ルカは二人の会話を聞いていた。いや、その会話はむしろ口論というべきものに発展していた。
「だ〜か〜ら〜!珈琲は絶対ミルクに砂糖だっていってんだろ!?」
「違いますですよ!ぜぇったいにブラックです!」
ちなみに今4人が飲んでいるのはごく普通の緑茶。なのだが、どういうわけか二人の話題は珈琲云々ということになっている。
 変な家族だ。というより、不思議な家族だ。そう思いながら唄のとなりでお茶を飲むルカ。
「ミルクに砂糖なんて邪道極まりないです!」
「どこがだよ!!正当な飲み方じゃねぇかよ!」
「それこそ『どこが』です!」
「・・・くだらない・・・」
唄のとなりでつい呟いてしまった。失礼なことを言ってしまったかも、と思い、唄の横顔をちらっと見る。
「ごめんなさいね。この子達、いっつもこんなのなのよ」
にこっと微笑む唄。気分を害さずにすんだようで、すこし安心する。
「もう少し辛抱してくださるかしら?たいていはもうすぐ終わるから」
唄は急須に残っていたお茶を注ぐ。
「『たいてい』はね」
お茶を飲む。ルカも真似てお茶を飲む。
「でも―――」
ルカの顔を見て
「やっぱり、珈琲より、紅茶よね?緑茶もいいわ」
目を細めて、微笑む。よくわからないが、とりあえずルカも笑んでみる。ただ、この人もどこか見当違いなことを言っていることは察しがついた。
 そして二人の口論はいまだに続く。
「お前はこの世で最初に珈琲にミルクと砂糖をいれて飲んだ人を否定するのか!?」
「姉さんはもう子どもじゃないんですから、いい加減にブラックで飲めるようになるべきですまするよ!」
そして、ついに
「ブラックでなんか飲めるかぁああああ!!」
唯が切れ、『ちゃぶ台返し』をした。えぇ、それはもう、美しくも典型的な『ちゃぶ台返し』でして。
「構えろ、咲!勝負しやがれ!!」
「のぞむところです!」
「あらあら」
「・・・・・・」
各々が反応する。ちゃっかり自分のお菓子だけは確保していた唄は、袂から先ほどのワイヤーを取り出し、天井付近に張る。
「ルカちゃん、『たいてい』外に発展しちゃったみたいなので、私たちはお邪魔にならないところに非難しましょう」
「非難・・・ですか?」
「ええ、非難です」
再びにこっと微笑み、ルカを掴んで、張ったワイヤーの上にのる。
「さ、観戦といきましょう」
唄は座り込み、お茶の続きをはじめた。
 ルカは、やっぱり変な家族だ、と思った。



 咲はマフラーから自分愛用の銃たちを取り出し、体に装着していった。
 腰にはいつもの銃を2丁つりさげ、背中に散弾銃、両袖にハンドガンを隠しこむ。さらによびの弾もいくつか準備する。
「咲、それであたしに勝てるとでも思ってんの?」
「足りなかったら、また追加すいればいいです。それに、これ以上は装着していても動きにくいだけですしぃ」
お互いに、にらみ合う。その空気は先ほどの感動的再会とは打って変わって、本当に相手を殺しそうな、そんな張り詰めた空気だった。いや、実際に本当に殺すつもりでいた。
「命乞いしても無駄だからな」
「それはこっちのセリフです」
咲は両手に銃を構え、唯は一刀を構え、互いに腰を落とす。
 にらみ合い、相手の出方を窺う。
 唯が踏み出し、咲に向かっていく。咲は唯に向かって銃を連射する。それを刀ですべて弾く。しゃがみこみ、下から上へ刀を薙ぎ払う。咲はぎりぎりのところでバック転で避ける。
 唯がすっと立ち上がり、無言でにらみ合う。
 今度は咲から仕掛ける。左回りに走りながら発砲する。唯は同様に弾を弾き、高く跳躍する。
 咲は走るのを止めて、上空の唯めがけて発砲する。それを弾き、刀を垂直に構え、咲めがけて落下する。
「あんなのくらったら串刺しで即おさらばですね」
 後方にとんで避ける。ざくっと刀が畳に刺さる音がリアルに聞こえる。同時に発砲。唯が左に転がる。そして、刀を一旦鞘に戻し、深く構えた。



 ただの口論から、しかも珈琲とやらが云々という何ともくだらない内容でここまで発展するとは正直思ってもいなかった。
 自分はなんという世界に来ているのだろう。そして、自分はなんと場違いな人間なのだろう。ただでさえ気が滅入っているルカにさらいに追い討ちをかけるような光景が眼に映る。それでも戦いの分析を始めている自分に気づき、何とも言えない気分になる。
「銃が相手では、刀の方、えっと、唯さんでしたか?あまり分がいいとは言えませんね」
感情を全てすみに追いやり、思ったことを口にする。
「唯さんが勝つには、咲さんの弾が切れた瞬間を狙うか、隙を突くか」
「ふふふ」
おしとやかに、かついたずらっぽく唄が笑う。
「うちのお嬢さんたちをなめちゃだめよ?二人とも隙は滅多に見せないし、咲ちゃんの弾切れの瞬間を狙うのは宝くじがあたるのと同じくらい難しいのよ」
宝くじがどのようなものかよくわからなかったが、とにかく容易ではないようだ。
「それにね」
唄は続ける。
「唯ちゃんには『あれ』があるのよ」



