序文


「心を持った人形」
「幼き魔女」
「時を解する者」
「宝の守護」
「若き策士」
「集いなさい……」
「『偉大』な我が元に………」


 1


 何故語らない。
 何故気づかない。
 俺は同じだ。
 同じはずだ。
 俺は………
 俺は何だ……

 足音。
 気配を隠そうともせず、明らかに気づかれようとしている。
 いや、違う。
 奴らにそんなことを考える能力はない。
 男は立ち止まり、振り返る。
 黒い服を着た集団。思った通りだ。
 男は向き合う。そして―

 散った砂を、見下ろす。
 男―ヴィルは再び歩き出した。


 2


―咲、どうしたの?―
 母の声だ。
―何してるの?―
―飽きない?そんなことして―
―起きてる?―
 姉たちの声。
―咲!咲!―
 アレの声もする。
 みんないる。
 みんないるのに、
 この違和感は、何だろう………

 自分はそれなりに旅をしてきた。ヴィルはそう思っている。
 砂漠では、多くの人が命を失う。ヴィルも今までに干からびた死体、白骨死体などこの地で力つきた人を見てきた。特に、子供などは一人で砂漠に入ってしまったら、助かる確率は皆無に近い。
 しかしだ。
 ヴィルは今、自分の目の前にある光景を見、目を疑った。
 砂に仰向けになる形で倒れている人がいた。
 しかし、干からびているどころか、全くの健康状態で倒れており、しかも、子供だった。
 その子供は中性的で、少年とも少女ともとれる、整った顔立ちをしていた。一方、服装はまず『マフラー』だった。この暑い砂漠でマフラーをつけていることしかヴィルの目にはうつらず、その子供の奇妙な服装までは気づかなかった。
 ヴィルは屈んで見る。息はしていた。しかも、安らかな寝息を。
「寝てる……のか……」
 ヴィルにしてみれば、あり得ないことだった。この日が出ている砂漠の中で寝るなんて、自殺行為以外の何でもなかった。
 もしくは、
「捨てられたか……」
 親が育てられなくなった我が子を捨てることもあるし、それにこの子供はきれいな顔なので、人買いに買われて、何かの理由で商品として駄目になったため、捨てられたとも考えられた。
 どうにしても、ヴィルには関係なかった。この子供が捨てられた経緯なんてどうでもいいし、助ける義理もなかった。
 ヴィルは立ち去ろうと腰を上げた。その時、
「ん……」
 子供の目が開く。そして、ヴィルと視線が合った。
「……あれ?」
 子供はヴィルを見、右を見、左を見、空を見、そして、
「ここ……どこ?」
 ヴィルはしばらくして、その質問が自分に向けられたことに気づく。子供から目線を外し、
「大陸西部の砂漠区域だ。まあ、ここは砂漠の端の方で、ここから北の方角に歩いて行けば、山がある。そんなところだ」
「あれ?ここ日本じゃないの?」
 子供は首をかしげる。
「僕は確かぁ……庭でひなたぼっこしてて、暖かくって、眠くなっちゃって、それで……」
 子供はヴィルを見る。
「ここ、どこ?」


 3


 『わたしゃ』、走るのが好きだ。
 特に、短距離は風になることができる。
 風に吹かれ、風となる『自分』。
 その瞬間が大好きだ。
 『俺』は走る。
 走って、走って、風となる。
 ……だけど、
 いまだにビリ以外、とったことない………

「うぅ……」
 うめき声を上げ、少年は起きあがった。
 どうやら寝ていたらしく、頭を押さえる。そして、周りを見、
「……あれ?」
 見たことのない光景。少年の記憶が確かならば、「自分は、神社沿いの坂道を走っていたはずなのに…」
 自分の周りに広がる光景は、明らかに木が生い茂る、『森』だった。
「迷って、神社の林の中にでも入ったのかな……」
 よく見れば、植物に疎い少年も気づいたかもしれないが、周りの植物は、少年が生まれて見たことのない植物だった。
 少年は立ち上がる。そして、どうしようかと考え、
 ダッダッダッ
 足音。逃げるような足音が少年に聞こえてきた。
「行ってみよう」
 少なくともこのままいるよりはましだと思い、少年―讃岐深駆は音に向かって駆け出した。


