◆ Rock’n Roll Cinderella ◆ 作・ちびくろ参謀
彼女が上京してきてから、もう何度も訪ねているこのアパート。
今日も普段と変らぬ気分でチャイムを押す。
「千恵ー、遊びにきたよー」
ガチャリと鉄製のドアが開く。中から見慣れたポニーテールの少女が、とびっきりの笑顔で僕を迎えてくれる。
「よう!! 待ってたんだぜ。上がりなよ」
「お邪魔しまーす」
ディアドラのスニーカーを脱ぎ捨て、僕もいつもの調子で部屋の奥に入る。
「そこら辺にテキトーに座っててよ」
そう言ってMDコンポのスイッチを入れ、冷蔵庫から缶ビールを取り出しにいく千恵。コンポからは、
僕にはあまり馴染みのない外国のミュージシャンの曲が流れ出す。黒のタンクトップに黒の皮パン。
福岡にいたころから彼女の服装は大体こんな感じである。
「差し入れ、ココに置いとくから」
コンビニで買ってきたお菓子やら何やらをテーブルの上に置く。
千恵も缶ビールと柿の種を両手に戻ってきた。
「ほら、アンタの分」
僕に350のラバッツの缶ビールを差し出す千恵。
「じゃ、早速いただきまーす」
丁度ノドが乾いていたので、僕もスグにリップルを外してビールを流し込む。
三口飲んで缶を置き、ポテチやサラミの袋を開けた。飲んでた千恵が、おもむろに手を伸ばす。
「もらうよ」
「構わないよ。そのために買ってきたんだから」
「悪いね、いつもさ」
一瞬、千恵の目が節目がちになったのを僕は見逃さなかった。大体千恵がこんな表情をするのは何か心に
暗い影があるときだ。千恵はよく僕のことを「ポーカーフェイスが出来ない」なんていうが、僕に言わせりゃ
千恵だってスグ感情が顔に出てくる方だ。
「なあ・・・」
「ん?」
「この間のオーディションさ・・・ハハ・・・落ちちゃった・・・」
「・・・そうなんだ」
僕はあえて素っ気無い返事をした。千恵みたいな性格のコに、こんな時にヘタに慰めの言葉なんか掛けたって
代えって傷つけるだけだと思ったし、だからって「次は大丈夫」なんて無責任なセリフは今の僕には言えない
からだ。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
完全に会話を途切れさせる結果となってしまった。コンポから流れるBGMが、一層騒がしく感じる。マズイ、
何か言わなきゃ。
「あのさ、千恵・・・」
「イヤ、勘違いしないで。落ちこんでる訳じゃないんだ」
「?」
「これくらいは覚悟の上で上京してきたんだから。2回や3回落ちたくらいでへこんだりしないって!!」
そう言い放って、千恵は缶ビールを一気に飲み干した。本気でそう思っているのか、それとも空威張りなのかは
僕には分からない。ただ大学の教授で一人、講義の時に口癖のように僕らに対して「最悪と思える内は本当の最悪
ではない」なんてセリフを言う人がいる。そう分析できるだけの冷静さがあるということは、本当に追い詰められて
いないということなんだそうだ。だったら僕らだってそう解釈すればいい。
「千恵・・・お願いがあるんだ」
「アンタが私にお願い・・・? 珍しい事もあるもんだね。何なのさ?」
「2回や3回落ちたくらいでへこんだりしないって言うんならさ・・・これからもオーディションは受け続けて
ほしいんだ。僕には千恵を応援するくらいしか出来ないけど、その・・・」
「・・・ありがと・・・ホントに優しいな、アンタ・・・」
「へ? イ、イヤ、僕は別に・・・」
「いいんだよ。ホントに・・・ありがとな・・・」
何て言っていいか分からず困ってる僕を尻目に、また千恵は冷蔵庫からビールを抱えて来た。
「ホラ!まだビールは沢山あるんだから!!」
さっきのビールも飲みきっていない僕に、新しいビールを差し出す千恵。
「タハハハハ・・・・」
「今夜はイヤな事!ぜーんぶ忘れて飲み明かそうぜ!!」
「・・・うん!!」
最上級の笑顔と共に、千恵はいつもの”ロックンロール・シンデレラ”に戻ってくれた。
−fin−
意地っ張り系娘大好き男・ちびくろ参謀さんから、今回は千恵SSを寄稿していただきました。
これからも期待していますぞ、参謀殿。