「どこへ行く」
 うんざりな問いだ。
「決まってる、皆の所へ」
「無駄だ、部屋の扉はローザ様の力で封じられている」
「それでも行く」
「待て」
「嫌だ」
「それでも待て」
 肩を掴まれた、しかもかなり強く。
「……やっぱりお前は敵なのか」
「言ったろ、俺にも判らない」
「なら邪魔するな」
「まあ、聞け」
「何をだ」
「いいから聞け」
「ふざけ……」
「聞いてくれ!」
 限りなく無機質な通路に怒声が響いた。
「……ローザ様がお前は殺したくないと」
「俺は、殺されない」
「それに、お前にだけは自分を殺させてはならないと」
「……どういう、意味だ?」
「あの人は、自身を留めることができなくなってしまった」
「……?」
「疲れ果てて、放してしまった」
「それって……」
「今は、想いだけで動いている」
 壊れてしまった……ってこと?
「ラティスは世界を道連れに自決する気でいる。ローザ様は誰より奴を想いながらも、自身の存在もなんでもないことを知っていた」
 『お師匠様』を楽しそうに、嬉しそうに言っていたその顔が鮮明に浮かぶ。
「俺は祭壇の破壊を決心した。成功すればラティスがなお崩壊を望んだとしても再び祭壇を造るには何十年もの時間が必要となる。奴にとっては他愛も無い時間だとしても、その時間があれば、あるいはローザ様が変わるかもと」
「でも、遅かった……」
 視線を下げた久女。目をそらす直前にわずかに揺らめいた瞳。
「俺に残ったのは祭壇の破壊だけ。そして、そこにお前が居た」
「あの人は自身の生死に何も望まれなかった。ただ、お前とは戦いたくないと……。だから、それに従った」
「これが、全てだ」
 再び俺と向き合った時には平静を浮かべていた。
「もう、止めはしない。行くなら行け」
「この場で俺を敵と見なし、殺すと言うならそれも構わない」
「!?」
「祭壇を破壊するまで待てとも言わない。だが、俺もここで死ぬ気は無い」
 わずかに足の位置を変えた。腕は下ろしたままだから、構えているわけではない。が、その視線といい、身にまとう雰囲気といい、俺が動いたならすぐにでも戦えるように備えているみたいだ。
  ……つまりだ、俺は全然信頼されてなくて……
「どこへ行く?」
「祭壇を壊す」
 ……気に食わない。
「行かないのか」
「行くさ、この後すぐに」
 気に食わない!
「どういうことだ」
「これからすぐに祭壇を破壊してから、皆の所に行く」
 かっこよく諦めたこの人が!
「馬鹿だ、お前は」
「ただ行くわけじゃない。あんたも連れてく」
「そして二人でローさんを説得する」
「……無駄だ」
「それはお前が決めることじゃない」
「大切に想うんなら、殴ってでも止めて見せろ」
「一生恨まれようと、止めてやれ!」
「急ぐぞ」
 走る。
 間違っているのかもしれない。本当はすぐにでも皆のところに行くことが正しいのかもしれない。でも、この人といるべきだと思う。理由は分からない、だから間違っているのかもしれない。それでも今は、この人と行こうと思う。
 後ろの足音に気付いたと思ったら、隣にいた彼。軽く見上げると、正面だけを睨んでいた瞳。嬉しく思った。そして、そのまま俺を抜いた。
 俺もペースを上げる……。
……もっと、ペースを上げる。
……もっと……もっと……。
いや、でも、ちょっととばし過ぎじゃない?
……つーか、このあと戦闘あるんでしょ。
ねぇ、だから、ちょっとさ……。
「ま、待っ……て」




「大丈夫か?」
「な……なんのこれしき」
 やっぱり走る前にはちゃんと体操しないといけないなぁー。そうさ、いけないのさ。
「あ……」
 顔を上げれば、通路はここで終っており、目の前にはしばらくぶりの古めかしい空間が開けていた。
 奥には扉、恐らくはあの向こうが……。
「ここか?」
 上体を起こして隣の久女を見る……息切れすらしてねぇや。
「……」
 久女は正面だけを見ている。
「悪い……ちょっと……待ってくれ」
「……」
 久女は何の反応も示さずに正面だけを見ている。
「……?」
「……」
 反応が、無い。そういえばさっきの『大丈夫か?』も俺の方は見向きもしていなような。
 その方向を見てみると大きな扉……と、なんだろうか?薄紫色のもやが……。
「……」
 無言のままでゆっくり歩き出した久女。とりあえずこれに従う。
 今、紫の中に踏み入った。
 ……意外と良い匂い。これは……石鹸?……違うか。なんか洗剤の匂い。でも、それよりもっと懐かしいような……シャボン玉?
「……まさか」
 届いてしまった声。できるだけ、ゆっくり、目を遣る。
「……嘘だ」
 相変わらず正面だけを向いている。でも、きっと何も見えていない。頬を、汗が伝っている。
「違う……」
 扉にやった手が震えていた。
 まずい、何かが危うい……止めよう。このままじゃ、きっとまずい。
「ひさ……」
「違う!」
 半ば叫ぶように、扉を開け放ってしまった。