 4


―君は、これからこの宝石を守るんだ―
 もう顔も覚えていない人に言われた。
 誰だったか、何のためにかという理由は知らない。
 だけど、身内はおらず、他にすることもない私は断る理由がなかった。
 そして、今も……

「どうしてこんなことをしているの?」
 こういう類いの質問はよくされる。そういうとき、決まって、
「それが私のすべきことだから」
 違う。
 確かに使命を受けたが、別に守らなければいけない義務もないし、放棄したって構わない。それを行った人は、あの日以来一度も見たことがないのだから。
 でも、少女はこれを守ることしか知らない。それ以外をしようとも思わない。
 少女にとって、使命は『すべきこと』ではない。唯一『できること』である。
「……」
 少女は考えるのを止め、耳を澄ます。風の音、木々の葉音、鳥の囀り、水の音と共に聞こえる、「……人ね……」
 足音を確認し、立ち上がる。
 こんな山奥に来るのは限られてくる。知らずに通る旅人か、もしくは、
「宝石狙いか……」
 少女は音のする方に体を向ける。同時に彼女の腰まである銀色の髪が靡き、日の光に照らされる。 少女―ルカは人影を見、そして、

 相手が悪かった。
 逃げていく人影を見、ルカは思った。
 この山で、ルカの知らない場所はない。言い換えれば、この山でルカに勝てる者はいない。自分の場所を熟知することが、非力であり、魔法を使えないルカの攻撃だった。
 足の砂を払い、いつもの場所に帰ろうとする。が、
「!」
 足音。こっちに向かってきている音に、ルカは振り返る。
 逃げていった人が再び戻ってくることなど、今までなかった。
 ルカは緊張した面持ちで、気配を悟られないように身を隠し、やがて人影を捉える。息を殺し、相手が完全に自分の領域に入るのを待ち、そして、(今!)
 手前の綱を引く。その瞬間、人影が視界から消える。慌てる人影に素早く近づき、背後から腰から取り出したナイフを突き付け、
「うわわっ!な、な!」
 さっきの人達ではなかった。それどころか、見たこともない服装をした、若い男だった。
「おおおおお金ならないっすよ!いいいいい命だけは!」
 ルカはナイフを突き付けたまま、
「どうしてここにいるんですか?」
「わわわかんないっす!目が覚めたらここにいて!ほ、ほんとっす!」
 あんまりにも哀れな男の様子にルカはナイフを直し、男から離れた。
「質問させてもらいます」
 放心状態の男に声をかける。
「あなたがここに来た目的は?」
「だから、目が覚めたらここにいて、んで人の足音がしたから場所を聞こうと思って……」
 それはさっきの人達のものだろう。「本当ですって!」と哀願する男にルカは信じることにした。そして、
「ここは『名もなき』大陸西部の山岳地帯の内の一つの山です。ある由来から『宝玉山』と呼ばれてます」
「えっ!」
 男が急に驚いた顔になる。
「自分はだって、近所を走って、大陸?宝玉山?」
 混乱する男。そして、ルカに、
「……ドッキリ?」
「何のことか知りませんが、本当のことですよ」
 あっさりと言い切る。男はしばらくふらふらし、
「えっ……もしかしてここ……日本じゃないとか?」
「何ですか、それは」
 ルカの言葉が止めだった。
 がっくりと膝をつき、
「あああぁぁぁああぁああぁ!!」
 天を仰ぎ、叫ぶ。
 ルカはその様子を見、
(この人、何か面白い……)
 本人が聞いたら失礼なことを思う。しかし、この男が言うことをまとめると、つまりは、
「もしかして、あなたは異世界から来たんですか?」
「はい?」
 突然かけられた言葉に戸惑う男。
「あなたの話を総合すると、あなたはこの世界の人間なら誰でも知っていることを知らず、その奇妙な服装といい、あなたの最後の記憶といい、あなたがこの世界ではない世界の住人というケースは考えられなくもありません」
 男を見る。そして、
「あなたが正常であるならば、『あの人』に相談した方がいいかもしれないですね」
「あの人?」
「えぇ」
 ルカは言う。
「この世界の『偉大な』賢者ですよ」
 ルカは地面のいまだに膝をついている男と目線を合わせるため、しゃがみ、
「どうしますか?あなたがその気であれば、案内しますけど?」
 男はすぐに頷く。ルカはそれを聞くと立ち上がり、
(いい暇つぶしができたわ)
 ボソッと呟いた。当然男の耳には届いてはいない。
 やがて男が立ち上がったのを確認し、歩き出そうとして、止まる。
 不審がる男にルカは向き合い、
「私の名前はルカです。呼ぶのはルカで構いません」
 そのまま男を見る。男は自分が名乗るのを待っていると気づき、
「あぁ、自分は讃岐深駆です」
「深駆さんですね」
 ルカは確認を取ると、歩き出した。深駆も慌ててルカの後を追いかけた。