 深く構え、鞘をにぎる。
 その構えに、見覚えがあった。
「やばいですっ!」
刀の角度からみて、斜め50度程度か。
 咲は左右を見渡し、逃げ道を確認する。
 そして、
「終わりだ!!『猫場守露血兎砲』!!」
唯は鞘から刀を一気に抜く。同時に確認した逃げ道へと非難する。
 咲がいた場所は大きく裂け目がはいり、外の風景が見えていた。
 『猫場守露血兎砲』。つまり、それは『剣圧』で物を斬る技。
「なんか、前より威力あがってるみたいです」
外はまだ雨が降っている。だから、試練といったいなんの関係があるんだよ。
「ぼうっとしてると千切りにすんぞ!」
 唯は2発目をとばそうとしていた。しかも、刀を鞘に収めずに。
「ちょっ・・・!」
2発目がまっすぐ咲に向かってくる。それを右にとんでかわす。
 受身をとって顔を上げると、目の前で唯が刀を振り下ろそうとしていた。
 銃をクロスし、受け止める。
「いつの間に連射ができるようになったんでぃすかぁ?」
「お前がいない間に、だよ。苦労したんだぞ」
 唯は刀に体重を乗せ、咲を押し倒していく。
 咲の背中が地面につくと、咲は唯のお腹を蹴り上げた。
 唯の体が宙に浮く。その瞬間を狙って、咲は唯に標準を合わせる。
 刀を構え、防御の体勢。しかし、咲は両手の銃を放り投げ、マフラーからバズーカ砲をとりだす。
「げっ!さすがにそれは!!」
「問答無用!でぃす!!」
狙い、2発、打った。
 砲弾は天井にぶつかり、爆発。唯の姿は、見えない。
「あらあら。唯ちゃん、やられちゃったかしら?」
この期に及んでも笑顔を絶やさない唄。そんな唄をちょっと尊敬しつつ、天井に目をやるルカ。
「崩れそう・・・ですね」
「だって、バズーカだもの。そりゃあ、崩れるわよ」
案の定、元々あまり広くない天井が音を立てて崩れだした。
 破片の一つがルカたちのいる糸の上に落ち、糸が切れる。
「落ちちゃうわね」
この場に似合わない笑顔を浮かべて、唄はルカの手をとって床へ着地し、外へでた。
 ほんのわずかな時間で、青空教室ができた。雨はいつの間にか止み、雨露が光に照らされて光っていた。
「ぷはぁ!」
瓦礫から咲が出てくる。
「やっちゃったわね」
「やっちゃったです」
青空教室を見て言う。
「お母様に見つかったら、どうなるかしら」
「二度と大地を踏めないでしょうね」
自嘲気味に笑い、唄に救いの眼差しを向ける。
「自分でしなさい」
笑顔で断られた。
「でも、うた姉さんが手伝ってくれたら、あとは天井をごまかすだけですしぃ」
アイ●ルの子犬のような目で唄に頼む。
「そうね〜、じゃぁ、こうしましょう」
にこっと笑いかける。その笑顔はいつもと変わらないものだが。
いやな、とても嫌な予感がした。
「咲ちゃんが私に勝ったら、私が全部片付けてあげるわ」
唄は袂から、愛用の武器、鉄扇をとりだした。

「えぇ〜、うた姉さんとですかぁ〜」
咲は心底嫌そうな顔をした。
「あら、そんなに姉さんが嫌?」
「ちがいますぅ。姉さんが嫌なんじゃなくてですねぇ」
頭の中で言葉をならべる。唄が嫌いなのではない。そんなことは全く、これっぽっちも思っていない。ただ唄はとても、とてもやりにくい相手だった。
「嫌なら自分でお片づけよ?」
意地悪っぽく、唄が微笑む。
 咲は承諾するより他なかった。
 弾倉を新しいものと交換する。
 ルカは少し離れた場所から、事の成り行きを見守った。
「準備完了、です」
「いつでもどうぞ」
笑顔を絶やさず、両手の鉄扇を開く。
しばらく向かい合い、咲が動いた。
唄の顔面を狙い、両手の銃を連射する。
唄は眉一本さえも動かさず、ただ軽く、右の扇を扇いだ。
わずかに、ほんのわずかに風が起こり、向かってきた全ての弾を相殺した。
 咲はそれを目のすみで確認しながら、唄の背後に回りこむ。
銃を持ち替え、散弾銃を放つ。
 どん   どん   とくぐもった音が庭に響く。
唄は変わらず、扇で全ての弾を落とす。
「まだまだです」
大地をけり、唄の頭上に飛び上がる。そして、ランチャーを構えた。



