えておけ!」

 教官はいつの間にか廊下の終点に立っていた。

「4号棟、消灯! 就寝!」

 少年達の吊床が下がる教室の明かりが一斉に消えた。たっぷりと汗をかいた少年達はそのままハンモックの中へ倒れこんでしまう。
あまりのつらさに泣きだす者、静かにハンモックから下りて涼む者、そのまま眠ってしまう者もいた。

  ◇◆◇

 同じ頃、香織たちは高層タワー2号の10階、大食堂で食事をしながら授業をしていた。品の良いおばさま3人は、それぞれが英語ラテン語ドイツ語の講師 だった。
 今日の食事責任者はドイツ語だ。すべてドイツ語で語りかけられる。

 優れた人間は優れた業績を遺します。
 優れた人間は優れた子孫を残します。
 真実は何時も一つです。
 あなた達は優れた人間です。
 優れた人間の義務を果たしなさい。

 沙織はフォークの代わりにペンを持って、メモをしながらソーセージをかじっている。真美は講師のドイツ語を復唱しながら発音の練習をしていた。
香織は……既にほぼドイツ語をマスターしてしまい、食堂の設営などでドイツ語講師にあれこれやらされる不利なポジションに収まっていた。
もちろんドイツ語での指示なのだが……

「香織……weilってなんだっけ?」
「becauseに近いでしょ。なぜなら〜って感じの単語」
「それで良いんだっけ?」
「……たぶん、そんなような使い方だよね。後ろに言葉が……」

 そう言って香織はテーブルの上においてある辞書に手を伸ばした。講師はその手を上からぺチンと叩いて笑いながら言う。

「意味が分からないときは前後の文脈から判断しなさい。何事もセンスです」

 高層タワー組の6人は連日様々な授業に取り組んでいた。後から来る筈だった4人はなぜか姿を現さなかった。、しかしそれを考える余裕は香織たちに与えら れなかった。
 子供を孕み出産する間は勉強時間も減っていくのでやむを得ない措置かもしれない。
 しかし、絶妙に面白いメソッドと飽きさせないカリキュラムは、理解力や分析力に優れた香織たちにとって実力を伸ばす良いシステムでもある。

「はい、今日はここまで。明日はラテン語なので頭を切り替えてね」

 そういって講師のおば様は出て行った。香織たちは分担して食器を洗い片付けた後、14階のサロンへおしゃべりをしにいった。
 女同士って言うのは何でこんなにしゃべれるんだろう?
 そんな事を思いながらも話題は男達の話になる。

「昼間外を走っていたでしょ。見た?」
「うん! 見た見た! すごい数で居たよね。200人くらいかな?」
「どやろ? もっとぎょうさんおったんやないか?」
「私達は6人でしょ?他に女の子はいるのかな?」
「あっちの低い居住棟に結構居るらしいけど……」
「見たの?」
「私は見てないけど恵美が見たって」
「うん、いたよ。すごい数で……でも100人位じゃないかな」
「根拠は?」
「4列横隊で30段とちょっとだった様に見えたから」
「瞬間でカウントしたん? さっすがやな!」
「いや、5段ずつ6グループだったから、それくらいかなって感じ」

 たわいも無い会話のラリーがしばらく続きひと段落した頃、突然ドアが開いて宮里が入ってきた。一同を見回し口を開く。

「再来週頃を目処に全体授業に切り替わります」

 えぇ〜っと驚く一同。さらに言葉は続く。

「まずはアパート組の女子生徒のみだけど、その後で男子生徒も入ってきます」

 タワー住人達の目がキラキラと輝きだす。
 しかし、それと同時に注意を幾つか受けた。

 まず、他の女子生徒は下のアパートで施設の部屋より多少広いワンルームの部屋に一人で居る事。
男子生徒はプライバシーの無いハンモック生活なので、仲良くなると部屋に来るようになる事。
部屋に招きいれる行為は、あなた達も含めて女子生徒の任意であり認可である事。つまり、女子生徒の選択が男子生徒の住環境を大きく改善する事になる事。
 そして部屋に招きいれた男子生徒はペアリング対象として記録される事などであった。

