――分が、悪い――
右の拳で一体を飛ばした。
――あまりに数の差があって――
横からの拳をかわす。
――一発すらやばくて――
蹴って、こかして、
クレス!
無数のナイフが顔面に突き刺さって、
喘ぐような咆哮を残して、
砂になる。
――そして――
気付けば、もう正面にいる。
――終わらない――
地鳴りを察した。反転、4足で突進して来た敵を知る。
疲れた
大分荒れてきた呼吸。
 きつい
体は反応を待ってしまう。
集中しているのに、分かっているのに、
一瞬のタイムロス。
焦って、よける。
その角を回避するのが精一杯で、その肩に突き飛ばされる。
 地を滑って、不意に頭を打った。
 そこが壁であることを初めて知る。
「やべ……」
 三体、囲まれている。

……変わらないと、いけない。このままじゃやばい。
でも、どうやって?

グローブの時間を確認、
先に、敵の拳!、かろうじて避けて、
殴る!
敵が飛ぶのを確認した、その時には殴られていた。

『あの時』はどうやった?
キャサと戦って、ルカさんが倒れた。
久女と戦って、ルカさんに逃がしてもらった。

壁を背になんとか立つ。
二体は……攻めてこない。俺が動くのを待っている。俺が攻撃した隙にもう一体が俺を攻撃するつもりだ。
じゃあ、どうすれば……。

逃げた後、辛かった、苦しかった。
回りの風景が全然変わってくれなくて、
あそこまでどうしようもない自分は初めてだった。

いっそ、俺も動かずに回復を図りたかったが、甘かった。
二体が同時に動き出した。
……。
疲労と相まって、動けねぇや。

迫る拳、どうしたものか。
――確か『あの時』は気持いい風が吹いて――
迫る拳、どうにかしようがあるのだろうか。
――なんとはなしにグローブを外したくなって――
確か、確か、

――時計――

寸前のところで止まっていた拳。
焦げ茶の肌が一瞬よどんで、砂に変わった。
崩れる砂の後ろに機械人形。
「あ……」
それも次には殴り飛ばされていた。
胴から砕けて、砂と化す。
「!、くっそ……」
そいつと向かい会った時、その顔面から刃が生えた。
魔物は背後から頭を貫通した刃に、倒れることもなく砂になった敵。
「なに……やってんだよ」
ナイフを手にしたキャサ……かなり、疲労している。
顔色がまずい。右の脇腹を抑えている、一発食らったらしい。
それでも、分かっているけど、
今は……。
「キャサ」
「んだよ」
「時間、稼いでくれるか」
予想していた『無理言うな!』の顔が一瞬表れた後で……。
「……何秒だ」
 ゆっくり返ってきた言葉。
「7.77秒」
今度は一瞬詰まったような間があったけど、その後にはため息が。
「ったく……急げよ」
小さく言って、俺に背を向けた。
グローブを急いで外して、『MODE』を三回押す。
『0.00』が表れたところで、深呼吸。
キャサの周りの地面には光の円が3つ見える。同時に流動する砂や、向こうの闇から迫っている物も。
自分の鼓動を読みながら、ゆっくりスタートを押す。
 …………。
……流れる、時間……。
 ……だんだんと、だんだんと細かくなる……。
 ……自分が、世界が、限りなく静まっていく……。
 ……時間は、もっと細かく……。
「深駆!」
 ……足下に振動、敵が近づいている……。
 でも、大丈夫。
「おい、聞いてんのか!」
 きっと、間に合う。
 足音の大きさ、聞こえてくるペース、時計の時間。
 充分、間に合う。
「逃げろ!」
 ――ストップを押す――
 ほら、
 敵は今から肘を引くのだから、グローブを着ける時間を含めても。
「0. 13は余っている」
 余裕で、殴り飛ばす。
敵の体も俺の体も、意外なくらいに軽くなっていた。
「……やっとか」
 そこにはキャサと一体の機械人形だけが残っていた。
「キャサ、少し休んでろ」
 自信があるのと、無理させてしまったことから、かっこつけてみる。
「調子乗ってる暇があるなら、とっとと働け」
 言いながら、再び地面に円を現した。
「……おう」
 最も多くの敵と交戦できるよう、部屋の中心へと急ぐ。