 唯との戦いから一部始終のやりとりを見ていて、ルカは自分の立場について考えていた。
はじめは、明らかに自分のほうが優位な場所に立っていた。深駆や咲を「弱い」と決めつけ、見下していた。
それなのに、だ。深駆はいつの間にか著しく成長し、「守ってやっていた」自分がいつの間にか「守られて」いた。咲も咲で、もともと弱くなんてなかった。

 くやしかった。

自分だけまわりから置いていかれる。自分がいないほうがかえっていいのかもしれない。
「石鼎とかいう人と戦ったときも、咲さんはあんな風に強かったのでしょうか・・・」
思わず口にだす。こんな言葉、深駆に聞かれたらどう思われるか。
そんなことをボーっと考えていると、隅の植木から何かが現れた。
自然と警戒態勢をとる。
「・・・・・・あなたは・・・」



「上空で かまえたランチャー 発射です」
俳句チックなリズムをとりながら唄に照準をあわせる。
「ターゲット、ロックオーン!」
徐々にテンションが上がってくる。
「くぁ〜くごです!うた姉さん!!」
ランチャー発射。照準からズレルことなく、まっすぐ唄に向かっていく。
「こんなので覚悟なんてしてたら、人生何回覚悟が必要なのかしら」
ちょっと真面目に計算してみようかな〜なんて考えつつ、今度は両手の扇で風を起こす。上空で砲弾が爆発し、あたり一面に砂埃が舞う。
 唄は目を凝らして咲の姿を探す。
 砂埃が少しずつはれていく。
 突然足元から咲の姿が現れた。唄の喉元に散弾銃を突きつけようとしていた。
「もらった!です!!」
「・・・さあ、それはどうかしら?」
唄がにこっと微笑み、両手の扇を胸の前で構える。大きくふりかざし、そして。
ビリビリとした風が巻き起こる。それも物凄い勢いで。
『衝撃波』。唄のいわゆる必殺技。ちなみに技名は『青の龍の背にのって』。略して『青のり』。
咲はそれをもろに受け、吹っ飛ぶ。
ルカの前方数メートル手前、体がうまく動かず、受身をとれずに落下。
「うぅ・・・」
咳き込み、うずくまる。
「これだから、ヤなんですよ〜」
あと一歩というところでの、唄の攻撃。肉体的にも精神的にもくる攻撃。その後に味わう悔しさと敗北感がたまらなく嫌いだった。
「もういっそのこと、お母様に半殺し、もしくは処刑される方向を選ぶべきですかねぇ〜」
うずくまったまま、どうするか迷う。このまま唄と戦うのは面倒だし、かといって処刑されるのも嫌だ。
そんな葛藤を繰り返していると、頭上に人の気配を感じた。
目をやると、ルカが仁王立ちしていた。その肩には
「あ・・・あぎ」
『よ!直撃だったな』
人のことを心配しているのか、それとも馬鹿にしているのか。
『一撃でボロボロだな〜。根性なし〜』
・・・馬鹿にしてやがるな、この野郎。
「大丈夫ですか?」
かわりにルカが心配する。といっても、あまり心配しているような声ではなかったが。
「とりあえずぅ、体は平気みたいですね〜」
あいまいに言ってみる。
「立ち上がらないのですか?」
「・・・・・・」
「立ち上がらないのですか?」
同じ質問を繰り返す。
「・・・できれば拒否したいですね〜」
素直に答えた。もう何か、半分どうでもよかった。
「そうですか」。そういう答えを期待した。ルカならそう言ってくれると、なんとなく思った。そう、まわりに無関心そうなルカなら・・・。
「立ちなさい」
「・・・へ?」
「聞こえませんでしたか?『立ちなさい』といったんです。あなたの意見はきれいさっぱり見事に却下します」
ほとんどにらめつけるようにしてルカはまっすぐ咲をみる。咲はそのきつい目にひるみこそしなかったが、少し驚く。
 ルカは続けた。
「ここで諦めてもいいのですか?」
「・・・・・・」
「何のためにここにいるのです?」
「・・・・・・」
「たかが『試練』ごときでくじけるのですか?」
ルカの言葉に咲は反応をしめさない。じっとルカの目をみている。
ふっと、目を伏せる。
『咲・・・?』
あぎがようやく心配した様子を見せる。
ルカはじっと咲の反応を待つ。
「・・・。そういえば、『試練』とか何とか言ってましたね〜」
いつもの無邪気な笑顔で咲はいう。
どっこいせっと立ち上がる。あぎが咲の首にからみついた。
『加勢するぜよ』
「うん。フォーメーションβで」
「そんなのあるんですか・・・」
深駆のかわりにつっこむルカ。咲はニッと笑い
「まさか、ルカちゃんに励まされるなんて思ってなかったですよむぅ」
ルカに背をむける。
「よぉっすぃ、いっちょ暴れてやりますか☆」
腕をぶんぶんまわしながら、もとの位置にもどる。
「あなたは強い。私よりも・・・」
ルカがv独り言をいう。その言葉は咲の耳にも届いたが、聞こえなかったふりをした。なぜなら、その声が、切なさと自分の愚かさに気づいたときの悔しさとが混ざった、そんな声だったから。
『おっしゃー!かかてこいやー!!』
あぎが叫ぶ。
その声に反応したように、崩れた瓦礫の一部が動いた。
「あぎょん!!」
そこから唯が飛び出てきた。
「あぎょんー!どこいってたんだー心配したぞー☆☆」
聞き覚えのあるセリフをいう。
「まいったですねー」
姉を無視し、あぎと二人で相談しだす。
『姉さんふたりを同時に相手するのはちときついぜよ』
「ですよね〜・・・」
しばらく考え、振り返る。
視界にルカをとらえ
「手伝ってください☆」
誰かさんなら即倒しそうな笑顔でいう。
ルカは咲から視線をはずし
「私は手を出さないほうがいいです。あなたのためにも、私のためにも」
無表情で、いつもの口調だが、内心では傷ついているのがわかる。
「でも〜、ですね」
咲は続ける。
「これ、『試練』ですよ?試練ごときにくじけるのですか〜?」
自分が言われた言葉をそのまま返す。
ルカは相変わらず無表情のままで。
「足手まといなります。ほぼ確実に」
「そんなことわかんないですよ〜?今はルカちゃんの助けを借りたいのですよ〜」
ルカは相変わらず無表情のままで、でも自分を必要としてくれて少し安心し、嬉しそうな感じで。
「援護、お願いしますです」
咲が銃をスタンバイする。ルカは『みなひめ』をとりだし、結界をはった。



