5
「自分の力が足りなかったばかりに……」落ち込む非力が一人。
「まぁ、なんとでもなるのでは?」心からどうでもよさそうなのが一人。
「ちゃんと棒立てて来ましたから大丈夫ですよ」……。
「急ぎましょうか」二人に言って、自らが先頭に立つ。
「ええ!ヴィルさんほっとくんですか!」とたんに取り乱す深駆。
「大丈夫ですよ、彼なら」
「いや、でも一人ですよ。いくらヴィルさんでも」
「ヴィーちゃんにはあぎが憑いてます!」力を込めて咲。
「いや……そりゃ、そうですけど……」
命の恩人である肌色で小さくて喋って伸びて、ついさっき千切れたあれの存在に(本気で)納得はしながらも、
「なんか、変な感じなんです。この森に入ってから……なんか無駄な胸騒ぎがしていて」落ちつけない様子で辺りを見回す。早くも頬には汗がつたう。
「……それは決して無駄ではありませんよ」少し声のトーンを落としたルカ。
「え?」
「正直な話、あなたが気付くとは思いませんでしたが……見られています」あくまで前方だけを見据えながら。
「!?」一人で立ち止まり慌ただしく辺りを確認する。
「さっきからやる気まんまんですがよ」咲は言いながらもその表情はにっこりで。
「!?じゃあ、なおさら、」
「一番、心配なのはあなたですから」ごくごく普通にルカ。
「あ、なるほどっ!」これにガッテンした深駆。
「きゃははははははははっ!」
甲高い声は異常な範囲にこだまして、どこから聞こえたか分からない。
深駆はその時右手グーを左手パーに落とし終えたところだったが、今の奇声、もとい笑い声に、そのままの姿勢で固まった。言うまでもないが、咲が銃を構え、ルカがナイフを逆手に持ったのはほぼ同時だ。
三人の上に桃色の小さな球体がいくつか落ちてきて、咲が弾を何発かずつ打ち込むと、それは空中で薄桃色の煙をあげて、破裂した。とっさに二人は背中を合わせて視界を広げた。深駆はなるほどの姿勢のまま顔だけあげて眉をしかめる。
敵の居場所が確定出来ない。今の攻撃は恐らく真上からのものだ。ルカが確認するが、真上に枝はない。
「何者です」
声を高くしてルカが問うと、すぐにルカの正面にあった樹から、人が飛び降りてきた。地面には落葉が敷き詰められていたので殆ど音はしなかった。深駆はグローブをはめる。
「何者です!きゃははっ! なんつーかやっぱ絶好調だね!悪徳絶好調!」
「………」
そして、三人は言葉を失った。
女の子、だった。咲と一緒かそれより小さいかくらいの女の子が、手を腰にあてて立っていた。先刻咲が撃ったものと同じだろう、桃色の珠を右手にジャラジャラいわせている。
「………」
「………」
三人は色々と思う所があって次の反応に困ったが、彼女はピンクのミニスカートにポニーテールにピンクのブーツで毛皮のコート(白)という最高にそれっぽい格好をしていたので、とりあえずそこらへんに愕くのが妥当だろうと思い、愕いてみた。同時にローザの存在を思った。
「………今の攻撃は貴女ですか」
なんとなく戦意喪失したルカが再度問うと、
「貴女ですか!きゃはははは貴女ですよ!貴女貴女!」
女の子は何度かその場で飛び跳ね、一蹴りで樹の上に戻った。これに関しては当然深駆が一番愕く。ルカと咲はそれを黙って目で追った。
咲は見えないところで舌打ちをした。
「………なッ」
「きはははははははははは!」
叫んで、高い場所から球を飛ばしてきた。ああ、攻撃の仕方まで最高にそれっぽい。
咲が立ち位置を変えずに撃って、ルカが深駆を振り返る。真上を桃色の人間が渡る。速すぎて殆ど姿は見えない。
「行きましょう、深駆」銃を撃ち続ける咲を横目に深駆の肩を引く。
「咲殿一人でいいんですか」
「私たちはかえって足手まといです」
言われてその光景を確認する。確かに相手は空からの飛び道具、自分にはどうしようもない。でもルカさんならナイフもあるし……自分が心配、てことか。
咲は両手にコルトバイソンを構えなおし、彼女に向かうそれらを全部打ち落とした。
ほーう、ゾンビも一発ですなと深駆。いや、ていうかさ、
「咲殿、銃刀法って知ってますかーー!」
無意識下に溜まっていた違和感がここで爆発した。
「……獣闘鳳……?」
まさか!深駆が咲にアドバイス!?驚きのあまりに言葉を失ったルカは見当違いなそれをたどった。
「じゅうとうほう……」その手を止めた咲。疑問視を浮かべる空中のピンク。ルカの真剣な汗が場を沈めた。
ごほんっ と咲が一つ咳払い。
