11


 マフラーからおもりを取り出して、ピアノ線を噛ませた。それをいくつか左手の指の間に挟んで、枝を蹴り石鼎との距離をとる。
 2つおもりを投げて左右の枝にひっかけて、間の距離を覚える。石鼎の死角に入った。
 銃で対抗出来ないとなると、手は限られる。相手が埋めた痛いぞなんとかの所為で、完全に空中戦になってしまった。…ここは多少陳腐だが、やっぱ。
「…ピアノ線でトラップ張って、八つ裂きッスね☆」
両手でガッツポーズを決める。既にキャラが違っている。
 咲はテンションがこの上なく高いながらも、息を潜めて気配を消す。こういうときにこそ姉の教育が役にたつというものだ。
 枝の間から様子を伺う。
 石鼎は相変わらず無駄に笑いながら翻っていた。上が毛皮で下が膝上という足だけ寒そうな格好は、やはり色にかかわらず癪に障るが、流石にこらえる。
しかし当の石鼎、咲を探す気はあまりないと見え、同じ場所をぐるぐるまわっている。
「………?」
何故だろう。
 迂闊に動くと自分がしかけた緑色のあれにひっかかるからかもしれないが、場所を覚えていないということもあるまい。
(………。ならばホントに余興の爆弾バカですかねえ…)
思ったところで、ふと、石鼎が笑いながら、妙な動きをしたように見えた。
 刹那、正面から強い圧力がかかる。咲の身体は一気に後ろにふっとばされる。
「!!!?」
背中を隣の幹に強くぶつけた。音を聞きつけて、きゃははは言いながら石鼎が跳んでくる。
「…ッ」
とっさに枝に掴まって、手の力だけで回転して枝の上に乗り、体勢を立て直した。間髪入れずに桃色の爆弾が向かってくる。銃をかまえていなかったので、そのまま後ろにとんでかわした。咲の頭を狙って飛ばされた珠が、肩をかすめた。
「………どうなってるですか…ッ」
飛びながら呟く。正直かなり錯乱している。
なんだ、今のは。
 樹をかえて、幹の後ろで銃を取り出す。流石に肩で息をしていた。相手に場所を悟られない程度に、深呼吸とする。相手自身が大声で笑っているので見つかりにくいはずなのだが、勘がいいのだろうか、隠れてもすぐ捕まる。
「…あぎがいれば防弾になるですがねえ…」
軽く弱音を吐いてみるが、あれがいたところで色々喋られるとやっぱなんかうざそうなので、居なくてよかったかもとも思う。
 そういえばヴィルは死んだだろうか。
 頭を振る。
「ぅあー………いけませんですー」 
不覚をとった。
 今の『圧力』、多分魔法か何かだ。そういえば此処は「魔法」でもって事が流れるところ、誰が何の魔法を使ってもおかしくない。自分が一度地に叩きつけられておきながら、自分が被害に遭うかも知れないというのに痛いぞなんとかを敢えて使ったのは、「奥の手」持っているからだと考えれば合点がいく。
舌打ちをする。
「………これは…」
不利、だ。
相手はまだ「本気を出していない」ことになる。
 もしや、と咲は思う。
ぶち切れたようなきゃははキャラは、カモフラージュだったりして。
普通地で出来ないもんなぁあれ。名前もなんか狙ってっしなぁ。服も戦闘するにはあんまりだ。
「………小馬鹿にされてるんでしょうか」
しかし誰がなんと言おうとピンクは嫌だ。狙っていたとしても、ものすごく嫌だ。
 目を閉じる。肩が痛む。
意識してテンションを下げるように努める。
 打開策を練らなければならない。「魔法」に太刀打ち出来る技を今の自分は持っているか。
 姉ならこんなときどうするだろう。

 ちょっと笑んでみる。あの人たちならこんな状況でも狼狽えることはないだろう。
修羅場を抜けまくってなお笑うような人たちだ。
「………すいませんです、姉さん。」
 銃をマフラーにしまう。
「…咲は、バカにされているとわかりながらなお、あのピンクボムに血反吐を吹かせてやりたいと目論んでいますですので、」
意識したわりにあまり下がっていないようだ。