「と、いうわけで!」
咲は空に向かって発砲した。
「作戦たーーーーーーーいむっっっ!」
そして叫んだ。やる気を削がれたルカは一歩引く。
「………なん…」
「二分間の作戦たいむを認めます」
唄は頷く。
「はい、ルカちゃんしゃがむですよ、はいはいはい」
咲はルカを押さえつけて無理矢理座らせた。
「作戦作戦、考えましょうねー」
「は?」
『やっぱあれじゃろ、一対一は基本』
あぎが多分「一」をイメージして伸びた。
「うん、猫バスと青のりタッグは食らうと死にますからね。切り離す方向で…」
「は?」
猫とか青とかがわからないルカは、取り残された感じで、再度ちょっと哀しかったが、
『技名ッスよ、ねーさん』
取り残され歴の長いあぎはちょっと優しかった。

「いいのか、うた姉?」
「何がかしら?」
唯が唄に近づいて、二人は話し合う。
「タイム認めて」
「ゴルフだって花札だってハンディがあるものだわ」
「花札にあんのは役だけだ」
「松霧揃ったところで坊主が手に入らない。うふふ。楽しいじゃない。そもそもね、唯ちゃん、殺すとか殺されないとかいうのは、突き詰めて考えれば…」
その時、銃音が響いた。
「たいむ終了ーーーーーーーーーー!
「あら」
唄は言葉を切った。
「三十秒ほど余っているけれど」
「いいんですー」
咲は満面の笑みをたたえている。
唯は嘆息した。
「はいでは、早速作戦敢行ですー」
咲は右手を高くあげた。その手には、あぎが握られていた。
 咲は振りかぶる。ルカは黙って見ている。

ぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴん。

『あだあだあだあだあだあだあだ』
咲はあぎの端を持って、結界にうちつけた。
「ぎゃー」
唯は最愛のあぎがLの字に折れ曲がっているのを見て叫んだ。もとい、泣いた。
『材質及び弾力確認っ』
あぎがかっこよく叫ぶ。
「よっしゃあですー」
咲は腰から銃を抜いた。
 唄は銃口を向けてきた咲を見て、鉄扇を閉じる。唯はうち震えていた。
「てっめえあたしのあぎょんをいじめるな!」
『なんだとぅ 俺はいつだって本気だろ!』
距離があるので会話が噛み合わない。ルカはなんとなく頷いてあげた。
「くっそ…」
唯は攻撃前の空気を読んで、唄の左へ身体をずらした。
「そいじゃあ、いくですよー」
声と共に、咲が銃をぶっ放した。銃身にはあぎがからみついている。
 唄に向けて五発、照準を少しずらして三発。
 咲はそのまま銃を後ろに投げて、真上に飛ぶ。

ぽぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴん

銃弾は唄の足下に落ちたように見え、
「あら」
それは、床にあたらずに、方向を変えた。
銃弾はじぐざぐに飛んでいく。
「跳弾…」
五発唯のほうに飛んで来た。二発を柄で払う。時代錯誤的得物は、刃こぼれひとつつくらない。
「咲ちゃんの言ってた、南の島のなんとかさんの効果かしらねえ」
唄に向かった三発も、既に床に転がっていた。
 真上に跳んだ咲は、空中で静止した。

