◆センチメントの季節・After◆    作・ちびくろ参謀


眠れない。何度も目をつむるが、ダメだ。

さっきから、ずっとこんな状態が続いている。

ベットの照明をつけ、時計を確認してみる。もう午前2時を回っていた。

スー、スー・・・

隣りでは若菜の、微かな寝息が聞こえてくる。起こさないように気をつけないと。

「ハァ・・・」

もう完全に諦めた。いいや、今日は土曜だ。別に寝坊したってどうってことない。

改めて、ちょっと寝室全体を見渡してみる。

天井、装飾、相変わらず大げさな寝室だ。いや、寝室だけじゃない。

今住んでいるこのマンション自体、本来ならオレなんて分不相応としか言い様がない、高級なものだ。

(もう3年になるんだな・・・)

若菜と結婚し、このマンションに住むようになって、もうすぐ3年が経過しようとしている。

・・・オレと若菜は、いわゆる「出来ちゃった結婚」というヤツである。

卒業を間近に控えた高校3年の冬、綾崎家に招かれたオレは、そこで若菜と「関係」を持った。

そしてあの3月7日。人生で一番「慌てた」日であろう。若菜から手渡された一枚の紙切れが、

「陽性反応」の結果を記した産婦人科の診断書だったのだから。

(あの時の若菜は、随分と嬉しそうだったのも印象に残っている)

もちろん、十代で家庭を持てる甲斐性なんてオレにはない。

貞操観念の人一倍強いタイプの若菜には拒否されるのは目に見えてはいたが、それでもやっぱり中絶してもらおうと

思い、貯金は全て下ろした。こういう場合の男が取るべき「せめてもの誠意」として、手術代はこちらで用意するのが

当然だと思ったからだ。しかし・・・

こちらの考えを伝える時間すら、若菜は与えてくれなかった。そう、彼女の「第二波」は

オレの予想を上回る強烈なものだった。

真っ黒いリムジンに乗ってオレの実家にやってきた若菜は、慌てふためく親父とお袋に三つ指を付いて

深々と頭を下げ礼をすると、「オレの子を身ごもっている」ことと「オレとは今すぐにでも結婚したい意思がある」

ことをきっぱりと伝えたのだ。

どでかい高級車に乗ってやってきた、360度どこから見てもお嬢様な大和撫子風少女にそんな事を言われたのだ。

親父とお袋の狼狽ぶりは相当なものだった。

若菜が帰った後、両親から”事情聴取”を受けたオレは、それこそ夜中過ぎまでありとあらゆる

罵詈雑言を浴びせられたものである。

結局進学を取り止め、親父のコネで急きょ都内の三流商社に就職を決め、若菜と結婚。

若菜のジイさんから結婚祝いとして送られたのが、このマンションという訳である。

そして始まった若菜とのママゴトのような新婚生活。オレと若菜の娘・春菜の誕生・・・

それからはもう、毎日が必死だ。若菜と春菜を「食わせていく」ために、残業だろうが休日出勤だろうが

お構いなしに働いた。コンパやカラオケの誘いも、極力断りまくっている。生活費に困って若菜を

働かせるような事や、両親や綾崎家から金を借りるような真似だけは本当にしたくはなかったから。

(色んなことがあったな・・・)

ふとそんな事を思う。確かに、この3年間はあっという間だった。若菜と再会し、付き合い始めたことすら

まるで昨日のことのように思えてくる。

「あの・・・」

不意に隣りから声が聞こえた。若菜だった。

「・・・眠れないのですか?」

「あ、うん、まあね・・・それよりもゴメン、起こしちゃったみたいだね」

「私はいいんです・・・それより、何を考えていらしたのですか?」

やっぱり、オレが考えているように見えたのか。若菜に言わせると、オレぐらい嘘をつくのがヘタな人間は

いないんだそうだ(スグ顔に出るそうである)。ここは正直に言うべきだろう。

「・・・若菜と再会してから今までのことをずっと思い出していたんだ」

「私と再会してから・・・ですか?」

若菜は少し、不思議そうな顔をする。

「うん・・・あの手紙を貰ってからさ・・・バイト代注ぎ込んで若菜に会いに行って・・・その・・・
若菜が妊娠しちゃって・・・卒業と同時に結婚して・・・」

そこまで言うと、若菜はクスッと笑った。

若菜

「こうなるのは意外でしたか?」

「ま、まあね・・・若菜に会いに京都に行ってた頃は、この年で妻子持ちになるなんて想像してなかったし・・・」

オレがそこまで言うと、若菜は抱きつくように寄り添ってきた。若菜のキメ細かい肌が、オレの腕に触れる。

いわゆる”情事”の後、そのまま寝たのでオレも若菜も寝間着や下着は一切身に付けていない状態だ。

「私は・・・ずっと、ずっとこうなる事を夢見てきたんです・・・」

「若菜・・・」

「世間体と礼儀作法に縛られてばかりの生活を送ってきた私には・・・私と貴方と・・・私たちの子供がいる
生活・・・何よりも、何よりも憧れていたものなのです・・・」

・・・でも・・・

こんなマンションに住んでるのが不釣合いなくらい、お世辞にも豊かな生活とは言い難い。若菜にとって、

オレとの結婚が本当に最良の選択だったんだろうか。

「ねえ若菜・・・その、さ・・・」

「・・・何でしょう?」

「一体オレみたいな取り柄無しのどこに惚れたワケ?オレよりマシな・・・」

言い終わらない内に、若菜はオレの左腕に自分の両腕を巻きつけてきた。

「貴方だから・・・貴方だから好きになったんです。それでは理由になりませんか?」

顔こそ微笑んでいるが、若菜の目は真剣だった。


−外見とは裏腹の、情熱的な性格−


高校時代からオレがずっと持ってる、若菜のイメージだ。それが間違いではなかった事を今、再認識する。

「私にとって、貴方と一緒にいる以上の幸せなんてありえません。お願いですから、もうそんな事は
おっしゃらないでください・・・」

「・・・ありがとう・・・若菜・・・」

オレも若菜を抱き寄せた。

「明日・・3人でどこかに遊びにいこうか?」

「・・・はい・・・」

・・・どこにいこうか色々考えていたら、完全に目が冴えてしまった。

でも、さっきみたいなイライラはもう、無い。


−fin−


 当サイトの掲示板でもお馴染み、哀側の「悪友」(笑)であるちびくろ参謀さんが、T2000のデビュー同人誌
である愚作「センチメントの季節」の若菜のマンガの「その後編」をSSにしてくれました。グラッツェグラッツェ!
参謀殿!!

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