「……いきます」


 12


 強い…。
 ルカは左手を宙に浮かぶオレンジ色の水晶にかざしたまま、ぜいぜいと荒い呼吸を繰り返す。
 オレンジ色の水晶、あの小賢しい娘のつけた名前でいうならば『南の島のお姫様の歌』、を中心として広がる透明な結界の中。ルカは焦っていた。
 「固い結界」のイメージ。それは確かに功を奏した。結界は以前とは比べ物もならないほどに強固になった。けれど。
「本当に、あの娘の作るモノは欠陥品しかありませんね」
 苦笑いすら、上手くうかべる余裕がない。

 ほんの少し前まで、戦いは均衡を保っていたのだ。いや、寧ろ攻勢でいた分、攻撃は当たっていなかったもののルカの方が優勢だったといえる。
 しかし、突如としてその情勢は崩れた。
 ナイフを投げるために一瞬解いた結界。そこを狙って一瞬にして間合いを詰めてきた久女にすぐにルカは結界を張りなおした。しかし。
 パプン。
 そんなやたらと平和的な音が響いて。たった一撃の久女の攻撃でその結界が崩れてしまったのだ。
 なぜ?
 そう思いつつ、ルカは久女の攻撃にナイフで牽制を加え再度間合いを取り直すと、結界をまた張りなおす。けれど、なんど強い結界をイメージしても、張れるのは自分でもわかるほどに薄い結界。その上、まだそれほど長い時間戦ってはいないはずなのに、ありえないほどに感じる疲労感。
 なぜ。
 結界は、張っても張ってもすぐに崩れて。張るだけ無駄だと悟って生身で勝負にでる。
 身体が重い。
 なぜ。
 軽いナイフを投げるために動かす腕すら、鉛のように重い。
 久女に、ナイフはあたらない。力の弱りきってしまったルカのナイフを、いっそ優雅に見えるほどに綺麗に、指先ではさみとってしまう。
 そして、そのまま投げかえされたナイフは避け損ねたルカの左腕をかすって、勢いを失うと地面へと落ちた。
 ルカの左腕から、赤い血が滴り落ちる。ナイフの傷は、浅かった。ただ、そこは不運にもルカがここへ来る前に咲から受けた傷と同じ位置であったから。傷口が開く。じわじわと痛みが広がる。
 
