イスラエルの女王(1)



 目覚めたときには、既に王妃達は立ち去っていた。
 俺は衣服を着せられ寝かされており、難しい表情で腕組みした巫長が、寝台の端に座り俺に背を向け考え込んでいた。彼も、着衣済みだ。
 俺は巫長の横顔の険しさに、様々なことを思い出す。俺は王妃の挑発に乗り、巫長を犯そうとした。巫長は俺が彼の後花を舐めたとき気付き、怒りともとれる眼差しで凝視した。彼の機転で王妃の機嫌を損ねずにすんだが、すべてが済んだあと、苦さが戻ってきたのかもしれない――。
「――あ、あの……、巫長……」
 緊張した俺の声にはっとし、巫長は俺を見た。
「どうだ。身体は大丈夫か?」
 身体? と合点がいかず、俺は半身を起こす。
「アゥッ――!」
 鋭く激しい痛みが、後腔から走る。無理をするな、と呟いた巫長が、俺を寝台に寝かせる。
「かなりひどい痛みのはずだ。
 非常時ゆえ手加減できず、おまえの内壁を傷つけてしまった。
 既に手当てをしてあるが、深い傷になっている。血もかなり出た」
 巫長は机のうえに乗せられたシーツを指差す。確かに大量の精液に、少なくない鮮血が交ざっている。
 俺はいたたまれず、顔を伏せる。
「……いいんです。俺がしようとしたことに比べたら……」
 そう言いながらも、薄紅に上気した巫長の肌が、内分泌液を僅かに滲ませて、指の刺激を待っていた巫長の後花が、物欲しげに脳裏を過る。どぎまぎして、俺は空想を打ち消す。
 と、巫長は俺の顎に指を掛け上向きにさせると、じっと狼狽する俺の表情を見つめた。
「……あ、あの?」
 目を白黒させる俺に、巫長は吹き出す。くっくっと笑い声を発て、混乱する俺のまえで、彼は腹を抱えて笑う。
「――そんなに触りたいのなら、触らせてやろうか?」
 からかわれている――! 目を剥き、俺は上半身を起こす。が、痛みに寝台の端を掴む。いたたた……と呻く俺の様に、また巫長は楽しそうに笑った。
「あ、悪趣味ですよ!
 お、俺、あなたが気が付いて睨んだとき、本気で嫌われたと思ったんだから!」
 にやにやと笑い、巫長はなおも俺をいたぶる。
「あれはただ、驚いただけなのだが。おまえならば、頼まれたらいくらでも後花を貸してやったぞ」
 どうにも、巫長のほうが上手である。箔付きや人間が上なのだ。少しのことでは、動じないのかもしれない。悔しいが、適わない。俺はむっつり黙り込んだ。
 やっと笑いがおさまり、巫長は細く息を吐くと、真顔になった。
「――王妃が、おまえの乱れる姿をまた見たい、と言っていた」
 巫長の苦さを孕んだ言葉に、俺はきょとんとする。
「王妃は特殊な性癖の持ち主だ。自身の気に入りの誰かが他人に抱かれるのを見て、快楽を感じる。
 わたしも、王妃の悪戯により、幾度となく他の男巫や臣と交わらされている。それも、ひとりが相手ではない。今日のように、複数の人間に身体を貪られる。
 わたしはそのようなことも可能なように、年少から仕込まれている。が、おまえは聖娼ではない。王妃がおまえにも己の欲望の満足を望むようになれば、一般民の精神と肉体では保たぬだろう」
「え……それは……」
 『おまえの乱れる姿を見てみたい』――この言葉が意味するのは、つまり――。
「お、俺には向きません! 今日だって、相手があなただから、平気だったんだ! あの男巫たちが相手なら、気が狂いそうだ!」
 言って、目を見開く。
 ――王妃に逆らうことは、即ち、死に結び付く。
 一気に血が引くのが、自分でも解る。王妃が望み、俺自身が死にたくないのなら、言うことを聞くしかないのだ――。
 不意に、額の辺りに眩しい光を感じる。熱く柔らかで、滲むように染み込む暁光――。
 目を上げると、巫長が俺の額に手をかざしていた。穏やかで力強い眼差しが、光と同質のまばゆさで俺の竦むこころに力を与える。
「そう不安にならずともよい。おまえが他の者の毒牙に掛からぬように、王妃を説得する。
 完全に拒むことは出来ぬだろうから、多分、わたしが相手をすることになるだろう。
