遠い山並みの向こうへ太陽が沈もうとしている時間帯。食堂は既に閑散となりつつあった。
 今宵のメニューだった、胡椒がしっかり効いているペペロンチーノと生ハムの皿からは湯気が失われていた。
カボチャと生クリームのスープはすっかり冷めてしまい、氷が浮いていた筈のマンゴージュースからは氷のブロックが消えている。

 食堂の入り口近くで沙織は香織を待っていた。
二人分のトレーを並べて先に帰るほかの部屋の女の子を見送って、水が入っていた空っぽのコップを眺めながら、その淵を指で撫でたり小突いてみたり……

 掃除が終わって気が付くと香織は居なかった。雅美姉さまが本当に連れて行ってしまったんだろうか?
 私の大切なルームパートナーの香織を雅美姉さまが……私のパートナーの、私の大切な……

 ドス黒い情念にも似た物が沙織の心の内側に溜まり始めていた。

 私の大切な存在を奪う人は誰だって許さない。たとえ雅美姉さまだって……

 思いつめたような表情になった沙織はふと入り口に眼をやる。そこには眼を真っ赤にした香織がそこに立っていた。沙織の心は散々に乱れた。

「香織! どうしたの!! 眼が、真っ赤だよ」

 そういって無意識に立ち上がった沙織は走って言って香織を抱きしめた。香織はどうしようか一瞬迷った。
正直に雅美のところへ行ったと言うべきか、それとも、昼間の講義でボーっとしていたので呼び出されて叱られたと言うべきか。
いっそ転んで頭でも打ったと言うのが良いか……

「香織……怪我でもしたの?」

 沙織は心配そうな顔で見ている・香織は明らかに動揺の表情を浮かべてシドロモドロしている。沙織は一瞬で見抜いてしまった。
雅美姉さまの所に行ったのが分かった。体中から汗ではなくコーヒーの匂いがしているのにも沙織は気が付いた。

「……雅美姉さまに相談だったの?」
 香織は何か観念したように頷いた。

「いいよ!先に食べようよ! 冷めちゃったけど香織と食べるとおいしいもの!!」

 沙織は明らかに気丈に振舞っている。きっと傷つけちゃった……
 香織はそう思った。しかし、それを聞くのも何か気が引けたので黙って席に座った。

「ごめんね、遅くなって……どうしても相談に乗って欲しい事があって、それで……」

 泣き出しそうな表情で香織はしゃべり始めた。沙織は冷えたスパゲティをフォークでまきながら切り返す。

「誰だって心配事の一つや二つあるわよ! 私だって香織が突然居なくなったらどうしようって思うもの」

 そう言うと沙織は口一杯にスパゲティを頬張ってモグモグしている。
 その仕草がさっき掃除中に見た、女らしい仕草の沙織とあまりにかけ離れていて。香織は泣きながら笑ってしまった。

「香織、早くしないとお風呂が大変な事になっちゃうよ! 早く早く!」

 そういって沙織は食べるピッチを上げた。香織の表情から一気に笑みが消えた。

「そうだ! お風呂!!」

 なにか競争でもしているかのように二人は一心不乱に食べていた。キッチンの中のおばちゃんが笑いながらそれを見ていた。
勿論このおば様達も……過酷な運命を受け入れ義務を果たし、自由となった初期のTS被験者だ。

「「ごちそうさまー! 遅くなってすいませんでしたぁー!」」

 二人はハモッて声を上げて食堂を出て行った。最後のお客になっていた二人が食堂から出て行ってガランとした食堂の明かりが消えた。

 階段を駆け抜けお風呂に到達した時、既に沙織の顔からヤバイ!ヤバイ!の危険信号が出ている。いつもより瞬きが多くなった。
それはそうだ。汗の中の成分に嫌でも反応してしまう彼女達にとって、多数のTSレディが浸かった後のお湯は危険な媚薬そのものだ。

 更衣室で服を脱ぎながら既に沙織の顔は上気し始めていた。香織はさっき飲んだコーヒーの成分が効いているのでまだ多少影響が少ない。
二人が大浴場に入った時、既に浴室内は精神の安定を保てなくなったTSレディ達の乱交パーティー会場になっていた。

 うわぁ……香織は一瞬意識が遠くなりかけた。催淫物質を多量に含んだお湯から湯気が上がっている。その濃度たるや凄いものだ。隣の沙織は既に甘い吐息に なりかけている。
 香織は思わず沙織を抱きしめた。

 沙織…ここじゃダメだよ……無意識に出た言葉が沙織の頭の中で響く。
 ……香織は…香織は…香織は……私を拒絶したの?