 それから暫くルカは逃げに徹してなんとか回復を図っていたのだが結局のところは追い詰められて。そして現在無理やりに張った結界の中にいるというわけである。
 完治していなかった傷口が、久女から受けた攻撃で開いて、熱を帯びている。痛みはもうさほどない。長く続いた痛みで、痛覚が麻痺している。あまり良くない傾向だ。
 ポピン。
 久女がスニーカーで、見えないはずの結界をしかしそれとは思わせないほどに正確に蹴り飛ばしている。
 無表情に、これ以上ないほどに、強く。
 パピン。
 これは、結界の崩れる寸前の音。
 ルカはそう判断すると水晶にかざしていた左手で水晶を掴みとり、結界を解くと同時に呟いた。
「虚ろな有よ…」
 精神を集中させて、力に変える。疲れのせいか、精神力はほとんど残っていないけれど。
「っ?」
 けれど、一瞬に集中すれば力は出せる。
「還りなさいっ」
 つくりものでない久女には砂人形相手の時のような効果など期待できないことはわかりきっていた。何も起こらないことを覚悟の上で、それでもルカは自己の力をかけて、その詞を呟いた。何もしなければ勝ち目がなかったから。半ば賭けであった。
 しかしその結果。ほんの一秒ではあったが、それでも久女の動きが止まったのだ。
 それで十分だった。
 ルカは重く感じる身体を無理やりに走らせ久女の脇を抜け、背後にまわると袖口から五本のナイフを一挙に投げつけた。
 びゅんと風を切るナイフは、すぐに調子をとりもどした久女にかわされてしまい当たりはしなかったが。それでもなんとか追い詰められた状況からは逃れられたのでルカはほう、と溜息を漏らす。
 一命は、とりとめた。
 そう思ったとき。
 久女の姿が、消えた。
「…いないっ?」
 しまった。気を、抜いてしまっていたのだろうか。いや、でも確かに先刻まで、眼の前にいたはずなのに。
 あの娘と同じ、高速移動の一種なのだろうか。久女の気配は、もう既に背後にある。
 間に合うだろうか?
 振り返りざまに一本。ナイフを投げる。が、久女は軽く首を傾けるだけでそのナイフをよけて。そのままの勢いでルカの腹を殴りつけた。
「う…」
 口から血糊と呻き声とを漏らし。ルカは近くの木まで吹き飛ばされた。背が木の幹に打ち付けられて、ルカはその場に落ちる。
「もっと、できると思ったのだがな」
 ぽつり、と無表情の久女はそう漏らし、最後のとどめをさすためと言わんばかりにルカへと走り来る。
 咄嗟に、ルカは『みなひめ』を取り出すと自分の周囲に結界を張る。けれど、先刻破られたばかりの上に現在のルカが弱っていることも相まって、結界はかなり弱い。下手をすれば久女のたった一度の攻撃でこわれかねないほどに。
 どうすれば。
 ルカは、疲れ果てた身体を何とか立たせながら考える。
 もう一度、詞を使えばこの場を切り抜けることはできるかもしれない。けれど、このままでは戦いは終わらない。それどころか、もうあまり長い時間ルカは戦うことができそうにない。なんとか、倒す方法は…。
 もしかしたら。
 ルカは瞬間、『みなひめ』の結界を解くとともに数メートル、木を避け斜め後ろに跳び下がる。
 久女はさらに足を速めルカを追って来る。
 好都合。
 ルカはそう思いつつ左手に『みなひめ』、右手にナイフを構える。
 もう少し、もう少しだけ相手を近づけて…
 今。
 ルカは右手で久女へとナイフを投げ、どうじに『みなひめ』の結界を発動させる。狙うは、久女の両手足。
 ポプピンッ。
 酷く間抜けな音が、それも酷く大きな音が響く。
 見えない、強固な枷が久女の両手足を縛っている。

 時間に比例して溜まっていく疲労感、反比例して薄くなっていく結界。そして、詞を使っていなかったにも関わらずほとんど残っていなかった精神力。
 それらを思い起こした上で、もしかしたら、詞を通じて精神力を力に換算するように、『みなひめ』とはそのオレンジ色の水晶を通じて精神力を魔力に換算する道具なのではないかと。そうルカは考えたのだ。
 そしてそれならば、消費性の精神力を有効に使うには一点に短時間集中させればいい。それに、ふさわしい形をイメージできれば…。
 そして、『みなひめ』から精製された魔力をもとにして作った枷が、今久女の両手足を縛っている。ナイフが当たるまでのほんの一瞬ならばこの強さを維持できる。
 勝てる。
 ルカはじっとそのナイフの行き先を見ながらそう、思っていた。
 けれども、そのナイフは久女へと届くことはなかった。
「……悪いな。本来ならこの身一つで戦うつもりだったんだが」
 ナイフは久女の手前で宙に浮いたまま動きを止めていた。そしてそのまま回転し、刃先がルカの方を向く。
「傷つけられて喜ぶような趣味は生憎持ち合わせてはいないんだ」
 久女のグローブに取り付けられた石が、鈍い光を放つ。
「本気で、行かせてもらおう」
 ナイフが、ルカへと向かった。