ぱぽん

踏んでいるのは、結界。
咲が跳ぶたびに、その足下に結界が出来る。ルカの操作だ。
「…小賢しい」
「楽しいじゃない」
 咲は結界の上を移動しながら、床上2mのところで新たな銃をとりだした。
 あぎがまた銃身にからみつく。
 撃つ。
 咲は遠隔可能な唄を狙って攻撃する為、高い位置に上っていった。立て続けに撃ちまくる。足下にはかなりいいタイミングでみなひめが敷かれる。唄と唯は距離をとって確実に弾を払い落としている。
「いい感じですう」
『俺はいつだって理系だぜ☆』
あぎ、かなり余裕の表情を見せて身らしき部位をそらせる。咲は意味もなく頭に来たが、角度計算をしているのはあぎなので立場上ちょっと我慢した。
『技名決めようぜー』
咲はマフラーからバズーカを取り出して、跳びながらぶっ放した。これは跳ね返らず、そのまま唯の足下に穴を開けた。
「うん、いいですよう」
 予定通り。
 爆音を合図にルカは結界を解く。
『《ほほえみルミネッセンス》とかよくね?』
「えー全然短くないですかー」
咲はマヒしきったツッコミをした。
 咲は唯の目の前に銃を構えて降り立った。唯は中段に構えて走る。足下に二発。
『んー、《微笑んだ君は柔らかい宝石。見つめる僕は寂しがり屋の揺れるアンブレラ》』
「………。もちっとらぶ抜きな内容にしませんか」
『《今日も手酌》』
「それは極端に抜きましたねえ」
 弾は唯の後方から、ぽぴんと共に現れる。
 唯の頬をかすった。
「ちっ」
 唯の回りの結界の幅は狭くなっている。唯は跳んで避けた。
なんだかんだやりながら予定通り。今のところ最善。
『略称《酒》な』
「うーッス」
唯は避けながら右へ凪いだ。咲は後ろに軽く避ける。あぎは笑っている。
「…っざけんなっっ」
結界の高い音はやまない。攻撃しようと思ったら、それらを全て避けるしかない。しかもあぎと咲、余裕があるらしく無駄に会話が多い。
 唯は腰の長刀を抜いた。猫バスの牽制時間だけでもつくらなければならない。
「そんな子に育てた覚えはねえっ!!!」
「ははん、早くも負け惜しみですかあ」
咲は嫌な笑い方をした。
あぎも嫌な笑い方をして身体をそらした。
 咲は笑いながらも撃ちまくる。唯は両刀でもってそれを落としまくった。
『酒パワー!』
「うしゃー」


「あらまあまあ」
遠くで観戦していた唄は鉄扇を閉じた。暫く唄のほうにはには弾が来そうにない。
「唯ちゃんたら焦っちゃって」
両刀を使ってしまっては、居合いが相手より先に抜いているようなものだ。(←表現変え)
 唄が加勢しようと扇を持ち直したとき、唄の目の前をナイフが奔った。
 ぽぴぴん、と音がした。
 ナイフは唄の肩のあたり、空中で静止した。唄は溜息をついた。
ルカがナイフを指に挟んで構えていた。ナイフの柄には、ワイヤーがとりつけられている。
 唄は着物の袷を少し直した。
「…チームプレーはお終い?」
「一応今からです」
「便利ね、南のお姫様」
柄には、輪状のみなひめが同じくとりつけられている。唄の横に静止するナイフは、みなひめの浮力にささえられている。
「ええ、情けない限りですが」
「あら素敵な台詞」
「拠所なんです、情けない…」
言いつつもルカは容赦なくナイフを投げる。唄がそれを避けると、前投げたナイフが空を滑った。払い落とす。
 どぉおおぉぉおん
 床に刺さったナイフは軽く発光すると、次の瞬間、その場所にかなり大きな穴を開けた。
「あら」
派手に煙がたっている。
「糸を通じれば力を送り込むことが可能です」
「便利ねえ…」
ルカはナイフについているみなひめを操作して、刃を素早く唄の喉元に突きつけた。
「そして、とても賢しいわ」
「光栄です」
 手を数センチ動かせば、無論軽く死ぬ距離にあった。
 唄は暫く黙ってルカのほうを見つめていたが、突然、夢見る顔で笑んだ。
「うふふ」
 唄は跳んだ。
ナイフが動くより早く跳び上がり、ナイフが追いつくより早く壁を蹴った。
 唄は笑っている。よくわからないが笑っている。
「うふふふふふふふふふふふふふふふふ」
どういう心理だ。とても楽しそうだ。今の一連の攻撃で唄に余裕がなくなったととることも出来るが、あまりに楽しそうだった。
 哄笑は何故だか反響して二重か三重に聞こえる。これは「ふ」の発音の不利と短さを越えて、どういうわけかきゃははははに勝る。ルカは本気で背筋を凍らせた。
 唄は壁を蹴って一気に糸を張った。ナイフはそれを斬りながら唄に近づく。
「うふふふお茶目さんだこと…」
 唄は空中で回りながらナイフをなぎ払っていく。一瞬遅れてナイフは発光した。
「…くっ」
 唄は微笑して、
「殺せるときには殺さないと、後で痛い目に遭いかねないわ、ルカちゃん」
攻撃側に立って有利であるはずのルカは、あからさまに顔を歪めた。
「殺すとか殺さないとかはつまり、面白い策戦と楽しい思惑。簡単単純明確明瞭。楽なものなら速攻即座に殺っちゃうのが、筋ってもんだわ」
唄は突然よくわからない系キャラになっている。しかも喋っている内容は更になんかよくわからないが、多分シリアスだった。
 ルカは大きく一歩引いた。
「うふふふふふわかってないでしょう、貴女。そんなに声を荒げて弱い弱いって。曖昧模糊模糊」
 唄は高く跳んで、青のりを繰り出した。
 ルカはみなひめを二重にして一瞬張って、正面の風を受け流すと、横に跳んで避ける。距離と射程は計算済みだった。


