最後の72時間


地球滅亡まであと3日人類に突きつけられた真実。この星には絶望しか渦巻いていない。

俺は今日もメールを打っている。

外の気温は50度。あと3日でさらに50度上がるらしい。当然外出なんてする奴はいない。静まり返った町。俺は山の上に住んでいる。

海のふもとの町は全て水没したらしい。こんな高温の中逃げる奴すらもういない。静まり返った町。絶望だけが渦巻いている。

メールの相手は彼女のユウ。『俺、死ぬときはユウと一緒が良い』

ユウは学年一カワイイと評判の女。ダメ元でアタックしたらなんと成功。今でも信じられない。ワガママで遊んでそうだがそんな事俺には関係ない。

しかし、今となっては全て意味の無い事になってしまう。そう、あと3日で人類は滅亡するのだから。

『ハァ?バッカじゃないの?』

これがユウからの最後のメールだった。


地球滅亡まであと2日今日父親が首をつって死んだ。

俺の父親は運送会社で社長を務めていたエリート。年収もかなり良いと思う。山の上に大きな家を建てた。ほぼ単身赴任状態で、週に1回家に戻ってくる。そんな感じだった。

しかし、この異常気象の中、世の全ての人は職を失った。そして希望も。あるのは絶望感だけ。

家の中にはさらなる重い、冷たい空気とクーラー音だけが渦巻く。


地球滅亡まであと1日を切った。

家の中は静まり返っている。唯一クーラー音だけが響いている。その静寂を破るがごとく、ケータイが鳴った。

“新着メール1件”

『あと1日とちょっとだね・・・死にたくないよ・・・』

メールの送り主は、小学生の時から俺にまとわり付いていた『トモ』だった。小学生の時ここに引っ越してから、近所という事でよく遊んでいた女。毎日のようにメールを送ってくる。俺はウザいと思いながらも返事を返していた。だが、奴はユウの事をあまりよく思ってないらしい。『あの子他の男と遊んでたの見たよ!ねぇ、絶対やめたほうがいいよぅ・・・』俺はこのメールにムカつき、ここ2週間はメールをシカトし続けていた。

しかし、異様なまでの孤独感か、無意識のうちにボタンを押していた。

『あぁ、そうだな。でも、どうしよもないだろ?』

返事は1分も経たずに返ってくる。

『ホントならこーゆー時、映画みたいに地球を助けてくれる人がいるはずなんだけどなぁ〜』

こんな能天気さに腹が立って、俺は返事を書くのを止めた。

俺はまた孤独の闇へと戻っていった。聞えるのはクーラー音と、母親のすすり泣く声・・・


地球滅亡まであと20時間。俺のケータイはあの後も鳴り続いていた。

ダレカラノメールダロウ?

俺はすでに意識朦朧としている。暑い。

“新着メール3件”

『ねぇ、トオルが助けてよ(笑)』

『はぁ、暑いよ・・・』

そして・・・

『あと1日だね・・・話したい事あるんだ。だから返事して!お願いっ!」

何を今更話すのだろう。もうあと1日で俺らは死ぬというのに。何も意味が無い。あるものは絶望と目の前に広がるこの現実。外の気温は今何度なのだろう・・・


もうあと16時間で俺らは死ぬ。これが最後の朝なのだろうか。食料も底を尽きた。母親は相変わらず泣いているだけだ。空気が重い。死ぬ前に何をやろうか。ユウはどうしてるんだろう。

静寂は続く・・・・


あと12時間。俺はただ呆然と時が過ぎるのを見ているだけだ。体中からほとばしる汗も全く気にせず座っているだけ。

そんな静寂を切り裂いたのは、二度となるはずの無かったチャイムの音。

(こんな中誰が・・・!?)