 広い……うちの高校の体育館とどちらが広いだろうか。薄暗くて、もやとその匂いとが一気に濃度を増した。高い天井から吊るされている大きな蜀台、ついているのは『灯り』ではなく、『光り』らしい。今までの城ともまた少し違う雰囲気。俺の姿を映している床はなんとなくだけど大理石。壁にもいくらかの細工施されており、なんか中世の西洋の貴族の城、のイメージそのもの。
 奥に円状に広がる薄い階段、その上には秤のような物が……。
『いけません、ね』
 突然、知らない声が響いた。
『不思議にも皮肉にも、侵入者、ですか』
 それはいつの間にか祭壇の側に居た。人の形をしつつも『一体』であることがすぐに判った。
銀の発光体。
衣服らしき物は何一つ身につけておらず、形態は男でも女でもない。人より長く、毛髪のない頭。全身を走る黒い呪の文字。
『私としましては、お帰り願いたいこともやまやま、ですが』
 ……高くて、優しい声。この場に不似合いなほどにゆっくり響く。眼前の異形のモノが声の主であるとはとても思えない。
「嘘、だ……」
 また、聞こえてしまった。
 震えていた。
 有り得なかった顔。俺の方が泣き出してしまいたくなるような顔。
『空しくも悲しくも……』
 敵は無音で宙へと浮き上がる。
『消えてもらうしかない、ようです』
 言葉が切れた途端に辺りの、部屋全体の空気が変わった。
 ……この空気は、初めてじゃない。
 両手を広げ、その指を一本ずつ、残像を思うほど滑らかに開いていく。同時に左右の地面に現われた光りの円。
 あの時と同じ。つまり、これは……。

 二足で立つそれは明らかに人ではなく、獣。2メートル以上の高さがありながら、視覚的には円く見えるような胴。短くも極端に太い手足。頭部には二本の角。裂けた口には牙。
「モ、モンスター……!」
 そのものだった。
 だが、
 一本、一本の体毛が、それが生物であることを思い知らせる。肩は呼吸に合わせて自然に揺れ、牙は鋭さよりも上下に糸を引く唾液が目に付く。薄く汚れた光沢を持つ角には黒い染みと細いヒビとが見え、唯一共通するはずの理性を感じさせない瞳も、今はコミュニケーションの取れない相手からの一方的な威圧を与えるばかりだった。
 しかも、二体。
「く、来るぞ」
「嘘だぁぁ!!」
 それは咆哮よりも悲鳴に近かった。
 宙を舞う久女。左のグローブを包む光。
 まぐれでもなんでもいい、これで決まってくれ!
『あらあら、気の早い、人』
 ゆっくりかざした右の掌と久女の拳がぶつかる。
 円状に拡散する波動。
 久女の体だけが後方に反れて、そのままで、落ちた。
「久女!」
 受身も何も取らずにただ落ちてきた。
「……嘘だ」
 ああ……駄目だ。
「こんな……ことが……」
 この人はもう、
「嘘だ……」
 戦えない。

