「本日付で、この3−A及び3−BはTS法の定めるところにより、国の管理下に置かれます」

朝のHRが始まった直後、担任に続いて入ってきたびしっとしたスーツ姿の男は教壇に立ち、はっきりとそう宣言した。
まだ30にも届いてもなさそうな年齢と温和そうな顔立ちと、その台詞は、ひどくちぐはぐだった。
「現在、我が国は超がつくほどの少子化傾向にあり、人口が減少に転じて久しいのはご存知の通りです。
それにより定められたTS法により、この学校この学年にシステムの適用が国により認められました。
各15人のクラスですので、一人ずつ性転換していただきます」
 いつからか日本は人口の減少に歯止めがかからなくなっていた。出生率は落ち込み、20年ほど前に国が立てた予測よりも遥かに速いスピードで人口は減って いた。
そこそこのレベルにあるはずのこの学校(男子校)だって空き教室がいくつもある状況で、
しかし雇用の問題もあってクラス数を無理やり増やすことで対応している有様だ。
対象に選ばれた学校で生徒を選び性転換させ、生徒同士で子供を作らせて少子化から脱却するシステム──それがTS法。
倫理などという言葉を口にできないほど切羽詰った末の苦肉の法律。
教壇の上に、場に不釣合いな黒い箱が置かれる。
「窓側の列からクジを引いて、引いたらまた席に戻ってくれ」
担任の言葉に従って、ぞろぞろと列を作る。
 誰もが「まさか自分が当たらないだろう」と思っているはずだ。確率は15分の1もある。
 俺だってそう思っていた。
 ──当たりを引いてしまうまでは。
「では、当たった人は前にでてきて下さい」
 言われるまま、席を立つ。視線が集中する。
 教壇の前に立たされる。そこから見渡したクラスメイトは、皆一様に安堵の表情を浮かべ、憐れみの混じった視線が見て取れた。
もし俺が逆の立場だったらまったく同じことをしただろう。
 スーツ姿の男が何か説明しているのも、俺の耳には届かなかった。
ただ、目の前の光景を見て、俺が女になって戻ってきたら今度はどんな顔をするだろうか、と考えていた。

 校門の前には高そうな黒塗りの車が止まっていた。
 俺の隣には例のスーツの男と、隣のクラスで当たりクジに恵まれてしまった松田。
松田は不安げにあたりをキョロキョロしきりに見回し、顔色はどんどん青くさせていた。
 車に乗り込むときもしり込みをし、助手席にいたごつい別のスーツの男に強制的に押し込まれた。

 2時間ほどかけて移動し、その間、松田は震えてばかりいた。どこに連れて行かれるかわからない不安からだろう。
かくいう俺も不安を感じていたが、着いた先が国立ではあるが普通の総合病院だったので、少しだけほっとした。
車は裏手に回りこみ、入り口の前でピタリと止まる。
 病院の中もいたって普通だった。入ってすぐのところにあるエレベーターに乗るよう指示される。
3人が乗ったことを確認すると、行き先の階を押さないまま扉を閉める。
そしてポケットからカードを取り出し、いくつか操作した。
ガタンとエレベータが動き出す。下に向かっていた。表示にはB1Fとしかないのに、明らかにそれ以上の深さに潜っている。
また松田が震えていた。どこに連れて行かれるかわからない不安が再燃したようだ。
扉が開いても動けず、また他人の手を借りて行かなければならなかった。
 通された部屋は診察室で、いろいろと検査をされた。身長、体重といった基本なことから視力、聴力、レントゲン、血液検査にいたるまで。
「君たち二人は健康状態に問題がないことが立証された。よって、TS法にのっとり性転換を執行する」
 ついにこのときがやってきた。一体どうやって性転換するというんだろう。外見的なものならともかく、子供を産めるようになんてのは……。
「この薬を飲んで下さい。飲むとすぐ眠くなると思いますが、問題ありません。そして次に目が覚めたときには、すべての“処置”が終わっているはずです」
 俺と松田に透明なピルケースと水の入ったコップが手渡される。
ケースを開けると、青色のカプセルが3錠入っていた。どんな手段で性転換すると思ったら、案外あっけない。しかし、カプセルを取り出したところで、動けな くなった。
しかし、飲まないわけにはいかない。国の意向には逆らえない。
人口減少につれて進んだ国会のカオスによって、TS法とほぼ同時期に提出された治安維持法は可決、国民の監視役となる治安維持警察が新たに設置された。
だからどこに逃げようとも必ず捕まる。
 意を決して、3錠を一気に水で飲み込む。隣にいた松田も俺の行動を見て覚悟を決めたようだった。
「ご苦労様です。では、ごゆっくりお休み下さい」
 まだ正午になったばかりだ。眠くなんかならないと思っていたが、すぐにまぶたが重くなった。

