冬の朝はかなり冷え込んでなかなか起き出しにくい。
けれど私にとっては子供の頃から慣れた物。
寝巻きの上に紺のカーディガンを羽織って小さく音を立てる窓を開ける。
胸を通り抜けるひんやりとした風。
満ち足りた思いの隣に安らかな寝顔。
指先で軽く触れてみる。
すると淡い陽射しの様に溢れ出す優しい気持ち。
「さてと、お寝坊さんが目を覚ます前に支度しますか。」
まだ寝息を立てる横顔を見つめ、いつもの様に私は腕まくりした。
<スイートピー>
台所に明かりが灯り、朝が始まる。
軽やかな包丁のリズムと茹るお湯の音。
手早く下ごしらえを済ませて合せ味噌を溶かしていく。
一日の調子は全てこのお味噌汁次第。
今日は・・・うん、割と良く出来たね。
合格、合格。
「う〜ん、いい匂い。おはよう妙子。」
「あ、おはよう。」
リビングに朝食の香が立つとこうして起きてくる。
これが不思議な位に正確で出来あがる5分前きっちりに目が覚める。
「お腹減ったよ、早く食べよう。」
「こらっ、その前に顔洗ってくる!!」
「は〜い。」
子供の頃と何一つ変わらないやり取りが今でも嬉しい。
きっと何年経っても私達は変わらないんだろうなって思う。
小さな幸せをひとつひとつ感じていける。
そんな今が大きな宝物に思えた。
陽射しの踊るテーブルに朝食が立ち並ぶ。
「いっただきまーす。」
「はい、慌てないでゆっくり食べてね。」
「あちっ。」
「もう・・・言った側からこれなんだから。」
私の苦言はおかまいなしにご飯を頬張る。
ほんっと子供の頃と変わらないんだから、この人は。
「ところでさ、今日はどうするんだい?」
「えっ、何が?」
「何がって・・・決まってるじゃないか。」
鯵の開きを箸でつつきながら、ふと考えてみる。
?ゴミの日は明日だし・・・・・・。
「おいおいホントに覚えて無いのかい?」
「だから何が?」
お茶を啜りながらカレンダーを指差してみせる。
別に祝日でもない1月19日。
????????
「あ〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
「そう、誕生日だよ。妙子の。」
自分の誕生日を・・・わ、忘れてた・・・。
すっごいショック・・・。
更にこいつはお茶を注ぎながら追い討ちをかける事を言ってくる。
「まぁ、妙子らしい話だよ。どこか抜けてて。」
「・・・気休めにもなってないよ。」
「うん、そんなつもりは一欠片も無いし。」
「そこまで言うんだから覚悟は出来てるよね?」
「げっ!?い、いや妙子さん、落ち着いて話し合おうよ。」
「もちろん落ち着いてるよ。」
「いや!!目が笑ってない!!おわっ!?」
後ろから押さえ込み、手加減抜きで締め上げる。
プロレスならここでカウントを取るハズ。
正に完全な羽交い締め状態。
でもデリカシーの無いこいつが悪い!!
「ぐえっ!!ギブ!!ギブ!!」
「ダメ!!認めません!!」
これも日常なのが事実。
冷静なって考えると絶対他人に見せられない姿だなぁ。
つい売り言葉に買い言葉で・・・ひょっとして私も子供の頃と変わってないのかも?
「ちょっと待てってば。プレゼントが潰れちゃうよ。」
「えっ・・・。」
わざとらしく咳払いをひとつしてポケットから取り出す。
目の前には一輪の白いスイートピー。
胸が熱くなるのを感じていた。
瞬きさえ出来ない。
不意に頭を駆け巡る幼き日の雪。
「ほら、覚えてないかな?」
「・・・初めての・・・プレゼント・・・覚えててくれたんだ・・・・・・。」
風の薫る丘。
そっぽ向いて照れた横顔。
暖かい手。
初めてくれた心からの誕生日プレゼント。
本当に・・・嬉しかった・・・一輪の雪の様なスイートピー・・・。
「実はさ、何をプレゼントすれば妙子が喜んでくれるのかずっと考えてたんだ。でも思い付かなくて・・・
本当ならもっと気の効いた物を贈ればいいんだろうけど一番大切な人に一番最初の贈り物を、って
思ってね。」
頬を一筋の涙が伝う。
私の大切な思い出を大事にしていてくれた事が嬉しい。
こんなにも私の事を想っていてくれる・・・一輪の白い花と共に。
形の見えない気持ちを乗せた・・・この一輪のスイートーピーと共に・・・。
「・・・ありがとう・・・。」
「うん。」
何も言葉が見つからない。
今はただ・・・この気持ちを・・・そっと・・・。
私は道を間違えずに歩いている。
これからも、きっと・・・ずっと・・・。
手の中で白く輝くスイートピーは冬の陽射しを受け、心を優しく包み込んでいた。
fin
あとがき
気持ちの伝え方は気持ちの数だけあります。
流行に合わせた物や高価な宝石。
けれど、心に響く贈り物は素顔の贈り物。
ありふれているからこそ今のままでいる事は大切なのかもしれませんね。
この方のセンチSSから「青空ふろっぴぃ」は誕生したといっても過言ではない、鹿児島の若大将fukuさんが
哀側の「愛しの世話女房」妙子のSSを当サイトのために寄稿してくれました(しかも妙子の誕生日に)。本当に
ありがとうございます、fukuさん。