六道の辻で会いましょう
体が軽い。
左腕は落とされていたはずだが、くっついているから、なるほど、死んだのだ。死んでみれば、呆気ないものだった。
ひとり歩く道は、先がよく見えぬ。ただ、一面に、赤い花が咲いている。彼岸をめがけて咲くこの花を、天上の華だと教えてくれた人がいた。ともに死んでも悔いはない、そう思えた人だった。
その人は、辻で待て、と言い残した。
先に死んだはずだから、追い抜かれなければ、先につけると思っていた。が、思えば時間など意味をなさぬ気もする。
存外せっかちな人だから、待たせてしまえば、自らの言も忘れて先にゆきかねない。さて、急ぐべきか――そう思いはじめたころ、チラリと白いものが目に入った。
息を吸ったときには、もう、駆けていた。体が軽い。脚も軽い。まるで箸にも棒にもかからぬ若武者にもどったようだ。
白装束を纏った彼は、待ちくたびれたのか、花の乱れる辻に座り込んで、大きな船をこいでいる。ぐらぐら揺れて、危なっかしいことこのうえない。何度目かの大きな揺れで、とうとう倒れ込む体を、腕を伸ばして受け止めた。滑り込むような格好になって、どうにも様にならぬ。
ぱちり、音がしそうな勢いで開いた黄金の瞳は、何度か忙しなく閉じては開いた。目があった。焦点が結ばれたのだ、そう、気づいた。
「孫九郎殿」
目尻が緩み、笑んだのだとわかる。
「……紀之介殿。目が」
すこし迷い、迷った末、孫九郎も、遠い昔に置いてきた名を呼んだ。甘やかな響きが面映ゆい。
「うん、見える」
ふふ、と笑った。
「まちくたびれた」
「申し訳ない」
背を支えて立たせ、裾をなおしてやる。まるで花嫁御寮のような真っ白の着物は、生前のとおり、よく似合っていた。
(見立てて着せた石田殿にはすまぬが。今ではありがたい)
心の中で手を合わせ、孫九郎は紀之介の膝を抱え、抱き上げた。肩に乗せてやると、また笑う。
「わたしは、童ではないのだけど」
「そうですな。俺の花嫁御寮です」
「そうか」
「そうです」
クスクス笑う紀之介を見上げ、孫九郎は問いかける。
「どこへ往きますか?」
「どこでも」
「修羅道でも?」
「地獄でも。こんどは、百万の鬼どもを指揮してみたいものだ」
想像して、吹き出した。さまになりすぎているし、きっとそんな芸当も、彼ならできてしまうに違いない。
天上華を踏み分けて、孫九郎は歩いた。彼が指をさした道である。どこへでも、ともに往こう。
六道の先までも。