 ナイフに意思を込める。頭に発生する仕事、それが今はすごく小さい。大きくて、複雑で、複数の、強い意志。頭にすっきりと点在する。
「貫け!」
 撃つ。
4本のナイフが、4体の魔物の顔面に、それぞれ風穴を開けた。
……。
……外れか。
他の魔物はそのままで生き続けている。
敵の再生は5秒ジャスト。クレスをどんなに急いでも1匹1秒は必要……うっとおしい。なかなか本物にあたらない。俺が標的を変え続けても、それに合わせて巧みにダミーを持ってきている。

空気の裂ける音――久女と銀の人形との空中戦――

久女は大丈夫……っていうか、やっぱりすごい。クレスとナイフで一瞬の足場を作って、宙での不利を補っている。あまり攻めるわけではなく、あくまで牽制。充分に余力を持っている。
心配なのはキャサ。俺が無理させたのもあって、大分きつそう。自身はあまり動かずに人形1体に身を守らせて、二体で攻撃。
でも、こうやって見てみると解ってしまう。
二体の動きは明らかに鈍くなっている。さっきまで一体で魔物一匹を相手にしていたのが今では二体がかりでもあまりよくない。
急がないと……。

……『?』

……なんだろう……『違和感』、かな?
あそこ、魔物一匹とキャサの人形二体とがやりあっているあそこ。なんだろう、なにか、違う……?
気のせい?
違う。なにか、どこかが違う。
動く、三体の中に……。
わかるはず、今ならきっと見つかるはず。
……。
…………。
………………。
……かげ……?

――影!?――

「キャサ!」
 見つけた!
「影だ、こいつら地面に姿が映っていない!」
 この大理石のような床、俺やキャサ、そしてキャサの人形はその姿が映っているけれど、やつらにはそれがない。
「……この薄暗い部屋とそれでも目に付く紫のもやと香り。そういうわけか」
 キャサが俺を見て機械人形が二体、俺の側についた。
「なら、急ぐぞ」
 急に押し寄せてきた魔物。地面にその姿は映っていない。
 右拳で殴って、
 同時に、
 クレスで貫く。
 眼前が開けると、それはもうそこに居た。地面に姿のある魔物が!
 その左右から後ろから、集まろうとする魔物が多数。
 固まられちゃきりがない……。
 でも、今の俺だからこそぎりぎり間に合わないことも分かってしまう。
 その時、右の人形がその左手を敵に向かって突き出していた。
「……まさか」
 その腕が、跳んだ!
「ロケットパンチ!」
 ……え、古いか?古いのかな?……だって他の呼び方ないもん。
 しかし、右からの一体がそれを受けた。
 そいつは砂になるが、本体はさがってしまった。背後から合流した数体に阻まれ、こうしているうちにもさっき倒した奴らは再生を始めている……このままじゃ、きりないぞ。
 思ったとき、左の人形の動きに変化を感じた。
 俺とダミーの間に割って入って、
 敵に背を向けた?!
 ……。
 ……『飛べ』ってか。
 不思議なことにその一枚の黒いレンズに意思を見た。確かに『飛べ』、と言っている。しかもその肩が反転して、ナイフの柄が突き出された。
 『彼』は膝を曲げ、両手を重ねて、腿に添えた。
 俺はそのままその手に足をかけ、ナイフを抜き取る。
 途端にその手から上へと力が加わり、大きく飛んだ。
 ダミーはほぼ無反応、そして上からだとよく判る。
 地面に姿の映る魔物が一体。
 そう、
「お前だぁ!」
 上から、ナイフを、頂点に、
 突き刺す!

嫌な感触と共に、腹に響く喘ぎ。そのままぐらついて、ナイフはそのままに、降りる。
音を立てて倒れた魔物……。
今までにない間の後で、ゆっくりと砂になっていく。
見れば周りの魔物はただ立ち尽くしていて。
そのまま、ざらりと、崩れた。
そして、10の砂山だけが残った。
「よし」
 人形は、片付いた。
「やったか……」
 キャサがため息を一つもらすと機械人形たちも砂に還っていった。
「深駆、お前だけで久女さんの援護に行ってくれ」
 そう、まだ終わってはいない。
キャサは肩腹を押さえながらでかなりきつそう。
「大丈夫か?」
「そこまでやわじゃねぇーよ、けどな……」
「……けど、なんだ?」
「まぁ……いい。とりあえずは頼んだ。早く行け」
「あ、ああ」
 気にはなるが、今は向こうに、20メートル程離れた久女のところへと走る。


