The Ruin 〜弟と姉〜



 どうすることもできない衝動というものは、記憶が確かならば、幼年時のわがままで自己中心的な時期以来なのかもしれない。判断力がある現在の年齢(社会一般的に言ったらであろうが)である僕が再びこのような状況下に置かれると、葛藤というものを通り越した気分になる。

 −というのも、僕は“恋”をしている。昔から恋には悩みが付き物だと言われている。しかし、この、僕の場合はどうであろう。いや、確かに悩んだ。悩んだ結果、悩むことは無意味だと思えた。なぜか無意味か。それは“過ち”であったからだ。だが今、僕はそれを咎めることなどしない。否、できない。感情はどうすることもできない。少なくともそう思わないと壊れてしまいそうだ。

 今、僕は一枚の写真を眺めている。二年前の旅行のときに撮ったものである。2つ歳が上の姉。この旅行の時、僕は19歳。姉は21歳であった。昔も今も髪は短く、茶色く染めている。・・・そんな情報はどうでもいい。語り始めたらきりが無いであろう。賢明なあなたならわかるであろう。僕は姉に恋をしている。

 ひとつだけ言っておきたいことは、この恋は片思いである、ということだ。僕は姉と汚らわしい行為や、それに準ずることをしたことはない。一般的な姉と弟の関係の範囲内の行為、例えば、じゃれ合うだとか、一緒に風呂に入ったり、と。あぁ、勘違いはしないでほしいが、風呂に一緒に入っていたのは僕が13の時までだ。急に姉が一緒に入るのをやめようと言ったときは、なぜだと問い詰めたものだ。思い出すだけで興奮してしまう。これも恋をしているからだろうか。異性として見てしまっているからだろうか。愛しい。この手にできないのがもどかしい。僕はどうすることもできない。僕は恋をしてしまった。

一番の僕と姉の思い出は何だろうか。全てを鮮明に思い出せるのだが挙げるとなれば、そう、僕が慣例と化していたことがあった。姉が社会人となるまでの二年間、僕は姉の入浴中に姉の脱いだ下着を自分の部屋に持ち込んでは吟味していた。冷静に言い切ってしまえば異常なる性癖であろう。だが、当時の僕には(いや、今もかもしれないが)姉に直接何かをしでかしてしまうような勇気はなかった。だからこそ、してはいけないことをするというスリルと、姉を感じられることが僕の全ての興奮神経を刺激した。一瞬でも姉を独占した気分になれたことがとても嬉しかったのだ。同じ屋根の下に居れたもの同士の特権であろうか。この頃だ、姉に対する特別な感情にはっきり気付いたのは。

 一方で、その頃日増しに増えていった独占欲が新たな感情を生み出した。嫉妬心である。自分の手で姉を汚すことなどできない僕は、他の男が姉を汚す可能性を恐れた。自分だけを見て欲しい、自分だけをと話して欲しい、自分だけのものであってほしい。他の男と話しているところなど、想像するだけで胸くそ悪くなってくる。僕の姉なのに。

 僕の姉なのに、ある日姉は一人の男を連れてきた。僕らのこの家に連れてきたのだ。男は姉と同じくらいの歳だろうか。背は高いがひょろひょろした、まるで頼りなく、田舎臭い野郎が、僕らの家のあがりこんできた。奴は僕を見るなり軽く会釈などしてきやがったが僕は無視した。姉とその男は楽しそうに姉の部屋がある2回に上がっていった。僕はいてもたってもいられなくなった。一番恐れていた事態が今、目の前で繰り広げられている。・・・しかし僕の体は逃げてはいなかった。ゆっくりと僕の足は階段を踏みあがっていた。軋む木の音が気持ち悪いくらいに鼓膜を叩いた。

 姉の部屋のドアは少しばかり開いていた。秋という時期のせいであろうか、部屋を閉じきる理由がなかったのだろうか。ただ忘れただけであろうか。僕は躊躇無く部屋を覗いた。あの野郎が姉の肩を抱いていた。僕はまさに一瞬、クソ野郎に飛び掛ると奴の腹を手にしていた包丁で一突きした。姉は僕のものだ。安堵感が体を包んだ。舞い上がる血飛沫は僕を少々派手に祝福してくれたようだった。

 今、僕は写真を眺めている。薄暗く冷たい部屋にいる。この写真を眺められるのも今日で最後であろう。明日、僕は死ぬ。

 <死刑囚手記によった>

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