こんな今に、ついに敵と目が合った。短い足で、想像以上の速さで左右同時に向かってきた。
守らないと……。
 右に三歩出る。魔物が拳を振り被るのを感じて、体をずらす。
 拳が肩の上を通って、グローブはまだだから、
 蹴飛ばす!
 想像以上の重量!
 なんとか背中をつかせた。
 次、
 ……しまった!
 俺が前に出て動いたならもう一体も俺を狙うと思っていた。甘かった。動かない久女のもとへまっすぐ向かっている。本能的な知恵を持っていた。
 思いっきり地面蹴って、二歩目でそのまま右拳を突き出す。
 間に合え!
 拳がぶつかって、敵は横腹から弾けて、派手に飛んだ。
「おわっ」
 内臓の一片やら緑の血液やらに驚くが、それは俺にかかる前に砂へと変わった。
 蹴飛ばした奴がゆっくり起き上がろうとしていた。
 グローブは間に合わない。左の水晶を外して、ポケットのクレスと取り替える。グーを握る。
 独特の、頭に敷居を入れられたような感覚。例えるなら歌詞のある音楽を聞きながら本を読むような感じだろうか。今は視覚で確認できる円の領域。広げるほどに頭の敷居も寄っていく。だいたい半径5メートルほどで頭を二分したからそこで留める。
 ポケットのナイフに気を遣ると、宙に浮いたこれら。頭のスペースの一方で仕事が生じる。ナイフを並べて、仕事が複雑化していく。敵が立ち上がるのに合わせて……。
「跳べ!」
 主に頭を狙って放つ。
 これで仕留める。
「え……!」
 敵は、魔物は、頭を守った。両手で頭を隠し、ナイフは一本がかすったのみ。他はその太い腕に刺さったが、致命傷には成り得ない。
 まさかここまでの知恵が……!
 俺を捕らえていた拳にこの時やっと気付いた。
 なんとか体をひねる。半端な動きが精一杯。
 クレスを維持したままで、頭のもう半分のスペースで体を動かす。曲の歌詞を吟味しながら、本の言葉を反芻するようなもの。
 待てよ、この一体は?
 そうだ、敵は二体。ナイフを止めたのが一体、グローブで倒したのが一体……じゃあ、こいつは?今、俺を狙っているこいつは?
 まさか、再生、とか。
 振り向きざまに背後のやつに一蹴り入れる(やっぱり同じ奴だ!)数秒前に砂になった奴を探す……。
 最悪の光景。
 砂は集まり、流動しながら、再び魔物の形を成そうとしていた。
 つまり、つまりだ、敵は再生できるってのは正解で、しかもいつの間にか……。
 三体に増えている!?

その時、魔物の雄叫び。

 見ると、四足になり角を突き出しながら、久女に突進しようとしているのは……別の一体!

 四体!?

 !……これさえも違った!久女の背後にはさらに二つの影が!

 駄目だ!もう、間に合わない……。

 次の瞬間の光景は理解しがたいものだった。

久女の背後から迫っていた二体が突進してきた一体を、長い鋼の爪で引き裂いていた。
……鋼の、爪。
 !?
違った、二体は他の四体との魔物とは異なる姿をしていた。それどころかもっと無機質な……まるで機械のような。
「なんとか間に合ったか」
 聞き覚えのある声。そこに黒のローブの男。
「キャサリン!」
「それ、止めぃ」
 隣の機械に頭を小突かれた。
「どうしてここに」
「今から話す。が、とりあえずは……」
 ローブの下から4つの球体を取り出して、四体の魔物にそれぞれ投げつけた。
 すると、途端に赤い光と化して球の中に吸い込まれていく魔物。そのまま球は地に落ちて、ゴトゴトと、まるで中で魔物が暴れているようにゆれて……まさに……。
 ポ○モンだ……ポケ○ンだぜありゃあ……間違いないあれは絶対ポ、ポケ、ポ、ケポケポケボケケポケポケ歩ケ門モンモンモン……。
「これは……」
「本来は自分の手におえない者を造ってしまった時の保険なんだが、これはこれでありだな」
 いかん、自制が利かな……。

「……じ、自分は、羅腐羅酢が好きでございます!」
「だからって『ゆめくい』覚えさせんなよ」
「なんで?常識じゃん?」
「黙れ、外道マスターが。『のしかかり』と『れいとう』って、減蛾阿よりやらしいのつってんじゃねぇよ」
「ふっ、ユウの餌レ武兎を無傷で倒した時はこう言われたよ、

『そっか、お前ってこういう奴だったのか』

……ってね」
「友人に逃げられてんじゃねーか、手持ちも埋まらぬ分際で」
「いや、彼は今でも大切な仲間さ!」
「調子に乗るな、未だに151匹しか知らない男」
「!」
 こうかは ばつぐんだ!