 今日はおまえの望みを知りながら見ぬふりをして、自らおまえを抱いたのだ。王妃やその意を受けた者は、たとえ交わっている最中でも、平気で身体を繋ごうとする。おまえがわたしを抱いていたら、おまえの身体が危なかった」
 はじめて、巫長の行動に合点がいく。
 どうして巫長が俺を抱いたのか、行為の最中もずっと解らなかった。巫長は俺を――護ってくれたのだ。王妃の挑発に乗った時点で、俺は王妃の餌食になっていたのだ。
 巫長は辛そうに頭を下げる。
「――すまぬ。無理矢理おまえを抱いたばかりか、ついには完全におまえを巻き込んでしまった。
 おまえは聖娼ではない。男色の味など、知らなくても生きていけたはずなのだ。それなのに、わたしがおまえの人生を狂わせた。許してくれ」
 堅く閉じられた巫長の目蓋に、俺は軽く息を吐くと、彼の肩に手を置いた。
「――あやまらないでください。
 少なくとも、俺はあなたに抱かれるのなら、こころも身体も喜びを感じるんです。
 俺だって、あなたの乱れる姿に欲情してしまったんだ。おあいこじゃないですか」
 俺は羞恥に頬を掻きつつ、言ってみる。
 巫長はしばらく瞠目していたが、やがてほほ笑み、俺の唇に口付けた。軽く触れただけで離れたあと、巫長は柔らかく笑う。
「――巫は、慕情や親愛の情を抱いている相手にだけ、口付ける慣いになっている」
 今度は、俺が目を見開く。巫の口付けが意味するところ……では、巫長は……。
「わたしがこころから恋慕する者は、別にいる。
 だが、おまえを特に気に入っている。恋慕ではないが、おまえになら……よい。
 先程抱いたのは、わたしの意志によるものだ」
 そう言いつつ、もう一度巫長は唇を重ねる。何度も唇を吸い、俺の息が苦しくなったのを見計らって舌が入ってきた。
 エーシャから聖娼の秘儀を受けるようになって一ヵ月弱。彼女からこんなに激しい口付けを受けたことはない。僅かしか接吻を交わしたことがない。
 が、巫長とは今日だけでも何度か唇を重ねている。彼の舌が口腔をねっとりと舐め、歯列の裏をなぞり、俺の舌に舌を絡める。口付けだけで身体が熱くなってくる。
 無意識に身体が蠢く。押し倒され、巫長が覆いかぶさってきたとき、俺は彼の腰に腰を突き出していた。
「巫……長……」
 やっと解放された口から唾液が零れ、巫長の舌に舐めとられる。
「どうして……、俺なんかを気に入った……んですか……?」
 帯を解かれ、肌を露にされながら、せりあがる吐息に塗れた言葉を漏らす。
「おまえに惹れぬ者はいない。おまえが持つ精気や光気は眩しく、人を活気づかせる。おまえに相対する女神の巫女や、あの王妃も、おまえのそういうところに惹れたのだ。
 わたしはおまえが初めて儀礼を受けたときから、真っすぐで汚れない目に期待し、特別にこころを掛けていた。
 わたしが、おまえにバアル神の恩寵を与える聖娼になろう――」
 言った巫長の唇が、俺の項をなぞる。鎖骨をたどり胸の頂きにくると、彼は舌で突起を転がした。
 ――これは、聖娼との秘儀。
 神に一番近い巫長といえど、聖娼にかわりない。只人の肉体を身内に受け入れ、神の息吹に触れさせる。
 巫長たちが専ら相手をするのは王侯貴族であり、一般民が彼らの恩恵を受ける機会は稀少といっていい。
 そんな中で巫長に特別に目を掛けられ、彼自身が聖娼の秘儀を施そうとしている。彼の恩寵を受けるのは、身に余る幸せである。
 エーシャと行うとき以上に緊張し、俺は神妙に意識を研ぎ澄ます。
 王妃はひどいところのある人だが、巫長との縁を結んでくれたことでは、感謝するべきなのかもしれない。
 巫長は俺の脇腹を爪先で撫でる。それだけで、たまらなく感じる。男根に血が集まってくる。舌で突かれ軽く歯を立てられた片方の乳首は唾液が凝り、一方の果実は揉み摘まれ、ぷくりと赤く尖る。
 括れた腰を愛撫する巫長の手が、徐々に内股に向かう。俺の息も荒くなり、身体が熱く火照る。
 クスリ、と巫長は笑い声を発ると、下肢を割り開き、すっかり勃ち上がってしまったモノを撫でる。ビクリ、と俺は身体を強張らせた。
「素直で、淫らな身体だな」