 5


 ヴィルは立ち止まる。すると、しばらくして後ろから聞こえたトテトテという音も消える。
 ヴィルはため息をつく。そして振り返り、
「なぁ」
 後ろにいる人物に言う。
「あんた、いつまで俺についてくる気だ」
 うんざりしたように、あの子供に言う。子供は一瞬キョトンとし、すぐに、
「だって、お兄さんについて行くしか選択肢ないし」
 確かにその通りだ。でも、ヴィルにしてみればいい迷惑だった。あのとき、見ないふりして逃げておけばよかったと後悔し、再び歩き出した。
「あ」
 短い声。すぐに子供の足音も聞こえる。
 ヴィルはわざと歩くペースを上げる。それに続いて歩幅が短いので走り出す。それでも、ヴィルの方が速く、しばらくして聞こえなくなる。
「……まいたか?」
 ヴィルが後ろを確認しようとした、その時、
『ぎーー!』
 何かが急にヴィルの首に巻き付いた。
「!!」
 ヴィルは慌ててそれを払い落とそうとする。が、
「う……」
 何とも言えない感触が手に広がる。同時に首筋にも感じ、ヴィルは必死にそれを落とす。ヴィルは荒い息をしながら、それを見る。
「何だ……これ……」
 そこにあったのは、何やら長い、生物らしき物体だった。蠢くそれをしばし眺め、何なのかと考察し始めたその時、
「あー!あぎだぁ!」
 聞き覚えのある声。あの子がいつの間にかヴィルの後ろに来ていた。
 しかし、そのままヴィルを通り過ぎ、真っすぐにあれに向かって歩いていた。
「ちょっと待て」
 ヴィルがマフラーを掴み、止める。子供は振り返る。
「あんた、あれが何か知ってるのか?」
「あぎだよ」
 即答。そして、あぎというらしい生物を抱き抱え、
「それに、僕の名前はあんたじゃないよ。咲って名前がちゃんとあるんだから」
 子供こと咲は頬を膨らませながら言う。
「でも、あぎもいたんだねー」
 咲はあぎを振り回しながら言う。これが咲なりの愛情表現のようだ。
「なぁ」
 しばらく放心していたヴィルが聞く。
「これ、一体何なんだ?」
「何なんだって言われても」
 咲は少し困った顔をする。
「あぎはあぎだもんねぇ」
『阪神ゆうしょー!』
 しゃべった。ヴィルはさらに距離を取る。それをどう勘違いしたのか、
「関西人はねー、みんな阪神ファンなんだよ」
 そもそも阪神が何なのか知らないヴィルにとっては意味のない説明だったが、このあぎは得たいの知れない生物だということは理解できた。そして、
「なぁ、あんた」
「咲!」
 当然無視する。
「この世界の住人じゃないのか?」
「はい?」
 質問の内容が分かっていなかったのか、首を傾げる。すると、
『咲は日本の京都っ子ー!』
 何故かあぎが返答らしきものをする。
 しかし、これで確信した。
「別世界か……噂だけだと思ったら、本当にいたんだな」
 そういえば、咲の服装は見たことがないものだというのに今更気づく。
 しかし、
「だが、悪いが俺にはどうしようもない。後は勝手に帰る方法でも探せ」
 ヴィルはそう言うと駆け出す。後ろで咲が何か言ったような気がしたが、無視する。ヴィルは走り、やがて、
「っ!」
 立ち止まる。
「しつこいな……あんたらも」
 目の前に立っている黒服の集団を睨みつけ、ヴィルは言った。