 マズイ。
 ルカは『みなひめ』を手にその場から横に飛び避ける。しかし、ナイフもまたそのルカを追って、突如として軌道をかえてルカの方へと飛んできたのである。
 間に合わない…っ。
 ナイフは一直線にルカの頚動脈を狙ってきている。それもルカが左右に動いてみせてもその通りに追ってくる。
「私もここまで。ですか。」
 ルカの足が、止まった。もう、既に動くことも辛かった。
「せめて、球は護りたかったのですけれど」
 物心ついた時から、自分にはこの球しかなかったのだから。護り通したかった。
 けれども、ルカは思う。自分がこうして久女との戦いを引き延ばしているうちに、他の仲間が逃げられていたならば。それならば、自分がここで死ぬ価値はもう十分にあるかもしれない、と。
 一度は助けに来てくれた深駆も、きっと一度目で助けにくるということが、どういうことかわかったはずなのだ。きっと、逃げてくれる。
 もう、かまわない。
 ナイフは、もう目の前まで来ていた。

 そして、訪れる痛み。

 それは喉を切り裂くものではなかった。右の横っ腹を力の限り殴られた。そんな痛みがして。ルカは左のほうへと十メートルほど吹き飛ばされた。
 どこまでも追ってくるかと思われていたナイフは、途中までは吹き飛ばされたルカを追ってきていたが、その途中で、ピタリ、とその動きを止めて、地面に落ちた。
 助かった…?
 痛みと苦しさでまともに息もできないままルカは考える。内臓がイってるのかもしれない。
「…う」
 気持ちの悪いものが喉の奥からこみ上げてくる。ゲホ、と大きな咳とともに、ルカの口を覆っていたルカ自身の手は紅く染まる。ねっとりと指の隙間から血が滴り落ちる。
 それでも、助かったからには、まだ、戦わなければならない。
 ルカは近くの木まで這って行くとその木を頼りに立ち上がる。体中が、痛い、というよりも熱い。
「ルカさん。大丈夫ですか。すみません、咄嗟で加減がきかなくて」
 聞き覚えのある声が、する。
 ルカは無理やりに視線をあげると、大きく、大きく目を瞠った。そして
「アナタには学習能力ってものはないんですかっ」
 思わず怒鳴った。
 その場にいたのは、深駆だったのだ。
「何のために場所を変えたと思ってるんですか」
「いやでも。俺にも今度は助けられるかと」
「そういう根拠もないことでこんなことをしないでくださいっ」
 死の危機からは救ってもらっていたにも関わらず、ルカの言葉はきつい。さらに
「ウチにもバカは多いが…ソイツもか」
そんな声が敵サイドの久女からも漏れる。しかも、その口調も目線も、明らかにルカに対して同情していた。
「しかし、ここに来た、ということは鬼城は倒した、ということになる。それに」
 ゆっくりと、久女はその歩みをルカ達のほうへと向ける。
「この女との決着ももうすぐにつく。…整理運動の代わりにソイツと戦うのも悪くは無い」
 言い終わると久女は地面に落ちたナイフを拾い、ルカと深駆とがいる方向へと、ソレを投げつけた。
 放物線を描くはずのそれはどこまでも一直線に飛ぶ。それに気付かずに
「これなら避けれますね」
 などと深駆はルカの手を引いてナイフに視線もやらずに脇へと避ける。
「違いますっ」
 ルカはそう叫ぶと、深駆の手を振り解きナイフの法へと向き直る。やはり、ナイフは深駆とルカとを追ってきている。
 もう、コレしかない。
 瞬間。ルカは『みなひめ』を片手に結界をはり、ナイフを弾き返した。
 ナイフはポピン、と和やかな音を漏らし地へ落ちる。
 それと同時に、ルカもふらり、とその身体を支えきれずに重力に従い後ろへと倒れこむ。本当は、もう『みなひめ』を使えるほどに精神力など残ってはいなかったのだ。
 倒れてきたルカを支えて、深駆はルカへと声をかける。
「ルカさん、ルカさん」
 呼ばれたルカはなんとか残る意識を総動員して、その端から血の漏れる口をゆっくりと開く。
「逃げなさい」
「え?」
「私を置いて、逃げ……」
 最後まで、その言葉は告げられぬまま。ルカは意識を失った。

















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