「……この法律において「刀剣類」とは、刃渡15センチメートル以上の刀、剣、やり及びなぎなた並びにあいくち及び45度以上に自動的に開刃する装置を有する飛出しナイフ(刃渡り5.5センチメートル以下の飛出しナイフで、開刃した刃体をさやと直線に固定させる装置を有せず、刃先が直線であってみねの先端部が丸みを帯び、かつ、みねの上における切先から直線で1センチメートルの点と切先とを結ぶ線が刃先の線に対して60度以上の角度で交わるものを除く。)をいう(刃体の長さが6センチメートルをこえる刃物の携帯の禁止)何人も、業務その他正当な理由による場合を除いては、総理府令で定めるところにより計った刃体の長さが6センチメートルをこえる刃物を携帯してはならない。ただし、総理府令で定めるところにより計った刃体の長さが8センチメートル以下のはさみ若しくは折りたたみ式のナイフ又はこれらの刃物以外の刃物で、政令で定める種類又は形状のものについては、この限 りではない。(刃体の長さが6センチメートルをこえる刃物で携帯が禁止されないもの)法第22条ただし書きの政令で定める種類又は形状の刃物は、次の各号に掲げるものとする。1. 刃体の先端部が著しく鋭く、かつ、刃が鋭利なはさみ以外のはさみ。2 折りたたみ式のナイフであって、刃体の幅が1.5センチメートルを、刃体の厚みが0・25センチメートルをそれぞれこえず、かつ、開刃した刃体をさやに固定させる装置を有しないもの。3・ 法第22条の総理府令で定めるところにより計った刃体の長さが8センチメートル以下のくだものナイフであって、刃体の厚みが0・15センチメートルをこえず、かつ、刃体の先端部が丸みを帯びているもの。4・ 法第22条の総理府令で定めるところにより計った刃体の長さが7センチメートル以下の切出しであって、刃体の幅……」
「ごめんなさい。自分がど阿呆でした。どうか御気の済むまでお続けになって下さい」
……本当は『刃物ばっかじゃん!』ってツッコミたかった。でも、恐らくそれさえもが己の愚を思い知ることにつながるだけだと察した。
凍てついた心の中で自身の孤独を確立させた深駆。
彼の『へたれ』を得て世界は正常を取り戻した。ルカには安堵の表情が浮かぶ。だがその時、背後の何かに初めて気付いた。
「名乗りなさい! です!」
咲は前代未聞の長台詞を途中でやめると、今度は撃ちながら叫ぶ。明らかに敬語を使うのを忘れた台詞だった。
「きゃはははははははっ!」
女はなおも飛び回る。
…おかしい。ルカは思う。いつもの咲なら深駆が凹んだところで輪をかけて痛いツッコミを返すところだが、今回は台詞を切られたことにさえ何も言わない。
あきらかにいつもと違っている。焦っているのか、怒っているようにも見える。
「………名乗らないとピンちゃんって呼んだ上で頭部にストライクですよ」
咲が言い、
「ピンはやだなあ」
深駆と女が同時に答えた。
「きゃはっ! まあいっか名乗ってやらう!あたしは石鼎、石に鼎談のテイ。名前ゴツいっつか画数多いっつかむしろダルいからカナエちゃんって呼んでねーきゃははははははははははははは!!!」
台詞の後半で袖を振り回し、球を飛ばしてきた。石鼎は絶えず身を翻して枝を変える。
「ルカさん、自分は己の愚なら充分思い知ったんで、そろそろ」
7割がた麻痺した感情のもと、その名を呼ぶ。だが、そこにあったか細くも大きな背中に反応は無い。
「ルカさん?」銃声と爆音を背にその肩に手を伸ばす。
その時初めて彼女が睨みつける誰かを知った。
6
「鬼城、お前はあの子供だ」長身に色あせた藍のジーパン、黒のロングシャツ。両手にはシャツの延長のようにも見える黒のグローブ。
「……俺一人でですか」中背と独特の文様のローブとの男は露骨に嫌な顔をした。
「心配はいらん、あれは恐らく戦力外」短髪の下にある眼光は、冷気以上にその硬度を突きつける。
「でも俺の能力は一対一には向きませんよ」
「大丈夫だ、なんとでもなる」
「でもどうせなら二対二のが……」
「己に自信がないなら好きに死ぬがいいさ」唐突に何の躊躇いも無く歌うようにこれをはいた。
「……」
神妙に口を閉じたもう一人から察するに、冗談ではないらしい。
「俺はあれと楽しみたいだけ」
睨みつけるルカを前に、薄い笑みを浮かべた。
「お前は向こうでやれ、邪魔だ」
「分かりました」
今度は彼も素直に頷くと、深駆に『来い』と合図する。
「え、でも」反射的にルカの意志を仰ごうとする深駆。
「行って下さい」
いつもどうりの口調と、今にも揺らぎそうな眼光とのルカ。
「え……」
「お前も邪魔だとさ」
皮肉すら浮かべない顔に突きつけられた言葉。
すがるように再びルカへと視線を送るが、すでに彼女の視界には彼を入れるような余裕は無かった。
彼は自身の無力を深く恨みながらも、歩きだした一人について行く他はなかった。
「石鼎」
背の高い方が小さく言うと、
「ひーたーん」