 6


「ねぇ、ルカ」
 深駆が言った。
「これから会いに行く、その『偉大な』賢者って、何者なんだ?」
「さぁ?」
 ルカは即答する。
「私もあったことはありませんから。ただ、噂によれば」
 ルカは立ち止まり、深駆を見る。
「その人物もこの世界の住人ではないと言われています」
「と言うことは」
 ルカは頷く。
「あなたがこの世界に来た理由を知っている可能性があるということです」
「なるほど」
 深駆は納得する。
 そして、二人はまた歩き出し、しばらくしてルカが深駆をちらっと見て、
「深駆さん」
「ん?」
「私は自慢ではないのですが、幼い頃からこの山を出たことがありません。それで、たまに訪れる旅人を基準としてなのですが……」
 目線を上の方に移す。そして、水平になるまで下げて、
「もしかして、男性の中では背が低い方ですか?」
 ストレートに言う。まさか、深駆が実は160cmないことにコンプレックスを持っていることなど知る由もないので、深駆が急に影を落とした理由が分からなかった。
 壊れたように笑う深駆に全く気づかず、ルカは変わらず歩き続ける。
 自然の奏でる音に耳を傾け、そよ風を浴びながら歩き、止まる。
 その様子に深駆は無理矢理テンションを上げ、
「何かあった?」
「えぇ、まずいことが」
 ルカは後ろを振り返る。深駆も続く。
 そこには、白服を着た集団がいた。
「白服……ね……」
 ルカは苦笑する。
「確かに、黒服なんかよりはましだけど」
 ルカは目を細める。深駆はただおろおろする。
 結構、自分の領域からは離れたが、この辺りならまだ自分が有利だ。しかし、それは、
「黒服相手の話だけどね……」
 白服相手にこんなところで戦うのは初めてだった。しかも、
「深駆さん。私の合図で逃げて下さい」
 深駆に耳打ちをする。
「えっ!でも」
「奴らの狙いは私のこの」
 ルカは視線を落とす。首飾りを取り出し、
「宝石です」
 紐が通った、小さいながらも美しい宝石がそこにあった。
「大丈夫です。私は今日までこれを守ってきました。あの程度の『石人形』ごときには簡単に負けたりはしません」
 ルカの強気な態度に深駆は頷く。が、
「でも、問題があるんだよ」
「何ですか?」
「自分は、足が遅いんだ」
 彼には取り柄がないのだろうか。ルカはそう思わずにはいられなかった。


 7


 いらない子なんでしょう
―いいえ、違いますよ―
 でも、お父さんやお母さんは……
―確かにあなたは普通の人間とは違います―
―でも、その力は決して必要ないものではありません―あなたには素質があるんですよ、ローザ―
―魔法使いになれる、ね……―

「どうしてそんなところにいるの」
 そんな質問をされたら、彼女は迷う事なくこう答えるだろう。
「空に近いから!」
 それだけの理由で、彼女の部屋は屋根からもう一段上に作られている。今すぐにでも落ちそうな作りだが、何故か一度も倒れることなく現在に至る。
 そんな部屋で、相変わらずローザは外を眺めていた。変わることのない青空が、その部屋からはよく見えた。
 ローザは一日の大半は空を眺めている。理由は簡単、他にすることがないからだ。
 いや、正式には違う。別にすることがないわけではない。ただ、それらと外を眺めることとを比べたら、外を眺めていた方がいいからだ。
「ローザ」
 下から声がした。ローザは外を眺めるのを止め、声の方向を向き、
「何?」
「ちょっと降りてきて下さい」
 外を眺めることよりも面白そうだと思い、ローザは珍しく声に従った。

「なーに?お師匠様」
 ローザは、居間でソファに腰をかけている人物に言った。
 師匠と呼ばれた人物はローザの方を向き、
「さっき、二人ほど『人間』がこの世界にやってきました」
 それを聞き、ローザは驚いた顔をする。
「確か、あなた以来でしたよね。『人間』がこの世界にやってくるのは」
「それで、どこにいるの?その人達は」
 すると、師匠は軽く笑い、
「運命の悪戯か、偶然にもあの『二人』と一緒ですよ」
 師匠はそう言うと、立ち上がり、
「ローザ。私はしばらく出て行きます。留守番と接客、お願いしますよ」
 いつの間にか旅支度を調え、ローザに言う。
「分かった。ローザにまかせて」
 師匠はそれを聞くと、満足そうな笑みを浮かべ、
「ようやく、全ての札が揃うのですね……」
 ぞっとするような声で呟く。
「そして、全てを『偉大な』我が手に……」
 『偉大な』賢者は、誰もいない森の中、一人呟いた。

 全てが手に入ったときの虚無を思い、暗く笑んで。










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