「鬼……城?」
 久女の虚ろな声のおかげで帰って来ることができた。
「そうです」
 立ち上がっていた久女のもとへ歩み寄る。
「なぜ……ここにいる」
 虚勢が分かってしまう睨み。
「ピーピング・アイであなたをつけました」
 軽く笑いながら腕を横に伸ばした。その手の、すでに伸ばされていたらしい人差し指が目に付く。すると、そこに降りてきた大きな目玉。ただの目玉ではなく肌色をした小さな肢体がくっつくようにあって……。
「と、父さ……」
 首下に冷たい感触、見ればそこには彼の人形の刃が。
 ごめんなさい。もうしません。
「あとは『ほたる〜』で軸ずらしです」
 人差し指を折ると、目玉は砂になって落ちた。
「そうじゃない!」
 一気に声を荒げた久女。
「……じゃあ、どういう意味で?」
 対してキャサは笑顔を止めて、正面から見つめ返した。
「帰れ!」
「どうして」
「足手まといだ!」
 キャサがやけに強気だ。以前はあんなへたれだったのが。
「……それはあんただろ」
「!」
「ちょっ、キャサ……」
 割って入ろうとしたが、人形に肩を掴まれていた。そのレンズの瞳が彼の変わりに俺を制する。ついでにちゃっかり小突かれた。
「なんだと……!」
「二回……」
「……?」
「あんたは既に二回死んでんだよ」
「!!」
 久女がキャサの胸倉を掴んで、拳を振り被る。
 俺はつい目を逸らして、
 痛い音が聞こえて、
知ったのは、久女の頬にあったキャサの拳。
「……あんたには何も見えてないんだ」
 重い口調のキャサと、
「……」
 ただただ、呆然とした久女。
「ローザ様を失うのを、ただ恐れている」
「どうしようもないことを知っている」
「終わらせてあげるのが最良だとも知っている」
「でも恐いから、『優しさ』だと自身を偽っている」
「……」
「今だって、そうだ……」
「お前は……」
鈍く反応した久女。
「知っていたのか?」

 ……『今だって』?

深く頷いたキャサ。
「じゃあ、なぜ……」
「教えたところでどうなった!」
「!……」
「これは、『やらなければならないこと』……」
「誰のためでもない、自分のために」
「できないなら……帰ってくれ」
 キャサの言葉が途切れて、

 初めてその存在に気付いた。

「キャサ、後ろ!」
 敵が、魔物が、いつの間にかそこに居た。
「え……」
 振り向いたキャサが硬直。人形達も反応していない。

予想していなかった、覚悟が無かった、
 足が出ない!

 どん。

 ……久女が……キャサを無造作に押しのけて、

 グァゴンッ!!