「あ…」
『唄がドリーム…』
あぎと咲は同時に泣きそうな顔をした。
「………」
 唯は切り返さない。
 相手の動きを読んで構えられないぶん、不利になった。とはいえ銃の性質上隙は必ず出来る。狙って懐に入るか、猫バスを一発入れるだけでも道が開ける。
 咲はよそ見をしながら撃っている。唯は右で後方、左で前方の弾を落とした。
 後方からの笑い声と、前方のぽぴんがいい具合に混ざっていた。
 夢見る唄は危険因子だ。
「………焦ってやがる」 
 唯は後ろに跳んで、叫んだ。
「うた姉!」
「うふふふふふふふふふふふ」
唄は丁度着地して、また跳び上がろうというところだった。相手のルカの動きはない。完全に精神力のみで戦っているようだった。唯が見たところ、唄は守りに徹している。
「逃がさんですよー」
 咲はランチャーを取り出して構えた。
「うふふふふふふふふふふふ」
その時、唯は唄の後方から向かっていくナイフを見た。
「え」
 今唄の足が床から離れた。
唄の真上には糸が完全に張られた状態だった。このまま糸を足場に据えるとしたら、
「うた姉!」
この距離では後ろから来たナイフが背中にささる。
 扇は、
「………」
間に合わない。
 何で?
 何で。ありえない。
 計算ミスなんてあの人に限ってあり得ない。何か意図があってのことか? 来いということなのか? それともなんなのか。 
「………今度は誰をバカにしてやがる」
唯は笑って、頭を低くした。
 咲が撃つ。
「『!?』」
 唯は、右の刀を投げ出した。
 弾が刀身を砕く。破片があぎに刺さってあぎはちょっと痛かったが、例によって彼の場合はさして問題にならない。
『ぅげャ』
 あぎが変な風に伸びた。
 唯は跳び下がる。二歩で唄の隣につく。咲が構えるより早かった。
 突然の横鑓に、ルカが目を見開いた。
 咲は慌てて銃口を唯に合わせる。唯は、唄の上を飛んで、重力を利用し思い切り斬り下げた。ナイフについていたワイヤーは切り落とされた。
 切れ端から爆音がした。斬られた糸は跳ね上がって、ルカは力の反動で後ろへ吹っ飛ぶ。
「ルカちゃん!」
咲が叫ぶ。それは唄の攻撃の引き金になった。
 唯は唄が張った糸の上に飛び乗った。そのまま、走る。右の長刀は破損したが、左は無事である。一刀を損じたところで、攻撃力を落とすような唯ではない。まして、両刀は専門外。
「ルカちゃん!」
 唄は、ルカの方を完全に唯に任せ、今度は咲を相手に青のりを繰り出そうとしている。
 構えからして、でかいやつ。
 ルカが床にたたきつけられた。
「ルカちゃんってばです!」
ルカは動かない。
 まずい。
 まずい。
 これはまずい。かなりまずい。
 これはもろに正面から否応なく完膚無きまでに扇技を受けまくる。
 咲が罠だということに気づいたのは、今だった。
「ちっ」
咲は舌打ちをして、あぎをひっつかんだ。
 もう、これしか残っていない。
『あ、てめ何す』
咲はあぎの端のほうを足で踏んで、渾身の力でもって、横に引き延ばした。
『をいをいをい何すんだよ』
にょいーと伸ばされるあぎ、横方向はあまり痛くないらしい。あぎは咲の肩幅くらいの幅まで伸びた。
 その時、唄の技が繰り出された。
 咲はあぎを持って構える。
「う、」
そして、
「ぅぉりゃぁああああぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああぁぁぁぁぁああああああああああああああああああっ」
飛び上がって、
『だりゃあああぁあぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああぅぅ(泣)』
振った。
 風が起きた。
 唄が起こした風と、ぶつかりあって、
 摩擦というより風というより、むしろ金属のような、鋭い音がした。
「なっ」
唄が怯んだ。唯の様子は、咲とあぎには、知れない。
 それは、唄の風技に、唯の圧力を足した技。唄を凌ぐには、腕力と効率しか残っていない。風は、圧に勝る。そして、圧は、風に勝る。姉二人が仕事のたびに繰り出してきた技は、同時に発動したところで、干渉されないということを、咲は知っていた。徹底的にパクり技である。
 みなひめの効果で風の通り道が出来ている。
 様子の知れない唯、ルカの場所へ、これで風が届く。
 届く筈だ。
 咲は下からあぎを振り上げた。あぎの皮膚、かなり都合のよい材質で出来ていた。しなやかな靡きっぷりが絶大の効果を見せている。唄は後退した。
 風は唯のもとへ届いた。唯が目を細める。
 一瞬でも動きを止めることが出来たら、それでいい。
 ルカは瞬間、立ち上がり、唯と同じ目線にまで飛び上がった。糸の上に立つ。
 ナイフを順手に構えて、一気に間合いを詰める。刃を突き出す。一瞬だけ怯んだ唯はそれを鍔で受けた。ルカは突き放して半歩分右に身体をずらし、ナイフを突き上げながら、腰から三本同時に抜き、投げた。
「ちっ」
何回目かの舌打ちとともに、唯はそれを全て打ち返した。
 唄は既に攻撃をやめている。咲はあぎを投げ出して、その場に座り込んだ。パクりといえども、動く力は残っていない。
 金属の打ち合う音が聞こえている。
 足場と接近戦の不利から、多少唯が圧され気味だが、ルカのナイフには限りがあった。
 唯の体力が尽きるか、ルカのナイフが尽きるかの勝負だったが、この差は歴然だ。
「…ッ」
そのうちに、ルカはバランスを崩す。
『をいをい姉さん!』
横長いあぎが叫ぶ。
 ルカは肩から落ちる。
 唯はそれを追って自分も飛び降りる。
 咲は銃を抜いて、唄がいるから無駄だとわかっていながら、唯に向けた。