俺は急いで玄関へと向かい、ドアを開いた。舞い込んできたのは、もの凄い熱気と、1人の女・・・

ドアが閉まると同時にその女は倒れこんできた。顔は真っ赤で、凄まじい量の汗。息も荒い。

「ト、トオル・・・」

かすれる様な声で俺の名前を呼んだのは、見覚えのある顔。トモだ。

「バ、バカがお前!こんな中死んだらどーすんだよ!」

「へへ・・・でも・・・死んで・・無いでしょ?」

無理に笑うトモを見て、俺は無意識に泣いていた。何故だかはわからない。


残された時間は10時間をとっくに切った。母親はキッチンでうつぶせになったまま動かない。

俺はトモに残り少なかった水を分け、濡らしたタオルで頭を冷やしてあげた。全く意味のわからないこいつの行動にただ呆然とするしか無かった。例え来なくとも、俺は変わらない行動を取っていたかも知れないが今はどうでもいい。突然、トモが口を開いた。

「急にゴメンね。ただ話したい事があったから・・・」

「メールですれば良かっただろ?」

「だって、返事くれないし、直接話したかったから。」

「・・・」

もうすぐ俺らは死ぬ。なのに意味があるのか?何もかもが全て無くなるんだぞ。この星もろとも。

「トオルは、私と小学生の時、近くの神社で遊んでたの覚えてる?」

「急に何言い出すんだよ」

もう二度と思い出すことは無かっただろう記憶が蘇る。

「あの時、木登りしてて、私が落っこちちゃったことあるじゃん?その時、トオルが病院まで2km以上あるのに私のこと担いで運んでくれたんだよね」

「そんなことあったか?」

今更何を言うんだろう。そう考えると無性に苛立ってくる。

「あの事私すっごい感謝してるんだよー!」

「はぁ?そんな事言いに来たのかよ!もう俺らは死ぬんだぞ!!」

「だから言いたかったの!!!!!」

「・・・!?」

「・・・死ぬ前に、トオルに会って言いたかったの・・・トオルに、もう1度・・・会いたかったの・・・一緒に居たかったの・・・」

こいつの言動は俺の思考じゃ理解できない領域まで来ている。しかし、またも俺は無意識のうちに泣いていた。トモが俺に抱きついてくる。俺も抱き返す。

「最後に・・・一緒に居られて嬉しかった・・・ゴメンね・・・」

「・・・・・・」

言葉にならない思いが次から次へとこみ上げてくる。本当に大事な人がこんな近くに居たなんて。こんなに俺の事を想ってくれる人が居たなんて・・・

「俺こそゴメンな。お前の気持ちに気付いてやれなかった」

「・・・ううん。こうして一緒に居られるだけで私は幸せだよ・・・」


どのくらい抱き合っていたのだろうか。こうしていられるのはあと何時間だろう?外はもう暗い。 沈黙が続いていたが、トモが口を開く。

「ねぇ、トオル・・・」

「ん?何だ?」

「私達もう死んじゃうんだよね・・・?」

「・・・」

今まで溜まっていた感情をを吐き出すようにトモは急に泣き崩れた。

「うっ、うっ・・・ヤダよぅ・・・うぅ・・・」

「最後まで俺がそばに居るから・・・もう泣くな。」

「うん・・・っ・・」

「トモ・・・」

俺はここにきて急に死に対する恐怖が生まれてきた。大事なものを失う恐怖。絶望の闇の中に生まれた一筋の光を。しかし、時は無常にも刻一刻と、そして確実に進んでいく。


「暑いね・・・」

「うん。暑いな。」

「何でこんな時に生まれちゃったんだろうね・・・」

「今言っても仕方ないだろ。」

「もっとトオルと一緒に居たかったな・・・」

「そうだな。俺もトモともっと一緒に居たい」

死に対する恐怖に怯えながらも、俺はそばにトモが居るだけで安心できた。いや、安心かどうかはわからないが、とにかく落ち着いていられた。2人闇の中抱き合っている。時は確実に進む。


「・・・あっ、今思い出したんだけどさぁ」

「ん?なんだ?」

「あの神社に2人であの時宝物にしてたおもちゃ埋めなかったっけ?」

「・・・あっ、確かそんなことあったな」

俺は父親が買ってくれたラジコン飛行機を宝物にしていた。そしてトモは小さなウサギのぬいぐるみをいつも肌身離さず持ち歩いていた。3年生の時だったろうか、俺らはそれらを大きな箱に入れ、確か・・・お互いへの手紙も入れて、10年後また掘り返そうと・・・

「今、どうなってるかなぁ?」

「・・・」


地球滅亡まであと1時間。

俺は最期に大事な物を取りに行こうと思う。靴を履き、そして・・・お互い手を握る。汗ばんだ手と手。たとえたどり着けなくてもいい。

さぁ・・・行こうか。

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