「3ヶ月の間に妊娠が無ければペアリングは強制解消となる……だからあなた達、頑張りなさいね。男の子達はそれまでに少々じゃ諦めないよう徹底的にしごか れるから」

 消灯時間になって自室へと戻った香織は無駄に広いベットルームでふと思った。

 ここに来る人は、どんな人だろう……下のアパートはワンルームか……私達は特別な人間だもの……

 負けられないわね。

 タワーの住人はみな同じ事を考えていた。タワー住人同士の横の繋がりは強力だが、それぞれにライバルである事もまた良く理解していた。

 そしてそれから2週間後の朝、香織は2回目の生理を終えていた。再度の受胎検査を受け、問題ない事が分かると準備良しの頃合となった。
 その日から3号棟の講義室には、薄紫色のセーラー服を着るアパート住まいの女子生徒に群青色のタワー組が混じり始めた。
1号棟から3号棟までの学習棟内に女子生徒は約120人。そこにたった6人の特別待遇を受けるタワー組が混じる。
嫌でも周囲から好奇の目で見られるタワーの6人は、それぞれが破格の能力を持った人間だと徐々に証明されていった。

 タワーとアパートの垣根を越えて交流を作り出すのは、いつも沙織や光子たちの様に明るく朗らかで誰とでも元気に話をする少女達だ。
逆にアパート組からとっつき難いと評判になったのは香織と恵美だった。
 アパート組の住人達にすれば最初に何て言葉を掛ければ良いのか分からず、香織と恵美は沙織達タワー組から話を振られて応える程度だ。
アパート組の女子達からはミステリアスな存在だと思われつつあったが、香織はそれを理解していながらとり合う事はなかった。
何故かは分からないが不思議な自信が香織には有った。
 ペンダントの存在も大きいのかもしれない。
 しかし、それ以上に言える事はアパート組と講義を聞いていると、なんでこんな簡単な事が分からないのか香織には不思議でならなかった。

「ちょっと頭の運動をしましょう」

 講師はホワイトボードにバケツの絵を描いて話を始めた。

「ここに3リットルと5リットルのバケツがあります。これで4リットル作りなさい」

 香織は見た瞬間に計算する。

 あぁ、2回水をこぼすのね

 しかし、周りのアパート組は考え込む。
 沙織はアホくさと言う顔でノートに何か書いている。光子は「やっぱ水を4リットルも飲んでまうと苦しいやろなぁ」とか言いつつのぞみと掛け合い漫才に興 じている。

 近くのアパート組が声をかける。

「香織さん、わかりますか?」

 香織は不思議そうな顔をしながら一気に話を始める。

 5リットルから3リットル引いたら2リットルでしょ。
 それを3リットルのバケツに入れてから5リットルに水を汲んで、3リットルのバケツが一杯になるまで水を移せば残りは4リットルじゃん……簡単でしょ?

 なんでこんな簡単な事が……それこそ理解できない香織の頭にはアパート組の存在がほぼ消え去っていた。
 相手にするだけ時間の無駄。それより、いい男捜さなきゃ……

 香織がそんな事を思い始めて1週間後の夜、海岸で例の教官が再び怒鳴り声を上げていた。
既に少年達の数は50人程度になっている。1ヶ月持たずに約30人が脱落した。

「お前らだいぶ良い顔になってきたな! ギラギラした男の顔だ!」
「いよいよ明日から共同授業だが、その前にもう一度言っておく! 全員良く聞け!」

 教官は竹刀でそれぞれの頭をタンタンと軽く叩きつつ歩きながら怒鳴る。

「相手が認めない限り事に及ぶな! SEXするな! 押し倒すな! 顔も見るな!」
「決まりを守れない馬鹿なオスは大事な金玉を握りつぶされてサメの餌だ!」
「わかったな! ここではすべてが24時間監視されているのを忘れるなよ!」
「禁則を破った者は脱落者以下の扱いだ! 復活はない!」