 抱きしめた香織の手を握ってその指を口に運ぶ沙織。滑らかな舌使いが香織の心をくすぐる。しかし、香織の指には僅かに雅美の入れたコーヒーの味が残って いた。
 一瞬、鼻腔に広がるコーヒーの香り、沙織はそれだけで理性の糸を何とか繋ぎ止めた。

「香織……シャワーだけ浴びて部屋に行こうよ」

 そういってフラフラ歩く二人。隣並んでシャワーブロックに入りシャワーを浴びると、沙織は体の中が熱くなって行くのに耐え切れなくなりつつあった。
しかし隣のブロックで香織が使ったボディシャンプーの香り……アロエと抹茶の成分が入ったその匂いには微量ながらカフェインが含まれている。
乱交パーティーに参加したくないTSレディ達の最後の切り札で、沙織はギリギリを保っている。

 どこを見回してもコーヒーの無い環境で、雅美の部屋にだけコーヒーがあった事を香織はまだ気が付かなかった。

 風呂場から脱出して更衣室に戻ると沙織の乳首がピンと立っていた。ややフラフラしながら表情は夢見るようだ。
 ブラ無しでTシャツを着ると摺れて痛いから嫌だなぁ。でも、風呂上りでブラ付きは蒸れて嫌だなぁ……
 沙織の頭の中はグルグルと回っていた。
 多少マシな状態の香織は沙織を抱き寄せて体にバスタオルを巻き、その上からジャージの上を着せた。トローンとした表情で沙織はされるがままだ。

「沙織、部屋に行こ!」

 そう言って香織は歩き出す。バスタオルのワサワサとする肌触りだけで沙織は行きそうだった。途中何度も立ち止まって肩で息をしている。
すれ違うTSレディ達がご愁傷様とでも言いたげな顔で見ている。
 一日の終わりの風呂が一番のトラップだなんて、なんて洒落た罠なんだろう。そう思いながら香織は沙織の肩を抱いて部屋に戻った。

 ベットサイドで沙織はフラフラしながら服を脱ぎ始めた。トローンとした表情で香織を誘っている。潤んだ瞳で見つめられると香織はドキドキが止まらなく なった。
 しかし、雅美の入れたコーヒーの成分がまだまだ香織の心をつなぎとめている。多少の波風は立つものの理性が引き止めている。
越えるに越えられない理性の一線が香織はもどかしかった。
 既に生まれたままの姿になった沙織は香織に抱きついている。戸惑う香織の服を脱がし始めると右の乳房にキスをした。
「沙織……沙織……大丈夫?」
 香織はシラフに近い状態だった。沙織はそれが段々許せなくなってきている。
 どうしたんだろう? 私の好きな香織は私が嫌いになったの?
 モヤモヤとした思考だが、こういう時の思い込みは非常に危険な結末をもたらす事がある。TSレディの発作的な自殺などはこんなシチュエーションが多いそ うだ。
 香織はどうしたらいいのか分からないまま沙織を抱きしめてベットに入った。沙織は何かをブツブツとつぶやいている。
香織の心がやっとピンク色に染まってきた頃、沙織の心のモヤが晴れ始めていた。
 今宵も狭いベットの上で二人の少女の戯れが始まった。しかし、その中身はきわめて事務的な気配の漂うものだった……

 沙織の脳裏に染み付いた真っ黒な影。
 香織は……私が嫌いになったの?

 共に力尽きて抱き合ったまま眠りに落ちた二人の心は、微妙なボタンの掛け違いを始めていた。


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