 ゆっくりと軽い手つきでいじめられ、内腿を小刻みに震わせながら、抗議する。
「馬……鹿なこと、言わないで……くださいッ! 誰だって……身体を愛撫されれば……こうなる……」
 俺は足をじたばたさせ、巫長の手を阻もうとする。が、彼は敏感な玉袋と穴の間を舐め、俺の動きを封じる。
「ああっ、ああぁ……!」
 舌と指で男根と玉を翻弄され、俺は痛みを忘れて身体をのたうち回らせる。
「同じ愛撫を施しても、他の者の恍惚の表情は、おまえとは比べものにならぬ。
 日に曝されていない隠れた肌が、紅に染まっている。悶える様が凄艶だ。王妃が見込むだけのものはある。
 どこにも触れずにわたしをここまでにする者は、アタリヤ以外はおまえしかいない」
 言って、巫長は内股に自身の勃起を擦り付ける。見事に屹立して、俺に対して主張している。顔が熱くなるのが自分でも解った。
 不意に、巫長は愛撫を止めると、寝台を下りる。快楽に霞む頭がそれに気付いたとき、彼は股を開いて先走りを零す欲望の象徴と、ひくつく後花を目前に突き付けた。俺は絶句する。
「サウル、神の施しは受け身になっているだけでは全て与えられぬのだ。
 求め動くことにより、最高の形で神は恩愛を垂れる。
 今、先程おまえが抱いた欲望を成就させてやる」
 巫長は俺の本能を真直ぐ射つよう、手をまわして煽情的に窄まりを解し、割いてみせる。片手で雄蕊を握り、蜜を指に乗せる。
「ん……ふッう……」
 濡れた喘ぎ。かすかに覗く肉壁が、みだらな水音を奏でる先端が、先程俺のなかで暴れていた欲望を呼び覚ます。
 俺は巫長の腰を掴み引き寄せると、陽根を頬張る。淫蜜を吸い、棹に舌を絡める。親指で玉袋をなぞり、指を三本秘腔に入れた。
 はじめて巫長から儀礼を受けたときは、剛直を口に含み精を飲むことに抵抗があった。いまは理性が興奮の坩堝のなかにあり、只々この棒が欲しい。巫長や男巫がしていた所作を真似て、必死で口淫する。感じているのか、疼きとともに巫長の穴が指をぎちぎちと締め付ける。
 巫長も身体をうねらせながら、俺の男根を食らう。舌先で先端を抉り、唇を窄めて射精を誘う。股の際や間接に薄く指を滑らせ、穴の近くも愛撫する。やはり俺のほうが耐えられず、もじもじと尻を振るが、強い手で腿を抱えられ、余計に高められてしまう。
「ふむっ、うううッ……!」
 俺は巫長をくわえたまま喘ぐ。
 彼は自ら腰を早く動かし、穴の奥のしこりを俺の指で突く。欲望の塊から漏れるものを俺の口に出す。俺の唇の端から白い液が混じった唾が流れる。速められていく動きとモノを吸引する刺激に、互いに身体が小刻みに震えてくる。感覚が無くなるまで昇りつめる――。
 堰が決壊して灼熱が発射されたとき、巫長の雄物が口のなかで爆発した。吐き出さないよう、無理矢理精液を喉の奥に流し込む。彼は口内で俺の体液を味わってから、喉を鳴らして胃の腑に納めた。
 息を整えるため、暫くふたりとももつれ合ったままでいたが、巫長は俺の股の付け根に接吻し、告げた。
「やはり、思ったとおりだ。
 おまえの霊気は、並の巫よりも波動が高い」
 俺は彼の言葉に驚き、顔を上げる。
「まさか。俺なんか……」
 が、言い終わらぬうちに、再び巫長の口にモノを食われ、俺は寝台に逆戻りする。巧みな舌遣いに萎んだ陽根が力を得る。休みない快楽に、俺は狂ったように身体をくねらせる。
 責め苦はずっと続くかと思えた。が、完全にモノが天を向いたとき、湿った感触が離れる。ひやり、とした空気が刺すように染みて、俺は腰を浮かせてしまう。
「巫と人が交接するのは、霊気の交換のため。体液には霊気が宿る。ゆえに、巫は身内に相手の霊気を取り込み、浄化して自身の体液でもって相手に霊気を還す。
 が、おまえから受け取った精は、光輝く生気とともに、非常に清澄で揺らぎが少ない霊気を感じる。穢れはまったく感じない。巫長程でなければ放出できない波動だ。
 わたしは常に人の生気を浄化しているため、疲弊しやすい。アタリヤと交媾しなければ、回復することは難い。が、おまえならば、わたしを癒し霊気を充満させることができるかもしれぬ」