いきなりエッセイ
〜少年ジ○ンプ現象におけるの主観的な考察〜

                       讃岐 深駆

 要は「昨日の敵は今日の友」な現象。別にジャ○プに限ったことではないのだが、著者としては最終的には武道会の参加も拒否した最初のライバルからそいつの女を取った某星の王子様までが仲間になったあの漫画や、一度は死にかけるか、死んだと読者に思わせた後で正式に仲間になるあの勇者漫画(そう言えば、これの最初の強敵も最終戦では「レベル外」だった)……そうそうこの場を借りてもの申すが、あの勇者漫画における「閃熱呪文」の二段階目。「強すぎる」「誇張だ」との声があるのだがそうでもないのだ。あの呪文は「T」における最強呪文であって(とは言っても覚える頃には武器の一撃の方が威力は上だが……)、「U」では2番目に強い呪文なのだ(こちらは覚えた当時は一発で敵パーティを確実に全滅させる威力!)。もっとも、「T」「U」には存在しない「火炎呪文」の3段階目を1巻から使うやつがいるので「V」以降に書き出したことに間違いはないのだが、こうやって「T」「U」を踏まえて見るとあの演出もあながち誇張とは言えないのではないか。
 ごめんなさい。二段階脱線しました。要は著者としてはジャン○におけるこの現象が一番印象に残っているのでこの名を冠した。読者であった頃は「少年漫画ゆえの甘っちょろい展開」と見なしたものの、実際やってみるとそうではない。この現象における利点、戦力の増加、新たな友情、キャラの使い回しなどその恩恵は多いのだが、一番重宝されるのはなんといっても『情報』ではないだろうか。そう、新たな敵の名前からその強さの程、敵組織の目的から細かな作戦まで、「敵」であった彼はそれらの『情報』、つまりは主人公たちの知り得ない『機密』をごっそり持ってくるのだ。これにより「知る」までの過程が一切省かれ、すっごくスムーズに話が進む。旅でもしてたなら「旅の途中で耳にしたのだが……」で、飛び入りにも完全対応。ああ、なんてすばらしい。
 つまり、「少年○ャンプ現象」とは、〆切に追われる漫画家や、センターまで10ヶ月を切ったのにまーーだ部活やってやがる文芸部の3年生が使わないわけにはいかないような、なかなかにシビアな現実が生んだ乾坤一擲の名手と言えよう。


 ……俺の名前を使っても無駄だ。ゲームばっかやってる三年はお前しかいないだろうが。
 ちょうど、久女が着地したところでそこに着いた。
「鬼城は?」
「少し休むとさ」
「……そうか。俺は直接しかける。お前はクレスで隙を突け」
 短く言って、すぐに動き出した久女。理由は敵、待ってくれるつもりはないようだ。
 こちらに向けた手のひらに白い霧――蒸気に見える――が集中する。すると、0.2秒もたたない内にそれはするどい氷の刃を形成した。
 が、久女の拳が放つ前にこれを砕く!
 ……今だな。
 クレスで辺りから3本のナイフを拾い上げ、放つ。
 狙うは、突き出した手と、頭と、左胸。
 人形の放つ光が揺らめいて、空間に残像を残しながら、かなりの速度であるナイフを、ゆっくりとかわした。

ザンッ

 しかし、その右手はもう一本のナイフに切り落とされていた。
 久女だ。体を繰りながらで密かに操作していた一本。
 その無言の笑みに知った。
 彼は、俺を利用した。敵が俺を新たに『敵』とした時にその注意はどうしても俺に片寄る。その隙を、最初の攻防に限定されるチャンスを待っていたんだ。恐らく……自身の仕事を『牽制』と決めた瞬間から。
『あら、あら……』
 銀人形の口が動いた。やはりその声は場にふさわしくない穏やかさで……。
『困りました』
 自ら吐いた台詞、どの程度真に受けていいものか。
『……ゆえに、仕方ありません、ね』
 つい、ため息。言葉の終わりで放たれた嫌な威圧感。そこに収束を始めた紫のもや……まだ、終わってくれそうにない……。









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