声と共に、石鼎が隣に下りてきた。ついさっきまで咲をはさんで反対側、5mは向こうに居たはずだ。
ルカは背中の汗が引くのを感じた。咲は移動した石鼎を、銃口で確実にとらえている。
「お前も場所を変えろ」
「わーいかっこいー」
場違いな台詞と共に可愛らしく笑うと、石鼎が跳ぶ。前頭葉でもおかしいのだろうか、全く会話の噛み合わない娘だ。銃口はそれを追い、遠く離れていく桃色を追って自身も走り出した。
「咲さん」
目を閉じて、ルカが呼び止める。視線を一度外した。
「はい?」
「…どうか落ち着いてください。つけこまれます」
「無理です」
即答。
「ああいうのはダメです全然ダメです普通に抹殺すべきです何故かというとピンクだからです」
「………」
「腹立つですよ。ああいうの見るととても」
「………」
ああなんだ、そこか。
「…そうですか」
気に入らないのが悟られるようでは、腕が立つと言ってもまだ子どもだ。ルカはなんとなく安堵して笑んだ。
「だから余裕です。確実に殺るですので心配しないでがんばってくださいねぇ」
咲が笑い返して、去っていった。
ルカはそれを見送って、そして正面の人間に向き直る。そして大きく言った。
「名前を」
「………なんだ」
「私はルカです。聞きましょう」
ルカより頭ひとつ分背の高いその人は、目線だけ下げてルカを見る。
「久女だ」
言い終わるか終らないうちに、二人は同時に後ろへ跳んで、距離をとった。
「自分は愚と懺を負って生かされてみようかと、あるいは逝かされてみようかと思いますが、」
「…あ?」
ローブの男が片方だけ眉をあげる。
「咲殿におかれましては、普通に良い恋とかして、ごく普通かつ幸せな家庭を築いてほしいですなぁ…」
「…? 何言ってんだあんた」
「………。心残りを二、三」
聞いて、へえ、と男は言う。
「死ぬ気かな?」
「…まあ、あるいは」
深駆は、普通に16とは思えない発言をする。相手は多少狼狽えた。相応の切り返しが出来ないのは愚の圧によるが、相手にはそのへんの微妙かつ冷えた心境は、察し得ない。代りに、深駆は考える。
自分はこれからこの男と闘うことになったが、この人は格好から察して『魔法使い系』。要領が全くわからない。直感的に後手に回れば殺されることはわかるが、かといって先手をうつ方法がない。
息を吐く。ヴィルと闘ったときより、緊迫感が自分にない。相手が強すぎる場合、こういう風になるのだろうか。いや、強いかどうかは知らないが、石鼎という女の子を見る限り、仲間らしいこの人が弱いということはないだろう。
「………」
いや、違うか。
違う違う。それは今までの自分が、何も出来なかったからで。張りつめていたのは側に誰か居たからで。ああそうか成る程、護るべき相手が自分だけだというのは。
一人というのは、こういうものか。
今頃わかった。
今頃自分が、普通に本当に、只の足手まといだったことに気づいた。
…本当にそろそろ、
「…そろそろというよりむしろ消えたほうが」
「…? いや意味不明っつか、やる気あんのかあんた」
「………」
「確か、深駆で良かったな」
敵である彼の静かな問いかけにただうなずいた。
「俺は鬼……」
『キャサリンですー』ポケットの水晶から突然の温い声が。
「キャサリン?」あんまりなそれについ聞き返す。
「違う!鬼……」
『キャサリンですよー』再び水晶から小うるさいのが。
「だから、鬼じょ……」少しムキになった彼に対して、
『キャサリンだって言ってるでしょ!』先に怒ったのは何故か水晶でして。
「……キャサリン、です」
うつむいて名乗る様に深駆は自分と通ずる何かを見た。
「君は……今からどうしたい」
それから、敢えてその名前を呼ぶのを避けて聞いてみる。愚かな事と知りつつも、目の前の『人』が『敵』であることに強い拘束にも似た戸惑いを覚えている。
「俺は君に、死んで欲しい」
なんの躊躇もないそれが、胸を貫く。
「……なんで、」
「さもないと俺が久女さんに殺されるから」さも当然に言われたそれ。その笑み一つ浮かべない顔に冗談の意は見えない。
「大変……なんだね」再びの親近感を生んだこれ。
「……うん」彼も鼻を小さくならした。
だがその直後、『敵』の回りの空気が一変。身を刺すような悪寒に思わず距離を取る。
「まあ俺もあんま気乗りしないけど、闘るからには死んでもらうさ」
軽く笑って、男は両手をあわせた。
深駆はとりあえず腰を落として身構えてみる。もう少しだけ観察。
「どうしようかなあ、ほんと…」
男は腕を伸し、空に円を描く。フードが後ろへ靡いた。軌跡が光って、円のなかに陣が現れる。空気が揺らいだ。
(召還師…)
察した深駆は大きく一歩下がる。
息を吸い込んだ。