 こうして、俺の男としての人生はたった17年で終わった。

  ◇◆◇

 目を覚ますと、そこは見覚えのない場所だった。部屋は白一色で統一され、病室みたいだ。
 ──病室?
 こんなところにいる理由を考えて、すべてを思い出した。
「そうか俺、あの法律で……」
 スーツの男は目が覚めたらすべての処置は終わっていると言った。
 ベッドから起き上がり、まず目に飛び込んできたのは胸だった。もちのように膨れ、付け根あたりに重力に引っ張られる感覚があった。
下も触ってみたが、案の定ペニスを発見することはできなかった。
あたりを見回すと、ベッドの脇にあるテーブルの上に手鏡を発見した。おそらく、これで確認しろということだろう。
「…………」
そんなに大きくない鏡に映った俺は、俺じゃなかった。傍目からでも美がつくほどのかわいい少女になっている。
目が大きいのが特徴だ。肩で揃えられた髪がよく似合っていた。
「これが、俺……」
 声まで高いものに変わっていた。
これから俺はこの姿で、生きていくことになる。
最初に選ばれたときから諦めて「仕方ない」と思っていたが、そう簡単に割り切れるものじゃないと痛感する。
これからいよいよ子供を産まなければならない。子供を作るには、セックスをしなければならない。
男として生きてきた俺が男とできるだろうか?
 ふと、手鏡のあった机の上に紙が置いてあるのが目に付いた。
「なんだこれ?」
 それは履歴書のようだった。
──身長160cm、体重48kg、B85(C)、W59、H86。
とあるが誰の……まさか。
「それは君のプロフィールですよ」
 音もなく開いた扉の向こうにいたのは、昨日のスーツの男だった。
「それがこれからの君の人生の基盤です。じっくり読んで自分を把握してください」
 見れば苗字はそのままだったが、名前が女のそれに変わっていた。それくらいは予想していた。この顔に似つかわしい名前だ。
その他、家族構成も同じ。選ばれたからには親だって何も言えない。それどころか多額の支援金が支払われているはずだ。
「それはそうと、そろそろ学校の時間なので、着替えてください。着替えはここに一式揃ってます。
着方がわからなければナースコールで看護師を呼べば手伝ってくれます。──それでは、また後ほど」
 出て行ったことを確認して、着替える。これから必須になる下着類のつけかたは呼んだ看護師に懇切丁寧に教えてもらった。
5回くらい繰り返して、たどたどしいながらも独りでできるようになった。ちなみに制服はどこかの高校の女子用だった。

 来たときと同じように裏口には同じ車が止まっていた。
待つこと数分、松田がやっと来た。松田もまた面影もないくらいにかわいく変身していて、恐ろしいほど制服が似合っていた。
顔色が真っ青だったことを除けば。

 24時間ぶりの教室とクラスメイト。
 教壇の前に立ち、クラスメイトを見回す。誰もが驚いていたが、そのうしろに男の欲望が見え隠れしていた。
こんなかわいい子とセックスできる、それだけでTS法に感謝してもいいと思っていることだろう。
クラスメイトにとってはそれだけでも、俺たちにはもう一段階上がある──妊娠しなければならない。
 ここに来る少し前、校門の前での会話を思い出す。

「これは絶対になくしてはいけないものです。また、使い切ったら速やかに連絡して下さい」
 渡されたのは銀色のピルケース。中には赤いカプセルがぎっしり詰まっていた。
「それは排卵誘発剤です。飲むと排卵が起こり、受精及び着床の準備が整います。つまり、毎日生理が来るのと同じ状態になるわけです。
飲むタイミングですが、性行為の10分ほど前を目安にして下さい。当然ですが、これを飲まないでする性行為には何の意味もありません。
 それから──その薬は強力な催淫剤にもなっています。初めてでも痛みどころか通常の何倍もの快感を得られます」

スカートのポケットの中にある固い感触を確かめるように、ぎゅっと握り締める。
子供を産むためだけの器になってしまった自分。これからどうなってしまうのだろう。
「絶対に守らなければならない事項があります」
 俺が考え事をしている間に、スーツの男は朗々と読み上げる。何度も繰り返しているのか、よどみなく。

 一、生徒は母体提供者の同意なく性行為をしてはならない。
 一、生徒は母体提供者の要望があれば可能である限りそれに応えなければならない。
 一、母体提供者はいかなる要望をも通すことができるが、子を為すことを第一義としなければならない。


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