 言うと、巫長は俺と相対するよう向き直り、男根の上にまたがるよう腰を下ろす。彼の秘腔がモノに充てがわれたとき、俺の先が蠢動した。
「――畢竟、わたしはおまえに恩寵を与えるのではなく、おまえを貪り奪うのかもしれぬな」
 巫長の呟きが唇の上に落ち、双の胸に手を添えられる。彼の身体が沈んでくる。
「アッ――ハァアァァッ!」
 巫長が艶めいた声を上げる。
 ズブリ――、と俺自身が巫長の後腔のなかにめり込む。柔らかな襞が、モノを細やかにこする。
「ンゥッ――、アアッ、ハアッ!」
 何かに駆り立てられ、巫長は激しく身体を動かす。強い締め付けのまま出し入れされる内壁に、波濤のごとく悦楽が身に押し寄せる。
「巫ッ、長ァッ――!」
 彼の身体が縦に激しく揺れる。滝のように汗が落ちる。露になった白いうなじに垂れる真直ぐで長い黒髪――。凄艶で、美しかった。
 彼が俺を貪り奪いたいのなら、そうして欲しい。そうされたい。ちっぽけな俺でよかったら、何でも捧げたい。
 俺は自ら巫長にしがみ付き、がむしゃらに彼の後花を突き上げた。俺の身体を、彼の腕が包む。貪りあう身体、焼けるような口付け。俺は彼のモノを激しく扱き、彼は俺をきつく吸い上げる。
 果てるのにそう時間は係らなかった。俺は巫長に抱かれたまま、とてつもない早さで空に舞い上げられた。
 俺は白い天の頂きに、鋭い光気を放つ太陽を見た。きっと、これが巫長の本質なのだ――そう思った途端、俺の意識は一気に眠りのなかに落下した。


「本当に、すまなかった」
 覚醒した俺は、慚愧して頭を下げる巫長に苦笑いし、頭を掻いた。
「いえっ、あの――…。俺も調子に乗っちゃったから……」
 後花がずきずきと痛む。傷が先程の交合のせいで引き吊れ、また血が出てきているようだ。無理をさせたと巫長は自分を責めている。
 痛いのに何故か、頬の肉が緩んでくる。妙な笑い顔に、巫長が訝る。
「……サウル?」
 あはは、と笑い、俺は彼を見る。
「俺、巫長とは一度しか面識なかったけれど、落ち着き払って動じなく、すごい人だな――って思ってたんです。
 でも、結構強引で後先考えないところがあるんですね。
 俺、威厳ある姿に憧れているけれど、人間らしい生の姿も好きです」
 俺の言葉を聞いた巫長の顔が、みるみる赤くなる。咳払いして、口籠もりながら彼は注意する。
「――大人をからかうな」
 目を逸らし照れを隠す彼は、俺の目にも可愛く映った。
 俺にとって巫長は尊敬すべき人であり、畏怖の対象である。沈着冷静で泰然としている。大人の男としての憧れの姿であり、こうなりたいという羨望の的でもある。
 まさかその人に、男である俺が抱かれるなんて、思いもよらなかった。男に抱かれ、後腔を陽根で刺し貫かれるなど、想像もしていなかった。男の愛撫に感じ、なまめく姿を見て欲情してしまうなんて、嘘みたいだった。
 でも俺は、巫長の身体を身に感じて、切なく愛しかった。一身に身を任せる解放感なんて、知らなかった。エーシャとは感じたことの無い安心感、甘えが確かにあった。
「――巫長、人間って不思議ですね。
 俺、エーシャと今でも寝たいと思ってる。あなたの腕に抱かれると安らぐ。
 巫長には失礼だけれど、ふたりとも、恋慕の対象ではないと思うんです。それでも、切なく愛しく思うものなのですね」
 巫長は俺を真摯に見つめたあと、柔和に微笑んだ。
「――それが、情なのだ。非常に近いが、恋慕とは似て非なるものだ。
 情は優しく暖かなものだ。この点は共通しているが、恋慕はときに狂気になる。相手を破滅させ、自身の身を滅ぼす元凶にもなる。それはまるで――嵐に似ている。恋慕は苦しみであり悲しみでもある。そして――魂の喜びでもある」
「魂の喜び……俺は巫長やエーシャと交媾して喜びを感じるけれど、これは違うんですか」
 俺の問いに、巫長は腕組みする。
「肉体の喜びは一時のものだ。永続するものではない。
 肉体だけの交わりは、魂と肉体が分離していることがよくある。が、魂と器を伴った情交は、それぞれが連動する。こころが悲しければ肉体も悲しい。こころが痛ければ肉体も痛い。