 って、やばい音がして……。
 ……。
 ……。
 そう、やばい音が、して……。
 ――?――
 ……。
 ……。
 やばい音が……したのに、
「……やはり、駄目だな」
 久女は、その場にただ立っていた。
「へたれの拳じゃ、目は覚めん」
 自分の頭よりでかい拳をぶつけられたままで、
 ただ、立っていて……。
「これぐらいが、丁度良い」
 鋭く、笑んだよ。
 敵が再び拳を振りかぶった時にはその懐に入っていた。
 肘打ち。
 俺と同程度の太さであるその肘。
 くらった敵は吹っ飛んで、地面をすって、砂になった。
「申し訳ありませんでしたぁぁ!」
 間髪入れずにキャサの声。
 見ればいつの間にか、土下座してたりする。
「別に調子に乗ってたとか、日頃の恨みを今のこの場で少しでもとか言うのは全然ないんです。本当に状況的にやむをえずでありまして、全ては久女さんのためにてございます。確かにお知らせ申し上げなかった情報も少々はありましたが、それも全てその心中を自分なりにできるかぎり気遣おうとした結果でありまして、やましい思いは全っ然ありません。そもそもこの鬼城、あなた様の配下となったその日から自身の精進はもとより尊敬するあなた様のために、トレーニング用の魔物作成から焼きそばパンの調達まで全精力をもってこなしてきました。その自分が今さら……」
 嗚呼……やっぱり彼とは良い友達になれそうな、そんな気がする。
「鬼城」
「はっ、はいっ!」
「現状を説明しろ」
 キャサの方は見向きもせずに正面を見据えていた久女。
 見れば……2,3,4……!!……5、6、7……8!?
 そこには8体の魔物がいた。
「恐らくは……『ミラージュ』、ですかね」
 土下座から立ち上がりながら、真面目な顔をしたキャサが。
「ミラージュ?」
「人形の付属特性のひとつです。初めに本体とダミーを一体召喚。後に時間に応じてダミーを展開します。ダミーは無限に再生しますが、本体を叩けたなら全てが消滅します」
「時間に応じて、ってことはまだまだ増えるのか!?」
「いや、作成の際に定めた数以上は増えることはない。それも恐らく10で終わりだ」
「なぜそう言える?」
「ご存知のように人形の使役は体の感覚、正確には『意識』を媒介とします。ゆえに最も都合がいいのは、体の末端でありながら繊細でもある、指先。番人の指も人と同じ左右5本ずつ、ダミーにも媒介は必要なので、最大で10だというのが俺の見解です」
「キャサは、どれが本物か判るのか?」
「俺が知るか。が、見分け方は『存在』する」
「どういう意味だ?」
「この特性を付属させる条件として、必ずどこかに差異を含ませるというものがあります。どこにどうそれをおくかは術者の自由ですが、相手にも見分けがつく差異でなければ、特性の付属は成立しません」
 では、見てみるが……。
高さと太さ、その形に差があるようには思えない。
さらに細部を見てみると、
それぞれが異なるペースで肩を揺らしている…角のヒビや染みから牙から垂れる唾液の感じ……それぞれが完全に独立している。
姿かたちは全く同じで、細かく見れば逆に違いだらけで、
「全然判んないんだけど」
「阿呆、初見で判る差異なら意味がない」
「もともと違い無しで造ったとか」
「馬鹿、質量保存の法則を無視するようなもんだ」
 ……とりあえず、『なるほど』で頷いとこう。
「なぜ、奴らは動かない?」
 そういえば、ほんとだ。さっきまでは嫌らしく攻めてきたあれらが、今はその場に留まって動く気配を見せない。
「ダミーがそろうのを待っているのでしょう。数の少ない序盤はむしろダミー以上に積極的に攻めて『本体』の概念を持たせないようにし、ある程度の数になったなら全てが出揃うまで待つ」
 ふと、頭をよぎる先ほどの攻防。初めの二体、一体を倒した直後にナイフを放った俺……あれが、あの時防御したやつが本体だったのか。どこまでがあの『魔物』の思惑だったのか、考えると恐い。
「現在、9体」
 敵の方向を向いては見たが数える気にはなれない。次で、10体。それが揃ったなら、全ての敵が襲い掛かってくる……。
「深駆」
 久女が。初めて名前を呼ばれた気がして、少し戸惑う。
「これは予定外だ」
 台詞のわりには、静かな背中があった。
「『あれ』は、俺よりも、強い」
 聞きたくなかった言葉。
「それでも、手を貸せ」
 だけど、
「ああ」
 不思議と恐怖はない。むしろ頼もしくて、嬉しい。
「なら、さっさと『変われ』。今のお前はただの足手まといだ」
 即、言われてしまった。
 意味はだいたい分かる。あの時の、この人と戦った時の感覚。あれを呼び起こせってことだろうけど……。俺の中じゃ、『奇蹟』で結論づいてたりする。
「お前らは人形、俺は『あれ』とやる」
 魔物の奥の宙を漂う敵を睨んだ。
「いや、でも……」
 キャサが遠慮しながら口を挟む。
「大丈夫だ」
「無理はしない、これ以上の小細工を防ぐだけ。お前らが人形を消したなら、三人でやる」
「いいな、鬼城」
「……はい」
 ゆっくり頷いて、とりあえずは戦う気構えは成った。
 さて、どうすれば……。
「深駆、俺らはまず本体だ。できるだけばらけて多くの敵と交戦。なんとかして差異を見つける」
「俺らって、俺とその二体?」
 機械人形に目をやる。
「そうだが」
「もっと増やせないのか」
 さすがに相手の10には数で押されるだろうし。
「無理だ。こいつ一体につき指3本使っている。もう一体使ったらナイフも持てねぇ」
「なんか効率悪いな」
「黙れ、やつが異常なんだよ」
 キャサの台詞の終わりで、久女のため息。
「10体、だ」
 俺もキャサも急いでそっちを向いたが、数を確認するまでもなかった。
 分かる。
今にも動こうと、本能をたぎらせている敵。
肌で、感じる。
「行くぞ」
 最初に走り出した久女。一瞬の後に敵が。
「お前の『変化』、意図的には使えない」
 俺も今一歩を行こうと思っていた時にキャサが言った。
「そうだろ?」
 短く考えて、頷く。
「それでも、変われ」
 ?
「じゃなきゃ皆死ぬぞ」
 !
 敵は何かを聞く間も与える気はないらしく。もうそこまで来ている。その側をすり抜けていく久女だが敵にそれを気にするようすはない。
「お前がどう見てるかは知らんが……分は、かなり悪い」









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