撃つ。



「………」
どん。
「………」

「………」

破片が飛び散った。
 裂けたのは、唯の頬と、ルカの手の甲だった。

「………」

 ルカはその手に銃を握っていた。
『ぅおう♪』
 二本目の刀が、真ん中からへし折られた。
 ルカは銃を構えたまま、唯を睨みあげる。先刻咲が投げ出した銃を、ルカが拾っていたのだ。
「これを撃ったら死にますか」
「死ぬだろうねえ、得物が無けりゃ」
唯はシニカルに笑った。
 ルカも笑った。

「…お茶にしましょうかね」
いつのまにか咲に近づいていた唄は、微笑した。ルカは銃を下ろした。
 唯は半分になった刀を放り投げて、踵を返した。代わりに落ちたほうの刀身を拾い上げ、
『ずわ』
あぎに向かって投げた。
 あぎは倒れた。


「四人で旅をしているの?」
茶をいれながら、唄は訊ねた。
ルカは頷く。
「あと、男性がふたりです」
「…男性?」
唄が下を向いたまま眉を顰めた。
 男性。男性と一緒に旅。姉二人は地の果てまで追いかけてその男性を、命に代えても殺すことだろう。そういう人たちだった。
 咲が深駆並の早さでルカに裏拳を入れた。上目づかいで微笑む。
「いえー、男性といってもー実はペットでー、こうねー小さくてー」
「ええ、もう一人は剣士です」
咲の渾身の拳はルカの左手に受け止められた。
 ええって。
 ええってどこに!!
 どこを肯定しましたか貴女!
「………」(咲)
「………」(唄)
「……?」(ルカ)
「………」(咲)
「………」(咲)
「………」(咲)
「…お姉さん」
「………」
「葉が開きますけど」
「そうかもしれないわね」
「………」
襖を開ける音が七秒半の沈黙を破った。
「出来たぜい!」
最高のタイミングで、台所にいた唯が居間に入ってきた。頬にはなんかよくわからないがお花かなんかの可愛いデザインの絆創膏が貼られている。ルカは、なんかよくわからないが、ふうんと思った。
「ルカちょん用の茶だーい。咲も飲め」
唯はちゃぶ台に大きめの湯飲みをふたつ置いて、独りで拍手をした。
「有り難う御座います」
ルカは微笑んでそれを受け取った。咲も一応会釈する。
 湯飲みの中は普通の緑茶のようで、湯気がたっていた。
「これは薬湯ですか?」
ルカは湯飲みに口をつけて訊ねる。
「おう、最近独自の研究で開発したぜ。怪我用」
「何茶ですか?」
猫舌の咲は、まだ手をつけない。
「………」
唯は返事をしなかった。
「…? 何茶?」
「           ぎ茶」
「…むぎ茶?」
湯飲みの中を見ると茶柱が立っていて、それは、ぐるぐる泳いでいる。
 ときどき飛び跳ねた。
「………………。」
 咲はちゃぶ台の上のつまようじを一本抜いて、それを刺した。
『あで』
窓の外にすばやく放った。
『ぇあああぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁあぁぁぁぁ。』
高域の音が雨の庭に消えた。
「………?」
 勿論姉二人は見逃さない。
「お行儀が悪いわよ咲ちゃん」
唄が諫めた。機嫌がよくないのが声でわかった。
「んーと、なんか小さいのが入っててー」
咲は慌てて上目遣いに言った。通常はこの手で通用するのだが、どうだろうか。
「あ、やっぱ?」
唯がひっかかった。嬉しそうに笑う。
「食べちゃいたいくらい可愛いだろ?」
「………」
「………」
「何が入っていたのですか?」
「唯ちゃんの愛は本物なのよ」
唄はものすごいフォローをして、
「取っていらっしゃいな」
と咲に命令した。
「………」
 咲が黙って立ち上がると、鍋の中に腹を上に浮かんでいるあぎが見えた。