 少年達の顔が途端に青ざめる。今までに脱落した少年達がどこへ行ったのかを知っているものは非常に少ない。
ただ、ごく僅かに脱落組から奮起して復帰した少年達は同じ事を口にしていた。

 小部屋の中で教官から赤と青の薬を選ぶよう指示されて……死か性転換を選ばされた、と。

「明朝より隣の3号棟で講義を受け始める」
「それぞれに目標があるだろうから、まずはそれに努力しろ」
「そして、他の者より早く交配相手を見つけるんだ」
「5号棟6号棟の連中に負けるなよ! 敗者は糞程の価値もないゴミ以下だ!」

 そして教官は最後にこう付け加えた。

「お前達が全国から選りすぐりで集められた事は良く分かった」
「しかしお前らの隣に居る者もまた選ばれた者だ」
「全員がいい方向に進めるよう祈っているぞ」
「我が4号棟のゴミ屑どもが全員生き残れる事を俺は祈っている!」

「寝所設営! かかれ!」

 少年達が大声を上げて教室へ駆けて行った。転んだり蹲ったりする者は居なくなった。
 全国から集められた知力と体力に優れた子供達から、さらに選りすぐった約150人は人生の伴侶となりえるまだ見ぬ女を思って眠りに付いた。

 明朝、香織はいつもどおり6時過ぎに起床し、シャワーを浴びて身だしなみを整え、10階へと向かった。タワー組6人が並んでトーストとベーコンエッグの 食事をとる。
飲み物はカップたっぷりのコーヒーだった。6人はその意味が嫌というほど分かっているので、5杯も6杯も胃に収めてタワーを降りていった。
タワーの玄関で宮里がみんなにキャンディーを配る。コーヒーフレーバーのキャンディーをいくつも受け取って、香織は3号棟へ歩いていった。

 薄紫のセーラー服姿がいくつも見える。その隣には漆黒の学ランを着込んだ男子学生が、アチコチで女子生徒をナンパしていた。
朝からプールで1000mほど泳がされ、ジャブジャブとシャワーを浴びせられた男子学生だが、若い男の旺盛な新陳代謝は日中の屋外であれば
嫌でも汗をかいてしまう。
その臭いに吸い寄せられて、薄紫のセーラー服達は笑顔を浮かべている。

「沙織……アパート組はコーヒー飲んできたのかな?」
「多分飲んだでしょ。っていうか飲んでないとああやって平然と……」
「してられる訳無いわなぁ。とっくにアカン事になってるわ」

 光子が横から口を挟んできた、のぞみも相槌を打つ。

「なんか嫌ね。ああいうの……欲望の塊みたい」
「しゃーないやろ。あの男ども、ハンモックで寝てるんやて」
「ホンマに!」

 沙織は無意識に関西弁で応えてしまった。タワー組5人がいっせいに沙織を茶化す。舌をペロッと出した沙織は言う。

「関西弁に汚染されちゃった!」

 すかさず光子が反撃する。

「汚染いうのは失礼や! せめて染まったとか言うたらええやん!」

 香織はそれに突っ込む。

「染まるって汚れに染まるの?」

「もぉ! なにゆーてんねん!」

 キャハハと笑う鈴の音が6つ。学ランとセーラー服のコロニーを押し分けて特別な6人が歩いていく。

 ふと香織は海のほうを見た。下のほうに青芝のピッチが見える。
 早速女子生徒を口説く男達がいる一方で、モクモクとリフティングにいそしむ少年がそこに居た。ピッチにコーンを並べリフティングしながらコーンを交わし ていた。
 香織は立ち止まってそれを眺めた。

 あの彼、上手いなぁ……

「香織! どうしたの?」

 恵美が呼びかけて香織は再び歩き出す。目的意識と明確な目標を持ってここに来た男子生徒も、ここには居るのだろうと香織は思った。
やがてこの少年が香織と終生を共にする伴侶になるとは……香織ですら夢にも思っていなかった。


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