 得てして、自身だけではなく、相対する者も同じ状態であることが多い」
 俺は教え諭す言葉を、ただ聞き入る。考え頭のなかを整理し、口を開いた。
「……恋愛をすれば、自分が変わってしまいそうですね。なんだか、恐いような気がする」
 察しのよい弟子に満足する師のような面持ちで、巫長は頷いた。
「……ゆえに、恋慕は神の領域のものなのだ。神の思し召しや悪戯により、人は人知を越えた物思いに狂わされる」
 そして、巫長は俺の頭の上に手を置いた。流れ込んでくる暖かな気に、俺は目を瞑る。
「ところで、身体の痛みがひどいようなら、神殿の一室を貸すが、どうだ?」
 巫長の言に目を丸くし、俺はぶんぶんと首を振る。
「あ、明日も仕事がありますし、頭領や仲間に変に思われますよ」
 俺の当惑に、巫長は意地悪さ丸出しの笑顔を見せる。
「では聞くが、その後花の傷はどう説明するのだ? 痛みを堪える姿を曝すのは、余計に奇妙に思われるぞ」
 思わず、俺は舌打ちしたくなった。
 この人の裏の顔は、嗜虐的なのだ。絶対に俺をいじめて、楽しんでいる。
「誰にも見せませんよ!
 第一、あなたのもとに訪れて怪我したのがばれたら、あなたの名折れじゃないですか」
 黙らせるため、一所懸命考え止めを刺したつもりだった。
 が、彼はまだにやにやしている。
「名折れもなにも……男同士が交わり後花を傷つける現象は、珍しくないのだぞ。この世の男たちのほとんどが、男色を経験している。
 それに、おまえにはこれからも度々、わたしの癒しを行ってもらう。回数を重ねれば、嫌でも明らかになるだろう」
 一瞬で頭が真っ白になった。巫長との関係が、ばれるかもしれない……? 確かに、彼と交媾するのは悪くないけれど、それは……まずすぎる。
「い、いいんですか?! 女神と男神の秘儀を両方うけても。
 巫女長やエーシャが気を悪くしますよ!」
 俺が焦る様は、どうも巫長のつぼに填まりやすいらしい。彼はくっくっと軽やかに笑う。
「それも、例が多い。わたしが相手をすることは自慢の種であり、間違いなくヤコブ殿は喜ばれるだろう。
 アタリヤは不満を言わぬだろうが、女神の巫女の嫉妬は買うかもしれぬな。
 わたしの私的な事項なので、男神神殿への献納は辞退させていただく」
 ここまで言われると、さすがに言い返す言葉が無い。俺はむっつりと黙り込んだ。
 巫長は軽く吐息して、つくづくと俺を見る。その視線に気付き、俺はぶっきらぼうに問うた。
「なんですか?」
 組んでいた腕を解き、彼は穏やかに笑う。
「おまえは、情が深いな。巫にとって一番大事な条件は、まさにそれなのだ。
 その上、優れた霊気を持ち、交合の愉悦に身が馴染みやすい。
 巫長の立場を重んじれば、おまえを男巫として推挙せねばならぬところだ。が、わたしはあえてそれをしないでおく。
 巫としての生は余りにも厳しい。人として当然許される恋慕の情を持つことを禁忌され、望まぬ相手と交わらねばならぬ。過酷すぎる生は、おまえから純粋さを奪うかもしれぬ。
 おまえは変わってくれるな――」
 慈愛と労りを込め、巫長は俺に言葉を送る。俺はただ頷くしかなかった。
 至高の神の化身として生きる巫長。が、華やかな姿の裏側には、辛い生があったのだ。王妃や貴族にいたぶられ、愛する女と添い遂げることもできない。愛する女も、茨の道を歩く人なのだ。俺は、彼の想い人が誰か、解ってしまった――…。
 俺は巫長の腕を掴む。伏せていた目を上げた彼に、確固とした声を投げる。
「俺、巫長の望みに応えたいです。あなたの生が少しでも楽になるのなら、俺の身など、いくらでも捧げます――」
 瞠目する巫長。感に耐えるように目を瞑ると、彼は俺を堅く抱き締めた。俺も彼の背に腕をまわす。
 これからどうなるかなんて解らない。けれど、自分が出した答えに納得し、満足している。

 俺は助けたい。敢えて苦の道を歩むこの人を。



4・運命の女に続く

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