 咲が出ていくのを確認して、唄は小声でルカに話しかけた。
「ルカちゃん、」
「ええ」
「さっきのは、咲ちゃんの銃かしら?」
「ああ、はい」
ルカは軽く頷いた。
「落としていかれたので、何かに使えるのでは、と」
「残ってたんだな」
唯が苦笑した。
「弾が、ですか」
「うん。あいつは六連発式銃には、五発分しか入れないんだ、普通。油断してたな」
「ルカちゃん、さっきの続きだけれど、」
唄は割って入って話題を変える。ルカは唄のほうに向き直る。咲が帰ってくると思ったからかもしれない。
「殺すときは殺しておかなければならないと言ったけれど、」
ルカは湯飲みを置いた。
「無理することはないのよね」
「………」
ルカは目を見開いた。
 この人は。
「………」
 この人は、見抜いていた。
「あ」
 雨は既に、やんでいる。
「無理して殺してしまうことはないし、無理して守ることもないのだと思うわ、私」
「………」
「無理しなくってもいいから、ぼちぼち元気だして、頑張っちゃって頂戴。守ることが出来るというのと強いというのは、同値じゃないけれど、元気だったら、守れるのよ。何でも」
「………」
「私たちはまあいわば、面白い策戦と楽しい思惑でもって、楽しい殺しを生業としているのだけれど、それはだって、元気だからやっていけてるのよね」
唯はと見れば、えらく楽しそうに笑っている。
「だから咲ちゃんは私たちが守っていかなくちゃと、思っていたわけなのよ。自信があったから」
「お姉さん」
「元気で頑張って。咲ちゃんと、ついでにあとの人たち。守ってあげて頂戴。強くなくっても、無駄にかっこいい貴女になら任せちゃおうかしらと思うのよ。ねえ唯ちゃん」
 唄はちゃぶ台の上から手を差し出した。握手を求めているらしかった。純和風の家にシェイクハンドは似つかわしくないようだったが、ルカは黙って手を出した。
「頑張ってね」
姉二人が同時に笑ったところで、
「勿論です」

 ルカは試練を終えた。


「はいおかえりなさい」
帰ってきた咲に、唄は笑いかけた。
「あれ、ルカちゃんは?」
小さいあぎをつまようじに刺し直して、それを綺麗にティッシュに包んで、ゴミ箱に捨て終ったところだった。
「帰ったわ」
「帰ったって」
「異世界」
唯が代わりにこたえた。
「試練、終ったですか…」
というかどうやって帰ったんだろう。自分は向こうに行けるのだろうかという疑問が過ぎった。此処はまぎれもない、自分の家なのだ。つーか、此処まで事情を知って姉が送り出してくれるかどうか。
「なあ咲、」
唯は茶を啜りながら、咲に訊ねた。
「お前、ルカちょんに聞いたけどよ、弾全部入れてたんだろ? 五発しか入れんのがお前のポリシーってやつじゃなかったのか? 先輩の教えだとかなんだとかの」
「ああ、やめましたそれ」
「やめた?」
唯は眉を潜める。
「んーあれね、自分に弾があたらないように、おまじないみたいなもんだったですねー。あんま意味ないんですけど、先輩、一時期ハイパー旧式のを使ってた時代があってー、癖でー、肖ったんですねーはい。なんか安心するじゃないですか、あたらないんだなって思うと」
「でも、やめたんだろ?」
唯は訊ねた。咲が首を傾ける。
「うんー。自分に当たること、もうありませんってかー、あたってもー絶対意地でも死にませんってか、ね」
ふふ、と咲は笑う。
唄は嘆息した。
「………」
「僕はー死ぬわけにいかんですー。することが色々あるですからー」
唯は嘆息した。
 咲はその「すること」の為に死ぬ奴だったのではなかったか。唯は思った。というか、唄はどうだか知らないが、唯はそう教えてきた筈だ。仕事の為には死ねと。そのほうが楽皆がだから。
「絶対意地でも死ぬまいと思うわけだ、お前は」
「ええ」
咲は嬉々として頷いてみせた。唯は片方だけ眉をあげた。
「なんか四日弱で持論そのものを入れ替えた感じだな、お前」
「ま、そうですね」
咲は笑った。死ぬとアレですしね、とつけくわえた。
「絶対意地でも死なんか?」
「絶対意地でも死にません」
「そっか」
外は、まだ雨が降っていた。唯は茶を飲み干した。
「うし、じゃあまあぼちぼち行って来いや」
「いいですかあ」
「死なずに戻ってくるならまあ許す」
刹那、咲の回りの空気がピンク色に染まり始めた。ローザがどうにかやっているのだろう。
 唯はちゃぶ台に肘をついてそれを見る。咲が死ぬ以外の楽で楽しい方法を見つけたというのなら、それでも良かろうと思う。死ぬことは楽でそこそこ楽しい最善の逃げ道であるからそれを教えてきたが、それ以外の何でもない。
『待てやこらあ………』
 ペーストされかけっぽいあぎが這ってきた。彼の回りもピンク色であった。ローザの意図がよくわからないが、姉二人は見向きもしなかったので、都合の良いことだと咲は思った。
「いってらっしゃい」
唄が言った。

咲は試練を終えた。











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